第四話 主なき暴竜 -1
第四話 主なき暴竜
「 …生きてやがったか。」
コンソールのマップを睨みながら、ガディは忌々しそうに呟いた。
地上でクリスタルエネルギーが放出された痕跡。
きわめて小さいエネルギー痕だが、まだ新しい。昨日ここをスキャンしたときにはなかったはずだ。
「ダイパスの死骸からかなり離れてやがる…這って行ける距離じゃねえな。」
戦闘後、怪獣の傍らで息絶えているだろうと、その周りだけを集中して探索したのは失敗だった。
評議会調査員、ローラ・レイは一命を取りとめて、どこかに潜伏しているらしい。
しかし、生命反応だけでその所在を突き止めるのは不可能に等しかった。
「この付近にヴェルガの卵を仕込んでおくしかねえな。…ひと暴れさせれば小娘も出てくるだろう。」
ダイパスが倒された山を中心に画面をズームアウトさせて無造作にマップを移動させて見る。
このどこかにレイが隠れているはずだ。
手持ちの掃討怪虫ヴェルガをその近くで孵化させるため、ガディは場所を探した。
卵を隠す洞窟はないかと浅い地中を探索する。
操作パネルを睨む金色の目に、巨大な生命反応が映った。
「何だ、これは?!」
この星の生物らしいが、異様に大きい。
解析では全長52メートル。ゆるやかな谷の斜面に仮死状態で埋まっているようだ。
場所はローラ・レイの推定潜伏地域から北東へ約10キロ。
「…いいモノを見つけたみてえだな。」
タンッ!
助走をつけた玲の身体が床の上で軽やかにバク転すると、見事な伸身宙返りを決めた。
頭のてっぺんでポニーテイルにまとめた黒髪がふわりと背中に戻る。
まわりで見守る少女達から、わぁっと歓声が上った。
「すっごーい!」
「かっこいいっ!」
私立港学園女子高等学校。
帰国子女として転入した玲は、志保の心配をよそにすんなりと学校に馴染んでいた。
面倒見がよく、校内では意外と顔の広いアキのおかげで毎日知り合いが増えていく。
明るく人懐っこいナオは、その知り合いとの間を取り持って友達に変えてくれる名人だった。
部活は器械体操部。
万が一次に怪獣が現れたときのため、重力下での身のこなし、技を鍛えて置かなければ…。
そう思った玲なりの備えである。
もっとも、高く跳ぶ時には少しだけクリスタルの力に頼ってはいるが…。
部活を終え昇降口を出ると、茶色い煉瓦造りの校門によりかかってアキが待っていた。
「玲!すごいやん!…あんな宙返り、ようせぇへんわ。」
「え?見てたの?」
玲の丸い目がきょろんと開き、頬がわずかに染まる。
長身のアキが腰を折って、からかうように玲の顔を覗き込んだ。
「当たり前やん、バッチリ見とったでぇ、…あんだけ出来るんやったらチアに入ったらええのに。
玲やったら他校の男子にモテまくりちゃう?」
「い・や・で・すぅ! 男子苦手、…アキこそ入ったら? 運動神経いいんだし。」
「あかんて、アタシが跳ねても格闘技にしか見えへん。」
アキは笑いながら肘を曲げ、二の腕の筋肉を盛上げてみせた。
白いブラウスの袖から、無駄なく鍛えられた上腕が覗く。
「あ、そや。」
「なに?」
思い出したようにアキがバックの中からスマートフォンを取り出し、液晶を玲に向けて見せる。
「GETしたで、大天使の動画。」
驚きのあまり、玲は息を止めた。
画面に再生されたのは、不鮮明だが暗い夜空に跳び上がる白い人間のような影。
それが赤く燃える遠くの山に急降下する。ほどなく轟く地響きのような衝撃音。
最後の方は、山火事の炎で露出オーバーになった画面にピントのボケた赤い光が揺れて終わっていた。
(これって、この前の…!)
