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第二話 灼熱の侵攻 -3

「どうしてNEOが山に行かにゃならんのですか?」


Nautical Extraordinary Officer=NEOとは、海上特別保安隊の略称である。


牙竜との戦闘でただ一機残ったハーキュリーを整備する間もなく、郷原は出動命令を受けた。

「海上特別保安隊法には活動範囲の規定はない。長官命令だ。」

保安部長がにこやかに笑いながら、憮然とする郷原の肩を軽く叩く。

自衛隊から一緒に転籍してきたこの上司に。郷原は一応の信頼を置いていた。

「山火事なら県警か消防でしょう。」

「県警のヘリが消息を絶つ直前に「火の中に怪獣」と言ったそうだ。」

「怪獣?」

今まで怪獣が陸上に現れたことはなかった。海にいた牙竜やアトラの一族と関係があるのだろうか。

「2体いるという情報もある。警察では危険だ。」

相手が怪獣となれば確かに自衛隊よりはNEOの方が動きやすい。武器の使用権限もある。

「有事の際は、…撃ってもいいんですね。」

「判断は任せる。そのために君に頼むのだ。…他に質問は?郷原二等保安正。」

わざわざ正式階級で呼ばれ、居心地の悪さに郷原は苦笑した。

「自衛隊のときと同じ、二尉で結構です。」

同じように笑っている相棒の白石を肘で小突くと、郷原はブリーフィングルームを後にした。


ジェット燃料と弾丸だけ補給すると、ハーキュリーは大阪湾にあるNEO本部基地から現場へ急行した。

「何だ?あれは!」

郷原は自分の目を疑った。

広範囲に燃える山火事。もうもうとした煙の中でふたつの巨大な生物が格闘している。

ひとつは鈍重に動く、黒い蜘蛛か蟹のような形。

そして、もうひとつは…。

「冗談だろ?」

それはどう見ても巨大な少女にしか見えない。

白いレオタードに身を包んだような外観。色こそ青いが人間と同じような髪の毛さえ生えている。

その長い髪を振り乱し、黒い怪獣の脚に取り付いて叩いてはまた離れる、単調な攻撃を繰り返していた。

「お互い戦っている?! まるで子供の喧嘩だ。」

「この白いの、まさか牙竜の仲間じゃないだろうな。」

巨人を見て白石が懸念する。確かに、姿形は自分たちが葬り去ったあのローレライによく似ていた。

十数倍はありそうな身長を除いては。

「黒い方は遅い。白い奴の後ろに回るぞ。」

もしこの巨人がアトラと関係があるなら、こちらが攻撃される可能性もある。

郷原は巨大な少女の背後に回り、慎重に間合いを詰めて行った。

骨格や筋肉の動き。接近するとますます人間の姿そっくりだ。

首に巻かれたピンクのチョーカーのようなものも見える。

「似ているが少し違うぞ。」

「こちらに向かってくる様子はない、…か。」

その向こうにいる黒い怪獣には気にも留めず、二人の興味はレイに集中している。

その隙を狙って、ダイパスの胴体コアから熔解弾がたて続けに発射された。

突然の攻撃に、油断していたハーキュリーの回避が遅れる。

「しまった!!」


ズンッ!…ガシュッ!!


