第二話 灼熱の侵攻 -1
第二話 灼熱の侵攻
機首にクリスタルエネルギーを集中させて発射態勢を取った瞬間、レイのリーフが大きく揺らいだ。
「えっ?」
何かに弾かれたようなショックと振動。
反射的にシートの端を掴み、足を力一杯踏ん張って持ちこたえる。
音の洪水のようにアラームが一斉に鳴り響き、コンソールが真っ赤なシグナルで埋め尽くされた。
「何? 何がっ!?」
突然の出来事に混乱するレイの目に、メインパネルの警告表示が飛び込んでくる。
「全ラインロスト?! …嘘っ!」
ステーション・イグドラとリーフを結ぶ異次元空間ライン。
命綱とも言えるラインが補助ラインも含めてすべて切れていた。
「イグドラ、こちらリーフ7! トラブル発生!」
リーフ単独では長距離恒星間航行は不可能だ。
このままではステーションに帰ることも出来ない。
…まさか。
まだ事態を信じられないレイは、何度も必死に呼びかけてみた。
「応答願います!こちらレイ!」
しかし、通信パネルがエラー表示を出すだけで誰の返事もない。
「エネルギーラインも切れてる! …残り、あと95%。」
イグドラから供給されるエネルギーラインを失ったリーフ7は、自動的にセフティーモードに入っていた。
攻撃装備はすべて停止され、機体と乗員を保護する機能が優先して働いている。
幸い、リーフのシステムはまだ健全なようだ。
だが、エネルギー補給なしではやがてそれも止まってしまう。
「…メイン1から5番、座標失効。シグナルターンテスト、無効…、非常回線、チャンネルロスト…。」
エネルギーが尽きる前になんとかしなければ…、レイは無言のコンソール相手に試行錯誤を繰り返した。
ドガァッ!!
追い討ちをかけるように、突然機体に衝撃が走る。
さっきの揺れとは違う。何かが機体にぶつかったらしい。
リーフが跳ねたように激しく揺れ、レイはサイドコンソールに叩きつけられた。
「っ!くぅ…。」
乱れた青い髪を背中にかき上げ、訳のわからないまま正面モニターを見る。
…そこに映っていたのは、さっきまで追いかけようとしていたあの物体。
隕石と思っていたそれは中心からまっすぐ十文字に割れ、隙間から赤い光を覗かせていた。
どろどろに溶けたマグマのような色。そこからリーフに向けて光の弾が放たれた。
「隕石じゃない!」
ダァァンッ!
今度は後部に直撃を受け、機体がひっくり返る。
弾の正体は数千度に熔けた高温の金属だ。
リーフは瞬時に防御シールドを着弾点に集中させて持ちこたえていた。
だが、それは同時にエネルギーの消費を早めることになる。
初めて受ける攻撃に、実戦経験など皆無のレイはパニック寸前で耐えていた。
体中の血が頭に上り、脳の中ががたぎるようだ。
「イヤダ、…死にたくないっ、…いや、…いやぁっ!」
今のリーフには反撃する術はない。コンソールに飛びついて必死で弾をかわす。
空間反動装置がすばやく機体をスライドさせ、そのたびにレイの体が大きく揺らいだ。
何発もの赤い熔解金属弾が機体をかすめていく。
「やぁああっ!助けてっ、リアナっ!!」
レイの乗った白いリーフは不規則な軌道を描きながら、木の葉が舞うように高度を下げていった。
いくつもの警報が鳴る中、レイは重力検知アラームを見逃していた。
いつのまにか加速度で体がシートに押し付けられ、機体の温度も異常に上がっている。
回避行動を繰り返すうちに、リーフ7は地球の引力圏内に入り込んでしまっていた。
「しまった!」
なんとか機体を減速させなければ。
「重力制御!…間に合わないっ!」
恐ろしい程強く引き寄せる惑星の力。そこから脱出するには残存エネルギーが少なすぎた。
リーフ7は最低限の自動重力制御で落下速度を抑え、機体の摩擦熱による焼損を防いでいた。
見る見るうちにエネルギーゲージが下がっていく。
「…落ちるっ!」
水鳥のくちばしのような形をしたリーフに翼はなく、大気中を滑空することは出来ない。
体が熱い。
レイは胸に装備されたティア・クリスタルの力で、自身の体をシールドした。
吸い込まれるように落ちていくリーフは、手動操縦装置さえ効かなくなっている。
