最終話 繋がれ!光 -2
「支配だと?! ソドンとは何者だ?」
明らかに侵略と取れる怪物の言葉に、前線基地の指揮官は即座の判断を下した。
「新たに出現した巨大生命体の敵性を確認。存在する全ての目標を攻撃する!」
「全て? 白いのは味方ではないのですか?」
一瞬の沈黙の後、指揮官は感情を殺した低い声で呟いた。
「…受けた命令は、あくまでも巨大生物の殲滅だ。」
確かにあの白い巨人は、傷つきながら敵性の巨人と戦っている。
それでも、こちらの味方だという100%の確証はない。
何が起こっているのか解らない状況の中で、巨大生物の破壊力と危険性だけが確証のある事実だ。
いかなる事態でも被害の拡大を抑え、市民を守る義務が彼にはあった。
「ヘリの対地ミサイル着弾後、マイクロウェーヴ照射! 充電急げっ!」
新たに投入された陸上自衛隊の攻撃ヘリが戦線に向かった。
戦闘機を撃墜した上空の敵船を警戒し、建物すれすれに低空を飛行する。
火災の煙に隠れながら、怪物群に近づいたヘリ部隊が攻撃態勢に入った。
「目標4体、各個に照準を取れ、…発射!」
20機編隊のヘリから、一斉に空対地ミサイルが放たれる。
無差別に降り注ぐミサイルの数発がレイに直撃した。
「くぁっ、…いっ、…やぁっ!」
エネルギーが尽きて弱ったシールドは爆発を防ぎきれず、受けた傷がさらに広がっていく。
「…や、…めて、…お願い。」
ミサイルの着弾で瓦礫が吹き飛び、周囲は爆煙に包まれる。
「ちぃっ!生意気なっ!」
致命傷は受けなくても、生身の体に当ればダメージは受けるらしい。
さすがのガディも、たまらずに大きな盾に身を隠していた。
2体のギガテロスはミサイル攻撃をものともせず、ゆっくりとアームを上空へ向ける。
一つ目の竜が見上げるように首が動き、ヘリの機体がその軸線に捉えられた。
ジッ!!
アームの先端からレーザービームが放たれ、一瞬でヘリを真っ二つに焼き切った。
ばらばらになった破片が火達磨になって落下する。
「いかんっ!退避っ!!」
あわてて上昇するヘリ部隊をレーザーがなぎ払った。
圧倒的な威力で次々と機体が切断され、空中で大爆発を起こす。
6条の破壊光線はあっという間に攻撃ヘリを全滅させた。
「馬鹿めっ、…んっ?!」
硝煙の中で立ち上がったガディは右肩に刺さるような痛みを覚えた。
仰ぎ見た右手はるか遠くに光る銀色のパラボラ。
レイの体を焦がしたマイクロウェーヴが、今度は自分に照射されている。
一気に頭に血を上らせたガディは、右手の槍を振り回した。
「ふざけるなぁっ! 下等種族がぁっ!!」
数発の白い光が放物線を描き、マイクロウェーヴ砲の前線基地に襲い掛かった。
高エネルギー状態に励起された素粒子弾の威力は小型の核爆弾に匹敵する。
轟音とともに地面が砕け、灼熱の爆風が吹き荒れる。
地表にいくつものクレーターが生じ、前線基地は跡形もなく消滅した。
怒りの収まらないガディは無差別に素粒子弾を撃ち放つ。
「俺を撃ったなぁっ! てめえらっ、焼き払ってやる!!」
槍の球体に次々と母船からエネルギー粒子が充填され、凶弾がとめどなく放たれた。
(街が、…焼かれる!)
