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第三話 墜ちた天使 -2

「大きな部隊を動かすと言ってるのではないのです!」

ステーション・イグドラの通路を早足で歩くコマンダーの冷たい背中に、リアナは必死に訴える。

「要員が割けないのなら私が赴きます。せめて調査を!」

「今、副官の君に行かれては困る。」

ようやく足を止めたヴァラオが振り向き、リアナを鋭い瞳で見下ろした。

苦渋に満ちた顔に、心なしか疲れが見える。リアナは思わず口をつぐんだ。


「…あの惑星と周辺に広範囲でスキャンをかけた。リーフ7の反応はない。」

「ええ、わかってます。」

感情を押し殺して話すコマンダーの言葉には、さまざまな思いのこもった迫力があった。

気押されたリアナは、つい顔を背ける。

「…あの空間にリーフ7は存在しないと言う事だ。行って何になる。…おそらく、沈んだのだ。」

確かにコマンダーの言うことは正論だった。すがるようにリアナが続ける。

「もし、あの惑星に不時着していたら?!可能性は…。」

「…ないな。」

冷徹なコマンダーの声が響く。歴戦の勇士である彼のさまざまな体験がそれを確信させていた。

「君もわかっているだろう、…あの惑星の重力の強さを。レイのような素人が無事に大気圏を突破できるかね。

…しかも、エネルギーを切断されたリーフでだ。」


ヴァラオはリアナの肩に手を置くと、諭すように静かに語りかけた。

「今、我々が勝手に動くわけにはいかん。他のリーフの使用さえも禁じられているのだ。」

レイが行方不明になって以来、イグドラのリーフシステムは安全確認のため停止させられていた。

みんな自由に外に出ることもままならず、ステーションは重苦しい雰囲気に包まれている。

「もうじきブルーム総司令がこちらに来る、…それまでは待機だ。」


銀河系第3方面総司令、ブルーム・ゼブル。

勇敢、…ではなく有閑将校と呼ばれ、最前線で働く評議会のメンバーには甚だ評判が悪かった。

あの総司令が来て何になるのか、…リアナの瞳に不満の色が浮かぶ。

総司令の指揮下で調査が始まれば、事故処理は形式的に進んでしまうだろう。

レイひとりの安否など、評議会全体の中ではどうでもいい問題なのだ。

だからこそ、そうなる前に出来る限りの事をしておきたかったのに…。

唇を噛むリアナの肩にそっと手が置かれた。

「わかってくれ、リアナ、…組織の中では、どうしようもない事もある。」

悔しそうな声でそう言い残すと、ヴァラオはオートドアの向こうへ消えていった。



「ごちそうさま。」

リコーダーのように可愛らしく響く声。椀のお粥をぺろりと平らげた少女は行儀よく志保を見つめる。

「おや、まあ。すっかり言葉が、…よくできました。」

わずかな時間で、二人の間には奇妙に落ち着いた空気が生まれていた。

姿こそ地球人とは違うが不思議に女の子らしいレイの仕草に、志保の警戒心は少しずつ薄らいでいた。

この部屋で目覚めたとき、とっさに相手の記憶を消そうと飛び掛ったレイも落ち着きを取り戻している。

そんなことをしてどうにかなる事態ではないと悟ったのだ。


コップの水を少女に差し出しながら志保が尋ねる。

「食べれたみたいね。…お味は?」

「よく、…わからない。」

レイは素直にコップを受け取って水を喉に流し込んだ。

澄んだ水は身体の奥に吸い込まれ、泉が湧くように力を与えてくれる。

穏やかに微笑んで見守る志保が語りかけた。

「あなた、…名前は?」

「レイ。」

「そう。…どこから来たの?」

「レイ」と名のった少女は、どう答えていいのか困ったようにおずおずと天を指差す。

「やっぱり。地球の外からね。…そこへは帰れる?」

表情で形の変わらない瞳が深く沈んだように見える。少女は黙って静かに首を横に振った。

自分の乗ってきたリーフはもうない。

単独で宇宙空間を移動する能力は、レイにはなかった。

「…レイ。」

優しく語りかける志保の声に、レイはうつむいた顔を上げる。

「帰れないのね。 …お迎えがくるまで。」

自分の置かれている現実がその言葉で確定された。レイは肩を落とし、首を縦に一度だけ振る。


宇宙を飛ぶリーフもない。

イグドラに連絡すら取れない。

この辺境の星でひとりきり…。


「ここにいなさい。」


重い沈黙を破る一言に、レイは驚いて相手を見つめる。

「あたしを助けてくれたんだ。放り出すわけにはいかないでしょ。」

(そうか、…昨日の夜。)

志保の前で巨大化して戦ったことを思い出す。

(この人に全部見られてしまった…。)