灼熱のコックピットでレイは拳を握り締め、ひたすら耐えるしかなかった。
すでに外装は限界温度に達し、破壊寸前の状態でリーフは成層圏を通過した。
幸い、さっきの敵からは逃げのびたようだ。
高度が目に見えて下がり、正面モニターの半分がこの星の青い色に覆われていた。
「あれは、水?…大きな水、…ダメッ!!」
地球の「海」と呼ばれる巨大な水塊。
そこに落ちたら、重いリーフはそのまま飲み込まれて沈んでしまう。
頭の中で海原に沈んでいくアトラ人の遺体と自分の姿が重なった。
「あの水に落たら終わりだっ。…どこ?! どこなら?」
レイは必死で着地点を探す。
マップは先程のアトラと人類の最終戦闘の舞台にポジショニングされたままになっている。
コントロールの効かない状態では、その近くの狭い陸地にポイントをセットし直すのが精一杯だった。
「ここっ!…お願い!間に合ってっ!」
最後の力を振り絞るように、リーフはわずかに軌道を修正した。
三沢志保は林道の外れに車を止めると、いつもの遊歩道を歩いて行った。
少し湿った草をトレッキングシューズで踏みながら、慣れた足取りで進む。
目的地は海沿いに広がる市街地の北側、急峻に立ち上がる山の頂上近くにあるちょっとした高台。
海側を崖で切り取られた地形は、星を眺めるのに絶好のスポットだ。
若い頃に夫と死別した志保は、独り身の気軽さで、こうしてふらりと星空を見に出かけることがある。
車で1時間とかからないこの場所は、山中に入るため若いカップルが来る事もない。
この季節は、地平線近くにさそり座がよく見えるはずだった。
「風か、…さっきまで凪いでたのに。」
夜になってしばらくすると、夏の風は山から海へ吹き始めた。
少し肌寒い夜風。持参した鮮やかな赤のパーカーを羽織り、空をぐるりと見回す。
小さな光の群れが瞳に映る。
自然に漏れた溜め息、…それは感傷のせいだと思いたくなかった。
吸い込まれるような星空を眺めていると、生きている実感さえ薄れていく。
星は死んだ人間の魂だと誰かが言った。自分もいつかあそこに行くのだろうか。
…40過ぎてこんな子供みたいなことを考えるなんて。
志保はひとり苦笑すると、知っている星をたどり始めた。
よく晴れた南の空、天の川の右にアンタレスが赤く光っている。
その少し上側に、別の明るい光点が見えた。
「あんなところに一等星あったかしら?」
よく見るとその白い光は少しずつ輝きを増している。
やがてそれは不自然なほどに大きな光となって、こちらに向かって来るように見えた。
「あら、こっちに来る、…人工衛星?まさか隕石じゃないわよね。」
だが、呑気なことを言っている場合ではなかった。
猛スピードで接近してきた光の玉が、あっという間に間近に迫ってきたのだ。
「危ないっ!」
志保は反射的に近くの大木の陰に身を隠した。
ズドォォォン!
予想よりも近くに、それは落下した。
地響きのような轟音と、バキバキと木のへし折られる乾いた音。
志保は木の幹にぴったりと背中を付けて両手で耳を覆った。
地面が震え、衝撃で吹き飛ばされた石や小枝が足元に落ちる。
「な、…何なの?」
木の陰からおそるおそる覗いてみる。
幻想のように淡く光る白い光。
その中に見えるのはのっぺりとした見たこともない人工物。
ミサイルにしてはおかしな形だった。まるで新幹線の鼻先だけ切り取ったような…。
白い外装はセラミックのように見える。
その下で折られて敷かれた小枝が、ぱちぱちと音を立てて燃えていた。
「何、…何かしら?」
やがて横腹が音もなく割れると、中から人間によく似た生物が転がり出て来た。
白い燐光に包まれた不思議な姿。白いスーツのような体に長く青い髪。
不時着したダメージを受けているのか、ゆらゆらと立ち上がり前のめりになってこちらへ歩いて来る。
「う、…宇宙人!?」
志保は木の影にすばやく身を隠し、息を潜めた。
靴の底で踏んだ枯れ枝を折らないように、注意深く体を木の幹に預ける。
物音を立てれば見つかる…。
相手が宇宙人だとすればどんな目に合うかわかったものではない。
緊張して微動だに出来ないまま、志保は高鳴る鼓動を押さえるように胸に手を当てた。