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第三話 墜ちた天使 -3

「ここなら、…大丈夫かな?」

レイ、いや人間体となった玲はすぐ近くの裏山にある神社のお社の影に身を隠した。

志保に買ってもらった、ネクタイの付いた白いブラウスと青いチェックのミニスカート。

紺色のハイソックスにこげ茶色のデッキシューズ。

その服が来週から通う私立港学園女子高の制服だとは玲は知らない。

とりあえず、部屋着以外で志保に一度着せてもらった事のある服を選んだだけだ。

もともと服の概念がない玲にとって、他の洋服は着用の仕方がよくわからなかった。


自分が倒したあの怪獣は、誰が、何の目的で送り込んだのか。

どこの星系の生物なのか。その死骸を調べる必要があった。

体はほとんど完全に回復している。

玲は周囲に人がいないのを何度も確認すると、両腕を胸の前でさっとクロスさせる。

程なく、玲の体は光に包まれ、白い球体となってひっそりと谷を登っていった。



一面焼け焦げて真っ黒になった森の跡。

焼け野原の小高い丘陵に残るダイパスの残骸は、すっぽりと保護シートに覆われていた。

夏の最中だというのに丘から吹いてくる風には全く腐敗臭がない。

「やっぱり、…マグマ生命体。」

ソドン星域の一部に熔けたマグマを媒体として生きる生物がいると聞いたことがある。

だとすればあの異常な高温も、熔解金属弾もつじつまが合う。

シートの中を確認するため、玲は炭化した草の上を一歩ずつ登って行った。


丘の上にたどり着いた玲は、テントのように張られたシートの中に潜り込んだ。

茶色く変色したダイパスの残骸。動かなくなった脚の甲殻を調べてみる。

ほとんど金属に近い質感。

ふたつに割れた胴部から流れた体液は、溶岩のように流れ出したままの形で固まっていた。


「おい!どこから入った!?」

巨大な脚の影から突然声がした。

身体全体を物々しい服に包んだ男が機械のようなものから顔を上げ、マスク越しに玲を睨んでいる。

(しまった!)

あわててシートの外に出る。

反対側に止まっている軍用ジープからも、同じ服装をした数人の男達が降りて来た。

「おい。一般人だ!…入口の林道はちゃんと閉鎖したのか?」

「はい。遊歩道も全て。1キロおきに検問も設けてあります。」

「じゃあ、なんで女子高生がここに来れるんだよ?」


モスグリーンの防護服を着た二人の自衛官が玲に近づいて来る。

「あのね、ここは危険なんだ。立ち入り禁止なんだよ。」

「君、体に何か危ない物が付いたかも知れない。一緒に来て。検査するから。」

それは困る。どんな検査かわからないが自分の正体がわかってしまうかも知れない。

解剖されるかも、と言った志保の言葉を思い出して背筋が寒くなる。

「あ、…いえ、…だ、大丈夫ですっ。」

捕まえようとする男の手をすり抜けて、玲は一目散に走り出した。

「待てっ!」

「捕まえろっ!ここの事は極秘なんだっ!」


どうやら見てはいけないものを見てしまったようだ。

焼け残った谷側の藪へ飛び込み、玲は走った。

この状態では、うかつにティア・クリスタルを使うわけにはいかなかった。

もとより身体能力は地球人よりも少しは優れている。

跳ぶように斜面を駆け下りる玲を、屈強そうな二人の男が必死に追いかけて来た。

「待たんかっ!こいつ!」

しかし、慣れないデッキシューズでは走りにくいことこの上なかった。

さすがの玲も息が上がり、開けた林道に飛び出したところで転倒してしまう。

「痛っ!」

藪の下草を踏み分け、すぐそばまで男達が迫ってくる。

そのとき反対側の斜面から滑り落ちるように小型のオフロードバイクが降りて来た。

(挟まれた!捕まるっ!)

