第五話 喰らう魔翔 -1
第五話 喰らう魔翔
「…政府は今回の大怪獣による被害に対し、緊急災害対策本部の設置を閣議決定しました。
なお、建物の倒壊等による死者は324人、行方不明者は256人に上り、主要道路、鉄道各線の復旧は…」
飽きることなく繰り返されるテレビのニュース。
玲は膝を抱えて床に座ったまま、放心したようにそれを見ていた。
番組のタイトルが切り替わり、SF映画のような大げさなBGMが流れる。
「敵か?味方か?怪獣と戦う巨大な天使の謎!」
バックには怪獣ムガールと格闘するローラ・レイの姿。
遠くから撮影されたものを拡大したらしく画像が粗い。
…宇宙人か? 人型兵器か? それとも神なのか?
また興味本位の映像が流れ、意味のない解説が延々と続くのだ。
前例のない生命体との接触に、この星の人間は不必要に大騒ぎしている。
玲はたまらずにテレビのスイッチを切り、膝の間に顔をうずめた。
あれから一週間。学校は休校となり、一歩も外に出ていない。
誰にも会いたくない。正直、そんな気持ちもあった。
クリスタルに残っていたデータで、街を破壊した怪獣は古代アトラの守護獣だとわかった。
最初に宇宙から来襲した黒いマグマ生命体。そして今回の古代獣の使役。
何者かがこの星に手を出そうとしている。何のために?
それよりも玲にとって一大事なのは、この星の人間に自分の姿をまともに晒してしまったことだ。
存在が知れ、調査が本格化すればやがて見つかってしまう。
かくまってくれている志保にも迷惑がかかるかも知れない。
大事な人たちを守りたいという想いと、これ以上姿を見せられないというジレンマ。
玲はひとりで悩みを抱え、どうしたらいいのか解らなくなっていた。
「玲、電話鳴ってたわよ。」
志保の声に、部屋に置きっぱなしのスマホを確認する。
ナオからの着信記録を見て、玲は気が進まないままかけ直した。
「…ナオ?」
(あ!玲ちゃん?ひさしぶりー!)
快活すぎるナオの声が辛い。
「…うん。」
(あれー?元気ないなー? ひょっとして怪我してる?)
「ううん、…大丈夫。」
(よかったー! ねえ、学校休みだし、どこかで会わない?)
「今日?…今日はちょっと。」
(えー、残念。今、アキちゃんも来てるのになー。)
「うん、…ごめんね。」
(仕方ない、許す! へへへ、今ね、計画中なんだよー。)
「計画?」
(うん、どこに遊びに行くか。折角のお休みだしー♪)
いつもと変わらない底抜けの明るさに、疲れた心が拒否反応を示している。
どう答えようか迷っていると、ナオの声が一方的に耳に飛び込んできた。
(決まったらまた連絡するよー。じゃあねー。)
電話が切れた。玲は小さく溜息をつく。
「誰から?」
意識して平然と、のんびりした口調で志保が尋ねる。
「ナオから、…遊びのお誘いみたい。」
「行ってくればいいのに、…体は?どう?」
「治ったけど…。」
歯切れの悪い返答に、志保は玲の体に傷が残っていないか疑い、上から下までくまなく観察する。
そんな事はないと解っていても、志保までが自分を興味の対象として見ているようで居心地が悪い。
やがて志保は納得したように軽く頷くと、正面からじっと玲の瞳を見つめた。
「うん、…じゃ、来なさい。」
「え?」
玲は戸惑って首をかしげる。
どこへ? 何をする気なのだろう。
