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第六話 愚者の腕輪 -2

大阪湾に浮かぶ巨大な人工島、NEO本部。

もともとは国際空港として建設されたその島は、4000メートルの滑走路を備えている。

その南端に水をいっぱいに張った、5メートルほどのコンテナが置かれていた。


「照準自動追尾!照射深度、表面から1500ミリ!」

「捕捉よし!」

滑走路の反対側に設置されたSMG・超マイクロウェーヴ砲。

その周りに、NEOや自衛隊の関係者が集まっている。

パラボラアンテナを南へ向けた照射装置には、太い電力ケーブルが数本繋がれていた。

「10秒前、…5、4、3、2、1、照射!」

合図と共に、赤い起動ボタンが押される。

約4キロ先の密閉コンテナは数秒で破裂し、勢いよく白煙が立ち昇った。

中の水が沸点以上に過熱され、水蒸気爆発を起こしたのである。

その様子はテレビカメラで、すぐ横のモニター画面に大写しにされていた。

「おお!」

「これ程とは!」

歓声が上がった。照射テストの成功に沸く面々の中には米軍の技術者の姿も見える。


「陸自の装備をわざわざここでテストしなくても…。」

テストの様子を遠巻きに見ていた白石が、不満そうに坂田保安部長に話しかける。

花澤防衛大臣の発案であるマイクロウェーヴ砲は、NEOではなく、陸上自衛隊に配備されていた。

「だだっ広い場所が欲しかっただけだろ、…万が一、誰かが射線上に迷い込んだら丸焦げになるからな。」

他人事のように答える坂田も、内心は面白くなさそうだ。


「想定どおり使えるといいですがね、…相手はただの動物じゃない。」

白石が独り言のように呟く。

攻撃機ハーキュリーのオペレーターとして幾多の戦闘を経験した彼は、怪獣を討つ難しさをよく知っていた。

今更、経験のない自衛隊になぜ対怪獣装備を委ねるのか、白石が感じている不満は坂田も同様である。

相棒の郷原も同じことを言うだろう。


気分を変えようと、坂田が白石の肩を軽く叩いた。

「まあ、周囲に影響を与えずに怪獣を狙えるのは評価できるがね。」

確かに、避難者がうようよいる市街地では、うかつに実弾は使えない。

遠距離からピンポイントで目標に照射するマイクロウェーヴ砲は、その点使用に制限がなさそうだ。


「射程5キロではカバーできる範囲が知れています。数が少なすぎますよ。」

米軍から緊急に提供されたSMGユニットは全部で10基。

関西地区に配備されたのはそのうち3基だけだ。


「怪獣が来襲した実績もないのに、首都圏に7基配備というのも納得できません。」

「…大事なのは人間と票の数って訳だ。…ところで郷原は?」

ハーキュリーのパイロット、郷原二等保安正の姿は朝から見えなかった。

「郷原は半日休暇で外出です。娘さんが入院していまして…。」



「三沢さんではありませんか?」

ナオの見舞いに来た玲と志保に、病棟の廊下で屈強そうな男が声をかけた。

がっしりとした体格に、背広の肩が張り詰めて少しきつそうだ。

短めに刈り込んだ髪、浅黒く日焼けした顔。

やや吊り上り気味の大きな目に笑みを浮かべて、男がこちらへ近づいてくる。

その視線は玲ではなく、志保を捉えているようだ。


「お久しぶりです。」

「あら、まあ。」

怪訝そうに様子を伺っていた志保が、相手のことを思い出したらしい。

「郷原さん、あなただったのね。 …めったにない苗字だから、まさかと思っていたけど。」

たおやかな微笑を浮かべる志保と対照的に、玲の姿を目に留めた郷原は戸惑いの表情を見せた。

「…? 菜穂子の友達の三沢玲ちゃん、というのは、…三沢さんの?」

「ええ、…娘よ。」

「はじめまして、…三沢玲です。」

ナオの父親らしい男性に、玲が軽く会釈する。


ふたりの顔を、不思議そうに見比べる郷原の前で、志保は玲を促した。

「先に病室に行ってなさい。…この方と少しお話しがあるの。」

「はい、失礼します。」

くるん、と振り向いた玲の長い黒髪が、制服のブラウスの上で柔らかく揺れる。

呆けたようにそれを見つめている郷原に、志保が声をかけた。

「そこの喫茶室でお話ししましょうか。」



「こんなもんだろう、…少しごついのは仕方ねえか。」

ガディは、2体のヒューマノイドを地球人に偽装させた。

人間と同じサイズのヒューマノイドは周囲にホログラムを展開させ、地球人の男性に見えるようにしてある。

繊細な顔の表情は作れないため、大き目のサングラスをかけさせ、中身が透けにくい黒服を着せてみた。

どこかのSPのような、いかつい外見。逆に、これならむやみに話しかけられることもなさそうだ。

命令を理解し、実行できる程度の人工知能を持ったヒューマノイドは、ギガテロスの操作頭脳でもある。

「こいつを小娘の腕に嵌めて来い、変身する前にな。」

ガディは黒服に身を包んだ二人の男に鉛色の腕輪を渡すと、転送装置に入れた。


地上をギガテロスで破壊し、人間達に手も足も出ないことを思い知らせる。

そして、その目の前で人類を擁護する最後の希望、ローラ・レイを葬り去る。

ソドンの脅威を地球人に誇示する最終作戦。

そのことよりも、自ら前線に赴き参戦することにガディは胸を躍らせていた。

幾人もの敵を血祭りに上げてきた細く鋭い槍と、怪獣ダイパスの表皮で作られた強靭な盾。

自分の戦闘装備を確認すると、ガディは母船を地上へ降下させていった。

「さて、…処刑ショーの始まりだ。」



「郷原 菜穂子」と書かれた名札を確認し、玲はそっと病室に入っていった。

他の名札がないところを見ると、どうやら個室らしい。 

ドアは空いたまま、入り口が白いパテーションで仕切られている。


おそるおそる中を覗き込む。ベットで半身を起こしたナオと、付き添いの女性が玲に視線を向けた。

「こ、…こんにちは。」

初対面の相手に緊張した玲が、シュークリームの箱を持ったまま両手を前で合わせてお辞儀をする。

「…玲ちゃん。」

ナオが安堵したような笑顔を見せた。だが、その表情にはいつもの輝くような明るさはない。

「三沢、…玲ちゃんだっけ? 妹が世話になったね、ありがとう。」

白無地のTシャツにスリムジーンズをあっさりと着こなした女性が、椅子から立ち上がった。

(この人がナオのお姉さん?)

