最終話 繋がれ!光 -1
最終話 繋がれ!光
照明を落したままのコントロールルーム。
椅子にも座らずに制御コンソールに取り付いたリアナは、すばやくキーを操作する。
「プログラム・S017、…これだけ消去すれば!」
コマンダー・ヴァラオの部屋から持ち出した指揮官用プログラム・カプセル。
レイの失踪時にロードした強制帰還シーケンスのナンバーをリアナが忘れるはずはなかった。
プログラムナンバーS017の消去作業に取り掛かったリアナは、ふと首をかしげる。
「…ロックが解除されてる?」
指揮官用プログラムの変更や消去を行うためには、システムロックを解除する必要がある。
閉じているはずのS017のロックは既に外れた状態になっていた。
(コマンダーの他に解除できるのは私だけのはず…。)
イグドラのシステム管理については、技術者であるリアナに任されている。
専門外のヴァラオが直接手を出すことは皆無だった。
不審に思ったリアナは、ファイルの中身を表示してみた。
「…?!」
画面に示されたシーケンス・ラダーを見て、リアナは目を疑った。
「プログラムのアクセスををリーフ7に特定、…通信・制御ラインを全て削除、
…エネルギーラインを、…切断?!」
そこに示されたのは、リーフを帰還させるための制御プログラムではなかった。
「非常次元ラインを削除、…リーフ本体を放棄! …これは一体!?」
それはレイが乗っていたリーフ7をイグドラの支援ラインから切り離し、廃棄するプログラムだった。
「どうして? 何かの間違いじゃ…。」
混乱するリアナの脳裏に、ふと、コマンダー・ヴァラオの言葉が蘇る。
『レイのような素人が無事に大気圏を突破できるかね。
…しかも、エネルギーを切断されたリーフでだ。』
(エネルギーを、切断された。…確かにコマンダーはそう言い切った。何の確証もないのに。)
『侮辱に等しい仕打ちだ、…いっそリーフ7と同様にエネルギーラインを断ってやろうかと思ったよ。』
(エネルギーラインを断つ? …事故じゃない?! リーフ7は故意にエネルギーを切られたの?!)
「…プログラムを見たな。」
突然、背後から響く重苦しい声。
聞き覚えのあるその声に、身体を震わせてリアナが振り返る。
「…そん、…な。」
驚きと絶望の眼差しが捉えたのは、衝撃銃の銃口をこちらに向けて立つヴァラオの姿だった。
今まで見たことのないヴァラオの冷たい視線に怯えながら、リアナが掠れた声で問いかける。
「…どうして、…あなたが?」
心拍数が一気に上がり、リアナは目眩でよろけそうになる体をコンソールチェアで支えていた。
「取引、…とだけ言っておこう。」
「どうして?! 歴戦の勇士であるあなたがそんなことを?!」
「ふん、…評議会はその歴戦の勇士とやらをこんな辺境のステーションに押し込んだ。
お前たちと違って俺は所詮異形の種族、…稼ぐ手段を自分で見つけたまでだ。」
「…そのために、レイを犠牲にっ!?」
「そんなに可愛いか、あの娘が、…いいだろう。
レイのいる地球とやらへ行かせてやるよ、…お前が乗りたがっていたリーフに乗せてな。」
獲物を見据えるような目に射すくめられ、リアナは助けを呼ぶ声すら出せない。
噴出した汗と涙が白い頬に流れ、口を半分開いたまま荒い呼吸を繰り返す。
(リーフで地球に飛ばされて、…始末される?!)
表情ひとつ変えずにヴァラオが引金を絞ろうとしたその時、開いたオートドアから間の抜けた声が響いた。
「あ~、何をしているのかね?」
呑気そうな顔で二人の側近を従え、のこのこと入ってきたのはブルーム総司令だった。
「ちぃっ!!」
リアナを狙っていたヴァラオの銃口が、すばやく総司令に向けられる。
ダァァァンッ!!
