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第六話 愚者の腕輪 -3

「玲ちゃん! 大丈夫っ?!」

「玲、…それは!?」

苦痛に顔をゆがめ、折れた片腕をかばいながらも志保は玲の身を案じていた。

「愚者の腕輪、…罰を受けたり拘束される人に付けるエネルギー制限器よ。

 …どうしてこんなものがっ?!」

玲は腕に嵌められた醜い塊を外そうと、必死で引っ張っている。

しかし、まるであつらえたように手首にぴったりと嵌った腕輪はびくともしない。

「技が、…使えない、…使えなかった!」

頼みの綱のローズ・ペレットが撃てない。おそらく、オーロラ・シュートも…。

(どうして、…どうしてっ?!)

忌まわしい腕輪と格闘しながら、混乱した玲の頭の中を疑問符が飛び交う。

(私の力を抑える? …私がここにいることも知ってた?)

(いつから? 最初に怪獣が追ってきてから?)

(その後も、この街に、…私の所に怪獣が、…まさか?!)

そして、…見つけた答えに玲は打ちのめされるような衝撃を受けた。


「…私なんだ。」

顔を上げた玲が、怯えたように志保の顔をまっすぐに見つめる。

「私が狙われてるんだ、…この間から、ずっと。」

腕に嵌められた愚者の腕輪は、敵の狙いが他ならぬ玲自身であることを物語っている。

この街だけに次々と現れる怪獣。それが全てローラ・レイに向けられた刺客だとしたら…。

みんなを守って戦っていたつもりだった自分が、みんなを巻き添えにしていたなんて…。


(私のせいで、…アキが! 街の人が!)