バイクがすぐそばで乱暴に止まると、ライダーが玲の手をがしっと掴んだ。

「乗りっ!」

張りのある女性の声。

戸惑う玲にバイザーを上げて顔を見せる。

切れ長の瞳と整った眉しか見えないが、自分と同じ年くらいの少女だった。

「その服、うちの学校やろ! さ、早よしぃっ!」

「は、はいっ!」

有無を言わさず引っ張り上げられ、相手の迫力に飲まれた玲は、素直にバイクのシートに跨った。


「な、仲間がいたのかっ!」

ぜえぜえと息を切らして藪から男達が躍り出る。

「しっかり捕まっときやあ…、行くでぇっ!」

玲を乗せたバイクは派手に前輪を上げてウィリーさせながら一気にスタートした。

「お前らっ!戻れ!道は全部塞いであるんだぞっ!」

捨て台詞の様に後ろから男が叫ぶ。

その言葉通り、林道の前と後ろから連絡を受けた自衛隊のバイクが1台ずつ迫って来る。


「ふうん、…ほな、道を通らんかったらええんやな。」

ライダーの少女は不敵にそう言うと、いきなり林道を外れ、森の中のけもの道に突っ込んでいった。

「え、…ええっ?!」

「喋るなっ!舌噛むでっ!」

ほとんど曲芸の様に岩や切り株で車体をターンさせながら斜面を駆け下りる。

泥が跳ね上がり、草や木の枝が脚にぶつかった。

(え、…ち、ちょっとぉっ!)

モトクロスウエアにブーツを履いている少女は平気だろうが、ミニスカートの玲はたまったものではない。

あっというまにソックスがボロボロになり、脚がすり傷だらけになった。

追ってきた2台のバイクも、後を追って山林に入ってくる。

走りにくそうにしてはいるが、相手は大型で乗っているのは訓練されたライダー達だ。

轟音を上げながら着実にこちらの軌跡をたどって来る。


「負けへんでぇ!」

走るラインの取り方が一段と無茶になった。

わずかな道跡さえ外れ、少々の岩などそのままジャンプしてしまう。

玲は振り落とされないように歯を食いしばって少女の腰にしがみ付く。

そうしながら、バウンドして転倒しそうになるバイクに必死で重力制御をかけていた。


後方のエンジン音がどんどん大きくなってくる。

「アカンっ!追いつかれる!?」

下りとは言え、小型バイクに二人乗りではこちらが圧倒的に不利だった。

(捕まっちゃう!…よしっ。)

玲は指先にエネルギーを集中させた。胸のクリスタルペンダントがブラウスの中で光る。

進路上に丁度よく傾いた大きな木が見えた。


その横をすり抜ける瞬間、玲はよろけたふりをして左手を離した。

気付かれないようにさっと指を木の根元に向けると、溜まったエネルギーをすばやく放つ。

(ローズ…ペレット!!)

紅い花弁のような数発の光弾が機関銃のように幹を砕き、大木が道を塞ぐ様にぐらりと倒れる。

あと一歩で玲達に迫っていた追っ手のバイクはたまらずに急停止した。

(ごめんなさい!)

