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48話「希望のターフ」

日曜日。田中は、なぜか会社の同僚に誘われるがまま、生まれて初めて競馬場に足を踏み入れた。広大なコース、ターフを駆けるサラブレッドの雄叫び、そして何より、周囲を包む熱狂的な歓声と、独特のオッズ表を前に、田中はすっかり気圧されていた。誘ってきた同僚は、すでに目をギラつかせ、真剣な表情で予想を立てている。


「田中、お前も何か買ってみろよ! ビギナーズラックってやつがあるかもしれねぇぞ!」


同僚に促され、田中は渡されたマークシートとペンを前に固まった。どの馬がいいのか全く分からない。勘で選ぼうにも、こんな大勢の人が真剣になっている場所で、適当に選ぶのは気が引けた。当たれば大金、外れればただの紙切れ。そんなギャンブルの雰囲気に、田中の心臓は不安に波打ち始めた。


(やばい…どの馬を選べばいいんだ…? 外したら、同僚に笑われるかもしれない…!)


彼の心臓は、まるで出走を待つゲートのベルがけたたましく鳴り響くかのように激しく脈打ち始めた。


「パードゥン…?」


その瞬間、ドォォォォォン!と地響きが起こり、田中は「パードゥン田中」へと変貌した。彼の巨大な体が、競馬場のスタンドを突き破りそうにそびえ立ち、芝生のコースや馬たちがミニチュアのように見える。周囲の競馬ファンたちは悲鳴を上げ、競馬場は一瞬にして大混乱に陥った。彼の体からは、何やら未来を予測するような不思議な波動が放出され始めた。


「予想? とんでもない! 最高の勝利を、今ここに!」


パードゥン田中は、田中の手に握られたマークシートに巨大な指をそっと触れた。彼の体から放出される膨大なエネルギーと波動が、競馬場全体に広がり始めた。全ての出走馬の体調や相性、騎手のコンディション、コースの特性といったあらゆるデータが瞬時に解析され、最も勝利に近い組み合わせがマークシートに自動で記入された。それは、誰もがノーマークだった、まさに「奇跡の一頭」が含まれているように見えた。さらに、彼の力の余波で、競馬場の風は常に最適な追い風に変わり、なぜか馬たちの士気も劇的に向上するようになった。競馬場全体が、まるで未来の「勝者製造ファクトリー」のように機能的で興奮に満ちた空間へと変貌したのだ。


「田中くん! 何やってるの!」


その日、休日返上で競馬場の警備責任者として視察に来ていた斎藤さんの声が響いた。彼女は、あまりの混乱に目を丸くしている。


「斎藤さんか! これもまた、大衆の娯楽だ! ギャンブルの未来を創造するのだ!」


「未来を創造するのはいいけど、公正な競技を邪魔しちゃダメでしょ! 宇宙拳・勝敗の均衡コスモス・フェアプレイ!」


斎藤さんは、パードゥン田中の巨大な足元に立ち、両手を広げた。彼女の体から放たれる穏やかな光が、競馬場全体に広がる田中の過剰なエネルギーを包み込み、マークシートへの自動記入を、あくまで「過去のデータに基づいた参考情報」に戻し、馬の士気向上も「自然な競争心」に優しく制御する。風を最適な追い風にする効果はそのまま残っていた。


田中の体が元のサイズに戻り、彼は自分が何をしていたのか覚えておらず、ただ斎藤さんの顔をきょとんと見つめていた。彼の手に握られたマークシートには、相変わらず手書きで適当に選んだような印がつけられていた。


いよいよレースが始まった。観客の熱気が最高潮に達する中、選ばれた馬が奇跡的な走りを披露した。最終コーナーを曲がり、直線に入ると、田中が選んだ馬はグングン加速し、一時は先頭に躍り出たかのように見えた。同僚は「おお!すごいぞ田中!当たったんじゃないか!?」と興奮して叫んでいる。田中も、まさかという思いで食い入るようにその走りを見つめていた。しかし、ゴール直前、わずか数センチの差で、別の馬に差し切られた。


「さ、斎藤さん…私、また…」


「まったく、ハラハラさせるんだから。残念だったわね、田中くん。」


斎藤さんは呆れたように微笑んだ。田中は肩を落とし、同僚の「ドンマイ!」という声を聞きながら、払い戻し窓口から遠ざかっていった。彼の馬券は、惜しくも外れ、ただの紙切れとなったのだ。


その頃、競馬場の片隅では、信じられないような光景が繰り広げられていた。長年患っていた家族の病気の治療費が尽きかけ、多額の借金を抱え、まさに人生のどん底にいた一人の男が、半信半疑で差し出した馬券が、なんと大穴を的中させていたのだ。彼は、人生をやり直せるほどの、まさに奇跡的な大金を手にした。


男は、震える手で大金を受け取り、天を仰いだ。先ほど聞こえた地響きと、一瞬感じた不思議な感覚を思い出す。それは、パードゥン田中の放った波動の、ごくわずかな余波がこの男のマークシートに作用した結果だった。彼自身、なぜその馬を選んだのか、全く説明がつかなかった。


「生きられる…!これで、家族を…!」


男は涙を流しながら、ぼんやりと見上げた空の先に、巨大な影が立ち去った方角を思い浮かべた。この一件後、なぜか競馬場では、その日以来、荒れるレースが劇的に増え、「波乱の競馬場」として新たなファンを獲得するようになった。そして、その男は、人生のどん底から、生きる希望を見出し、新しい一歩を踏み出したのだった。競馬場の熱狂は、まさかの「人生逆転と希望の光」という、驚きの成果をもたらしたのだった。

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