レイは溜息をつき、おそるおそる訊ねてみる。

「あたしを、…どうするつもり?」


「ここにいなさい。…それだけよ。」

レイの心配をよそに、志保はあっけらかんとそう言い放つ。

「宇宙人なんでしょ、レイは。警察や自衛隊に引き渡してもろくなことにはならないからね。

調べられて、…ひょっとして解剖されるか。」

それは困る。レイは気が気ではなくなった。

目の前の志保でさえ、少なからず自分を好奇の目で見いるのは感じていた。

まして大勢の地球人に存在を知られたら…。

「まず、怪我を治さなきゃね。…可愛そうだけど、その姿じゃ部屋から出すわけにもいかないし。」


はっと気が付いてレイが目を輝かせる。そうだ、まず外見を変えればいいんだ。

それくらいのエネルギーは回復しているはずだった。

「変われば、…いい?」

レイは立ち上がると、ちょっと得意げな様子で胸に手を当てる。

ティア・クリスタルが光り、そのまま青白い燐光が身体全体を包んだ。

ぼおっとした光の中で真珠の肌が少しずつ色を帯び、地球人の肌の色に近くなっていく。

青い髪も染められるように色を深め、つややかな黒い髪へと変化していった。


「おや、まあ…。」

あっけに取られる志保の前に、一糸まとわぬ美しい人間の少女の姿に変身したレイが立っていた。

胸に埋め込まれていたティア・クリスタルもペンダントの形になって首にぶら下がっている。

「あとは、顔ね。」

レイの顔がCGのようにゆっくりと歪むと、少しずつ人間らしい顔に変わっていった。

少し太い眉、くるんとした大きな瞳、丸っこい鼻、…志保の顔そっくりに。

「ちょ、…ちょっと待ちなさいよ。」

少女のような身体に顔だけが40代の志保のもの。

滑稽な姿のレイは、何かいけないかしら、と言いたげに首をかしげる。

「あなたの顔に似せたの、…ダメ?」

「ダメ!…こんなおばちゃんの顔にしてどうするのよ。その、もっと若く。」

「あなたしか知らないから、…若く?」

「そう。まずその皺を消して、…もっとこう肌を。」

「こんな感じ?」

わからないままにレイは顔の造形を少し修正してみる。

何度も試行錯誤したあげく、中学生か高校生くらいの少女の顔が完成した。

「うーん、…ま、まあ、いいでしょう。」

仕上がったレイの顔はまるで昔の自分、いや、もし自分に娘がいたら、…そう錯覚させる出来栄えだった。

志保は妙にむずがゆい気持ちで、その姿から視線をそらしてしまう。

「服が要るわね。…買ってくるから、誰か来ても出ちゃダメよ。」



県庁の会議室に設置された対策本部。

入り口には白地の看板に「巨大陸上生物災害対策本部」と大きな文字で書かれている。

報道陣は全てシャットアウトされ、関係者以外はこのフロアへの立ち入りさえ禁じられていた。


郷原は緊張した表情でプロジェクターパネルの前に立っていた。

「本当にその白い巨人が君を救ったというのかね? 郷原君。」

「はい。黒い怪獣の攻撃を手で遮った。…自分にはそう見えました。」

あの巨人、いや巨大な少女は敵ではない。

長年、軍用機のコックピットに座り、時として死線を越えてきた郷原の勘だった。

「暴れて振った手にたまたま当たったのではないか?それだけでこの巨人が友好的と判断するのは早計だ。」

「しかし!」

郷原の発言を制して、同行したNEO保安部長、坂田が静かに手を挙げた。

「問題は今までのように海中ではなく、陸上に巨大生物が現れたという事です。」


「生物と言えるかどうか。残された死骸を見る限り、我々の知見をはるかに超えている。」

早朝からの緊急現地調査を終えた地元の大学教授が画像を映して報告する。

ふたつに割れたダイパスの残骸がプロジェクターに投影された。

錆びたように茶色く変色した8本の脚が乱立している様子は、何かのオブジェのようだ。

「今、詳細な分析を急がせていますが…、

少なくとも死骸の主成分には有機物はおろか水分もほとんど含まれていない。」

会場がざわついた。

「残された死骸、…いや残骸は無機物。…岩石や鉱物に近い物です。」

「岩が8本足で動いたというのか?」

「奇異なことですが、調査結果は事実です。」

どよめきの中、出席者は隣同士顔を見合わせている。

「墜落したヘリコプターの機体、炎上した周辺の着弾点。

…これらにも同様の成分と思われる物質が付着しています。」

「他国の兵器である可能性は?」

「極めて少ないでしょう。今回出現した2体は上空、…衛星軌道から飛来したものと思われます。」

「宇宙から来たというのか…。」


会議室が喧騒に包まれる。黙って報告を受けていた県知事がテーブルに手を付き、ゆっくりと立ち上がった。

「お静かに。…まずは、周辺住民の安全確保が第一と考えます。関係各機関の御協力をお願いしたい。」

部屋の中が静まり返った。出席者をひとりひとり見回すように知事が続ける。

「怪獣の死骸及び周辺3キロの範囲を立ち入り禁止としました。

まず、その範囲内での放射性物質、その他有害な物質の有無を徹底的に調査して頂きたい。」

調査隊長の教授が思案しながら答える。

「精密な測定器の運搬、設置も含め若干時間がかかります。1週間ほどですが…。」

「残骸のごく周辺だけでも早急に調査して下さい。自衛隊の御協力もお願いします。」

代表で出席していた自衛隊方面隊の幕僚長が頷く。

「特殊武器防護隊を中心に任務に当たらせましょう。」

「姿を消したと思われる白い巨人の行方については県警に全力で捜索をお願いする。

ただし、いたずらに不安や混乱を煽らないよう、怪獣を含めてその存在は当面極秘としたいと考えます。

…最後に。」

知事が坂田と郷原の顔をかわるがわる見つめる。

「今回のNEOの働きに感謝します。今後とも、有事の際には出動をお願いしたい。」

二人はさっと直立し、力強く敬礼を返した。

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