玲の丸い瞳からぼろぼろと涙が流れ落ちた。視線が宙を舞い、わなわなと体が震える。 

「玲ちゃん?…どうして? …狙われてるって?」

目の前で起こった突然の出来事を理解できず、ナオが心配そうに玲に這い寄った。


「…あたしね、人間じゃない。…宇宙人なの。」

突然の玲の告白に、ナオが息を呑む。

「あたしを狙って、別の宇宙人が、…あたしがここに来たから、…そのせいでっ!」

「考えすぎよ!しっかりしなさい!」

志保の叱咤も、混乱した玲の耳には響いていなかった。

「あたしが狙いなら、…あたしなんて、さっさと死ねばよかったんだっ!」

玲は頭を抱え、髪を振り乱して絶叫した。


「何でそんな事言うのっ?」

大声で怒鳴りつけられた玲が顔を上げると、大きく見開いた猫目が睨んでいた。

「知ってたよっ、そんなことっ!」

顔が真っ赤だ。こんなに怒ったナオは見たことがない。

「え?!」

「雨の夜に、玲ちゃん連れ戻そうとして、…見たんだ、変身するの。」

驚いた玲の腕を、震えるナオの小さな手がぎゅっと掴む。

「守ってくれたじゃないっ!今度も!この前もっ! 玲ちゃんが宇宙人だって、何だって…。」

しゃくりあげるように言葉が詰まる。半分涙声になりながら、ナオが叫んだ。

「…友達じゃないかっ! 死ぬなんていうなぁっ!!」



事態に追い討ちをかけるように、広域の非常サイレンが鳴り響いた。

「何っ!」

よろけるように志保が窓辺に駆け寄る。

市街地を挟んだ海の上空に、ぼやけたように白く光る巨大な物体が見える。

志保を追って窓辺に取り付いた玲は大きく目を見開いた。

「あれは、…惑星強襲母船!」


それは大気圏内に降下してきた、ガディの船だった。

姿を隠す次元空間シールドを外し、その存在を誇示するように空中で静止している。

葉巻型のずんぐりとした船体。白く発光して見えるのは高速で周囲を飛び回る防御粒子だ。

無数の高エネルギー素粒子が船体に沿って外装付近を飛び回り、船を守っていた。


こだまするサイレン音に混じる、ジェットエンジンの爆音。

自衛隊の戦闘機が病院の上空を通り過ぎ、謎の物体へ向かっていく。

編隊を組む3機の戦闘機から一斉に空対空ミサイルが放たれた。

ミサイルはつぎつぎと白い物体に命中し、爆煙が上がる。

だが、黒い煙が風に払われると、そこには無傷の目標が微動だにせず浮いていた。

戦闘機は旋回して態勢を立て直すと、2度目の攻撃をかける。

結果は同じだった。大型対空ミサイルの直撃に物体はびくともしない。


「ふん、そろそろ自分達の武器が無力だって事に気付こうや。」

コンソールでふんぞり返ったガディが、モニターに映る地球の原始的な兵器を嘲笑する。

わざと攻撃させ、全く歯が立たない事を見せ付ける。

そのために、ガディはわざわざ母船を海上に静止させたのだ。


ミサイルを撃ちつくした戦闘機はバルカン砲で物体を射撃する。

「ダメ!早く逃げて!」

玲が叫んだ瞬間、母船を包んでいた白い光の一部が光弾となって戦闘機を貫いた。

ガディの母船を包む防御シールドは、軌道を変えることによって即座にエネルギー素粒子弾となる。

あっけなく空中で爆発した戦闘機の機体が、火だるまになって市街地に墜落した。


「お遊びは終わりだ、…すっこんでろ。」

残った戦闘機があわてて空域から離脱すると、母船はゆっくりと陸へ向かって動き始めた。

素粒子弾が数発、地上に向けて放たれると、あちこちで火の手が上がる。

目の前で、なすすべもないまま炎上する街。

玲の胸に掻き毟られるような悔しさと怒りが湧き上がる。


爆発しそうな感情を抑え、玲は固く瞳を閉じた。

精神を集中し、自分の体をめぐるエネルギーの残量を必死で感じ取る。

(ギリギリ、…お願い、変身させて!)

祈るように両腕を胸の前でクロスさせる。その手を志保があわてて止めに入った。

「行ってはダメっ!!」

「お願い、行かせてっ!」

懇願する玲の片腕を、志保がしっかりと掴んだ。

「その有様で行ってどうするの?! …嬲り殺しにされるだけよ。NEOと自衛隊に任せなさい。」

「この星の武器では無理、…このままじゃみんな殺される!」

「お願い、…ここにいて頂戴。」

よろめくようにベットから這い出したナオも、玲の肩にしがみつく。

「玲ちゃん、無理だよ、…死んじゃうよぉっ!」

すがりついたナオの指先が肩に食い込んだ。


(ありがとう、…志保さん、…ナオ。)

玲を想うふたりの強い思念エネルギーが流れ込み、ティア・クリスタルがわずかに力を取り戻していく。

「大丈夫、戻ってくるから。…みんなのところへ、帰ってくるから。」

玲が片手で胸のペンダントをぎゅっと握り締める。指の隙間から光がこぼれ、体が輝きに包まれた。

純白のオーラをまとった玲が志保の瞳を間近で見つめる。黒く澄みきった目が微笑むように語りかけた。


(行ってきます。…お・か・あ…さん。)


志保とナオの腕の中で光の粒に姿を変えた玲は、溶けるように消えていった。

まるで花弁が風に散るように、白く、儚く…。

そして、空に上ったそれは、美しくきらめきながら鳥の群れのように宇宙船の前に集結した。



「菜穂子っ!避難指示が!」

コーラのボトルを抱え、血相を変えた利奈が病室に駆け込んで来た。

志保に支えられた妹を見て、あわてて窓辺に駆け寄る。

「何してるのっ?!…玲ちゃんは?」

「…あそこだよ。」


あちこちで炎上し、もうもうと黒煙を上げる街の真ん中。

利奈の肩にもたれながら菜穂子が指差した先で、光の粒子が巨大な人型を作っていく。

幻想のような輝きの中から純白の戦姫、ローラ・レイがその姿を現した。

太陽の光に照らされた真珠のような肌。風になびく美しい青い髪。

だが、その右腕には忌まわしい灰色の腕輪が取り付いたままだ。


「お姉、お願い、…屋上へ連れて行って。」

「え?」

「玲ちゃんが戦ってるの、…ちゃんと見なきゃ!」

いつになく真剣な妹の眼差しに、利奈は黙って頷いた。



(体が、…重い!)

