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第一話 神々の黄昏 -1

            この星にひとり

            何を信じていこう



            第一話 神々の黄昏


「作戦海域に入る。全機高度このまま。目標視認まで海面を警戒せよ。」

編隊を組む僚機に指示すると、郷原は操縦桿を握り直し、前方に広がる大海原を睨んだ。


紀伊半島と淡路島に挟まれた友ヶ島水道南、約10キロ。

夕焼けに染まったオレンジ色の海に、船らしい影はひとつもなかった。

本来なら航路を行き来しているはずの貨物船はおろか、漁船すら一隻も見当たらない。

広い海の上に灰色の軍用機だけが飛び交う異様な光景。

郷原の指揮する攻撃機の編隊の他に、海上自衛隊から派遣された数機が狭いこの空域に集まっていた。


暗くなりかけた海面に、いくつもの水柱が噴き上がる。

半島まで鳴り響く爆発音。それは明らかに演習ではなかった。

対潜哨戒機が目標を深海から追い出そうと、闇雲に爆雷を投下しているのだ。


「センサーに反応!来るぞっ!」

海面に投下された超音波センサーが目標を捕え、瞬く間に大きな影がモニターに広がる。

郷原は反射的に機体を上昇させた。

次の瞬間、海面が大きく盛り上がり、その中心を突き破るように「目標」が巨大な姿を現した。


ケェエェォッ!


それは雄叫びを上げ、水飛沫を撒き散らしながら一直線に天へ昇る。

青黒い、伝説の巨大海蛇に似たその姿、いや伝説の海蛇そのものかも知れない。

粘液に包まれた分厚い鱗。ホオジロザメを思わせる不気味な黒い瞳。

2メートルはある鋭利な刃物のような牙。

頭の後ろで竜の翼のような黄金色のヒレを大きく広げて威嚇する。

海獣は100メートル近い体で深海から一気に飛び出すと、のたうつように首を振り回した。


「牙竜出現!でかいぞっ!」

機体を急降下させながらスコープの中心に怪獣を収める。

郷原達の任務は、この「牙竜」と呼ばれる海獣を退治することだった。



機械文明の発達により陸上の資源を食い尽くした人類は、採掘の手を海へと伸ばしていった。

沿岸部から大陸棚へ、そしてさらに外洋へ、…深く、もっと深く…。

そこに、太古から住み続ける別の知的生命体が存在するとも知らずに。

…人類創世以前から海底に住み続けていた、水陸両性の知的生命体「アトラ」。

地上との干渉を避け、深い海の底でひっそりと暮らす彼らは長い間人類と交わることはなかった。


しかし5年前、太古からの沈黙を破る悲劇が起こってしまう。

深度7000mの海溝で行われた天然ガス採掘ボーリングが、彼らの深海都市を貫通してしまったのだ。

平和で静寂な深海に噴出した大量のガスによって、数千のアトラ人が死亡し都市は壊滅状態に陥った。

だが、地上の人間達は自らの手で引き起こしたこの大虐殺に気付いてすらいなかったのである。


突然居住地を破壊され、同胞を殺戮された「アトラ」は、人類に対して怒りの報復を始めた。

世界各地の海に次々と出現した、巨大な海獣の群れ。

機械文明を持たない彼らは海獣を操り、洋上の船や海上基地を次々に破壊していった。

全ての船舶は航行不能となり、海路は断たれ、人類の経済活動は大打撃を受けた。

あろうことか、人類はこれを海からの一方的な攻撃と認識し、徹底抗戦の意志を固める結果となる。


制海権を奪われ、窮地に立たされた主要各国は、海上防衛条約を締結。

同時に設立された国際海上防衛隊、「IMDF(International Marine Defense Force)」が反撃を開始する。

IMDFは各国の軍や警察組織の一部として配置され、アトラの攻撃海獣を次々と仕留めていった。

郷原の指揮する海上特別保安隊、通称NEO(Nautical Extraordinary Officer)もそのひとつである。



トリガーに指を掛けた郷原は一瞬躊躇した。

いつもそうだ。…その理由は海獣の頭部にあった。


牙竜の頭部にはそれを操るアトラ人が埋め込まれている。

彼らは自らの体を海獣と一体化させることで操っているらしい。

鱗に覆われた海獣の頭頂には、人間によく似た姿のアトラ人が上半身だけを覗かせている。

魚の腹のように白銀に光る肌。海に溶けるような深い紺色の髪。

射撃のタイミングを逸した郷原は、その石のように光る瞳を見返しながら再び機体を上昇させた。


「哨戒機は退け!」

爆雷攻撃用の対潜哨戒機に退避指示が出される。

だが、東の半島に回避しようとした哨戒機を捉えるように海中から別の一匹が躍り出た。

「しまった!」


シャァァァッ!


