30話「悩める相談室の奇妙な解決策」
週に一度設けられている「キャリア相談室」の日。いつもなら誰も寄り付かないその部屋に、今日は珍しく田中が座っていた。最近、部署異動の話があり、自分の適性について深く悩んでいたのだ。斎藤さんは、相談員として彼の向かいに座っていた。
「それで、田中くん。どんなことで悩んでいるの?」
斎藤さんが優しく尋ねる。田中は、腕組みをして眉間にしわを寄せ、煮詰まった表情で言葉を選んでいた。
「その…部署が新しくなるにあたって、僕の能力が本当に活かせるのか…今のスキルで、新しい業務についていけるのか…不安で…」
言葉に詰まり、頭の中で様々な可能性を巡らせる。自分の未来に対する漠然とした不安と、期待に応えられないかもしれないというプレッシャーに、田中の心臓は不安に波打ち始めた。
(やばい…このままじゃ、僕のキャリアは迷走する…! 誰か、誰か正解を教えてくれ…!)
彼の心臓は、まるでキャリアパスの分岐点がけたたましく警報を鳴らすかのように激しく脈打ち始めた。
「パードゥン…?」
その瞬間、ドォォォォン!と地響きが起こり、田中は「パードゥン田中」へと変貌した。彼の巨大な体が、相談室の天井を突き破りそうにそびえ立ち、部屋の壁にかけられた「目標設定」のポスターが歪む。周囲の廊下を通りかかった社員たちは悲鳴を上げ、オフィス全体は一瞬にして大混乱に陥った。
「相談? とんでもない! 最高の未来を、今ここに!」
パードゥン田中は、斎藤さんが持っていたキャリア相談のシートに巨大な指をそっと触れた。彼の体から放出される膨大なエネルギーが、オフィス全体に広がり始めた。社員一人ひとりの潜在能力や適性が瞬時にデータ化され、最適化されたキャリアパスが個別の社員のデスクにホログラムで投影された。さらに、彼の力の余波で、会議室のホワイトボードには、未来の市場動向や会社の成長戦略が自動で予測されて表示されるようになった。オフィス全体が、まるで未来の「才能開発ラボ」のように機能的で創造的な空間へと変貌したのだ。
「田中くん! 何やってるの!」
斎藤さんが、田中の暴走を止めるべく相談室に駆け込む。
「斎藤さんか! これもまた、自己成長の効率化だ! 人材開発の未来を創造するのだ!」
「未来を創造するのはいいけど、人の適性を勝手に決めちゃダメでしょ! 宇宙拳・個性の尊重!」
斎藤さんは、パードゥン田中の巨大な足元に立ち、両手を広げた。彼女の体から放たれる穏やかな光が、オフィス全体に広がる田中の過剰なエネルギーを包み込み、社員の適性を強制的に決定するホログラムを、あくまで「参考情報」に戻すよう、優しく制御する。未来予測やキャリアパスのデータはそのまま残ったが、それらは社員が自身の意志で選択できるよう、あくまで示唆に富んだ情報として提示される形に調整された。
田中の体が元のサイズに戻り、彼は自分が何をしていたのか覚えておらず、ただ斎藤さんの顔をきょとんと見つめていた。
「さ、斎藤さん…私、また…」
「まったく、ハラハラさせるんだから。でも、おかげで自分の適性が少し見えたんじゃない?それに…」
斎藤さんは微笑んだ。そして、この一件後、なぜか社員たちの間で部署間の連携が劇的にスムーズになり、新しいプロジェクトが次々と立ち上がるようになったことが判明した。キャリア相談室は、まさかの「組織活性化とイノベーション促進」という、驚きの成果をもたらしたのだった。




