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第三話 墜ちた天使 -1

            第三話 墜ちた天使



「ちぃっ!…くたばったか。」

熔鉱怪獣ダイパスの最後を遠距離モニターで見届けた男は、舌打ちをしてコンソールのチェアに身を沈めた。

黒いパネルに丸い穴が開いたように見える無骨な計器が並ぶコントロールルーム。

男は苛立ちながら、黄金色の長い爪の先でパネルのフレームをコツコツと叩く。


彼は地球に程近い銀河の辺境、ソドン星より密名を受けてやってきた地球侵攻前線指揮官である。

名前はガディ。深い緑色の体には鱗こそなかったが、その姿は地球でいうところの爬虫類を思わせた。

硬く盛り上がった筋肉が、なめしたような艶のない皮膚に包まれている。頭髪はほとんどない。

仁王像のように荒ぶる険しい顔。夜行性の動物のように虹彩が細い金色の目。

地球の衛星軌道近くに停止した彼の宇宙船は、ぶ厚い次元空間シールドに包まれていた。

地球上の観測機はもちろん、評議会の探索システムからも隠れることが可能だ。


「評議会の調査員は素人の小娘だから、たやすく始末出来るんじゃなかったのかよ。話が違うぜ。」

声を荒げ、通信モニターに向かって悪態をつく。モニターからノイズに混じって別の男の声が返された。

「若い調査員には違いないが、少し侮っていたようだな。」

「叩き落せば大気圏で燃え尽きる、万が一生き残ってもダイパスに焼き殺させれば証拠は残らん。

…そう言ったのはアンタだぜ。」

侵攻前線指揮官とはいえ、辺境での極秘行動のため、彼にはわずかな戦力しか与えられていなかった。

数少ない怪獣を失った痛手は大きい。苛立つ感情のままに、ガディは通信の相手に噛み付いた。

「今回の作戦の失敗について、君には全く責任がないと言いたいのかね?」

そう返す相手の言葉にかすかな怒りを感じ取ったガディは、あわてて誤魔化すように話題を変える。

「いや、そうとは…。で、この星の主権者は消えた。侵攻は予定通り始めていいのですかな?上官殿。」

「ああ、予定通り進めたまえ。評議会の告知と同時に制圧が完了できるようにな。」


惑星の主権者が消失した場合、評議会が調査を行い主権者不在を告知する。

告知前の侵略、侵攻は憲章違反である。

「告知が出た後に強力な侵攻勢力とぶつかっては勝ち目がない。

…そうなる前に、この星の主権がソドンに委譲された既成事実を作るのだ。」

地球人程ではないにしろ、ソドンの技術力は全宇宙の高等生命体の中では比較的低いレベルにあった。

しかし、彼らはどうしてもこの「地球」という惑星を手に入れたかったのである。

地表の半分以上を覆う大量の水、大気中の豊富な酸素。

これらの物質が乏しいソドン星系から見れば、地球は宝庫だったのだ。

「どうせ星ごと砕いて資源にするんだ。根こそぎぶち壊した方が早いんだがな。」

ガディにとっては地球はただの物質の塊である。そこに住む他の生命体に興味はなかった。


「いいか。目的はその惑星に残った地球人とやらにソドンの力を誇示し、速やかに従属させることだ。

派手な武力侵攻で目立ってはならない。…わかっているな、ガデイ君。」

腕組みをしたガディが鼻で笑う。

「今の戦力でどうやって派手に侵攻できるんだ?

ダイパスはやられ、残りの怪獣は掃討用の一匹しかないんだぜ。」

「大して力のない地球人にとってはそれで十分脅威だろう。それと、もうひとつ…。」

「何だ? くっついてる衛星も、ついでに手に入れておけってか?」

ガディの言葉をおもむろに無視して、低い声で相手が続ける。

「評議会の調査員を消しておけ。生き残って後で証言されると厄介だ。」

「ふん、…小娘は元の大きさにしぼんで消えちまった。あの重症だ、ほっとけば勝手にくたばるだろ。」

「万が一ということもある、確かめろ。」

「やれやれ、エネルギー反応も消えてるっていうのに、…わざわざ死体探しかよ。」

「必ずだ、ガディ君。…時間はある。」

最後に冷たく言い放つと通信はぷっつりと切れた。



うすいピンクのシーツに横たわり、それは小さく呼吸をしていた。

いや、人間の呼吸と同じように胸が小さく上下しているのでそう見えるだけなのか。

床の上に整えて流された青い髪。パールホワイトの肌にはあちこちに焼け焦げた跡。

人間と同じ大きさに戻ったレイは、呻きもせずに瞳を閉じていた。


「さて、…どうしたものかねえ。」

徹夜明けの目を擦りながら、志保は重い頭で昨夜からのことを思い浮かべてみる。

黒い怪獣、山火事、…そして戦う白い巨人。

怪獣を倒した巨人は光の中で小さくなり、少女のようなこの姿で倒れ伏した。

森の外れで動かなくなったそれを夢中で車に乗せ、こっそりと家まで連れ帰ったのは深夜。

誰も見たものはいない。志保には家族もなかった。


意識を無くしたまま、ぐったりしたひとつの命。

正体はともかく、自分を救ってくれたこの生命を見捨てるわけにはいかなかった。

有効な手当ての方法もわからない。傷に見える部分を湿らせた布で冷やして消毒する。

何度もガーゼを取替えて…。

熱を帯びていた傷が落ち着く頃には、小鳥の声が聞こえ始めていた。


少女?…が人間でないことは一目瞭然だ。

どこから来たのだろう。

朝の光の中で冷静に考えると事が重大に思え、自分の行動を少々後悔してしまう。

(警察とかに届けた方がよかったかしら。)

