45話「恐怖のエレベーター」
ある日の昼下がり。田中は、得意先へ向かうため、会社のビルにあるエレベーターに乗ろうとしていた。しかし、そのエレベーターは、なぜかいつも動きが遅く、途中で何度も止まることで有名だった。特に今日の昼時は利用者が多く、満員のエレベーターを前に、田中の心臓は不安に波打ち始めた。
(やばい…このままじゃ、約束の時間に遅れる…! しかも、この閉鎖空間に長時間閉じ込められたら…!)
彼は閉所恐怖症の気があり、満員のエレベーターに長時間乗ることが苦痛だった。冷や汗が背中を伝う。彼の心臓は、まるでエレベーターのワイヤーがけたたましく軋むかのように激しく脈打ち始めた。
「パードゥン…?」
その瞬間、ドォォォォン!と地響きが起こり、田中は「パードゥン田中」へと変貌した。彼の巨大な体が、ビルの吹き抜けを突き破りそうにそびえ立ち、満員のエレベーターが手のひらに乗る箱のように見える。周囲の利用客や社員たちは悲鳴を上げ、ビル全体は一瞬にして大混乱に陥った。彼の体からは、何やら空間をねじ曲げるような不思議な波動が放出され始めた。
「遅延? とんでもない! 最高の移動速度を、今ここに!」
パードゥン田中は、目の前のエレベーターに巨大な指をそっと触れた。彼の体から放出される膨大なエネルギーと波動が、ビル全体のエレベーターに広がり始めた。エレベーターは瞬時に各階に止まることなく、目的地まで光速で移動する特急仕様へと変貌した。しかも、乗客は加速Gを感じることなく、快適に移動できる。さらに、彼の力の余波で、各フロアのエレベーターホールには、なぜか待ち時間を完璧に予測するホログラム表示が出現し、なぜかビル内の空気も常に新鮮に保たれるようになった。ビル全体が、まるで未来の「超高速スマートビルディング」のように機能的で快適な空間へと変貌したのだ。
「田中くん! 何やってるの!」
斎藤さんが、田中の暴走を止めるべくビルに駆け込む。
「斎藤さんか! これもまた、時間短縮だ! 都市機能の未来を創造するのだ!」
「未来を創造するのはいいけど、ビルをめちゃくちゃにしちゃダメでしょ! 宇宙拳・空間の安定!」
斎藤さんは、パードゥン田中の巨大な足元に立ち、両手を広げた。彼女の体から放たれる穏やかな光が、ビル全体に広がる田中の過剰なエネルギーを包み込み、光速移動するエレベーターを、あくまで「スムーズな高速移動」に優しく制御する。待ち時間予測のホログラムと新鮮な空気はそのまま残っていた。
田中の体が元のサイズに戻り、彼は自分が何をしていたのか覚えておらず、ただ斎藤さんの顔をきょとんと見つめていた。その時、エレベーターを降りたばかりの社員たちが、「あれ? もう着いたの?早すぎる!」と驚きながらも、皆どこかスッキリした顔をしていた。
「さ、斎藤さん…私、また…」
「まったく、ハラハラさせるんだから。でも、おかげでずいぶん楽になったでしょう?それに…」
斎藤さんは微笑んだ。田中は、先ほどの閉所恐怖症が嘘のように、体が軽くなっているのを感じた。この一件後、なぜかビル内で慢性的な腰痛に悩まされていた警備員の症状が改善したり、高所恐怖症だった社員がビルの屋上から景色を眺められるようになったりと、さまざまな人の持病が改善されたことが判明したのだった。エレベーターの恐怖は、まさかの「移動の快適化と心理的負担軽減」という、驚きの成果をもたらしたのだった。