猫のような瞳は確かにナオそっくりだが、165cmある細身の身体は女豹を思わせる迫力がある。


「はじめまして、…こちらこそ、ナオちゃんにはいつも助けてもらって、

 …あの、…これ、お見舞いです。」

玲がおそるおそる、シュークリームを差し出す。

菜穂子の姉、利奈は受け取った菓子店の赤い箱を見てニヤリと笑うと、玲の肩をポン、と叩いた。

「へえ、わざわざ上新庄まで買いに行ってくれたんだ。美味しいんだよね、ここの。

 …おぬし、通だな? 気に入ったぞ。」

とまどう玲の首元が、細い片腕にぎゅっと抱かれる。

利奈はサイドテーブルに箱を置くと、玲の髪をさらりと撫でて入り口に向かった。

「何か飲むもん買ってくるよ。 あ、…アタシの分残しとけよ。」

振り向きざまにナオに釘を刺し、利奈はパテーションの向こうへ消えていった。


「ごめんね、玲ちゃん。 お姉、あれでも気ぃ使ってんだよ。」

「ううん、大丈夫、…いい人だね、お姉さん。」

「元ヤンだから、行動がアキちゃんに似てるでしょ。」

アキの名前を聞いて、玲の表情が凍りついた。

向日葵のようなナオの笑顔が、心に痛い。

「ね、アキちゃんは? …どこの病院?」

無邪気に笑うナオの前で、玲は息を呑んだ。



徒歩外出禁止令が出されたままの街。

通りを歩く人はなく、車だけがいつもどおりに走っている光景はどこか異様である。

裏通り、狭い道のアスファルトの上で空気が陽炎のようにゆらぎ、人の形を作っていく。

転送された2体のヒューマノイドは、誰に見られることもなく路地裏にその姿を現した。


「場所はわかってるな。そいつを小娘に付けたら、すぐに指定ポイントまで戻って来い。」

ガディからの通信が入り、ヒューマノイドは胸ポケットに入れた品物を手で押さえて確認する。

少し離れた山手の高台に白い外壁の病院が見えた。

ローラ・レイ、…三沢玲の居場所はガディの監視システムで常にトレースされている。

「アノ建物、…3階。」

かすかに聞こえる関節の機械音を誰に気付かれることもなく、2体は目的地へ向かって行った。



ロビーに面した病院内の喫茶店には、他に誰もいなかった。

小さな椅子に窮屈そうに座った郷原が、言いにくそうに切り出す。

「お嬢さん、…うちの菜穂子と同級だそうで、…その。」

20年前、自衛隊百里基地で事故死した志保の夫は、郷原の先輩にあたる。

もちろん、菜穂子と同級生で16歳の三沢玲がそのときに存在しているはずはない。


「ええ、あの人の子供ではないわ、玲は。」

郷原の疑問を汲み取った志保が、穏やかな表情で答える。

「その、…再婚なさったんですね。」

「いいえ、一人よ。」

実直な郷原は反応に困って目を白黒させる。それを楽しむように、志保は怪しげに笑ってみせた。

「ふふ、…あんまり深いことは聞かないでちょうだい。」

「わかりました、…自分はただ、その…。」

少年のようにどぎまぎする郷原の様子に志保は思わず吹き出し、小さく肩を揺らして笑った。


「養女よ、玲は、…私をどんな女だと思ったのかしら?」

「そ、そうだったんですか、…あんまり顔が似ているので、てっきり血の繋がったお子さんかと。」

玲は志保をモデルにして地球人の姿に変身している。そっくりなのは当然だった。

「似ているのは、たまたまよ。でも、そのせいで愛情が深まったかもしれないわね。」

それは、実感から出た志保の本音だった。

落ち着きを取り戻した郷原の顔にようやく自然な笑みが戻る。

「賢そうな娘さんで、羨ましいです。うちの菜穂子ときたら…。」

世間でよく耳にする父親らしい台詞に志保が目を細める。その時、郷原の胸ポケットで携帯が鳴った。


通話ボタンを押すと同時に、緊迫した坂田の声が耳に飛び込んでくる。

「郷原、すぐ本部に戻れ! レーダーに巨大な物体反応が出た、…瀬戸内上空だ!」

ただならぬ郷原の表情を察した志保が、レシートを持ってすばやく立ち上がる。

「行きなさい、ここは任せて。」

「すみません、三沢さん。」


また、この付近に敵が現れたというのか。

