33話「スタンプの謎」
「あのコピー機、今でも、たまに印刷する書類の隅っこに、ごく小さな、なんだかやる気に満ちた顔のスタンプが押されることがあるの知ってる?」
斎藤さんの言葉に、田中は目を丸くし、自分の心臓が、あの日のようにドクンと音を立てるのを感じた。
「え…ま、まさか…そんな…」
田中は信じられないといった表情で呟いた。普段、自分の変身後の記憶が曖昧なため、まさかそんな「証拠」が残っているとは夢にも思っていなかったのだ。斎藤さんは面白そうに田中の反応を見ていた。
「ふふ、そうよ。最初はみんな、誰かのイタズラかと思ったらしいんだけど、どうやらあの紙詰まり事件以降、ランダムで現れるみたいで。しかも、そのスタンプが押された書類は、なぜか普段よりスムーズに処理されるって専らの噂よ?」
斎藤さんの言葉に、田中の顔がみるみるうちに青ざめていく。自分の無意識の行動が、オフィスに奇妙な影響を与え続けていることに、ようやく気づいたのだ。その日の夜、田中は残業で誰もいないオフィスに忍び込み、例のコピー機で試しに書類を印刷してみた。ガタン、という音と共に排出された紙の隅っこには、やはり小さな、やる気に満ちた顔のスタンプが確かに押されていた。
(うわあああ…本当にあった…!)
その瞬間、ドォォォォン!と地響きが起こり、田中は「パードゥン田中」へと変貌した。彼の巨大な体が、オフィスビルの天井を突き破りそうにそびえ立つ。
「スタンプ? とんでもない! 最高のインスピレーションを、今ここに!」
パードゥン田中は、例のコピー機に巨大な指をそっと触れた。彼の体から放出される膨大なエネルギーが、オフィス全体に広がり始めた。全てのコピー機やプリンターが瞬時に最適化され、印刷される書類には、部署やプロジェクトに応じて最適な「応援スタンプ」が自動で付加されるようになった。さらに、彼の力の余波で、社員たちのデスクに、その日の気分や業務内容に合わせたモチベーションが上がるようなメッセージが、ホログラムで投影されるようになった。オフィス全体が、まるで「ポジティブエネルギー研究所」のように機能的で鼓舞される空間へと変貌したのだ。
「田中くん! またやってるの!」
斎藤さんが、田中の暴走を止めるべくオフィスに駆け込む。
「斎藤さんか! これもまた、社員の士気向上だ! 業務効率の新たな境地を開拓するのだ!」
「境地を開拓するのはいいけど、人の集中力を乱しちゃダメでしょ! 宇宙拳・意欲の調整!」
斎藤さんは、パードゥン田中の巨大な足元に立ち、両手を広げた。彼女の体から放たれる穏やかな光が、オフィス全体に広がる田中の過剰なエネルギーを包み込み、自動付加される応援スタンプは、目立たない位置に控えめに、そしてモチベーションを上げるホログラムメッセージは、休憩時間のみに表示されるよう優しく制御する。全てのコピー機やプリンターの最適化はそのまま残ったが、過剰な機能は調整された。
田中の体が元のサイズに戻り、彼は自分が何をしていたのか覚えておらず、ただ斎藤さんの顔をきょとんと見つめていた。
「さ、斎藤さん…私、また…」
「まったく、ハラハラさせるんだから。でも、おかげで会社全体の雰囲気が良くなったわね。それに…」
斎藤さんは微笑んだ。そして、この一件後、なぜか社員たちの間でポジティブな言葉遣いが流行し、部署間の協力体制が劇的に強化されたことが判明した。オフィスは、まさかの「幸福度向上とチームワーク強化」という、驚きの成果をもたらしたのだった。




