最推し乙女ゲーム世界に転生したからといって必ずしも幸せにはなれない
『ヒロイックラブアカデミア』通称“ヒロラブ”は、乙女ゲーム全盛期に発売された家庭用ゲーム機向けの作品であり、シリーズを通して10年以上絶大な人気を誇る作品だ。
一作目通称”無印版”ののち、主人公を変えて『ドキドキ☆ヒロイックラブアカデミア』通称”ドキヒロ”が発売され、その数年後にオンラインゲーム版として発売された『いつでも!ヒロイックラブアカデミア』通称”いつヒロ”では、一、二作目のヒロインに加え新たなヒロインの3人から好きな主人公を選べるほか、”無印版”の頃より人気はあったが攻略対象ではなかったキャラも新たに5人攻略可能になった。また、今シリーズ初の『みんなでハッピーエンド』所謂”トゥルーエンド”が新たに追加となった。
魔法が存在するファンタジー世界にある”ヒロイック魔法学園”を舞台に、その学園に入学して魅力的なイケメンキャラと学園生活を通じて”真実の愛”を育んでいくという王道恋愛ストーリーである。
このシリーズは王道ながらも緻密で深いストーリー展開と超人気絵師による悶絶級の美麗キャラデザイン、主役級人気声優陣の豪華CV起用で大きな話題を集め大ヒットシリーズとなり、10周年記念として漫画化、アニメ化、舞台化なども行われ、非乙女ゲームユーザーにも広く知れ渡る一大メディアミックス作品にまで成長した。
そんな『ヒロイックラブアカデミア』・・・作品を知る者なら誰もが馴染み深く感じるだろう、ヒロイック魔法学園の豪奢な校舎、のある一室。
茜色に染まる夕暮れ時、4人の女子生徒が無言で対峙していた。
”無印版”ヒロインである天然ドジっ子転入生のアイネ・ハルルカ。
”いつヒロ”新ヒロインである清楚系優等生のレイラ・マミヤ。
”無印版”から登場しており主要キャラ以上の人気に後押しされ、”いつヒロ”でようやく攻略対象となったこの国の王弟殿下の婚約者であり、ヒロインにとっては恋敵となる悪役令嬢エリーン・ヨウク。
”ドキヒロ”ヒロインの親友にして、ゲーム中攻略や進行に困ったときのお助け役であるメガネっ子モブのソフィア・クラレス。
誰もが口を固く閉ざし、漂う空気は鉛のように重苦しかった。
「・・・それじゃあ、やっぱり知っていたのね。ここが”ヒロラブ”の世界だって・・・ということはあなた達も転生者?」
長い沈黙を破って慎重に言葉を紡いだレイラに、ほかの三人はそれぞれぎこちなくも頷きを返した。
「そっか・・・ハ、どうりで!他の奴らはゲームのシナリオ通りに動いてるのに、アンタらが不可解だったのはそういうことかよ」
天然ドジっ子キャラにあるまじき乱暴な物言いで、アイネが吐き捨てる。
「一番変わったのはあなたでしょう?天然ドジっ子キャラがそんな乱暴な言葉遣い・・・私も人のことは言えないけど」
呆れたように言ったのは、恋敵であるはずのエリーン。燃えるような赤毛とキツめの美貌に勝気で嫉妬深いはずのキャラクターだが、そんな彼女にいつもの覇気はなく眼光も弱弱しい。
「あー・・・ですよねぇ。勝気じゃないエリーン様ってもはやエリーン様じゃないっていうか・・・”キャラ変”著しいですもんねぇ」
媚び諂うでもなく飄々とした口ぶりのメガネっ子ソフィア。
この世界、貴族制はないにしろ国の頂点に王家が据えられ、国民は大まかに上流、中流、下流と区分される分かりやすい階級社会ではある。
国内一の大財閥ヨウク宗家ご令嬢のエリーンに、よくいって下の中流階級の家の出であるソフィアは、本来の彼女であれば、恐れ多いと震えあがって直接声をかけることも出来ないだろう。
「”キャラ変”してるのはあなたもよソフィア」
「それを言うならシリーズヒロイン唯一の優等生真面目キャラはどこいったんだよ?ああ?レイラちゃんよー」
「本当に、なんなの?アイネ・・・なんで天然ドジっ子で”みんなに愛され王道ヒロイン”のはずのあなたが、そんな安っぽい不良キャラみたいになっているの?」
一作目”無印版”のヒロイン・アイネは、前述の通り乙女ゲームの王道ヒロインな見た目と性格なはずだった。
ふわふわなピンクブロンドのツインテール。愛らしい童顔にこれまたピンク色のぱっちりお目々。
小柄な肢体に似合わぬちょっぴり大きなお尻がコンプレックス。
下流階級の出ながら、王家をも凌ぐ魔力の発現により”ヒロイック魔法学園”に転入してきた季節外れの転校生。
