最終話 繋がれ!光 -3
エネルギーが尽き、輝きを失くしたティア・クリスタル。
蒼い防御シールドが消失した胸のクリスタル・ホールに、鋭い槍がじわじわと差し込まれた。
「…!! ぃっ! …ギャァアアアアッ!!」
ぐったりと動かなかったレイの体が跳ねるように仰け反り、断末魔の叫び声が響く。
ティア・クリスタルと肉体をつないでいる胸の中心部には、レイのエネルギー器官が集中している。
その深部は触れられただけで意識が飛ぶような凄まじい激痛を覚える、レイの最大の弱点だった。
その浅いところを槍先を捏ね回し、ガディは最高の愉悦を味わっていた。
「グ、…ギ、…ィィィィッ!! グッァアアアッ!!」
硬い金属がレイの内部器官に容赦なくめり込み、想像を絶する痛みが稲妻のように走る。
既に意識の飛んだレイは、全身をぶるぶると痙攣させていた。
「玲ぃっ! やめてっ、…やめてぇぇっ!!」
虫けらのようにいたぶられ、苦しみ喘ぐレイの姿に志保が絶叫した。
目の前で愛しい命が絶たれようとしている。
狂ったようにフェンスを掴み、激しく揺らす指に血が滲んだ。
「終わりだな、…死ね!」
残虐な遊戯が終わり、とどめを刺す腕に力がこめられる。
だが、レイの胸が貫かれようとしたその瞬間、ガディは目が焼けるような眩しさに思わず顔を背けた。
「…なっ!?」
突然目の前に太陽が現れたような強烈な光。
手をかざしても防ぎきれず、まともに目を開けていられない。
次元空間からほとばしるように溢れる輝きがあたり一面を照らし、全てが真っ白になる。
「何いぃっ?!」
浮き出るように出現した光が形になっていく。
瀕死のレイに向かって降下するそれは、まばゆいクリスタルエネルギーのリング。
はるか遠く、イグドラから転送されたティア・ブレスは光を撒き散らしながら装着モードに入った。
レイの青い髪が生き物のように逆立ち、勢いよく輪の中心に向けて吸い込まれていく。
「成功ですっ!」
ステーションのモニターにも光が溢れ、歓声が上がった。
食い入るように見つめるリアナの拳に力が入る。
「繋がれっ…早く!」
(な、…に? あたたかい…。)
神々しい輝きの中で、レイは柔らかい胸に抱かれる夢を見ていた。
誰だろう?
自分を慈しみ、どこまでも愛してくれるぬくもり。
(志保さん? リアナ? …アキ? それともナオ?)
レイは感じていた。
…一人じゃない。
それは、自分に向けられたいくつもの想い。
(みんな、…みんながいる。)
レイを愛する多くの人達の願いがティアブレスで増幅され、胸に流れ込む。
ボロボロに傷ついた体を包み込み、挫けた心に寄り添って…。
痛みが薄れ、力が湧く。
止まりかけた心臓が鼓動を打ち始める。
暗く、深い水の底から浮き上がるように、一気に意識が戻っていく。
(みんなと、…一緒ならっ!)
レイの長い髪を結わえるようにリングが装着された瞬間、蒼い双眼が力強く見開かれた。
「負けるものかっ!!」
覚醒した体が真珠色に光り輝いた。
みなぎるオーラで右手首の愚者の腕輪がばらばらに崩れ、吹き飛ばされる。
「ローズペレット、朱雀!!」
勢いよく立ち上がったレイの右腕が大きく宙を切る。
弧を描く指先から、赤く輝く光が放たれた。
飛燕の数倍はある三日月型の光が、鳥のように大空を舞い急降下する。
ギンッ、…ガッ! ガシュッ!!
まるで意志があるかのように飛ぶ真紅の刃が、次々にギガテロスのアームを切り落とす。
「このぉっ!死にぞこないがぁっ!!」
怒りに狂って突き出されたガディの大槍をジャンプでかわす。
ポニーテイルに結わえられた青い髪が美しい弧を描いた。
(跳べる!)