目の前で見慣れた建物が容赦なく吹き飛ばされ、炎上していった。
圧倒的な侵略者の攻撃は、レイの愛した風景をいとも簡単に地獄絵図に変えていく。
「させ…る、…もんか!」
よろめきながら起ち上がったレイは、必死の思いでガディの槍に飛びついた。
不意を突かれたガディが、その手を振りほどこうとする。
「邪魔するなっ! このくたばり損ないがぁっ!」
レイは全身の力を込めて、槍を固く握ったまま食い下がる。
(これさえ使えなくすれば!)
迷うことなく、レイは鋭利な槍先を自分の左肩に深く突き刺した。
「ぐっ、…ぁああっ!!。」
鮮血が噴出し、身を切り裂く痛みに気が遠くなる。
それでもレイは右手で握った槍を、さらに筋肉の奥深くへ突き刺していった。
「馬鹿なっ!正気か?!」
痛みと出血で朦朧とする意識の中、レイは青い瞳を細めガディを睨み付けた。
「はぁ…はぁ、…これで、…光弾は撃てない。」
「貴様ぁっ!舐めるなよ! その腕ごと吹き飛ばしてくれるわっ!」
傷口から流れる血が真珠色の肌を伝って瓦礫の上に赤い血の池を作っていく。
頭の中心が痺れ、周囲の景色がぐるぐると回り始めた。
(早く決着しないと、…持たない。)
レイは気力を振り絞ってガディを挑発する。
「やってみれば、…いいわ、…そんな威力があるかしら?!」
(このまま、愚者の腕輪ごと左腕が吹き飛べば、…オーロラシュートで!)
レイはその最後の瞬間にかけた。
突き刺さった槍に体重をかけ、かろうじて体を直立させる。
「さあ、…撃ちなさいよっ!!」
「小娘ぇっ!望みどおりその腕吹き飛ばしてやるわっ!」
ガディが空を仰ぐと、母船から放たれた白いエネルギー光が槍の球体に吸い込まれる。
「ッラァアアッ!」
光が先端へと走り、レイの筋肉の中でエネルギー素粒子弾が放たれた。
「ガッ! …ぎゃぁああああっ!!」
槍先で爆発のようにエネルギーが膨張し、レイの左肩が白い光球に包まれる。
体内で放たれた高エネルギー弾は体組織を焼き、腕が付け根から吹き飛ぶような激痛が襲う
しかし、予想外にレイの腕は千切れることなくそれに持ちこたえた。
「ギ、…ぐっ、…ぅ、…ガッ!」
次々に発射される素粒子弾が内側から肩の肉を焦がす。
レイは言葉にならない短い叫びを上げて悶絶した。
次第に痛みの感覚すら麻痺し、肩から左胸に広がり始めた焼損部が内側から赤黒く染まっていく。
「前線の部隊は全滅だ。自衛隊の支援は期待できん。状況が厳しいようであれば直ちに帰還しろ。」
ただ1機で戦場に向かうハーキュリーに、本部からの通信が入る。
「ひでえ、…火の海だ!」
敵母船を避けて低空を飛ぶ郷原は、街の惨状に目を疑った。
「避難は、…間に合ったのか?」
幸い利奈と菜穂子のいる病院の周囲は、まだ火の手が上がっていない。
被害がそこに広がる前に倒さなければ…。
しかし、光弾やレーザーが飛び交う戦場には、うかつに接近できない。
射程圏内に飛び込めばたちまち撃墜されるだろう。
接近して攻撃のするチャンスはおそらく一度しかない。敵との力の差はあまりにも大きすぎた。
市街地を破壊した「ソドン」と名乗る敵は、今、例の白い巨人を攻撃している。
と言うよりは、少女のような巨人が敵の攻撃を捨て身で防いでいるようだ。
ストロボのような白い発光が起きるたび、肩口に槍を刺した巨人が苦しそうに悶える。
「あいつ、街を守ろうとしてあんな無茶を?!」
助けなければ、という強い想いが郷原の胸の中に湧く。
もちろん、自分を犠牲にして戦っているのが、さっき会ったあの少女だとは知る由もなかった。
