第五話 喰らう魔翔 -2
「ハンティング?!…何よ、それっ!」
リアナはコントロールルームに詰めていた当直員を相手に、思わず大声を上げた。
「…は、はい、…なんでもこの近くの惑星ゼーダには、肉質のいい獲物がいるそうで。」
「何しに来たのっ?! あのデブ親父はっ!!」
どうやらブルーム総司令が、早朝から側近を従えて狩りに出かけたらしい。
「どうやってゼーダに降りたのよっ? ヴィマナはドッキングベイにいるじゃないのっ!!」
興奮したリアナが、当直員の胸倉を掴んでステーションの外を指差す。
総司令の乗船、ヴィマナは悪趣味な金色の光を反射させながら、大人しくイグドラに繋がれたままだ。
「それが、……リーフ8から10の3機で。」
「な・ん・で・すっ・てえええええっ!!」
リアナの怒りは頂点に達した。
安全確認のためと言ってリーフの使用を禁じておきながら、自分は勝手にそれを持ち出すとは…。
「なんでも、最新型のリーフは隠蔽性が抜群で、ハンティングにはうってつけとか…。」
馬鹿正直な当直員は、総司令の言った言葉そそのままリアナに伝えた。
レイの乗っていたリーフ7を含む8、9、10の4機は、評議会最新鋭の機体だ。
いくら総司令でもそれを遊びに使うとは何事か!
完全に頭に血が上ったリアナは、目の前の椅子を横に蹴飛ばしてコンソールに取り付いた。
「許せないっ!!リーフのエネルギーを全部切ってやるっ!!」
「無理ですっ、…リーフのエネルギーラインにはコマンダーしかアクセス権がありません。」
ヒステリックに叫ぶリアナの声を聞きつけたのか、ちょうどそこに、コマンダー・ヴァラオが姿を現した。
「どうした?騒がしいぞ。」
「コマンダー! 総司令が最新型のリーフ3機を勝手に!」
リアナがヴァラオに掴みかかる勢いで訴える。
「ああ、惑星ゼーダに行くと言っていた。」
え? とリアナは自分の耳を疑った。
「まさか、…御存知だったんですか?」
普段冷静なリアナが、わなわなと身を震わせている。
その様子に恐れをなした当直員は、こそこそとコントロールルームから逃げ出した。
「ああ、総司令の命令だ。…私に拒否する権限はない。」
低い声で、吐き捨てるようにヴァラオが呟いた。
リアナの視線を避けるように横を向いた瞳が、静かな怒りに燃えているのがわかる。
「侮辱に等しい仕打ちだ、…いっそリーフ7と同様にエネルギーラインを断ってやろうかと思ったよ。」
コマンダーも同じ事を考えていた。ヴァラオの言葉にリアナは共感を覚え、幾分落ち着きを取り戻した。
「どうします? 本部にこのことを報告しますか?」
「相手は総司令だ、下手なことをすればこちらの立場が危うい。…押さえてくれ、リアナ。」
やり場のない想いに、リアナは拳をぎゅっと握り締める。
「総司令が帰ってきたら、我々もリーフが使えるよう許可を取る。少し、時間をくれないか。」
軽く肩を叩くと、ヴァラオは静かにコントロールルームを出て行く。
煮え切らないコマンダーの態度に、釈然としないものを感じながらリアナは黙ってそれを見送った。
シュークリームのようにモコモコの雲が青い空に浮かぶ。
刺すような強い日差しの中、動物公園の人影はいつもに比べてまばらだった。
怪獣ムガールが付近の街を破壊してから10日。さすがに訪れる人は少ない。
だが、市営施設であるこの公園は、被災地にわずかでも癒しをと早々に開園していた。
「ね、来てよかった!こんなに空いてるの初めてだよっ!ラッキー!」
動物ふれあいコーナーの芝生に座り込んで、兎に餌をやりながらナオがはしゃいでいる。
「なんたってタダだしねー。お姉ちゃん、サンキュー!」
小麦色の肌に、白いキュロットと菫色のTシャツがよく似合う。