空中で身を翻したレイは、そのままガディの胸元へ飛び蹴りの一撃を加えた。
「グッ!」
よろめいたガディに向けて、間髪をいれず真紅の光弾が放たれた。
「ローズ・ペレット!」
「ちぃっ!!」
ガディが盾を振り上げるようにかざしてかわす。
光の矢が巨大な盾に遮られ、砕けるように消失した。
「もう一度っ!」
レイは再びローズペットを黒い盾に撃ち込んだ。
命中した部分がわずかに砕け、少しずつダメージを与えていく。
「効いてる、…もう一度っ!」
「調子に乗るなぁっ、小娘っ!」
突然、背後で空気がうなり、レイの背中に高出力の光弾が命中した。
「ぐはぁっ!」
レイの華奢な体が吹き飛ばされ、瓦礫に叩きつけられる。
ガディを援護して降下してきた母船からの直接攻撃。
その素粒子弾の威力は、槍から放たれたものの比ではない。
さらに発射された数発が流れ弾となって、レイの周囲を跡形もなく吹き飛ばしていく。
「く、…ぅう…。」
レイは飛び散る破片を受けながら痺れる体を起こした。
目前に、ガディとは反対の方向から接近する強襲母船が迫る。
(こいつをやっつけないと、街が!)
ローズ・ペレットなど効きそうにない巨大な船体。
レイはガディに背を向け、空を仰ぐように母船と対峙した。
「喰らえぇっ!」
その瞬間を見逃さず、宙を裂いて投げつけられたガディの大槍がレイを貫いた。
「ぐっ!」
背中から貫通した槍は心臓をかすめ、左胸のふくらみを突き破って刃先を覗かせている。
「…ぅう、…ぐ、…ぅっ!」
レイは倒れなかった。
鮮血を噴き出し、仁王立ちのままエネルギーの全てを胸に集中させる。
渦巻くような素粒子シールドをまとった敵の母船が大きく視界に広がる。
虹色の光の粒を次々と吸い込むレイのティア・クリスタルが臨界に達し、蒼く輝いた。
「オーロラァッ、シュウートォッ!!」
怒涛のように噴出したエネルギー流が大気を切り裂く。
渾身の力を込めて放った光の奔流が強襲母船を直撃した。
七色に輝くビームは素粒子シールドを吹き飛ばし、瞬時に船体を熔解して貫通する。
超高温に過熱された物質が気化膨張し、大きな爆発が次々と連鎖する。
ソドン強襲母船は巨大な船体をばらばらに砕かれ四散した。
燃え盛る市街地に破片が降り注ぎ、何度も鈍い轟音が響き渡る。
「…はぁ、…はぁ。」
紅蓮の炎を背にレイが振り返った。
槍の柄を抜くことも出来ずに引きずったまま、幽鬼のようにガディを凝視する。
ガディは一瞬で母船を葬り去ったオーロラ・シュートの威力に恐怖し、顔を引きつらせた。
左手の盾をかざし、レイから目をそらすことなくじりじりと引き下がる。
「…へ、…へへ、また撃つのか? …撃ってみろよ。」
卑屈な笑いを浮かべるガディは、志保たちのいる病院を背にして立ちはだかった。
(…この角度でオーロラシュートを撃てば、あの病院も破壊される、…卑怯な!)
貫通された胸の傷は、ティア・ブレスの治癒能力をはるかに越えている。
自分の体からどくどくと流れ出す血の海を踏むレイは、残された時間のないことを悟っていた。
揺れる視界に病院の屋上が映る。
屋上からこちらに向かって叫ぶ志保の姿が見えた。
その隣でナオの顔が涙でぐしゃぐしゃに濡れている。
(…約束、したのにね。)
声は届かなくても、痛いほどの想いは伝わってきた。
自分を愛してくれた人、…そして自分が愛した人。
(死にたくない、…私だって。)
そこへ戻りたい、…戻りたかった!
(…ごめんなさい!)
呼吸が苦しくなる。この体が動くのもあとわずか…。
覚悟を決めたレイの右手が赤熱したように輝く。
「ローズペレット・桜花!」
指先から放たれた無数の紅い光弾が、竜巻のようにレイの体を包む。
真紅の嵐に飲み込まれ、忌まわしい槍が一瞬で砕け散った。
「防御のつもりかっ? 何をっ?!」
反射的にガディが盾に身を隠してうずくまる。
次の瞬間、ペレットをまとったままのレイの体が勢いよく大空に舞い上がった。
高く、…もっと高く!