次の瞬間、灼熱の溶弾は巨大な白色の掌にさえぎられていた。

摂氏1000度を超える熔解金属弾。

それを2発とも受けたレイの掌は焼け焦げ、皮膚は重度の火傷を負っている。

「くあっ、…うっ!!」

激痛が走る。レイはそれでも腕を下ろさない。

自分が助けたのは、あのアトラ人を全滅させた攻撃機だということはわかっている。

それでも、守る。

目前で生命が散るのを見たくなかった。

この星の人間、地球人はあまりに弱い存在なのだ。


九死に一生を得たハーキュリーが、ホバリング上昇で離脱する。

「こいつ、俺たちを助けた?」

「さっきの攻撃、…あっちの黒いのか、ヘリをやったのは!」

「らしいな、…これで専守防衛だ!くらえっ!」

郷原は照準を黒い怪獣の胴に合わせてトリガーを弾いた。

ハーキュリーの機首に装備された50mmリニアガンが空気を切り裂く。

「何っ?!」

弾丸が届く直前、黒い脚部がすばやく閉じた。撃たれるのを感知したかのように。

怪獣のコアは鋼のような脚の外殻に覆われ、弾をあっけなく跳ね返してしまう。

「くそっ!ただの蜘蛛野郎じゃないぞ、こいつ。」

郷原が操縦桿を引く。

怪獣に接近しすぎたハーキュリーは反転し上空へ急上昇した。



(この怪獣、思ったより賢い…。どうしよう。)

怪獣を沈黙させようと、かかっていったレイだったが、相手は予想外に強力だった。

少々の物理的な攻撃は、硬い脚の甲羅で跳ね返されてしまう。

何度挑んでも、相手の心臓部である胴体コアには手が出せずにいた。

背後の攻撃機と目の前の怪獣の両方を警戒しながら、レイは必死で頭をフル回転させていた。

やがてハーキュリーの射線から外れたと知った怪獣は、じりじりとその黒光りする脚を開いていった。

(とにかくコアを破壊しなきゃ、…よしっ!)

レイは賭けに出た。

(あの攻撃機が、もう一度怪獣を撃ってくれたら!)


意を決してすばやくダイパスに駆け寄り、両手で一番手前の2本の脚を掴む。

力任せに左右に開くと、コアの一部が脚の隙間から顔を覗かせた。

(お願い、私を撃たないで、…わかって!)

脚を閉じようと抗うダイパスの怪力に、レイの両腕がくじけそうに震え始めた。

先程の攻撃で火傷を負った右の掌が焼けるように痛い。苦痛に表情をゆがめて歯を食いしばる。

振り返ったレイの青い瞳は、攻撃機のパイロットに訴えるようにその機体を見つめていた。

(すごい力、…そんなにもたないよ。コアを撃って!早くっ!)

必死のレイは怪獣の妖しく赤熱する口が開くのに気づいていなかった。


「ぐぁっ!!」

突然、レイの左肩に刺すような衝撃が走る。体が焼ける鋭い痛み。

ダイパスの口から放たれた溶解金属弾が至近距離で命中したのだ。

無防備なレイの胸に一発、また一発…。

防ぎようのない攻撃に体が焼け、パールホワイトの表皮にいくつもの焦げ痕を作っていく。

「あ、…っ、くぅっ! …い、…やぁあああっ!!」

黒煙に包まれたレイの上体がのけぞり、悲鳴が上がる。

それでも怪獣の脚をしっかりと掴んだ両手は離れなかった。



巨人が怪獣の脚をこじ開けた。今ならいける!