…あちこち平気で座り込むせいで、ずいぶんお尻が汚れているが。
「ナオのお姉ちゃんに感謝しなきゃね。」
「いーの、いーの、お姉ちゃん太っ腹だから!あ、お腹は太くないよ。
細マッチョなの、アキちゃん並に。」
いつにも増して、ナオの口数が多い。
「それでねー、すっごく強いんだ! アキちゃんもお姉ちゃんには頭が上がらないんだよー。
ふたりとも元・不良さんだもんねー、上下関係厳しいらしいよー。」
普段は口にしない他人のきわどい話題も、一生懸命のリップサービスなのだろうか。
疲れ知らずでしゃべり続けながら、時々くるんとした猫目で玲に笑いかける。
(…やっぱり、沈んで見えるのね、…ありがとう。)
ナオの気遣いに、玲は心の中で感謝した。
何かに行き詰ったとき、いつもそれをぶち壊すのはこの娘の役目だ。
ウエットな雰囲気が苦手なのか、ナオはしんみりと慰めたりはしない。
玲はいつも、この騒がしいペースに引きずり込まれて悩みを忘れてしまう。
「…いいお天気。」
すぐ横のコーナーで餌の人参を買ってきた玲も、真似してナオの横でしゃがみこむ。
モスグリーンのミニスカートを押さえながら膝をつくと、ちょっとだけちくちくと芝が痛い。
さっきから姿の見えないアキは、何か食べ物を買いに行ったようだ。
怪獣との戦いで傷ついた体と心。戦いの恐ろしさと罪悪感。
地球人たちから好奇の目で見られる孤独感…。
玲の沈んだ気持ちを晴らしてくれたのは、やはり志保とこの友人たちだった。
今日も、ふたりに半ば無理矢理誘われてこの公園に連行されたのだ。
でも、来てよかった、と玲は思う。
友人に囲まれ、小さな命に触れていると、やさしい感情が少しずつ心の闇を掃ってくれる。
ステーションで生まれ育った玲にとって地球の動物達は珍しく、愛らしかった。
茶色い兎と鼠のあいのこのような動物が、玲の膝にちょこんと前脚をのせて餌をねだる。
「ふふ、…可愛い。」
小さく切られた人参を指で摘んで差し出すと、そのままの姿勢でもぐもぐと食べる。
小動物と会話でも楽しむように人参の切れ端をひとつずつ与えながら、そっと掌で包んでみる。
動物は人参をほおばりながら嫌がりもせず、受け入れるようにつぶらな瞳で玲を見つめ返した。
(あたたかい…。)
両手から伝わる小さな命のぬくもり。
しかしそれは、ひとときの安らぎとは裏腹に、雨の夜に倒した怪獣の生暖かい血の感触を蘇らせた。
(この子も、あの怪獣も同じ命…、それなのに!)
こぼれ落ちそうな涙をそっと指でぬぐうと、後ろからアキの声がした。
「え、なにぃ?それ、めっちゃ可愛いやん!」
「あ、アキちゃんお帰りー!」
3人分のポップコーンを抱えたアキが、目を輝かせて駆け寄って来た。
目ざとくそれを見つけたナオが、兎を放り出して立ち上がる。
いつもボーイッシュなアキには珍しく、今日はエスニック風のスカートにブラウスを合わせていた。
スリムな身体に纏わりつくように、ふわりとベージュ色の裾が揺れる。
「ふふ。マーラ、って言うんだよ、この子。」
玲は、まだ潤んでいる目を合わせないように横顔のまま微笑んで見せた。
「えらいなついてるやん。玲には何か知らんけどみんな寄ってくるんやね、…こ~んな風にっ!」
突然、アキが後ろから片手を玲の首元に絡めて抱きしめ、耳元で囁いた。
「玲、…うちら、ずっと友達やからな、…ずっとやで!」
「…うん。」
(涙、見られてたんだ、…かなわないな、アキには。)
玲にとって救いだったのは、二人が無事でいてくれたことだった。
もし、今度何か起きたら…。
マグマ生命体に続く古代怪獣の来襲。この先さらに、何か恐ろしいことが起こるかも知れない。
(そうなったら、…みんなは傷つけさせない! 絶対に!)