海獣の口から黄色い酸の霧が哨戒機に浴びせれれた。

ジュラルミンの外板を溶かした強力な酸はインテークにも吸い込まれ、エンジンのタービンを破壊する。

あっという間に数機の哨戒機は黒煙を上げて墜落した。

海獣はその破片を空中で口に捕らえ、首を大きく振り回しながら上空へ吐き散らす。


「全機インテーク閉止!アタック!」

郷原の指示で攻撃隊はジェットエンジンのエアインテークを閉じ、ロケットブースターに切り替えた。

対海獣用に開発、配備されたNEO専用機、「ハーキュリー」。

そのずんぐりとした銀色の機体はお世辞にもスマートとは言いがたい。

だが外装を高ニッケル鋼で覆い、耐触性に富んだ機体は酸の霧の中でも戦闘が可能だ。

ジェットエンジンを保護するため、空気を取り入れないロケットに切り替えての活動時間は約5分。

その腹の下には中深度の海中まで弾丸を叩き込む新型のリニアガンを装備している。


「一気に仕留めるぞ!」

迷いを振り払い、トリガーを引く。

不規則に動き回る巨大な牙竜を狙って、ハーキュリーのリニアガンが唸りを上げる。

すばやく体をよじった海獣は弾丸をかわして海に消えた。

金属レーダーの効かない生物相手の攻撃では、照準の殆どを目視に頼るしかなかった。

海中から飛び出してはまた深海に潜り、海水と酸を撒き散らす相手に狙いを定めるのは容易ではない。

「ちぃっ!」

海面近くからから離脱する編隊をあざ笑うように、数匹の海獣が行く手を邪魔する。

最初は2匹だったその数も次第に増え、いつの間にか海域全体が牙竜の群れで覆われていた。


「くそっ!こんなにいたのか。」

NEOのエースパイロットである郷原も、その圧倒的な数に焦燥の色を隠せない。

「まずいな…、増えてる。ここを突破する気か。」

隣のシートに座るナビゲーターの白石も、蒼白な表情で探知機に映る敵の数を確認していた。

「行かせるな!仕掛けた機雷が爆発したらただではすまん!」


大阪湾から瀬戸内海に続く一帯の港には、各国から避難してきた船舶が山ほど滞留している。

紀伊水道から友ヶ島水道に続くこの海域はその最終防衛線なのだ。

そして、水道の最も狭い部分、水深20mの海底には極秘で数十発の小型核機雷が仕掛けられていた。


「みすみす核に引っかかるほど連中は馬鹿じゃない。」

白石がそう言うとおり、過去に牙竜が機雷にかかったことはなかった。

海獣と言えども一体となったアトラ人の知能は人間同等に高い。

「万が一のことがあってみろ、大問題になる。 ただでさえNEOの立場は微妙なんだ。」

「海上保安庁や警察機構には過分の装備ってか? …正面!来るぞ!」

海面から躍り出た一匹が真っ向から喰らいつくように迫る。

郷原はブースターで機体を強引にスライドさせながらリニアガンを発射した。

超高速の弾丸が空気を切り裂く音。

裂けるような大口を開けた海獣の頭が吹き飛ぶ。

「よし!このまま波状攻撃をかける!」


上昇と降下を繰り返し、ロケットの制限時間ギリギリまでハーキュリー隊は何度も攻撃を掛けた。

狭い海域では数が増えた分。目標に当たる確立も高くなる。

群れを成す牙竜の何匹かがリニアガンに打ち抜かれていった。


グケェェェォォォッ!!


仕留められた海獣は暗くなりかけた海に鮮血を流し、のたうつように沈んでいく。

弾を受けた何人かのアトラ人もその頭に埋められたままで力尽きていた。

一匹、また一匹。仕留められた牙竜は巨大な死骸となって波に漂っている。

「時間がない、…殲滅できるか?」

ロケットブースターの燃料が切れるまであと1分足らず。

残った目標はあと5匹。出現した海獣の大半は倒されたはずだった。


だが、ひるむことなく牙竜の群れは暴れながら渦のようにぐるぐると回りだした。

鎌首をもたげ、渦の中心を守るように威嚇する。先程までと違い、明らかに統制された行動を取っている。

サーペントの渦はじりじりと北へ移動し、最終防衛線に迫っていく。

やがてどこからともなく、歌うような高い声が聞こえてきた。


…ァ、…アァア、…アァァ……。


「おい!計器が狂ってる…、まさか!」

ハーキュリーの電子計器が一斉に異常な値を示し、無線が途切れた。

交信不能になった僚機は混乱したまま、かろうじて郷原の機体を追っている。


泣き叫ぶような声が海域中に響き渡る。答えるように海獣の動きが激しさを増していった。

「奴が来る!」

生き残った牙竜の渦の中心。

海水が一際大きく盛り上がると、純白の鱗に覆われた大海獣がその姿を現した。

他の個体の倍はある、神々しいまでに白銀に輝く体。血のように赤く光る瞳。

その頭部には青い髪をなびかせた少女が埋め込まれている。

真珠のように光る肌、高貴さすら感じさせるアクアマリンのような瞳。

その悲しげな目で少女がこちらをじっと見据えていた。


「ローレライ!!」

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