「道場よ。服はそのままでいいわ。」
「微妙かなあ。」
少し、しゅんとした顔でナオが通話を切る。
テーブルの上のコーラをストローで飲みながらアキが訊ねた。
「アカン?」
「うん、ダメっぽい。玲ちゃん、元気ないよー。」
アキの隣にすとん、と座ったナオがクッキーを口に放り込む。
「ちょい直球すぎたんちゃうん? 相変わらず、空気読まれへんなぁ。」
「私は空気読めないんじゃなくて、読まないのっ!」
ぷぅっと膨れてアキを睨みつける。いつものことだがナオが怒っても全然迫力がない。
「ごっつ怖かったんやろなあ。えらい近くまできたんやろ?…怪獣。」
「死ぬかと思ったよー、…腰、抜けかけた。」
あの夜の光景。青白く光る巨大な怪獣の目を思い出し、ナオがぶるっと身を震わせる。
「ほんで? ひとりで逃げたん? 玲置いて。」
「あー、何ぃ? 責めてるわけー?」
意地悪なアキの問いかけに、ナオが目を丸くして抗議する。
「すっごく怖かったんだよー!必死だったんだからー!目の前でビルが、どっかーんって壊れるしー!」
ナオが必死でまくし立てる。こういうときは何か隠しているか、後ろめたいかのどちらかだ。
「そういうときこそ、体張って守るのが友達ちゃうん? 冷たいなあ、自分。」
面白がってアキがさらに突っ込む。ナオが半分涙目になった。
「できるかー!武闘派のアキちゃんじゃあるまいしー!」
「怪獣相手に、うちかて出来へんわ、そんなの。」
ちょっとやりすぎたかな?と、アキは笑いながらナオの肩をぎゅっと抱き寄せた。
長い腕の中に収まったナオは、まだ唇を尖らせている。
そのとき軽いノックの音がして部屋のドアが開いた。
のっそりと疲れた顔を覗かせたのはナオの姉、利奈だった。
首元で切りそろえた栗色のショートヘア。
妹とそっくりの吊目だが、昔この近辺をならしていた眼光は鷹のように鋭い。
アキといい勝負の細身に、グレーのタイトスカートが似合っていた。
「お、来てたの、…しかし、図体がデカくなっても抱きつき癖が治らないね、アキは。」
暑そうにブラウスのボタンを緩めながら、呆れたように微笑みかける。
小さな頃から家に出入りしているアキは、利奈にとってはもう一人の妹のようなものだった。
「お姉ちゃーん!アキちゃんひどいんだよー!」
「すんません、総長、…お邪魔してます。」
さっと座りなおしたアキが、昔の癖で体育会式に頭を下げる。
アキも中学の頃は、姉貴分の利奈にくっついてこの辺りでひと暴れした口だった。
引退して社会人になった今でも、利奈はアキにとっては絶対の存在だ。
「総長って呼ぶなっ! ほら、菜穂子、…これ。」
利奈はアキの頭に軽く拳骨をかますと、ブラウスのポケットから摘まみ上げたチケットをナオに差し出した。
「なになに?」
「動物公園の優待券。無料だってさ。」
「やったー!3枚ある! お姉ちゃん、ありがとー!」
一瞬で機嫌の直ったナオが、子供のようにはしゃぎまわる。
「ありがとうございます、そうちょ…、利奈姉さん。」
「みんなで行ってきな。…じゃ、アタシは寝るから。」
大きな欠伸をしながら、部屋のドアノブに手をかける。
ムガールの来襲以来、警察官の利奈は休む間も無く睡眠もろくに取れていない。
「徹夜明けで疲れてんだ、…静かにしろよ、お前ら。」
ダァンッ!