「キャハハハ! さ、うちも餌やってみよっと!」
身体を折り曲げるようにして隣にしゃがみ直したアキが、ポップコーンを一粒摘んで差し出す。
「うちのも食べて? …なっ?」
びくんっと身体を震わせたマーラが一目散に巣穴に逃げ込んだ。
「あかんの?何で逃げんのん?」
アキの表情がたちまち沈んでしまう。男勝りの癖に、こういうところは繊細なのだ。
「アキちゃん、怖いって♪」
ポップコーンを頬張り、けらけらと笑いながら、となりでナオがからかった。
「なんやてぇ?…!!」
ふくれ面で立ち上がったアキが突然、玲とナオを芝生の上に押し倒した。
そのまま長い筋肉質の腕でがっしりと抱え込むように覆いかぶさる。
いつもの抱きつき癖にしては、えらく乱暴だ。
「何っ?アキちゃん! 痛いっ!」
「動いたらアカンっ!!」
ヴォンッ!!
次の瞬間、芝生に伏せた3人の上を巨大な物体が通り過ぎた。
プロペラのような大きな羽音。土煙を上げて巻き起こる強風。
アキの体の下で首をひねって空を見上げた玲の目に、空から急降下して襲ってくる巨大な生物が映った。
(虫?!)
あっと言う間に、前脚を広げた黒い巨体で視界がいっぱいになる。
ザンッ!!
軽い衝撃。一瞬の間に玲に圧し掛かっていたアキの体が消えた。
「アキっ!!」
アキをさらった巨大な虫のような生物は、降下した時と同じ勢いで見る見るうちに上空へ消えていく。
「ナオっ!隠れてっ! 早くっ!!」
ナオの小さな体を半分投げ飛ばすように動物小屋に放り込む。
(急がなきゃ!アキがっ!!)
玲は両手をクロスさせた。
(玲っ!早よ逃げっ!)
光り始めたクリスタルに、連れ去られたアキの思念が飛び込んでくる。
強烈な意識の塊が胸を打ち、思わず玲の動きが止まった。
「アキ?!」
次の瞬間、背後から突き飛ばされるようなショックを受けると、玲の体は別の虫に捕らえられていた。
「しまった!」
剛毛に覆われた、ずんぐりした蜂のような胴体。いくつもの平たい節が重なった尻尾。
頭に青く光る3つの複眼と、黒光りする大きな顎。
体長は5メートル近くあるだろうか。
掃討怪虫、ヴェルガ。狙った惑星の先住民を捕食し、駆逐するソドンの生物兵器である。
体に食い込む硬い前脚。その爪先の毒針が玲の脇腹に突き刺さった。
「ぐはっ!!」
麻酔性の毒なのか、体が痺れ、気が遠くなる。
玲を掴んだヴェルガの一匹はぐんぐんと高度を上げていった。
長い後肢を折りたたみ、6本の前肢でがっしりと獲物を掴んで放さない。
弱々しくもがく玲の周囲で、同じように人間をさらった数十匹の虫が飛んでいた。
怪虫の群れは信じられない高速で市街地を抜け、山岳地帯へ飛んでいく。
朦朧とした意識の中で、玲はかろうじて動く片手を伸ばした。
「く、…ローズ、…ペレット!」
指先が光り、放たれた無数の赤い光弾が虫の胴体を貫く。
怪虫・ヴェルガの胴から緑色の体液が飛び散り、硬直した脚部がぐっと締まった。
「ぁ、…うぅ。」
目が霞む。青い空が真っ白になる。
傷ついて力なく羽ばたく怪虫に掴まれたまま、玲の体は深い森の中へ落ちていった。