間髪をいれず、衝撃銃の重い銃声が響く。
一瞬の出来事。リアナの目に映るスローモーションの映像。
右手の甲を抑え、苦痛に顔をゆがめながら床に倒れたのはヴァラオの方だった。
「ん~む、まだまだ射撃ではわしにかなわんな、ヴァラオ君。」
いつの間にホルスターから抜いたのか、総司令の右手に握られた銃は確実にコマンダーの手を射抜いていた。
側近があっと言う間にヴァラオを取り押さえ、その両手首に愚者の腕輪をはめる。
ガシャァァッ。
「…くぅっ!」
ヴァラオは灰色の腕輪に急速にエネルギーを奪われ、立ち上がることも出来ずに床に転がされた。
銃声を聞きつけて、血相を変えた隊員たちがコントロールルームに雪崩れ込んでくる。
「一体どうしたんですかっ!」
「コマンダー!!どうして?!」
倒れたまま呻いているヴァラオを見て、隊員たちに動揺が走る。
「ほ~ら、諸君、今日の獲物だ。」
周囲の空気を全く意に介さず、総司令が金属のスクラップを目の前に放り投げた。
メカニック担当の隊員が、すぐにそれを拾い上げる。
「これは!? …ジャミング装置ですか?」
脂肪のたっぷりついた腹を突き出して、総司令が得意げに答える。
「ん~、通信不調の原因はこいつだ。次元断層ではな~い。」
再び湧き上がったざわめきの中、総司令が呆れた目でコマンダーを見下ろす。
「あ~、ディアス・ヴァラオ君、惑星『地球』におけるソドン星団侵攻への不当幇助により君を逮捕する。」
口惜しそうに総司令を見上げるヴァラオの口元が歪んだ。
かつての勇者は急速なエネルギー低下で喋る事も出来ず、狩られた獣のように床に転がっている。
「そんな、…コマンダーがそんなことを?」
未だ信じられないという顔で問いかけるリアナに、総司令がでっぷりとした頬の肉を震わせるように笑う。
「う~む、ステーションの通信をジャミングして、ソドンの先鋒と連絡を取っていたのが何者か…、
ようやく尻尾を掴んだら、この男だったとはな。」
両足首にも愚者のリングを嵌められたヴァラオが、体を引きずられるように連行されて行く。
「愚者の腕輪を4つも付けられればまともに動くことも出来まい。
…この男、レイにあの腕輪を付けるよう指示したのだ。 あ~、ほんの数時間前にな。」
「え、……じゃあ、レイが?!」
さっきまで力を失っていたリアナの目が宝石のように輝く。
その手がすがるように総司令のケープを掴んだ。
「うむ、…あれは、死人に使うのものではな~いな。」
「生きてるんですねっ!レイが!!」
リアナの弾けるような問いかけに、周りにいた隊員たちからも歓喜の声が上がる。
騒然となったコントロールルームを制して、総司令の指示が飛んだ。
「ヴィマナを出すぞぉ~!地球まで超恒星間航行!
あ~、リーフ10を地球に直接次元航行で飛ばせ! 即刻状況を知りたい。」
突然の命令にイグドラの調査隊員が目を丸くする。
ステーションイグドラの位置から地球までは、通常のリーフの次元航行でまる一日を要する。
恒星間航行用に作られた総司令の乗艦、ヴィマナでさえ数時間はかかるだろう。
「総司令!無理です。ここから1回の超次元航行では、事象地平を越える際の損傷が大きすぎます。
パイロットは即死、リーフの帰還も不可能ですよ?!」
「あ~、リーフ10は無人航行用に改造させてある。使えるかね?」
メカニックを担当する側近がにっこりと微笑みながら頷く。
総司令がジャミング装置を「狩り」に行っている間に、リーフ10の改造は終わっていた。
巨艦ヴィマナの全装備を一人で整備する彼にとってはたやすい事である。
「飛ばした先で敵が来たら自爆させろ。リーフ一機くらい破棄しても構わん。」
「総司令!地球へ行かれるのなら私を!…私もヴィマナに乗せて下さいっ!」
勢い余って掴みかかるリアナをなだめると、総司令はニヤリと笑みを浮かべた。
「最大航速で飛ぶ、…あ~、その細身では次元空間線が内臓に直撃するぞ。この腹は伊達ではな~い。」
丸々と脂肪の付いた腹を自慢するように叩いたブルームの手が、リアナの細い肩をがしっと掴んだ。
「ファミール・リアナ、…現時点をもって君をステーション・イグドラの司令官に任命する。」
「私が、…ですか?」
「まあ~、ちと力不足ではあるがな。 ん~、そうだ、これを付けておけ。」
ブルーム総司令が黄金色に光るリングをリアナの腕に通した。
「これは、…ティア・ブレス!」
ティア・ブレス。
クリスタルの思念エネルギーを増幅させ、その力を数倍にアップさせるアイテム。
その性能は、比較的脆弱なリアナの身体能力を十二分にカバーできる。
評議会の最高機密のひとつであり、実物を見る機会さえめったにない代物だった。
「あ~、ここは任せた。リーフの映像が出たら回してくれ、…ローラ・レイを迎えに行って来る。」
あっけに取られたままのリアナを残して、ブルーム総司令と二人の側近は巨体を揺らしながら出て行った。
他の知的生命体を知らない地球人にとって、それは信じがたい光景だった。
蒼い髪の少女のような巨人に対峙する、直立した蜥蜴の様な外観の巨人。
「地上に新たな巨大生物が出現! 全高42メートル!」
「マイクロウェーヴ照射中止! 確認を急げっ!」
「…どこから出て来た?!」
突然現れたガディの異様な姿に、自衛隊の前線基地は混乱に包まれた。
鱗も体毛もないざらざらした深緑の肌に、ごつごつとした険しい顔立ち。。
片手には丸い飾り球のついた大槍を、もう片方の手にはその巨体ごと隠れそうな黒い盾を持つ。
それを支える、盛り上がった筋肉。黒曜石の様に不気味に光る手足の長い爪。
高等生命体の中で最も異形とされるソドン人の風体は、地球人の感覚から見ても凶暴なものに見える。
「手に何か持っているように見えます。」
「知能があるのか? …うかつに手が出せんな。」
ドォォッ!