愚者の腕輪で力を制限された今、跳ぶこともままならない。

立っているのがやっとの状態で、レイは敵の船を見上げ、睨みつけた。

レイの登場を待ちかねたかのように、宇宙船のハッチが開く。

光の壁から沁み出すように、ふたつの巨大な物体が降下して来た。


「何っ?!」

反重力ブースターを吹かしながら、レイの目の前に着地した2体のロボット。

そのボディに先程の黒服のヒューマノイド達が飛びつき、吸い込まれていく。


ガキュォォン!


たたまれていた3本のアームが展開し、ロボットが動き出した。


ゴゴン…、…キキィ…、ゴゴーン……。


強い地球の重力下で機械の関節が軋み、鉛色の太短い脚がアスファルトの地面に食い込む。

金属の塊と言ってもいい頑強なボディは、半端な攻撃など跳ね返してしまいそうだ。

くねくねと揺れるアームの先端で、レーザー発射口が不気味な一つ目のように赤く光る。


……ジィッ! …グガァンッ!


放たれた光線が進路上の建物を切断し、むき出しになった鉄骨をアームが無造作になぎ払う。

三つ首の竜のような姿の超重機・ギガテロスは街を破壊しながら真っ直ぐレイに迫って来た。


レイは力を振り絞るようにして身構えた。

重い体を引きずるレイに、ギガテロスの巨大なアームが襲い掛かる。

「くっ!」

最初の一撃をかわしたレイの胸元を、別のアームが殴り飛ばした。

「ぐはぁっ!」

ハンマーのように重いアームヘッドが、レイの伽鞘な身体を吹き飛ばす。

かろうじてクリスタルへの直撃は避けたものの、衝撃と痛みで意識が飛びそうだ。

背後のビルに背中から叩きつけられたレイに、崩壊したコンクリートの破片が降り注いだ。


「玲っ!!」

病院の屋上からその様を見守る志保が、たまらずに金切り声を上げる。

それを耳にしたレイは気を取り戻すと、目の前の敵に果敢に立ち向かった。

這い寄るように迫って来たギガテロスのアームが再びレイを襲う。


(負けない、…見てて!)

レイは横から繰り出されたアームの懐に飛び込むと、しがみつく様に掴んだ。

そのまま自分を軸にして相手を回転させる。

ギガテロスの巨体がたまらずに重心を崩し、轟音と共に側面から大地に倒れこんだ。

真上から振り下ろされたもう一体のアームを肘で受け流すと、すばやく先端を地面に向けて叩きつける。


…グガァンッ!!


前のめりに倒れたギガテロスのボディが、先程倒されたもう一体と衝突し重い金属音が響いた。


「あの子、いつの間にあんな技を!」

自分が教えた技に、3本腕相手のものなどない。

予想以上にコツを身につけ実践して見せたレイに、志保は感動すら覚えていた。

力を制限されているとはいえ、レイのスピードはギガテロスの鈍重な動きを上回っている。

単調な相手の動きを見切ったレイは、幾度もギガテロスを転がし、地面に叩きつけた。



「未確認と巨人が格闘中!」

破壊された市街地の外れでは、到着したSMGに電源を接続する作業が急ピッチで行われていた。

「未確認は機械構造と思われ、マイクロウェーヴは有効ではない。

 生物体である巨人第零種を目標とせよ!」

「照射準備、急げ!」

高出力のマイクロウェーヴ砲は、稼動させるために5台の大型電源車が必要である。

「ケーブル接続よしっ!電源車起動しますっ!」

初めての実戦配備に戸惑いながら、カーキー色の制服を着た自衛隊員達が着々と準備を進めていく。

「照準、巨人第零種! 自動追尾システム起動!」

「電圧は?! まだかっ?」

「1次コンデンサ、蓄電まであと30秒!」

数キロ先の巨人、…ローラ・レイを狙って、超マイクロウェーヴ砲のパラボラが静かに動き始めた。



何度か投げを繰り返すと、ギガテロスの動きが止まった。

3本のアームをゆらゆらと揺らしながら、レイの出方を伺っているようだ。

(攻撃してこない? …読まれた?!)

