2話「地獄のバーベキュー大会」
新緑が目にまぶしい土曜日。会社の親睦を深めるべく、河川敷でバーベキュー大会が開催された。いつもは気弱な田中も、この日ばかりは浮足立っていた。しかし、火起こしの係に任命されると、彼の悪夢が始まった。
「田中くん! 火が全然つかないじゃないか! みんな腹ペコで待ってるんだぞ!」
課長の怒声が響き渡る。田中は汗をダラダラ流しながら、必死にうちわを扇ぐ。煙ばかりが目に染み、一向に炭は赤くならない。焦れば焦るほど、彼の動きはぎこちなくなり、遂にはうちわを炭の中に落としてしまった。
「ああああ! 何やってんだ田中! 使えねぇ奴だな!」
その一言が、引き金だった。
「パードゥン?」
田中の体がみるみるうちに膨張していく。シャツのボタンが弾け飛び、彼の隣に座っていた部長の椅子が音を立てて砕け散った。身長2メートル、全身ムキムキの「パードゥン田中」がそこに立っていた。
「火起こし、簡単です。この通り!」
パードゥン田中は、落ちていたうちわを巨大な手で拾い上げると、まるでジェットエンジンのごとく風を送り始めた。その風圧で炭は瞬く間に燃え盛り、同時に周囲にあった落ち葉や小枝が宙を舞う。そして、その高熱と風圧によって、これまでバーベキュー会場の周りを飛び回っていた大量のハエや蚊が、一瞬にして消滅した。
「すごい! 虫がいなくなったぞ!」
「あ、でも肉が焦げ始めた!」
パードゥン田中は巨大な肉の塊を素手で掴み、「宇宙の熱量を再現します!」と叫びながら、そのまま網の上に置いた。肉からはジュウジュウと音を立てて脂が落ち、香ばしい匂いが立ち込める。しかし、あまりにも火力が強すぎて、肉は瞬く間に炭になりかけていた。
「田中くん! そこまでよ!」
そこに颯爽と現れたのは、同期の斎藤薫だった。彼女は両手を広げ、まるで舞うように田中の前に立つ。
「斎藤さんか。邪魔をするな。最高の肉を焼いているところだ!」
「最高の肉は炭にならない肉よ! 宇宙拳・風の舞!」
斎藤の手から放たれた優しい風が、田中の暴走で燃え盛っていた炭火を穏やかに鎮める。同時に、彼女の動きに合わせて舞い上がった煙が、まるでダンスのように空へと吸い込まれていく。煙で目をこすっていた社員たちは、その光景に呆然と見入った。
「くっ…斎藤さん…!」
田中の巨体が、ゆっくりと元の細身の体へと戻っていく。彼は自分が何をしたのか分からず、困惑した表情で斎藤を見つめた。
「もう、田中くんったら。でも、おかげで虫がいなくなったし、網の上の肉も焦げずに済んだわ。…あれ? 部長、顔色がすごくいいですね?」
斎藤の言葉に、さっきまで椅子を壊されて呆然としていた部長が、パチパチと目を瞬かせた。
「お、おう…なぜか、長年悩まされていた花粉症が、スッキリ治ったようだ…」
パードゥン田中の巻き起こした熱風と、斎藤さんの風の舞が巻き起こした宇宙のエネルギーによって、謎の治癒効果が発揮されたのだった。社員たちは顔を見合わせ、笑いと安堵のため息が漏れた。こうして、地獄と化したバーベキュー大会は、無事に平和を取り戻したのだった。