第六話 愚者の腕輪 -1
第六話 愚者の腕輪
首相官邸の記者会見室は、大勢のプレスでひしめき合っていた。
用意された椅子に大人しく着席しているものはいない。
阪神を襲った、巨大怪獣という未曾有の災害。
前例のない大事件にもかかわらず、公開された情報の少なさに記者達は殺気立っていた。
マイクの前に立った官房長官に、矢継ぎ早に質問が浴びせられる。
「陸上に何体いるんですか?!」
「関西に集中している理由は? 他の所は大丈夫なのか?!」
「やはり、牙竜と関係が?!」
「最初の来襲を隠蔽したって? 他に隠してないんだろうな?!」
「あの白い巨人は味方ですか? 政府の見解を聞かせて頂きたいっ!」
地下から、空から、…予測できない怪獣の出現に国民は怯え、街にはさまざまな噂が飛び交う。
いや、日本国内だけでなく、地球外からの攻撃を示唆する一連の事態に世界中が騒然となっていたのである。
怪獣がなぜ、日本の狭い地域に集中しているのか。
訳もわからぬまま、対策本部は警戒と防衛に注力するしかなかった。
自衛隊の各部隊は主要な都市に展開し、戦闘車両を要所に配置していた。
上空には24時間体制でヘリや偵察機が飛び交い、レーダや衛星が宇宙空間にも監視の目を光らせている。
国のあちこちで緊迫した風景が展開し、人々は一層不安をかき立てられていた。
「一匹も倒せなかったとは、どういうことだ!!」
同じ首相官邸の4階にある大会議室で、内閣総理大臣の怒号が響く。
「これだけ犠牲者が出て、NEOは何をしていたんだ? 指をくわえて見ていたのかねっ!」
先日の大怪獣の市街地縦断、今回の巨大怪虫による人間の捕獲。
合わせて1000人以上が犠牲となり、外出制限令が出た関西の都市機能は極端に低下していた。
想定外の事とはいえ政府は危機管理能力を追及され、内閣不信任案の提出も囁かれている。
主だった要人だけが集まった対策会議の席上で、総理の怒りの矛先はNEO長官へ向けられた。
「巣穴を突き止めたときには、既に『群虫第五種』は焼死していました。おそらく全滅したものと…。」
疲労困憊の表情で長官の桐嶋が報告を述べる。
『群虫第五種』とは、防衛筋でヴェルガに付けられた識別名である。
焼け焦げた山中の洞窟。怪虫の残骸の調査と、捕食されたと思われる被害者の確認。
県警と協力して調査と事後処理の陣頭指揮に当たった桐嶋は、ここのところろくに寝ていない。
「おそらく、ではないだろう! 確実に退治出来たのか、と訊いてるんだ!」
ヒステリックに叫ぶ総理の声に、桐嶋長官は唇を固く結んで沈黙した。
突如来襲した怪虫による被害に一番口惜しい思いをしたのは、他でもない桐嶋とNEOのメンバーである。
しかし、もともと海洋戦を想定して組織されたNEOには、地上での戦闘装備も索敵設備もない。
まして、今回のように市街地で多数の目標相手では打つ手がなかった。
先日の牙竜群との戦闘でハーキュリー隊のほとんどを失った今、戦力もお粗末なものだ。
「今度は何がどこから現れるか見当もつかんとは、…そんなことで国民を守れるのかね?!」
責任だけを無理矢理押し付けられた桐嶋は、黙って言い訳を噛み殺していた。
「手立てを考えろっ! 何とかならんのかっ! 何か案がなければ予算も付けられん!」
無策にただ声を荒げる首相をなだめるように、防衛大臣の花澤が割って入った。
「総理、それについて、米軍から申し出が…。」
「何だ? 何かあるのか?!」
機会を待っていたように、政務官がスクリーンに映像を投影する。
中型の戦車のような躯体に太短い砲身のような筒。その先端には巨大なパラポラが装備されている。
装置の概要図には、ところどころに英文で注釈が書かれていた。
「米陸軍が秘密裏に開発したSMG、…Super-power Micro wave Gun です。」
会議室が水を打ったように静まり返る。政務官が説明を続けた。
「従来の、ADS(Active Denial System)対人用非致死性掃射型兵器と同様マイクロ波を使用します。
…ただし、威力は格段に違う。」