だが、志保はそれを思い止まった。

公的機関に渡せば、この生命体がどんな扱いを受けるのかわからない。

病院に連れて行っても、地球外生命体の治療など出来るはずもない。

身を呈して自分を救ってくれた相手に、こうするのが一番だと彼女は判断したのだ。


「高圧線の鉄塔くらいはあったわよね。それがまあ、力尽きたらこんなに小さくなって。」

目の前で眠る少女は身長157cmの自分よりも小さく見えた。

常識では考えられない大きさの変化も、今は確かな事実として受け止めるしかない。

幸か不幸か、志保はこういう時、頭の切り替えが早い女性だった。加えて楽天的でもある。

…まあ、いいか。 まずは助けなきゃ。

志保はガーゼを消毒液に浸し、いくつもの傷口に丹念に当てがっていった。


「何者かしら、…でも、命の恩人だものね、あんた。」

すっかり朝の光が差し込んできた部屋で、志保は目を細めて少女の髪を撫でる。

そのとき、眩しそうに瞼が動き、青い宝石のような眼がゆっくりと開かれた。

「゜〇‐#$〇-"ёゝ<!!」

がばっと上体を起こした生命体は、鳥がさえずるような甲高い声で叫びながら、突然志保に飛び掛ってきた。

首元を掴もうとする白い両手。だが、相手が悪かった。

志保は長年、合気道の師範を務めている。かわして腕をねじり上げるのは他愛もないことだった。

「こらっ!」

子犬でも叱りつけるように一喝して取り押さえる。全身の傷が痛むのか白い顔が歪んだ。

「・・・##・・。」

小鳥のような声で短く悲鳴をあげ、捕えられた獲物のように身体を強張らせている。

(どうしたものか…、いつまでもこうしてると弱ってしまいそうね。)

真珠色の少女は肩で息をしながら、その力を緩めることはない。

押さえた手を離したら逃げ出すか、再び襲い掛かってくるか…。

「…このお転婆っ!」

志保は少女を引き起こすとぎゅっと抱きしめた。

驚いたようにサファイヤの瞳が大きく見開かれる。

自分の腕の中に納まった少女の胸の鼓動が、とくん、とくんと伝わってくる。

(この子、…あたたかい。人間みたい。)


抗っていた少女の力が抜け、震えが止まるまでどれくらい時間が経っただろう。

呼吸が落ち着くのを待って、静かに言葉をかけてみる。

「あなたは何者?…どこから来たの?」

子供をあやすように背中を撫でて…。少女は黙ってされるがままになっていた。

「言葉は、わかる?」

肩に手を置いて宝石のような青い瞳を覗き込む。

吸い込まれそうに透き通った瞳が、かすかに光を帯びると、少女がおずおずと口を開いた。

「…ぁ、…ぅぁ、…ぅ…。」

さっきまでとは違う、人間に近い発音で何かを訴えている。

意思が通じる感触を得て、志保は夢中で話しかけた。

「わかる? …そう、…ゆっくり。」

「…ぁ…ぃ。…ぁ…ぁ…ぃ…ぁす。」


レイの頭はフル回転していた。

この星の言語を頭にインプットしてはきたが、種類の多さと複雑さのため、すぐに応用が利かない。

目の前にいる地球人の言葉の体系を膨大なデータから探り当てる。

ティア・クリスタルの力で発音器官を変化させて地球人に近い声で…。

地球人の知能では考えられないスピードで、レイはなんとか言葉を理解し、話そうと必死だった。

一言ずつ言葉を重ねるうちに、それは次第に形になっていく。


「わかるのね?」

「は…い。…わ…ぁり…ます。」

「そう!」

志保の目が輝く。指先で頬に垂れ落ちた青い髪を整えると、短い言葉を選んで優しく語りかける。

「痛い?」

「ぃ…たい。…いたぁぃ。」

「治る?」

「な、…ぁおる。…なぁ…お…ります。」

「食べる?」

「?」


レイには「食べる」ということがすぐに理解できなかった。

任務中はクリスタルエネルギーの補給で生命を保っている。

自分の口で食事をしたのはいつのことだったろう。

そう思いながら、レイは自分の体にほとんどエネルギーが残っていないことに気が付いた。

志保が小さく首をかしげながら訊ねる。

「お腹、空いた?」

エネルギーの尽きかけたレイの体は、とにかく何か口に入れることを欲し始めていた。

この星の食料を自分が消化できるのか、そんなことを気にしている猶予はなさそうだ。


はじめてのまともな言葉が、ぽつりとレイの口からこぼれる。

「………すいた。」

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