第二話 灼熱の侵攻 -2
なんとか陸地に不時着できたレイは、リーフのハッチを開き、外に這い出した。
外の環境を確認している余裕はない。この星の大気は吸えるはずだった。
足が重く、体が地面に貼り付きそうだ。
長い間ステーションで生活していたレイに惑星の重力は辛かった。
足元で何かが燃えている。この星の植物らしい。
「火が…。」
この星は大気が濃い。その分豊富な酸素を蓄えている。…評議会の報告書を思い出す。
ぱちぱちと火の粉を散らす小枝を踏み、レイは異世界に降りたことを実感していた。
倒れそうな体を支えるようにリーフの機体に片手をつく。
体を包むエネルギーシールドなしでは触れないほど熱い。
熔解弾の攻撃と大気圏突入の摩擦で外装はボロボロになっていた。
エネルギーはほとんど無いに等しい。
「もう、…飛べないよね。」
機密保持。
評議会の先鋭技術の塊であるリーフは他の高等生命体の手に渡ってはならない。
たとえそれが残骸であっても。
レイは覚悟を決めるとハッチの横にある端末を操作し、リーフ7の消滅装置を作動させた。
最後のわずかなエネルギーを使ってリーフは自らをばらばらに異次元へ送り、溶ける様に消えていく。
座標さえもわからない次元の彼方へ、…もう2度と元に戻ることはないだろう。
「……。」
リーフ7は幻のようにその姿を消した。
何もなくなった。
着地痕と静かに燃え続ける木の枝が、リーフの名残をかろうじてそこに残していた。
涙は出ない。
感情すら止まっていた。
スローモーションのようにその場で草の上に膝をつき、崩れ落ちる。
風に吹かれたブルーの髪が頬にまとわりつく。
それを掃いもせず、レイは目の前のゆれる小さな火をぼんやりと見つめていた。
今は、…生きている。 明日は?!
「…!!」
その静寂も長く続かなかった。
空の彼方から響く重苦しい音にレイは顔を上げる。
リーフの落下軌道をなぞるように、あの「物体」がこちらに飛来して来たのだ。
上下につぶれたような黒い球体は落ちると言うより、明らかに意志を持って飛行していた。
かなりの熱をおびているのか、灰色の煙をまとい外面の下側を炭火のように赤く光らせている。
「追ってきた?!」
その姿を目視したレイがあわてて立ち上がったのと同時に、急降下した物体はすぐ傍の森の中に着地した。
ドガァッ!!
すさまじい勢いで爆風のように熱い空気が吹き荒れ、大地が激しく揺れる。
小枝や砂利が周囲に吹き飛び、一瞬で木が何本かなぎ倒された。
腕を顔の前で交差したレイの体に、いくつもの石つぶてが降り注ぐ。
「痛っ!」
目の前の大きな木が一気に燃え上がる。物体の表面温度は1000度を越していた。
火柱と湧き上がる煙の向こうで、黒い巨大な影がゆっくりと動き出す。
ギ、…ギギ……。
軋むような不気味な音。
黒い球体が割れる。
縦向き、8方向に亀裂が走り、それぞれがせり出すように分離する。
細長い盾のような形をしたそれは8本の脚だった。
第2関節の部分にそれぞれ真っ赤な複眼が光り、太い爪が地面を踏み付ける。
いかにも硬そうな表面は、甲殻というよりは金属の質感に近い。
巨大な蜘蛛のような姿。
胴体にあたるコアは分厚い円盤状でいくつかの孔から赤い光を漏らしていた。
リーフを攻撃したあの弾の光だ。
ズゥゥゥン!
正体を現した怪獣「ダイパス」はゆっくりした動作でレイの方に向かって来た。
脚の高さは30メートル以上あるだろうか。
黒光りする巨大な爪で燃える大木をバキバキと踏み折り、一歩ずつじりじりと迫る。
怪獣の移動に合わせて新たな火の手が上がり、周囲は瞬く間に炎に包まれていた。
…逃げなきゃ!