ADSはマイクロ波を遠方から照射し、電子レンジと同じ原理で目標の人間に熱の感覚を与える。
不快な感覚を与えるだけで人体に後遺症のない非殺傷兵器として開発され、威嚇や鎮圧に使われていた。
「ADSは人体に軽い熱感覚を与える程度ですが。SMGは…。」
「まさか、…殺せるのか?」
「照射を受ければ数秒で体液が沸騰するでしょう。…おそらく人体ならそのまま炭化、焼失するかと。」
どよめきが起こる。それを制するように花澤大臣が口を開いた。
「米軍はこのSMG10基を即刻空輸する用意があると言って来ています。ただし、条件が二つ…。」
「何だね?」
「表向きは米国製ではなく、技術指導を受けて日本で密かに開発したという形にすること。
そして、実戦で得られたデータを詳細まで米軍に提供すること、…であります。」
国際条約に抵触する可能性のあるマイクロウエーヴ兵器は、うかつに公には出来ない存在である。
険しい表情で、桐嶋が花澤大臣を睨みつける。
「この事態に乗じて、…日本を実験場所にするというのか!」
「確かに、…威力を実戦で確認したい思惑もあるようですな。何せ目標がでかい。」
肩を震わせる桐嶋とは対照的に、花澤は挑発するような笑みを浮かべる。
「ギヴ&テイク、ということだよ。…それとも他に有効な手があるのかね?」
NEO結成時に当時の自衛隊から桐嶋を外して、新組織の長官に据えたのは花澤である。
その頃から一本気な桐嶋と、策士の花澤は反りが合わなかった。
「いいじゃないか、期待できる。至急、外交筋から話を進めたまえ。」
眉間にしわを寄せた桐嶋とは逆に、晴れやかな顔になった総理はこの案に乗り気のようだ。
「了解しました、…まず目標は『巨人第零種』ですな。」
突然の花澤の言葉に、桐嶋は我が耳を疑った。
『巨人第零種』、ローラ・レイの識別名である。
明確な敵性が確認できないレイは、特別に第零種と呼ばれ、その扱いを検討されていた。
異形の巨大生物であるが、友好的な知的生命体である可能性もある。
だが、花澤はそれを攻撃すると言うのだ。
「待ってください。第零種は! あの白い巨人は我々の味方では?!」
「誰がそれを保障する?これ以上被害を拡大しないためにも巨大生物は全て殲滅すべきだ。」
(まさか、…裏話が出来ているのか! あの巨人を撃ってでもデータを取れ、と?!)
冷たく言い放つ花澤に桐嶋が食い下がる。
「『溶岩体第三種』『地竜第四種』との戦闘記録はご覧になったでしょう! 彼女は我々を守ったんだ!」
「彼女?! 誰があれを女だと決めた? つまらん感傷に囚われていては国防の責は果たせんよ!」
「感傷ではないっ、事実だ!第零種がこちらを攻撃したことがあるのか!」
「もういい!」
二人のやりとりに苛立った総理の不機嫌そうな声が響く。
「巨大生物はその存在自体にリスクがある。排除したまえ。
第零種が出現したら、速やかにマイクロウェーヴ砲で攻撃、駆除する。 …総理大臣命令だ!」
玲は眠れずに、薄く開いた目で闇を見つめていた。
静寂が部屋の中に満ちている。
半分寝ているような、起きているような…。
灯りを落とした暗がりの中に、玲の中から溢れ出した感情が飛び交っているようだ。
…怖れ、悔しさ、悲しみ。
目を閉じると、瞼の裏に刻み込まれたアキの最後の姿が心を痛め、生傷のように疼く。
たまらずに頭を抱え布団の上で転がる。部屋の壁に膝がどすんっとぶつかった。
ドアがノックされ、パジャマ姿の志保が入ってきた。
「まだ起きてたの? 明日は病院へお見舞いに行くんでしょ。」
親友のナオが入院していると連絡があったのは昨日の事だ。
怪虫に襲われたショックか、わずかな傷から毒が入ったのか、ベットから起き上がれないでいるらしい。
「…うん。」
布団に寝転がった玲の目は赤く、涙で潤んでいた。
「眠れないのね?」
寄り添うように横になった志保が、玲の黒い髪を優しく撫でる。
その感触に、アキの母親のことを思い出し、また胸の奥が辛くなる。
「ねえ、…玲。」
「…?」
穏やかな声で志保が語りかけた。
「死んだ人の魂は、…どこに行くと思う?」
(どこ?…どこだろう?)