レイの手足を拘束していたギガテロスのアームが解かれ、34メートルの白い巨体が崩れ落ちた。
立ち昇る灰色の土煙。レイは背中一面に受けた火傷の痛みをこらえ、ガディの足元に倒れこむ。
「玲ぃぃぃっ!」
空気を切り裂くような志保の絶叫が響いた。
病院の屋上フェンスに張り付くようにして、ビルの残骸に見えなくなったレイの姿を必死に探す。
利奈の腕に支えられた菜穂子の目が大きく見開き、わなわなと体を震わせていた。
(体が、…重い!)
愚者の腕輪にエネルギーを抑えられたレイの体力は、急速に消耗していた。
地球の重力が4000トンの体を容赦なく地面に押し付ける。
やっとの思いで上げた顔を、ガディの蛇のような黄色い瞳が見下ろした。
「…俺の可愛い怪獣を殺った礼をさせてもらうぜ。」
初めて間近で見る虐殺者として悪名の高い野蛮な種族、ソドン人の姿。
「…! お前が?!」
レイの胸に激しい怒りが湧き上がり、限界を超えた体を起き上がらせた。
「お前が、殺したの、…あんなに沢山の人を、……アキを!!」
よろめきながら幽鬼のように立ち上がったレイの蒼い目が、ガディを真っ直ぐに見据える。
「ふん、まだそんな目で睨む力が残ってるのか、…忌々しい。」
ガディは鋭い歯を剥き出した口元に不敵な笑みを浮かべ、手にした大槍を天にかざす。
いよいよ、この時が来たのだ。
侵攻を宣言するための拡声システムはすでに準備されていた。
地球の言語に変換されたしゃがれ声が増幅され、大音声が地上に響き渡る。
「この惑星は我々ソドンの支配下となる、…逆らうことは出来ない!」
ガディの雄叫びに答えるように、母船から白い光の玉がいくつか放たれた。
それは槍の穂先にある球体に吸い込まれ、エネルギーを蓄えていく。
「逆らえばこうなる、…お前達に味方した愚か者の末路を見るがいいっ!」
ガディが大きく槍を振ると、先端から白い光弾が発射されレイの腹部を直撃した。
「ぐぁっ!!」
やっとの思いで立っていたレイは、衝撃で背中から地面に叩きつけられる。
「ぅ、…ぐ。」
瞬時にシールドが防御したとは言え、至近距離から受けた素粒子弾の威力は凄まじかった。
腹の脇が赤黒く変色して表層組織が破壊され、その奥の内臓まで痺れている。
「へへへ、…小娘、苦しいかぁ!」
もがく事すら出来ないレイに、何発もの光弾が追い討ちをかけた。
「ぐっ、ぁ…ぅっ…。」
起き上がる間もなく、体のあちこちに重い石つぶてを食らったような痛みが走る。
「手も足も出ねえな、え?」
勝ち誇ったガディが、倒れたレイの体を荒々しく踏みつけた。
「ぐ、…ぅ、…こちらの技を封じておいて、…卑怯、…者。」
「ふん、…どんな手を使おうが勝者が正義だ。」
ガディが傷口を狙ってレイの横腹を蹴り飛ばした。
「ぎ、…ぃやぁああっ!」
地面に転がり悶絶するレイの姿を楽しむように、脚爪がさらに傷をえぐる。
「グ、…ぅうっ!」
「じわじわと血祭りに上げてやる…。」