幸い怪獣の動きは遅い。森の炎の中を抜ければ脱出できそうだ。
レイは胸に付けたクリスタルの力で、高熱から体をシールドする。
そのとき、背後で枯れ枝を踏む乾いた音がした。
振り返ったレイの目に一人の地球人の姿が映った。
女性だろうか。掌を顔の前にかざして、火炎の輻射熱から逃れようとしゃがみ込んでいる。
赤い布のようなものを頭から被り、苦しそうな表情で必死で周囲を見回していた。
その後ろは切り立った崖。逃げ場がなく道を探しているのだ。
しかし、周囲の森林は一面大きな炎に包まれていた。
さらに正面には巨大な怪獣が迫っている。
「こんなところに?!人間が!」
地球人の女性は崖の淵で流れて来た煙を吸い込み、背中を丸め激しく咳き込んでいる。
ぜえぜえと肩で息をしながら顔を上げた地球人とレイの視線が合った。
おびえたように見つめる丸い瞳。
…弱く、はかない姿。
このまま放っておけば、この地球人はここで丸焼けになってしまう。
かと言って、高温の炎の中を一緒に連れて逃げるわけにはいかない。
(…まず自分が助からなきゃ。)
(死んじゃうよ?この人。)
(助けてもいいんだっけ?評議会憲章では…。)
(この怪獣、強そうだよ。怖いよ!)
(同じ命なんだよ、…見殺しにするの?)
頭の中でさまざまな想いと情報が渦を巻く。
極限の状況の中でレイは決断した。
「守る!」
怪獣の正面に立ちはだかるように、台地をしっかりと踏みしめて立つ。
瞳を閉じたレイは両手を胸の前でクロスさせた。
(落ち着いて、…力を開放するんだ。)
交差した腕から胸に向けて、エネルギーがこぼれるように流れていく。
目前の大木を踏み倒し、ダイパスが間近にその巨大な姿を現した。
間にさえぎる物がなくなり、焼けるような怪獣の輻射熱が直接頬に伝わる。
(もう少し、…早く!)
エネルギーを集中させた胸のクリスタルが明るく輝き始める。
青い燐光が白い輝きに変わり、まばゆい光球となって大きく膨らんだ。
その光の中に全身が包まれると、レイは目を見開き、両手を高く掲げた。
「ヤァッ!!」
解き放たれた光がぐんぐんと大きさを増し、空中へ一気に飛び上がった。
巨大な光の玉となって怪獣に一直線に衝突する。
ズダァァンン!
衝撃でたまらずに脚を折る怪獣の前で、光の玉は凝縮するようにひとつの形を作っていく。
まぶしい光が消えていく中、志保は信じがたいものを見た。
「あ、…ぁあ!」
それは、…巨人。
息を呑むように美しく巨大な女性、…いや少女の姿。
真珠のように神々しく輝く白い体。海のように青く長い髪。
全身の肌には不規則な薄いピンク色の模様が美しく浮かび上がっている。
非常戦闘モード。
レイの胸に装備したティア・クリスタルは、必要に応じて自身の姿を巨大化させることが出来た。
敵の攻撃や不測の天変地異に晒された時に身を守るため備えられた力である。
レイはまるで地球人の女の子がそうするように髪をさっとかき上げ、森の炎の中に飛び込んで行った。
燃える木をなぎ倒しながら進む。
身長34メートルの巨体はあっという間に数十本の木を踏み折り、火を揉み消して道を作った。
さっきの地球人が一目散に駆けて来るのが見える。どうやら無事に脱出できそうだ。
「…よかった。 あとは、あの怪獣をなんとかしなきゃ。」
そのとき上空からパラパラという機械音が聞こえてきた。
見上げると、原始的な揚力装置で飛行する機械が一機、こちらへ飛んで来る。
空からの巨大な飛来物と山火事を調査しに来た県警のヘリコプターだった。
伏せていたダイパスが、その音に反応するようにゆっくりと脚を起こして立ち上がる。
「いけないっ!来ちゃダメっ!」
レイの目の前で、ダイパスの胴体から赤い熔解弾が放たれる。
数千度の熔解金属を喰らったヘリは、空中であっけなく炎上、爆発した。
「あぁっ!」