(あの白い光、…あれを何とかしないと。)
焦る郷原の隣で、オペレーターの白石は敵の挙動を冷静に観察していた。
「槍の先、…球にエネルギーを受けている!」
怪物は手に持った槍の球体部分に白い光を受けてから光弾を発射する。
エネルギーが尽きると、また母船からの補給を受ける…。
「あれを潰せば白い光の攻撃を止められるかも知れん、…やるか?」
郷原は攻撃目標を緑色の怪物が持つ槍に絞った。
白い巨人を撃たずに、至近距離にある槍の球体を射撃する。
そのためにはギリギリの位置まで怪物に接近しなければならない。
「一か八か、真横から侵入してピンポイントであの球体を撃つ!」
「真っ直ぐに近づけば三つ首のレーザーに補足されるぞ。」
怪物のすぐ横で、ヘリ部隊を壊滅させたロボットが睨みを効かせていた。
ハーキュリーはヘリよりも高速とは言え、レーザー光線に捕まればひとたまりもない。
「旋回してカウンターで空中静止、2秒だ。」
「2秒間で撃つのか?あの小さい目標を?」
「あのロボットの首は3秒で回転する。こっちを向く前に撃て。」
「よし、…行くぞっ!」
勝負は一瞬。郷原はロケットエンジンに点火した。
(…2秒間で全弾をあの球体に集中させる!)
炎の中の敵に向けて、銀色の機体が猛スピードで突っ込んでいく。
「ちぃっ、また新しい玩具か、…ギガテロス!撃ち落せっ!」
耳障りな轟音を響かせて、地上すれすれにハーキュリーが高速で旋回する。
その機体を追うようにギガテロスが鈍重な動きでアームをゆっくりと回転させた。
「今だっ!!」
ガディとレイが対峙する真横の位置でブースターを全開にしたハーキュリーが空中で静止する。
「行けぇぇっ!」
制動時の強烈なGに耐えながら照準を合わせ、リニアガンのトリガーを思い切り引く。
空気を切り裂いて発射された高速徹甲弾が、見事に槍の球体部に命中した。
「何ぃっ?!」
目を剥くガディの前で、硬い金属音が立て続けに鳴り響く。
槍に素粒子を補給する球形のリプレーサーが弾丸を受け、見る見るうちに変形していった。
その衝撃はレイの肩にも伝わり、一発ごとに傷口をさらに大きく広げていく。
「ギッ!…ギャァッ!…クゥッ!!」
「1、…2!」
カウントに合わせて白石が脱出装置を作動させる。
ほぼ同時にギガテロスのアームがハーキュリーを射線に捉えた。
キャノピーが吹き飛び、座席が射出された次の瞬間、レーザー光線が灰色の機体を貫いた。
(…ああ。)
空中で炎上、墜落するハーキュリーを見ながら、レイはその場に崩れ落ちる。
大きく開いた肩の傷口から槍が抜け、握っていた右の拳が力なく垂れ下がった。
崩壊したビルの残骸を背にして、血みどろの巨体が仰向けに倒れる。
(そん、…な。)
ガディは激怒して、素粒子発射装置が破壊された槍を足元の瓦礫に突き刺した。
「ええぃっ! …小癪な真似をっ!!」
相手が撃墜されても収まりようのないその怒りは、目の前のレイに向けられた。
「よくも、俺の槍を!」
ガディは地面に突き刺さった槍を抜くと、その切っ先を再びレイに向ける。
「償わせてやる、…その命でな。」
左上半身をズタズタにされ、おびただしい出血に喘ぐレイはもう身動きひとつ出来ない。
取り付いたままの愚者の腕輪が、残された僅かな体力を搾り取っていく。
(…許して。)
視界がかすみ、全身の感覚が失われていった。
ここまで持ちこたえていた心が砂山のように崩れる。
(志保さん、…アキ。)
もう、…動けない。
力尽きたレイの命の灯は、今、静かに消えようとしていた。
