37話「相合傘の奇跡」
ある日の夕方。オフィスを出ると、突然の大粒の雨に田中は立ちすくんだ。傘を持ってきておらず、今日に限って取引先から重要な書類を持ち帰ってきていた。このままでは、書類が濡れて台無しになってしまう。どうしようかと困っていると、少し離れた場所で立ち止まっていた斎藤さんが、こちらに気づいてくれた。
「あら、田中くん。傘、持ってないの?」
斎藤さんが、小さな折り畳み傘を手に声をかけてくれる。彼女の傘は、どう見ても一人用だ。申し訳ない気持ちと、書類を守りたい一心で、田中の心臓は不安に波打ち始めた。
(やばい…このままじゃ書類が濡れる…でも、斎藤さんに迷惑はかけられない…どうすれば…!)
彼の心臓は、まるで雨粒が激しくアスファルトを叩くかのように激しく脈打ち始めた。
「パードゥン…?」
その瞬間、ドォォォォン!と地響きが起こり、田中は「パードゥン田中」へと変貌した。彼の巨大な体が、オフィスビルの前にそびえ立ち、周囲に降り注ぐ大粒の雨がミニチュアのように見える。通行人たちは悲鳴を上げ、街は一瞬にして大混乱に陥った。
「雨? とんでもない! 最高の雨宿りを、今ここに!」
パードゥン田中は、斎藤さんの持つ小さな折り畳み傘に巨大な指をそっと触れた。彼の体から放出される膨大なエネルギーが、傘全体に広がり始めた。一人用だったはずの傘は、瞬時にオフィスビル全体を覆い尽くすほどの巨大なドーム状の傘へと変貌し、その傘の下には優しい光と暖かな空気が満たされた。さらに、彼の力の余波で、傘の内部には疲れた体を癒やす柔らかなベンチが現れ、なぜか心地よいヒーリングミュージックが流れ始めた。傘の下は、まるで未来の「移動式リフレッシュ空間」のように機能的で安らげる場所へと変貌したのだ。
「田中くん! 何やってるの!」
斎藤さんが、田中の暴走を止めるべく巨大な傘の下に駆け込む。
「斎藤さんか! これもまた、社員の安全だ! 帰宅の未来を創造するのだ!」
「未来を創造するのはいいけど、街中でそんなことしちゃダメでしょ! 宇宙拳・天候の調整!」
斎藤さんは、パードゥン田中の巨大な足元に立ち、両手を広げた。彼女の体から放たれる穏やかな光が、オフィス街全体に広がる田中の過剰なエネルギーを包み込み、巨大な傘が通常のサイズに戻るよう、優しく制御する。ただし、傘はわずかに大きくなり、二人が肩を寄せ合えば、なんとか濡れずに済む程度の相合傘サイズになった。柔らかなベンチやヒーリングミュージックは消え去った。
田中の体が元のサイズに戻り、彼は自分が何をしていたのか覚えておらず、ただ斎藤さんの顔をきょとんと見つめていた。
「さ、斎藤さん…私、また…」
「まったく、ハラハラさせるんだから。でも、おかげで書類も無事だったし、これなら…」
斎藤さんは微笑んだ。そして、少しだけ大きくなった傘を広げ、田中に向かって差し出した。二人は肩を寄せ合うようにして、雨の中を歩き始めた。傘の中で、ふと斎藤さんの手が田中の手に触れた。田中は少しだけドキリとしたが、その温かさに、なぜかホッとした。そして、この一件後、なぜかオフィス街全体の排水機能が劇的に向上し、ゲリラ豪雨でも道が冠水しなくなったことが判明した。さらに、相合傘を見た一部の社員たちの間で、密かに「あの二人は…?」という噂が囁かれるようになった。相合傘の奇跡は、まさかの「都市機能改善と恋の予感」という、驚きの成果をもたらしたのだった。




