第四話 主なき暴竜 -2
「美味しいっ!」
夕食のおかずを口にした玲が、子供のように目を輝かせる。
「気に入った? ハンバーグって言うのよ。」
形のわかる肉や魚が苦手らしい玲のために、志保が腕によりをかけた一品。
嬉しそうに食べている玲を見ると、志保は穏やかな幸福に包まれる。
宇宙人の少女との奇妙な生活も、いつの間にかあたりまえの日常になっていた。
「これは好き、…う、ううん、いつも美味しいです。」
レイは今までこうして食事をしたことはなかった。
多くの同属がそうであるように、遺伝子合成で生まれたレイには家族がいない。
いや、家族と言う概念さえもなかったのだ。
ひとりで生まれ、ひとりで生活して、ひとりで死んでいく。それが当然のことだと思っていた。
「いつも残さずに食べてくれるものね。
…でも、本当に食べれないものはちゃんと言いなさい。あなたの体のことはわからないんだから。」
「はぁい。」
少し甘えた声を出してしまう自分を、もう不思議と思わなくなっている。
志保との生活は安らかで、ちょっぴり心がむず痒かった。
私、ここにいていいんだろうか。そう思って志保に聞いた事もある。
その時は、当たり前じゃない、とあっけなく答えが返ってきた。
どうして?と聞いてみると、理由がいるの?と返された。
それ以上は聞かなかった。
違う星の人間同士、お互いその部分には触れたくなかった。今の微妙な関係を壊したくなかったのだ。
いつの間にか屋根を叩く雨音が聞こえてくる。やがてそれは激しく滝のような夕立になった。
「…水? 空から水が落ちて来る。」
「雨よ。玲は初めてだったわね?」
知識として知ってはいたが、目にするのは初めてだ。
「…不思議。」
玲は窓辺に寄ると、ガラスを伝い流れる水を飽きることなく見つめている。
地面を叩きつけるような雨。こんなに水が落ちてきて、ここは沈まないだろうか?
ふいに窓の外で稲光が走ると、雷鳴が轟いた。
玲は反射的に身構えて、胸のクリスタルペンダントを握り締める。
「攻撃?!どこからっ!」
「雷よ。…怖がらなくてもいいから。」
くすくすと笑いながら、志保は玲の肩に手をかけた。
こういう瞬間、玲の事を愛おしいと思う。
表情には出さなくても、いつもどこか気持ちが張り詰めている。
志保は少しでもそれを和らげてやりたかった。
「大気の濃い惑星って大変ね。」
「ふふ、…まあね。」
ふたりは港の方で光る雷光をいつまでも眺めていた。
「調査員、ローラ・レイの生存は間違いないな。…で、居場所は? トレース出来たのか?」
通信ノイズに混じる不愉快そうな男の声。
ぎろりとモニターを睨みつけ、鼻から息を吐いたガディは、椅子にふんぞり返るように深く座った。
「見つけたのはエネルギー痕だけだ。そう簡単にいくか! 小娘はこれから怪獣を使っておびき出す。」
「ヴェルガを地上に送るのだな、…まあ、いいだろう。」
「ああ、卵はもう地上に仕込んである。 …それともうひとつ、いいモノを見つけたぜ。」
ガディは珍しくにやりと笑うと、コンソールを操作してマップを拡大する。
モニターには偶然発見した巨大な生命反応を示すポイントが表示された。
「地中に眠る太古の怪獣だ。最後のアトラ人共はこいつを目覚めさせようとしたんだな。」
「ふむ、…古代アトラには海と陸の両方にそれぞれ守護獣がいたと言う。その生き残りだというのか。」
「アンタに貰ったデーターにもあったな。…アトラが呼べばこいつは目を覚ます。」
地上に送った掃討怪虫、ヴェルガが孵化するまでには時間がかかる。
あわよくば、それまでにもう一体怪獣を出現させてレイをおびき出す作戦だ。
「どうするつもりだ。滅亡したアトラを蘇生させるのか。」
「アトラ人の女が最後に叫んだ声を振動波で地上に送る。うまくいけば面白いことになるぜ。」
ソドンの技術を使えば、地球の大気を振動させて地上に音を響かせることなど造作もない。
ガディが装置を作動させると、衛星軌道上から怪獣の眠る地域にピンポイントで音声振動波が送られた。
「ム、…ガァール!!」
最後のアトラ人、ローレライの断末魔の叫びが亡霊の声のように土砂降りの地上に響き渡った。
(…ガァール、…ム、…ガァール…。)
遠くで声が聞こえる。自分を呼ぶ声。
目覚めることなく、大地に埋もれて何千年、…いや、何万年の時が過ぎただろう。
たとえ岩が削れるほどの時間を経ても、主人に呼ばれれば覚醒する。
彼の身体にはそう仕掛けられていた。
(…ム、ガァール…。)
少しずつ意識が戻る。地上から伝播するのは確かに主の声だ。
硬い皮膚に覆われた巨体を揺り動かすと、周りの土砂がもろく崩れていく。
…息が苦しい。早く空気を吸いたい。
首を振りながら、もがくように立ち上がる。
頭を押さえていた土があっけなく振り落され、替わりに土砂降りの雨が深緑色の体に降り注いだ。
グゥァォォン!!