天空へ上り詰めたレイは、自分の周りを舞うローズペレットを限界まで引き寄せる。
「これが最後の一撃、…閃光キック……刹那!!」
自分を中心に高速回転させたペレットごと相手に突っ込み、粉砕する。
それはレイ自身の体をもズタズタに切り裂く捨て身の技。
レイは右足を突き出して一気に身体を下降させた。
身体の周囲を回る紅い光弾がどんどん速度を増し、容赦なくレイの体をかすめていく。
それでも、レイは全ての力を集中してペレットの速度を上げ、軌道をせばめた。
体中を無数の光弾が削り、切れた皮膚に鋭い痛みが走る。
(何をする気っ、このお転婆娘!)
突然、頭の中で声が響いた。
(危ないじゃないかぁっ!)
極限状態でティア・ブレスが増幅した思念は、レイ自身のものだけではなかった。
(あかんて、無茶したら!)
心の奥にしまっていた、今まで受け取った大切な気持ち。
傷ついていくレイを、別の意志が必死で守ろうとする。
いくつも差し伸べられるそれは、レイの体を包みながら心の中に想いを映していく。
『この私が、…玲に傷ひとつつけさせない!』
頬を打った志保の熱い手のひら。
「この惑星を、みんなを…。」
赤から黄色、…白から青へ、ペレットは眩しく輝き、レイはエネルギーの渦に包まれた。
『友達じゃないかっ!死ぬなんて言うなぁっ!!』
固く腕を掴んだナオの小さな手。
「命に換えても…。」
すさまじい勢いの回転が空気を切り裂き、真空の中で崩壊した素粒子が七色の軌跡を描いた。
それに耐えようと、レイの体もどんどん硬度を増していく。
『うちら、ずっと友達やからな、…ずっとやで!』
ぎゅっと抱きしめてくれたアキの長い腕。
「…絶対に守るっ!」
結晶のような身体に、全てを切り裂いて渦巻く光。
全身を凶器に変えたレイが、マッハ10の速度でガディに突っ込んで行く。
「ヤアァァァァッ!!」
大空から放たれた蒼い彗星に無敵の盾が貫かれ、黒い破片となって四散した。
レイの爪先が濃緑色の胴体に食い込み、まばゆい光弾の群れが襲い掛かる。
「グァアアァッ!!」
おびただしい光の刃に切り裂かれたガディの体が、瞬時に肉片となって飛び散った。
そのままの勢いで大地に激突したレイの体が反動で何度も跳ね上がり、地面に叩きつけられる。
ドガァッ!
炎に包まれた建物をいくつも巻き込んで破壊しながら、レイの巨体が転がり続けた。
低い地響きのような音が続き、…やがてそれが止まった。
もうもうと舞う土煙が、火災の上昇気流で運び去られる。
力尽きたレイは、壊れた人形のように崩れたコンクリートの山に横たわっていた。
戦いは終わった。
はるか上空から、一条の光が差し込んできた。
きらきらと乱反射する光の束が、瓦礫の大地に横たわるレイに降り注ぐ。
金色の光に吸い寄せられるように、レイの身体がゆっくりと宙に浮いた。
それは地球の衛星軌道にたどり着いたヴィマナからの反重力リフトの光だった。
音もなく空中へ浮き上がっていく、真珠色の巨体。
傷つき、倒れた天使が神に召されていく…、見上げている誰もがそう思った。
「玲! 生きてるのっ?! 返事をして! …玲っ!!」
志保の叫びに答えはなかった。
涙でゆがむ視界の中で、レイの体が美しい光の粒に変わり崩れ落ちる。
人間と同じ大きさに戻っていくその姿は、みるみるうちに豆粒のように小さくなっていった。
もう命が尽きているのか、それとも…。
屍のように動かないレイは、光の残渣を羽のようにまとい遠い空の彼方へと吸い込まれていく。
その姿が見えなくなった大空の一点を、志保はいつまでも見つめていた。
(迎えが、…来たのね。)
小さな光が瞬き、レイを運び去った金色の光が蒸発するように消えていく。
後には何もなかったような青空だけが残されていた。