「な、何や?!…まぁ、ええわっ!」

進路上の岩をかわして、少女がダイナミックにバイクを急転回させた。

振り落とされそうになって、玲はあわてて手を戻し、細い腰にしがみつく。

勢いづいた少女は快調にバイクを飛ばしていった。

後ろからエンジン音が聞こえてくる様子はない。


「よっしゃ!ここまで来れば庭みたいなもんや。もうすぐゴールやでぇっ!」

周囲の景色が明るくなって来た。山の中腹から一気に下ったらしい。

目前の木立ちの切れ間から青空が見える。

スロットルが開けられ、バイクはそこに向かってさらに加速した。

「落ちなやっ! さん・にぃ・いち…。」

「え、いやっ!…えぇっ!?」

ブゥン、とエンジン音が響きジャンプしたバイクが宙に浮く。

「ゼロっ!」

「いやぁあああっ!」

コンクリートの擁壁の上から飛び出したバイクは、数メートル下の家の庭に着地した。

暴れ馬の様に車体が跳ね、止まり際でターンされて、玲はたまらずにシートから転げ落ちる。


「…っ、…痛ぁ。」

「だ、大丈夫か?」

庭の植え込みにはまるように落ちた玲に少女が駆け寄ってきた。

ヘルメットを取ると、ポニーテイルにした薄い栗毛色の髪がふわりと肩に落ちる。

涼しげな瞳と鼻筋の通った顔立ち。身長は玲より10センチ以上高そうだ。

グローブを外し、すらりとした手で玲を抱き起こす。

「ごめん。無茶してもた。…でも、捕まれへんかったやろ?」

無邪気にウインクされて、玲は傷の痛みも忘れて吹き出した。

「うん。」

さっきまでの極限状態の反動か、妙に笑いが止まらない。

安堵した玲の心に少女の笑顔がすぅっと溶け込んでくる。

「あたし、速見アキラ!光って書いてアキラって言うねん。…アキって呼んで。自分は?」

「え、自分?」

「名前や。なんて言うん?」

「あ、あたし、玲。…三沢玲。」

志保から教えられた名前を相手に告げる。そのとき家の勝手口が開き、一人の女の子がひょいと顔を出した。


「アキちゃん!」

濃いピンクのタンクトップにデニム地のホットパンツ。

健康そうな小麦色の素足にサンダルを引っ掛け、からんからんと足音をさせて駆け寄ってくる。

「まーた私ん家をゴールにして! お姉ちゃんに見つかったら大目玉だよっ!?」

「悪い、ニャオ、タイヤの跡消しとく。…総長には内緒やで。」

「総長って言うと怒られるよ、引退したんだから。…え?この娘、誰?」

ニャオ、と呼ばれた少女が吊目っぽい大きな目で玲をきょとんと見つめる。

その頭にアキの手が伸び、赤いショートヘアの髪をくしゃくしゃと撫で回す。

「こいつは郷原菜穂子。これでも高1やねん。」

「なによぉー!失礼ねえ!」


ふくれ面を作る菜穂子の顔立ちは確かに幼い。背も玲よりちょっぴり低そうだ。

「この娘は、…三沢玲やったっけ。林道で拾ろた。」

(拾った?まあ、そうかもね。)

アキのぞんざいな物言いも不思議と気にならなかった。逆に可笑しくなって吹き出してしまう。

「玲ちゃんかあー、…あ、ナオって呼んでね、ニャオじゃなくて。」

くるくると表情の変わるナオは興味しんしんで玲の制服を眺めていた。

「へー、うちの高校なんだ。何年生?」

「え、…と。…1年。」

「えー!あたしたちとおんなじだねっ!何組?何組っ?!」

「あ、…来週から。」

「どおりで見ぃへん顔やと思ったわ。転入なんや。」


来週から高校に行くのよ、と志保が言っていた。

玲は気が進まなかったが、この星の生活を知るにはいいのかも知れない。


「しっかし、おニューの制服ボロボロやな。親が泣くで。」

人ごとのようにアキが言った。玲は思わず突っ込み返してしまう。

「もぉ、…誰のせいよ?」

「そう、そうー、大体いつもアキちゃんが乱暴すぎるの。」

玲に同調して頷きながらナオが口をはさむ。

「ホントはねー、50CCで二人乗りしちゃいけないんだよ?!…って言うか、学校、バイク禁止だしィ!」

分が悪くなったのか、アキがごまかすように話題を変える。

「で、なんであんな所で追われてたん? あれ、自衛隊やろ?」

「ええっと、…裏山を歩いてたら道に迷って、

…いつの間にか立ち入り禁止の場所に入っちゃったみたいで。」

玲はとっさに苦しい嘘をついた。

「ええっ!? 自分、裏山からあんな所まで歩いて登ったんか? すごいやん!」

「え?」

疑われもせずに拍子の抜けた玲は、間の抜けた顔でアキを見つめた。

勘違いしたナオがくすくす笑いながらフォローに入る。

「「自分」って言うのは、「あなた」って事らしいよー、玲ちゃん。アキちゃん語、わかんないよね?」

「やかまし!この辺はこれが標準語や!」

ナオのおかげでまた話の流れが変わり、二人の突っ込み合いが始まった。

玲はお腹を抱えて笑い、少しずつ会話に加わるようになった。

この街のこと、学校のこと、食べ物や遊ぶ場所のこと…。

ほとんど聞き手に回っていても、玲にとっては新鮮で驚くことばかりだ。


すっかり日が暮れたころに玲は二人と別れ、少し幸せな気分で家路をたどった。

他人と喋ることがこんなに楽しかったなんて。

傷の手当すら忘れていた。今頃になって膝がひりひりと痛み出す。


家に帰ると玄関で志保が仁王立ちになって玲を待ち構えていた。

その険しい表情にはっと気付き、肩をすくめる。


明後日から学校に行くのに…。

ソックスとチェックのミニスカートはボロボロ。白いブラウスも泥だらけ…。

志保の一喝が飛ぶ。

「何してきたのっ!このお転婆娘!!」

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