(私、みんなを、…守れなかっ…た。)
目の光は完全に消え、がっくりとうなだれた顔はもう上がる事はない。
放り出された四肢はぴくりともせず、胸だけが最後の呼吸に合わせてかすかに上下する。
「…串刺しにしてやるっ!」
ガディは鋭い槍の先端を、レイの胸を飾るティア・クリスタルに向けた。
「リーフ10、目標空間に到達! 映像、出ます!」
地球軌道にワンショットで飛ばされたリーフ10が、イグドラのモニターに映像を送ってきた。
「ああっ!!」
リアナは思わず目を見開き、手で口元を覆った。
こなごなに破壊され炎上する街。
2機のギガテロスを従えて、巨大化したソドン人。
その足元に倒れている、変わり果てたローラ・レイの姿。
うらやむほど美しかったあのパールホワイトの肌は傷つき、焼き焦がされて見る影もない。
青い輝きを湛えていたはずの瞳は光を失い、ぽっかりと空いた黒い洞穴のようだ。
胸のクリスタルにかすかに灯るエネルギーの残光が、止まりかけた呼吸に合わせて揺れている。
「まだ、…まだ生きてるっ!」
だが、その最後の灯火を奪うように、ソドン人の持つ槍がレイの胸元を狙っていた。
抵抗するそぶりさえ見せず、レイの瞼がゆっくりと閉じていく。
「レイっ!!」
リアナの悲痛な叫びが響く。
「リーフであのソドン人を撃って! 早くっ!」
「無理です! 無人では攻撃手段がありませんっ!」
「レイがっ、レイが殺される!! 」
身動き出来ないレイの胸に、鋭利な凶器が迫る。
残虐なソドン人は、止めを刺す瞬間を楽しんでいるように見えた。
むざむざとモニター越しにそれを見せ付けられるリアナにはどうすることも出来ない。
「レイ! 目を覚ましなさいっ、…レイッ!!」
半狂乱になってモニターに取り付くリアナは、自分の腕に光るリングに目を留めた。
(目を覚まさせる、…エネルギーを!)
リアナは黄金のリングを鷲づかみにすると、一気に腕から引き抜いた。
「これを転送して!」
「ティア・ブレスを? 敵の目前に飛ばすんですか?!」
ティア・ブレスの起動エネルギーをレイに逆流させる。
わずかでも思念エネルギーが残っていれば、レイは目覚めるかもしれない。
躊躇するオペレーターをリアナが一喝する。
「急ぎなさいっ! 責任は私が取るっ! 万が一のときは営倉でも辺境でも行ってやるわ!」
リアナは外したティア・ブレスをコントロールルームの転送端末にセットした。
「危険ですっ! この距離では座標誤差が大きすぎて…。」
「黙りなさいっ! 誤差や危険は百も承知よ!」
本来着用者が自らの手で身に付けるティア・ブレスは、至近距離で発動させないとレイに装着できない。
転送地点が離れれば何の役にもたたず、最高機密を敵の目前に捨ててしまうようなものだ。
逆に転送地点が近すぎてレイの体と座標が重なってしまったら…。
「レイの体は空間ごと裂けてしまう。…でも、これしか方法がない!」
リアナは自分に言い聞かせるようにつぶやきながらモニターを見上げた。意を決して指示を下す。
「目標、ローラ・レイ頭頂部プラス2!ダイレクト空間転送!」
「そ、そんな無茶なぁ、し、知りませんからね。」
オペレーターが悲鳴を上げながら座標を入力する。
イグドラから地球までの距離は約200光年。
座標計算が正しかったとしても、ぎりぎりの精度で物質を転送するのは不可能に近い。
(レイ、失敗したらそのときは、…一緒に死ぬからっ!)
迷いを断ち切るように振り下ろしたリアナの手が、力強く転送スイッチを叩いた。
「行けぇっ!!」