完全に覚醒した古代竜ムガールは谷の地中から這い出し、豪雨の中で野太い咆哮を上げた。
50メートルを超える体長。全体のシルエットはかつて地球上に生息していた肉食恐竜より太く逞しい。
ごつごつとした皮膚は硬い短棘に覆われ、まるで巨大な岩のようだ。
恐竜に比べて吻の短いペンチのような形の頭。半分開いたままの口には鋭い牙がびっしりと生えていた。
かつて、アトラ人たちが地上での戦いのために作り出した頑強な巨体。
グゥォォォォンッ!!
声が聞こえる。確かに主人が自分を呼んでいる。
大きく遠吼えを返すと、ムガールは自分を呼ぶ声に向かって濁流を踏みつけながら山を降りていった。
「宝塚北西に怪獣!市街地を南下しています!」
突然の怪獣の来襲に市街地はパニックに陥った。
体長52メートルの大怪獣は無造作に道路を踏み割り、身体に触れる建物をお構いなしに崩していく。
避難する間もなく進路上の街は破壊され、人も車も踏み潰されていった。
コンクリートにぶつかってもびくともしない硬い表皮。闇に光る青白い目。
2足歩行で駆ける怪獣は、巨大な姿に似合わず驚くほど俊敏だ。
グォォッン!
ムガールは時折咆哮を上げながら、声の主を探して周囲を見渡す。
…どこ? どこで呼んでる。
空の彼方から聞こえてくるような声。だが、彼の探している主の姿はどこにもなかった。
…行かなきゃ。早く行かなきゃ。
声の大きくなる方角を目指す。そこには自分を呼ぶ主人がいるに違いない。
尻尾の一振りで周りのビルが粉々になって崩れ落ちる。
道路の寸断と避難する車の大渋滞で、迎撃に向かった自衛隊車両は怪獣に近づくことすらできなかった。
空から攻撃しようにも、逃げ遅れた市民が右往左往する中で射撃も爆撃もできない。
障害物をものともせず突進する巨体に、都市はなす術もなく破壊されていった。
全てを踏み崩しながら、怪獣はまっすぐに南西へ向かっていた。
「誰だ?こんな悪戯をするのは?!」
阪神西部一帯、芦屋付近を中心に響き渡る謎の声は、大阪湾南部のNEO本部まで届いていた。
郷原の耳にこびり付いていたアトラ人の最後の声。
「音源が特定できない?こんな大音響なのに?!」
最初はNEOに反発する狂信的な平和主義団体の仕業かと疑っていた。
だが、事態は常識的な範囲で説明できるものではないらしい。
怪獣の通り過ぎた市街地は、甚大な被害を受け正確な情報も掴めていない。
少々の事には動じない保安部長の坂田が、緊迫した表情で郷原と白石に命じる。
「怪獣はこの声の中心に向かっている。なんとしても足を止めろ。」
いつもの小癪な憎まれ口を返す余裕もなく、郷原は無言で敬礼を返した。
(芦屋に向かってるだと、…冗談じゃねえ!)
蒼白な表情をヘルメットのバイザーで隠すと、郷原は早足で愛機に向かった。
「住民のみなさん!指定の避難所へ速やかに避難して下さい。繰り返します。住民のみなさん…。」
広報車が街中を走り回る。
土砂降りの雨の中、志保と玲は指定非難場所の小学校へ急いだ。
街中を包むように不気味な声が何度も鳴り響いている。
(この声が怪獣を呼んでいる。…一体、誰がこんなことを!)