攻撃態勢に入った郷原は開いた黒い脚の隙間に狙いを定める。

…撃つか!? …いや。

一瞬の迷いの後、郷原は安全離隔距離を無視して急接近した。

遠距離からの発砲では、あの巨人にも弾が当たってしまう。

少なくともさっきはこちらを守ってくれたのだ。

「郷原っ、近いっ! 近すぎる!」

白石の制止を振り切って、ぐんぐんと距離を縮めていく。

熔解弾に迎撃される恐怖を抑え、郷原はぎりぎりまで粘った。

「野郎っ!くたばれっ!!」

レイの肩口まで接近したハーキュリーは、ダイパスの脚の隙間へ嵐のように高速徹甲弾を浴びせた。

金属が激しくぶつかるいくつもの音。砕けた弾丸と怪獣の表皮が散らばり、地面に土煙を立てる。

命中だ。

脚を必死で押さえている白い巨人の肩に衝突する寸前、ハーキュリーはブースターを噴かして急上昇する。

それを視界の隅で捕えたレイは、力尽きたように両手を離し背中から大地に倒れこんだ。


「仕留めたか?」

土煙が風に払われる。

しかし、郷原の目に映ったのは赤い口を不気味に光らせて這い出してくる怪獣の姿だった。

「何ぃ!普通の弾じゃないんだぞ!」

「離れろ!郷原!」

白石の声に反射的に操縦桿を引く。

間一髪、怪獣の熔弾が機体をかすめて森の中に着弾した。瞬く間に火の手が上がる。

「まずいな、このままじゃあちこち火の海になる。出直すか?」

「馬鹿野郎!このまま市街に入られてみろ。ここで防ぐんだ!」

言葉を荒げたものの郷原には策がなかった。200mmの鋼鉄を貫くリニアガンが効かなかったのだ。

「おいっ。見ろ!」

白石が燃え盛る森林の中に赤く照らされる影を見つけた。一度倒れたはずの白い巨人の姿。

それは炎の中でよろめきながら、怪獣の進路を塞いでいるように見える。

そのとき、ハーキュリーのコックピットにアラーム音が無情に響き渡った。

上昇と静止にジェットブースターを使いすぎ、燃料が尽きたのだ。

「いかんっ!不時着するっ!」



よろよろと森林地帯の向こうへ離脱する攻撃機を見送ると、レイは必死の形相で怪獣と対峙した。

(この星の武器ではこの怪獣は、…倒せない!)

全身を切り裂かれるような火傷の痛み。初めての戦闘で負った重症。

だが、もう引くわけにはいかない。頼るものはないのだ。

(動きを止めないと、…こんなことになるんだったら、ちゃんと光線や光弾を使えるようにしとくんだった。)

ティア・クリスタルの能力をすぐに使いこなせない自分の未熟さを、今更ながら後悔する。


再びダイパスの前に立ちはだかったものの、今のレイには格闘しか手がない。

感情のない機械の様に怪獣はじりじりと迫ってくる。

開いた赤い口からレイめがけて熔解弾が放たれた。

「くっ!」

ジャンプしてかわす。だが地球の引力はその巨体を容赦なく地面に引き戻した。

「んぁっ!…すごい重力。体が重いっ。」

轟音とともに白い巨人が森の中に落下する。大木がバキバキと音を立てて踏み折られた。

油断する間もなく次々と発射されるダイパスの熔解弾がレイを襲う。

「さっきより弾の数が増えた?!」

ハーキュリーの攻撃で脚を閉じることが出来なくなったダイパスは、闇雲に熔弾を吐き始めた。

高温の熔解弾を避けてレイが跳ぶ。着弾した森林から次々と火の手が上がった。

(重力制御は、…ええっと。)

ティア・クリスタルは次元時間軸制御によって重力加速度をコントロールし、反重力効果を出すことが出来る。

ジャンプと転倒を繰り返しながら、レイは重力を操る方法を思い出していった。

跳ぶ。…転ぶ。そしてまた跳ぶ。少しずつ訓練の体感を思い出すうちに身体が軽くなってくる。

「いけるっ。もう当たるものかっ!」

着地が確実になり、より速く、高く跳べるようになると怪獣はレイの動きに追いつけなくなった。

翻弄されるようになんとか熔弾を吐こうと、身体の向きを変えるのが精一杯のようだ。

(そうだ!この重力!…これを使えば!)

ダイパスの口から放たれた弾を大きくジャンプしてかわしたレイは、重力制御を最大にして大空へ昇る。

他の惑星より格段に重力が強い地球上でも、レイはその体を地上300mまで上昇させる事ができた。

「この星の重力でここから、一気に!」

最高点に到達したレイは片足を矢のように伸ばす。

重力制御を逆転させ、5000トンの体を怪獣めがけて落下させた。

地球の濃い大気がすさまじい勢いで体の表面を削る。青い髪が逆立ち、体がぐんぐん加速する。

マッハ1、マッハ2…。地上を這うダイパスの黒い体が猛スピードで足元に迫る。

…マッハ5!レイは伸ばした足の先に全エネルギーを集中し硬化させた。

「閃光、…キィィック!!」

瞬間的に数十倍の硬度に強化されたレイのつま先が怪獣を貫く。

衝撃で大地が揺れ、ダイパスの胴体が熔けた金属を噴出しながら真っ二つに割れた。

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