「地球では、…天国と呼んでいるところ?…それとも、…空?」
地球人の習慣や文化を思い出しながら答える。もともとレイの世界には魂の行き先などない。
「そうね、…そうとも言うわ。でも、本当の行き先はね…。」
志保の手がパジャマの上から玲の胸にそっと当てられる。
「…ここよ。」
掌の温かさが少しだけ辛さを溶かしていく。玲は黙って志保の言葉に耳を傾けた。
「大事な人の胸の中、…そこで生き続けるの。」
確かに、胸の中にはアキの心が残っている。
アキの思い出、アキの姿が詰まっている。でも…。
「…でもね、…アキはもう抱いてくれない。…ぎゅって、…抱いてくれないんだっ。」
言葉にすると新しい涙が溢れ、玲を包み込んだ志保の胸元を濡らした。
「辛いよね…。」
肩を震わせて泣く玲の背中を、志保の手がとん、とんと小さく叩く。
大切な人と死別する悲しみ。
自分でどうすることも出来ない口惜しさを、志保は身に沁みて解っている。
「今夜はここにいるから、…このまま寝なさい。」
柔らかい胸に顔を埋め、玲は甘えた。
重たい空気が身体から離れていく。
だんだん遠くなる意識の中で、玲は自分の小さな胸を両手で包み込んだ。
クリスタルに吸収されて残るアキの残留思念。
玲を守ろうとした最後の気持ちだけが、消えかけた小さな炭火のようにそこにあった。
(ずっと、…一緒にいて。)
「リーフ8とリーフ9の暗号通信を傍受しました。」
「モニターに出して。」
苦虫を噛み潰したような顔で、リアナがオペレーターに命じた。
ブルーム総司令と側近2人が持ち出したリーフ3機は、まだイグドラに戻っていない。
あの総司令が食事もせずにまる一日。惑星ゼーダでのハンティングがよほど面白いらしい。
リーフ同士が通信している暗号文が解析され、モニターに表示される。
『我、快調ナリ。獲物ヲ見ツケタ。』
『了解、オ手伝イシマス。』
『手ヲ出スナ。見テオレ。』
どうやら総司令と側近の一人が獲物を追い込んだようだ。
『仕留メタリ!』
『オ見事!サスガ総司令!』
(こんなくだらない会話を、わざわざ暗号文で…!)
苛立ちが頂点に達したリアナは、怒鳴るようにオペレーターに尋ねた。
「総司令のリーフ8に通信回線を繋いで! もう我慢できないっ!」
「…その、こちらとの回線は遮断されたままでして。」
申し訳なさそうに、オペレーターがおずおずと答える。
「何を考えてるのよっ、あの肉塊はっ! リーフ9と10は?」
「同じく通信不能です。全機、ステルスシールドを展開して、位置も特定できない状態でして…。」
大きく溜息を吐きながら、リアナはコンソールチェアに身体を投げ出すように座る。
(こうしている間にレイは…!)
総司令がやって来て以来、何度もレイの捜索を懇願し、その度にのらりくらりとかわされた。
コマンダーに相談しても、「命令に従え。」の一点張りで埒があかない。
司令部は、…評議会は今回の失踪事件をどう考え、どう対処するつもりなのか。
何も出来ないまま過ぎていく時間が、リアナの心をじわじわと押し潰していく。
組織の中での自分の無力さ、そして信じていた正義を裏切られた理不尽さ…。
何かが心の中で折れ、リアナは初めてコンソールに涙を落とした。
その姿を視界に入れないように、オペレーター達は黙って正面のモニターを見つめている。
ヴァラオは自室に篭ったまま、今日は出てくる気配がない。
誰一人言葉を発しないコントロール・ルーム。
リアナの掠れた小さな声が、重い沈黙を破った。
「今日はこのまま私が詰めるわ、…しばらく一人にして。」
オペレーター達は無言で頷くと、静かにコントロールルームを後にした。
「ガディ君、最終作戦だ、…補給は届いているな? それをローラ・レイに…。」
突然、通信途中で音声が乱れ、雑音と共にぷっつりと途切れた。
「おいっ! どうした?! 話はまだ終わってねえぞっ!」
あわてたガディは、沈黙したコンソールのあちこちを弄り回す。
しかしどこをどう動かしても通信は途絶えたままだった。
「トラブルか? …この大詰めに来て!」
確認しようにも、こちらからのコールは許可されていない。
指示、命令の通信は、いつも一方的に向こうから送られてくるだけなのだ。