この少女の声に導かれて来るのだとしたら、アトラ人が使役していた怪獣なのだろうか。
怪獣がまっすぐこの街に向かっているのは間違いなかった。
誘導する警察官と避難者の間で、押し問答が繰り広げられている。
「ここに来たらどうするんだよ!まとめて潰されるのか?」
「避難所は自衛隊が必ず守ります!落ち着いて指示に…。」
「他の街じゃあ、一気に突破されたって?!」
我慢できずに玲は会話に割り込んだ。
「怪獣はここへ来ます!もっと西へ避難した方が…!」
「なんだね?君は、…怪獣の進路なんて、わかるわけないだろう!」
あわてて志保が玲の手を引っ張る。
「すみません、怖がってるんです、この娘。…さあ、玲!」
玲に身を寄せた志保が小声で囁いた。
(本当に来るのね?)
(ええ、…この声に呼ばれてる。)
(今は下手に動けないわ、…避難所に付いたら、みんなで海に逃げられるように準備しましょう。)
豪雨が激しく地面を叩く音、雷鳴、…それに混じって遠くから、時折怪獣の咆哮が聞こえてくる。
目立たないように灯りの消された小学校の体育館で、皆震え上がっていた。
万が一に備えて、志保が海岸への退避経路をみんなに説明している。
(…街が壊される前に、私が変身して止められれば。)
「…志保さん。」
緊張した面持ちで、玲は志保に話しかけた。
「…ダメよ!大人しくしてなさい。」
玲の考えていることを察した志保がぴしゃりと制する。
大勢の人がいる街中で、変身したレイの姿を晒すわけにはいかない。
地面が小刻みに揺れいている。怪獣の吼える声も少しずつ近づいているように感じた。
(やっぱりこっちへ来る、…もう、じっとしていられない!)
「…ちょっと外を見てくるね。」
我慢できなくなった玲は、志保の手を軽く握るとさっと立ち上がり出口へ向かって行った。
「玲ちゃん!」
玲は暗がりで後ろから呼びかけられ、肩を掴まれた。ナオの声だ。
「ナオ!逃げてきたのね!家族は?」
振り返ると、闇の中でナオのきょろんとした人懐っこい吊目がに見える。
「姉ちゃんは誘導で大忙し、…警察官なんだよ。 父さんはね…。」
そのとき、低空を飛ぶ飛行機のエンジン音が近づいてきた。ナオがぱっと目を輝かせる。
「玲ちゃん!来て!」
有無を言わさず玲の手を掴み、ナオは体育館の出入り口へ走っていった。
もどかしそうにスニーカーを足に引っ掛けると、土砂降りの校庭へ飛び出していく。
「ナオ!待ってよ!何?」
二人が外に出たのと同時に、爆音が頭上を通り過ぎた。
「ハーキュリーだ!」
空を見上げたナオが嬉しそうに叫んだ。
「どこ?よく見えないよ?」
玲の目には真っ黒な雲の間に光る翼端灯しか映らない。
「エンジンの音でわかる!父さんだよ!」
玲は思い出した。アトラ人を滅ぼし、ダイパスを撃ったあの攻撃機の音。
(ハーキュリーって言うんだ。)
「お父さぁーん!やっつけてー!」
NEO攻撃機、ハーキュリーのエンジン音が遠ざかる方向へ、ナオは力一杯叫んでいた。
「どこで撃ちゃあいいんだ?」
郷原は怪獣の上空で旋回しながら、リニアガンのトリガーを引けずにいた。
市街地のど真ん中。無造作に撃てば流れ弾が住民に当たってしまう。
「避難の終わった地区はどのあたりだ? これじゃあ発砲できん!」
かろうじて安全そうな角度から照準を定めると、怪獣は飛び跳ねるように移動してしまう。
「避難状況が掴めていない。…真上から撃つしかないな。」
怪獣の真下、…足元で踏まれているかも知れない犠牲者は切り捨てる。
そう言う白石の提案に郷原は歯軋りをした。だが他に方法はない。
「この雲の中、垂直降下では目標が視認できん。ギリギリでホバリングする。」
郷原は断腸の思いで操縦桿を握り締める。
怪獣の頭上に移動したハーキュリーが機首を下に向けた。
だが、姿勢を整えている間に、相手は照準外へすばやく移動してしまう。
地上で動き回る怪獣は、何かを探しているようにひとつのところには留まらなかった。
「ええいっ!くそっ! どうすりゃあいいんだ!」
郷原は焦った。
怪獣は謎の声の中心、海岸部市街地の目と鼻の先に迫っていたのだ。
そこには愛する家族がいる。自分の大切なものが危機に晒される初めての状況。
胸の中をかきむしられるような想いに、スティックを握る手が汗ばんだ。
眼下の街にいるはずの娘たちは無事だろうか?
「利奈!…菜穂子っ!」