冷静に考えれば、市街地に程遠くない山中で、高度300メートルまで上昇して見せたのだ。
街からその様子を撮影されていても不思議はなかった。
「やっぱあの噂、ホンマやで。」
「え、…ええと、山火事を起こした怪獣を白い大きな天使がやっつけた、って言う?」
玲は内心の焦りを隠すのに必死で、しどろもどろしてしまう。
自分の存在がこんなに知れ渡ってしまっているとは…。
「でも、ニュースとかでは何も言ってないみたい。」
「そや、どこぞの偉いさんが隠してんのやろ。…でも、せやったら余計にヤバイと思わへん?」
この星の人間にとっては怪獣の来襲は、前代未聞の大事件なのだろう。
指導層は混乱を避けて事実を隠蔽し、住民は大きな関心を寄せる…。
事実、この件については厳重な報道管制が布かれていたのである。
しかし、ネット上ではすでにさまざまな情報が飛び交っていた。
「どないなってるんやろ、あの山ん中…。見たいけど、ごっつい警備やったしな。」
アキが夕日に赤く照らされた北の山を仰ぐ。頂上付近は先日の山火事で禿山になっていた。
どうやら好奇心旺盛なこの友人は、今回の事件の謎解きをあきらめていないらしい。
「アキ、…また行くの?あの山、危ないよ。」
心配そうに玲が尋ねる。怪獣は倒されているとは言え、普通の人間が近づくには、まだ危険だ。
「ははは!行かへんて。こないだので懲りたわ。」
明るく笑い飛ばすと、アキが後ろからじゃれるように玲の上半身を抱きしめる。
「だよね…。」
玲は安心した。軽い口調でも、アキは自分で口にしたことを曲げることはない。
肩を包むしなやかな腕が、ふとリアナのことを思い出させる。
(…心配、してるよね。きっと。)
ずっと逃避してきた現実に、急に胸が締め付けられる。
(どうなるんだろう?私…。)
泉のように湧き上がった感情が、閉じた目から溢れそうだ。
崩れそうになる玲の背中を、アキのやわらかな胸が支えていた。
そのぬくもりが乱れた玲の心を振り子のように戻し、静めていく。
ほんの、少しの間だけ…。
玲はちょっぴり身体を預けてアキに寄りかかった。
ステーション・イグドラに巨大な宇宙船がドッキングした。
ヴィマナと呼ばれるその宇宙船は不必要に金色に光り輝き、船体には悪趣味な装飾が施されている。
評議会屈指の高性能船で攻撃力、防御力とも桁外れに高い。内装も客船並みに豪華だ。
この船ひとつ動かすエネルギーで、100機以上のリーフが活動できるだろう。
乗っているのは評議会銀河系第3方面総司令、ブルーム・ゼブルとたった2人の側近だけである。
モニターでドッキング作業を確認していたリアナが苛立ち混じりに声を上げる。
「作業終了、気密確認!」
結局、今日まで失踪したレイの手ががりは掴めていなかった。いや、調査さえろくに進んでいないのである。
問題の惑星、地球への捜索の延期。リーフ使用の凍結。
全てこの総司令の指示だと聞いていたリアナは、今にも噛み付きそうな顔をしてモニターを睨んでいる。
安全上の配慮という理由だったが、何かを企んでいるようにしか思えない。
その様子をコマンダーが心配そうに横目でちらりと覗いていた。
やがて、コントロールルームのドアが開くと、丸々と太った男が腹を突き出しながら入ってきた。
有閑将校として名高い、ブルーム・ゼブル閣下その人である。
髪の毛はなく、肉塊の中に埋もれたような小さな顔。将校用のスーツに包まれたぶよぶよの短い手足。
妙に生白い肌は栄養状態がよさそうにつややかに光っている。
険しい表情をしたリアナとの間に割って入るように、ヴァラオが総司令を出迎えた。
「遠路はるばるお疲れ様です、総指令。」
ブルームは呑気そうな顔で、自分より頭ふたつ高いヴァラオを見上げる。
「あ~、ヴァラオ君、今回は面倒なことになったな。前代未聞だぞ。」
「申し訳ありません。まずは、現時点での事実関係を報告致します。」
報告書を収めた分厚いファイルを神妙に手渡す。
「まあ~。そう慌てるな。急いだところで事態は変化せんのだろう。」
ファイルを受け取った総司令はめんどくさそうにパラパラとめくると、すぐに閉じて返した。
「…はあ。」
コマンダーは困惑しながらそれを受け取る。
「とりあえず、…ん~、そうだな。食事にしてもらおうか。」
「は?・・・・・食事、…ですか?」
総司令の言葉に、ヴァラオだけでなく、そこにいる全員の目が点になった。
リアナでさえも、あきれ返ったように口を半分開いている。
「う~む。腹が減ったら食うのは当然だろう。何かおかしな事を言ったかね?」
総司令が怪訝そうな顔で周囲を見回す。本気で言っているらしい。
我侭をたしなめるようにヴァラオが言葉を返す。
「イグドラでは全員がラインから直接生体エネルギー供給を受けております。
食事の習慣はありません。」
「何~?ここには調理施設がないと言うのかね?」
ブルームの声が裏返る。おやつでも取り上げられた子供のようだ。
(最前線と本部でここまで習慣や感覚が違うなんて。)
やりとりを聞いていたリアナは、失望とやり場のない怒りを感じて奥歯を噛み締める。
「ないことはありませんが…、
日常的にエネルギー供給で事が足りていますので、調理施設は全く使っておりません。」
「食べる楽しみというものがあるだろう。ああ~、全く、これだから文化レベルの低い種族は…。」
総司令は頭を抱えて嘆いた。
「お言葉ですが、少人数で任務を効率化した結果であります。」
冷静に正当性を説いたヴァラオの言葉は、かえって総司令の癇に障ったらしい。
「んぅ~、そんな余裕のないことだから今回のような事が起きるのだよ、ヴァラオ君。」
ブルームは不機嫌そうにそう言い返すと、無表情で直立している側近の一人を捕まえて声高に命じた。
「あ~、至急本部に連絡して食料を転送しろ。調理する担当も要るぞ。わかってるだろうな。」
「はっ!」
側近の男は機敏な動きで通信コンソールに取り付く。
しかし、通信機が不調でなかなか本部に繋がらないようだ。
「ん~?何をやってるのかね、君は!」
ブルームが露骨に苛立ちを見せる。
これ以上閣下を怒らせてはいけない。焦る側近にイグドラの通信オペレーターが助け船を出した。
「最近、次元断層の影響で時々通信に影響が出るのです。しばらくお待ち下さい。」
「何い~、通信もろくに出来んと言うのかね、…だから、わしはこんな辺境に来るのは嫌だったのだ。」
コントロールルームに重い沈黙が広がった。リアナは唇を噛んで総司令を睨みつけている。
さすがに空気を読んだのか、やれやれと言った顔で総司令はすたすたと出口に向かった。
「わしはひと休みするぞ。あ~、…報告はわかりやすくまとめておきたまえ。」
バァンッ!!
総司令と側近がオートドアの向こうに消えると、ヴァラオはファイルを思い切りデスクに叩きつけた。