あきらめたガディがどすん、と乱暴に椅子に座る。
「しかし、これが補給かよ? …笑わせやがって。」
物資としてガデイの船に届いたのは、小さな金属ケースがひとつ。
中には鉛色の腕輪が入っているだけだった。
それはクリスタルエネルギーを制限するリミッターのような装置らしい。
「こんな物を使わなくても小娘ひとり、…と言いたいところだが。」
ローラ・レイのティア・クリスタルは、精神力に依存した生態エネルギーを吸収、増幅して力を発揮する。
レイの体から発生するエネルギーは想定以上のものだったのだ。
偶然巣穴を発見されたとはいえ、ヴェルガの群れを瞬時に焼き払ったレイの力は侮れなくなっていた。
「ちっ、…手駒を失くす前にさっさと始末すりゃあよかったんだ。」
最後の怪獣を失った今、母船に残っているのは拠点建設作業用に積んである2機の二足歩行重機だけだ。
「作業機械とは惨めなもんだな、…まあ、これでもこの星の連中相手なら十分だがよ。」
「ギガテロス」と呼ばれるその作業重機は、全長45メートル。
両腕と頭に見える部分には、同形のストロングアームが装備され、外見は三つ首の竜のようだ。
アーム先端のレーザー破砕機は、数百メートル先までの障害物を破壊する。
上空へ向ければ、射程こそ短いが十分な威力を持つ光線砲として運用出来た。
高結晶合金で出来た灰色のボディは、この星の兵器程度ではびくともしない強度を備えている。
「まあ、小娘の磔台としちゃあ上出来かもな。」
休息時間帯に入り、ステーション・イグドラは静まり返っている。
頬の涙をぬぐったリアナは覚悟を決めていた。
残された旧型のリーフで地球へ行く。
自分の身に危険が降りかかっても、命令違反で処罰されてもかまわない。
しかし、ヴァラオが気づけば、必ず止められるだろう。
強制帰還されないよう、コマンダーからシーケンスファイルを奪っておかなければ…。
帰還プログラムの入ったカプセルは、ヴァラオが持っているはずだ。
どうやって手に入れるか、思案するリアナの耳に響く怪しい鳴き声が聞こえてきた。
ケッ、ケェォ…ケケッ…。
「…何?」
どうやら右ブロックの通路から聞こえてくるようだ。
リアナはオートドアをくぐり、声のする方に足を進めた。
鳴き声は普段使われていない調理室の奥から聞こえてくる。
警戒しながら暗がりを進むと、赤く光る目がケージの中からリアナを睨んでいた。
ケケッ、…ケオッ…。
「トワーニの幼鳥じゃないの、…全く、こんなものまで持ち込んで。」
宇宙鳥類トワーニは翼長40メートルの大怪獣である。
しかし、その雛の肉は柔らかく味が濃いため、食通の間では極めて評判がいい。
この雛はブルーム総司令に調達された「新鮮な食材」であった。
「この大きさなら、被害にはならないわね、…よし!」
周囲に誰もいないのを確かめると、リアナはそっとケージの鍵を外し、扉を開けた。
「行きなさい、…ほらっ。」
金網の扉が開くと、トワーニの雛はうるさく鳴き散らしながら勢いよくケージを飛び出した。
ケケケケケッ! ケォケォッ!!
けたたましい声を上げながら羽根をばたつかせ、メイン通路を走っていく。
怪鳥は一気にステーションのシステムブロックへ侵入し、機械の上を跳び回った。
部屋で休んでいた隊員達が飛び出してきて、大慌てでトワーニを追う。
その中にはコマンダー・ヴァラオの姿も見えた。
物陰からその様子を伺っていたリアナは、誰もいなくなった通路を逆行しコマンダーの部屋へ向かった。
ロックが空いたままの部屋にすばやく忍び込むと、指揮官用のプログラムカプセルを探す。
「…あった!」
デスクの上に無造作に置かれたそれは、確かにコマンダー専用のカプセルだ。
手に取って、その場で破壊しようとしたリアナは思いとどまった。
中に入っている非常プログラムが消滅すると、イグドラが緊急事態に対応できなくなる可能性もある。
隠すようにカプセルを胸に抱え、リアナは一目散にコントロール・ルームを目指した。
(強制帰還シーケンスだけ消去する、…急がなきゃ!)
リアナは無人のコントロールルームに舞い戻ると、飛びつくようにコンソールにカプセルをセットした。