ギガテロスを操るヒューマノイドもさすがに学習したのか、焦って先手を討とうとはしなくなった。


岩のように動かなくなった2体のギガテロスに対峙したレイも、身動きせずに間合いを計る。

(…どうやって破壊しよう。せめて跳べれば!)

その真珠色の背中に、はるか後方のSMGが照準を合せていた。

「第零種にロックしました。加熱深度500ミリ、距離4000メートル。」

「自動追尾!照射10秒! …撃ぇっ!」


音も立てずにSMGの巨大なパラポラから、高出力のマイクロ波がレイの背中に向けて放たれた。


「?! …熱いっ!!」


突然背中に走って焼けるような痛み。レイはたまらずに姿勢を崩して仰け反る。

何が起こったのか理解できずに、攻撃を受けた後方を振り返る。

レイが無防備になったその瞬間を、ギガテロスは見逃さなかった。


ガキュゥゥン!


繰り出されたアームに、レイの右手首が掴まれる。

「しまった!」

レイが気づいたときには遅かった。もう一体のギガテロスが左手首を捕らる。

両腕を固定されたレイは、身動きが出来なくなった。


「くっ! …油断した!!」

渾身の力でもがいても、巨大な機械の腕に掴まれた両腕はびくとも動かない。


ギ、…ィィンン、…ガキュォン。


「んくっ! …離してっ! …いやぁっ!!」


ゆっくりと左右に展開したギガテロスが、暴れるレイの足首を両側から捉える。

アームが持ち上げられ、レイの体は大の字の状態で空中に持ち上げられた。


「第零種が捕獲されました!」

「照射を続けろ! まず巨人を仕留めるんだ!」


身動きの出来ないレイに、マイクロ波が立て続けに放たれた。

腕輪で力を制限されたクリスタルでは、その全てをシールド出来ない。

マイクロウェーヴ砲の方向に晒されたローラ・レイの背面。

肩が、腿が、腕が、…次々と高熱で焼かれ、刺すような激痛が走る。

「やめ、…ん、ぁあっ!」

もがき、身をよじって暴れるレイの体は巨大なアームにがっちりと掴まれ、振りほどく事も出来ない。


呼吸を荒げて身悶えする白い巨人。期待通りの戦果に、自衛隊員たちが色めき立つ。

「効いてるぞ! 連続照射っ!出力を上げろっ!」

さらに高出力のマイクロ波が放たれ、焼けた金属の棒をねじ込むような強烈な痛みがレイの背中を襲った。

「ぎっ、…ぃ、…ぃやぁあああっ!!」

地獄のような責め苦を受けるレイを目の前に、志保は狂ったように叫んだ。

「玲っ!! どうしたのっ! 玲っ!?」

姉の利奈に肩を支えられたナオも怒りに声を震わせていた。

「離せっ! 玲ちゃんを離せぇっ!! 馬鹿やろぉっ!!」



その時、レイの目の前で空間が揺ぐように歪み、何かが転送されて来た。

少しずつ実体を現わす巨大な影。

「…ぐ、…はぁっ!…ぁ、…ぁあああっ!!」

皮膚の深い部分を焦がされて苦しみ喘ぐレイを見下ろすように、濃緑色の影が少しずつ実体化する。


2足歩行の恐竜のように前傾した体。

その野太い脚に踏み締められた瓦礫が、音を立てて砕ける。

硬く艶のない表皮の下で、うねるような筋肉が動く。

ごつごつとした凶暴そうな顔に光る金色の目。

夜行性の蛇のような縦長の瞳がレイを睨み、細くキュッと閉じた。

手にした長い槍と黒光りする巨大な盾がなければ、知的生命体とは思えない風体だ。

巨大化し、地上に降り立ったガディは、鼻を軽く鳴らしながら、磔状態のレイに近づいていった。


「…ふん、地球人に始末されちゃあ、こっちの筋書きが狂うじゃねえか。」

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