56話「混沌のお祝いムービー」
ある日、社内は明るい話題で持ちきりだった。いつも渋い顔をしている部長が、ついに結婚するというのだ。お祝いムードの中、有志で部長へのサプライズムービーを作ることになった。斎藤さんと田中は動画編集係として駆り出された。
ムービーの編集作業中、斎藤さんが大量の写真データとアルバム写真にうんざりしていた。パソコンの中には数百枚のデジタルデータ、そして机の上には何冊ものアルバムが積み上げられている。
「あー、もう!こんなにたくさんあって、どれを使えばいいのよ!データもアルバムもごちゃごちゃで、選んでるだけで日が暮れるわ!」
斎藤さんの悲鳴に近い叫びと、終わりの見えない作業への焦りが、田中の心臓にずっしりと響いた。
「パードゥン…?」
その瞬間、ドォォォォォン!と地響きが起こり、田中はパードゥン田中へと変貌した。彼の巨大な体がオフィスの天井を突き破り、周囲の社員は悲鳴を上げた。パードゥン田中は、斎藤さんの机の上にあるパソコンと、散らばったアルバムの写真に、それぞれ巨大な指でそっと触れた!
「ムービー? とんでもない! 最高の感動を、今ここに!」
パードゥン田中がパソコンに触れると、数百枚の写真データが瞬時にテーマごとに完璧に分類された!フォルダ分けされたデータは自動で画質が調整され、最適なトリミングまで完了。同時に、アルバムから抜け出し宙を舞い始めた物理的な写真も、なぜか年代順に美しく並び始めた。彼の力の余波で、オフィスのパソコンは全てムービー編集ソフトが起動し、分類された写真データと社員のアンケートに基づいた感動的なコメントが自動で配置されていく。オフィス全体が、まるで未来の「感動クリエイト工房」のように機能的で創造的な空間へと変貌したのだ。
しかし、自動で配置された写真の中には、結婚式にはふさわしくない部長が酔いつぶれた写真や、部長が写っていない全く関係のない人の写真が紛れ込んでいたり、感動的なコメントのはずが、ランダムに切り替わり、意味不明な言葉の羅列になったりする混乱が生じた。アルバムの写真は宙を舞い、天井の照明を覆い隠し、フロアが急に暗くなるという被害も発生していた。
「田中くん! 何やってるの!」
異変に気づいた斎藤さんがオフィスに駆けつけた。彼女はアクロバティックにデスクの上を飛び回り、パードゥン田中の巨大な指先へと飛び乗った。
「斎藤さんか! これもまた、情報の整理だ! 感動を創造するのだ!」
「感動を創造するのはいいけど、中身が無茶苦茶になったらダメでしょ! 宇宙拳・情報の秩序!」
斎藤さんはパードゥン田中の巨大な指の上で身を翻し、天井の照明に吸い寄せられていた写真をヒラヒラと舞いながら全てキャッチ!そのままの勢いで、指先に向かって流れるような拳法の動きでエネルギーを集中させ、写真データの誤分類と、そして意味不明なコメントの羅列を瞬時に修復した。
田中の体が元のサイズに戻り、彼は自分が何をしていたのか覚えておらず、ただ斎藤さんの顔をきょとんと見つめていた。パソコンの画面には、適切に分類され、コメントが配置されたムービー編集ソフトが表示されている。斎藤さんの手には、キャッチされたアルバムの写真が綺麗に積み重ねられていた。
「さ、斎藤さん…私、また…」
「まったく、ハラハラさせるんだから。でも、これでムービー、だいぶ楽に作れるわね。それに…」
斎藤さんは呆れたように微笑んだ。田中はパソコンの画面を見る。確かに、写真の選定と配置の手間が省かれている。この一件後、なぜか社内では、部長の結婚式で流れたムービーを見ると、その日一日、ちょっとした幸運に恵まれるというジンクスが広まるようになった。部長は「最近、なぜか社内の雰囲気がいいな」と首を傾げるばかり。そして、完成したお祝いムービーは、その感動的な内容と、なぜか視聴者の肩こりが軽減されるという謎の副効果で、社内で語り草になったのだった。