いつものことながら、二人の娘を残して任務に戻る郷原は後ろ髪を引かれる思いだった。

急ぎ足で自動ドアをくぐりながら郷原が振り向き、志保にすがるような視線を向ける。

「…娘達を、お願いします!」

頷いた志保に踵を返し、郷原が出て行く。

志保はその背中越しに、異様な男の姿を目に留めた。


大柄な黒服の二人の男が、不自然なほど真っ直ぐに廊下を進み、エレベーターに乗り込んで行く。

「何かおかしいわね、…あの人達。」

胸騒ぎを覚えた志保は急いで会計を済ませると、男達の後を追った。



「アキちゃん、入院してるんでしょ。」

訴えるように玲の顔を覗き込むナオの瞳。

ショックを避けるため、アキの死はナオにはまだ知らされていなかった。

玲は精一杯笑顔を作る。

「え、…えっとね。」

「電話掛けても、出ないんだよ…。」

真実を伝えたい。自分の胸に広がったこの悲しみをナオと分け合えたら…。

(…アカンて。)

ぎゅっと握り締めたクリスタルから声が届いたような気して、玲は飛び出しかけた言葉をぐっと抑える。


「アキのスマホね、…壊れちゃったみたい。」

「そうなんだ、…先月買ったばかりなのにね、アキちゃん。」

「うん、でもスマホどころじゃないみたい、…やっぱり体が動かないの、ナオとおんなじ…。」

玲の口から物語のように嘘がこぼれていく。

ひとつひとつの言葉がそのまま罪の重さとなり、玲の心をさらに沈めていった。


ガシャン!


突然の物音に玲が振り返る。

入り口のパテーションが倒れ、黒いスーツ姿の男達が病室に踊りこんで来た。

「何ですかっ、あなた達っ!」

玲の声に耳も貸さず、二人組の大柄な男は無表情のまま、ずかずかと部屋に入って来る。

床に転がったパイプ枠が男の足に踏まれて、ぺしゃんこに潰れた。

(この人達、…人間じゃない!)

玲はとっさに両手を広げて背後のナオをかばう。

屈強な二人の男は玲に飛び掛るようにして、左右からがっしりと腕を掴んだ。

「ぃやぁっ! 放してっ!」

「三沢、…玲ダナ。」

耳元で不気味な合成音が響く。

「玲ちゃんっ!このぉっ!」

ナオがベットサイドにあった目覚まし時計を男に投げつけた。

ゴン、という音がして男の頭に命中した時計が、そのまま床に落ちてガラスが砕ける。

男は何事もなかったようにナオを一瞥し、ポケットから何か取り出した。

(まさか!武器を?! ナオが危ないっ!)

玲は全身の力を振り絞って、男の腕を振りほどこうともがく。


ガシャァッ。


金属音が響き、玲の左手首に何かが嵌められた。

(…え?!)

次の瞬間、背中から思い切り突き飛ばされた玲は、ベットの端に胸から倒れこんだ。

「…あんた達っ!何してるのっ!」

血相を変えて入ってきた志保に、男の一人が飛び掛った。

「!!」

すかさず男の懐に滑り込んだ志保が投げを仕掛ける。

鮮やかに技が決まったかに見えた瞬間、跳ね飛ばされて床に叩きつけられたのは志保の方だった。

「な、…重いっ!」

生身の人間の数倍の重さがあるヒューマノイドは、武道が通じる相手ではない。

何が起こったかわからず、床に転がった志保の右腕を男の足が容赦なく踏み付けた。

「く…ぅっ!」

骨の折れる鈍い音がして志保の顔が苦痛に歪む。玲の怒りが一気に頭の中を逆流した。

「よくもっ! ローズ・ペレット!!」

はじけるように起き上がった玲が、一直線に伸ばした手を男へ向ける。

だが、その指先から発射されるはずの赤い光弾は、一発も放たれていない。

(え、…どうして?!)

急に体が重くなり、力が抜けていく。

胸に下げたティア・クリスタルのペンダントが見る見るうちに輝きを失っていった。

「…ヨシ。」

崩れ落ちる玲を尻目に、目的を果たした男達は足早に非常階段から逃走した。


男たちが残していった物。

手首に嵌められた鉛色のリングを見て、玲の顔色が蒼白になる。

(これは、…愚者の腕輪!?)

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