体が背中から、思い切り畳の上に叩きつけられた。
一瞬の出来事に何が起こったのかもわからず、玲は倒れたまま目を白黒させている。
「遠慮せずに、かかってきなさいって言ったでしょ。」
道衣と袴を身に付けた志保が、にこにこと笑いながら見下ろしている。
あれだけ派手に自分を投げ飛ばしたのに、呼吸ひとつ乱れていない。
「ティア・クリスタル…だったかしら、…使ってもいいのよ、自信がなければ。」
私を投げ飛ばしてごらんなさい、と、道場で待っていた志保が突然言い出した。
何を考えているのだろう? 身長差こそほとんどないが、自分の身体能力は地球人よりはるかに高い。
だが、手加減して志保を捕まえようとした玲は、逆ににあっけなく投げられてしまった。
少し本気を出してかかっていった2度目。全力で挑んだ3度目…。
そのたびに玲の体は、魔法にかかったようにくるりと投げ飛ばされる。
何度繰り返しても同じだった。
しまいには玲の方が息が上がり、道場の畳の上にぺたんと座り込んでしまった。
「わかった? …この間のように正面から力任せにかかっていってはダメ。」
穏やかに微笑んでいた志保が真顔になる。
「自分よりもあんなに大きい怪獣相手に、…無茶よ。」
目の前で大怪獣と格闘し、重傷を負ったレイ。志保にとって、それは二度と見たくない光景だった。
もうこれ以上危険な目に合って欲しくはない。万が一に備えてレイが身を守る術を教えなければ。
「相手の力を利用するの、合気道と言ってね、…今から教えてあげるわ。」
玲に対面して、志保が静かに正座する。
「戦うためじゃない、…あなたの身を守るためよ。」
「でも、…戦わなきゃ。」
半分は自分に言い聞かせるように玲が呟いた。
「また怪獣が来たら、私が守らなきゃ、…志保さんを、…みんなを!」
「一緒に逃げるのよ、その時は!…もう危ない事はしないで。」
志保が首を横に振る。心の底から玲を心配し、訴えるように見つめる瞳。
「どうせこの星にひとりきりだもの。私が犠牲になっても…。」
「馬鹿っ!」
玲の頬に平手打ちが飛んだ。
「還るんでしょっ!いつかは! …生き延びなさいっ!」
叩かれた頬を押さえて、玲は呆然とする。志保の声が震えた。
「それまでは、この私が、…玲に傷ひとつつけさせない!」
玲はあらためて、自分を包んでいた愛情の大きさを思い知らされた。
自分が地球人じゃないから、地球人より優れているから…。
だから、守ってあげなきゃなんて、…驕っていた。
この星に来て、守られていたのは私の方じゃないか。
「…はい。」
わずかに涙をためた玲の瞳は、少しずつ力を取り戻していった。
コンソールのマップ上に青い光が点滅している。
それを爪先で叩きながら、ガディは通信モニターに向かって不満を漏らした。
「小娘の尻尾は掴んだんだ、…消せと言ったのはアンタだぜ。」
怪獣ムガールの来襲に姿を現したローラ・レイは、その存在位置をソドンのセンサーにマークされていた。
巨大化を解き、地球人・三沢玲の姿になっても居場所はガディにトレースされ続けている。
「評議会は最前線の調査員の安否など興味はないらしい、…ならば焦ることはないだろう。」
モニターから聞こえるノイズ交じりの声。ガディは納得がいかない顔で苛立ちを露にした。
「生かしておく理由があるのか?!」
「利用するのだよ。」
声は冷静に答えた。
「ローラ・レイは、既にその存在を地球人に認知されている、…巨大な怪獣を倒した者としてな。
…地球人より優れたレイを地球人の前で倒す。そのときソドンは奴らにとって絶対の脅威となるのだ。」
「ならば、すぐにでも叩き殺せばいいじゃねえか。そういう事なら、俺が地上に降りるぜ。」
ガディの金色の目が残忍な輝きを帯びる。彼にとって異種族のレイは、言葉をしゃべる獲物でしかない。
「ヴェルガが地球人を襲い、地上がパニックになってからの方が効果的だ。
もう少し待て。始末はお前のやり方に任せる。」
「いいだろう。…あの小娘、俺が殺る前にヴェルガに喰われないだろうな。」
ガディがふん、と鼻を鳴らす。だが態度と裏腹に、退屈しのぎの玩具を手に入れた彼は機嫌がよかった。
「そんなにあの娘を手に掛けたいかね? ソドン人というのは残虐な種族だな。」
「大悪党のアンタに言われたくないね。」
ガデイが嘲笑する。それに反応することなく、通信機から命令が下された。
「やがて評議会から、地球の主権者不在告知が出るだろう。
…そのときは機を逃さず、ローラ・レイを抹殺しろ。」