天真爛漫でちょっぴりドジっ子。しかし誰にでも物怖じすることなく接することが出来、上流階級や王家の人間でも間違っていると思ったらハッキリと注意したり、時には怒りのままについ平手打ち、なんてことも。
そんな台風のようなアイネが巻き起こすドタバタこそがゲームの進行に大きく関わってくるはずなのだが、このアイネはまったく違った。
まず、ツインテールではない。髪も肩までばっさり切って素っ気ない一つ結び。これならそこらのご婦人の方がよっぽど女子力高いだろう。
そして普通に礼儀正しい。天然ドジっ子属性で度々敬語や尊称を忘れて親し気に話し、異性でも構わずボディタッチしちゃう・・・なんてありはしない。目上にはしっかり敬語使うし、パーソナルスペースは常に広いし、上流階級や王家の人間に盾突くなんて絶対しない。
ゲーム冒頭にある、下流階級出の名もなきモブ生徒が上流階級の生徒たちにいじめられている場面では、遭遇する手前でクルリと背を向け黙って回避したー後で教師に報告はしたがー。
季節外れの転入生に興味本位で会いに来た”無印版”の攻略キャラたちー誰もが当然のように上流階級か王家の出自ーにも、オラオラ俺様系なアカシ王子に顎クイされて脊髄反射でビンタし返すところなのに、わざとヘラヘラよいしょキャラで乗り切って躱したりーその後”面白い女”と興味を持たれることはなかったー。
プライド高い魔導士長子息に魔力対決を申し出られても「ご勘弁ください」と土下座する勢いで固辞したりーその後盛大に打ち負かして”君は僕のライバルだ”認定されることはなかったー。
そんな感じだから、魔導士長子息と犬猿の仲な騎士団長子息が突っかかってくることもないし、高位の男子生徒たちとトラブルを度々起こすお騒がせ転入生とイケメン担任に目を付けられることもない。
他にも数々の攻略キャラやモブ生徒と起こすはずの騒動がなにも起きずに、いやになるほどアイネの周囲は静かに平穏に過ぎていった。
唯一傍にいるのは”いつヒロ”で新たな攻略キャラとなる予定の、前髪で顔半分が見えない根暗いじめられっ子キャラだが実は絶世の美男子で魔道具研究の天才になるという議員長子息・ライモンくらいだー彼も何故だかいじめの対象となっていた前髪を適度に切り、野暮ったいメガネだけに”キャラ変”されているがー。
ちなみに魔力はずば抜けているが勉強は苦手、なはずのアイネだが、優等生というほどではないにしても成績はほどほど。授業中うっかり居眠りすることもない。
「ひとっつも天然じゃないじゃない!」
「なにに怒られてんだよ」
「どちらかというとごく一般の善良で模範的な生徒・・・王道ヒロイン要素どこに置いてきたんですか?」
「知るか。つかなんも悪い事ねーだろ」
「悪いでしょう?ここどこだと思っているの?”乙女ゲーム”の世界よ?あなたも“ヒロラブ”ユーザーなのよね?」
「あー・・・まあ、一応全シリーズやったな。一番やりこんだのは”無印”だけど」
「ならどうして!?せっかく大好きなこの世界の、しかもヒロインに生まれ変わったのよ?!あなただって推しの攻略キャラの一人やふたりいるでしょう?そのキャラと恋人同士になりたくないの!!?」
「・・・っ、そりゃなれたらなりてーけど・・・無理だし」
それまでとは違う、どこか苦悩を浮かべてアイネは呟いた。
必死で問い詰めていたレイラは活路を見つけたように身を乗り出した。
「無理なんかじゃないわ!あなたは”みんなに愛されヒロイン”のアイネなのよ!!本来のあなたはまあ、確かに随分性格もキャラも違うようだけど、頑張って”アイネ”らしくすれば必ず」
「無理に決まってんだろ!最推しは”俺”なんだぞ!!」
「・・・え?」
辺りがシンと静まり返った。他の三人はアイネの叫びをすぐには理解しきれなかった。
問い直すようにソフィアが尋ねる。
「”俺”?俺ってことは、アイネ?アイネはまさか・・・」
「あ?悪いかよ、最推しは”アイネ”だ。で・・・まあ、”俺”は前世は男だった」
「次点で好きだったのはレイラだな」最早やけくそ気味に続けたアイネに、三人の時が今度こそ止まった気がした。
「わ、わたし・・・?」
「あ~今はなんも思わねーけど、別に可笑しかねーだろ、”男”なんだから当然女キャラが好きだよ」
「っいやいや!おかしいでしょ大前提が!どうして”男”が乙女ゲームしてるのよ!!」
レイラによる当然の突っ込みに、開き直ったようにアイネは応えた。
「仕方ねーだろ、俺”アニメ”から入ったんだよ」
「あ」
「ああ」
「あー・・・」
三者三様、嫌でも腑に落ちてしまうしまうワードが出てきた。
『ヒロイックラブアカデミア』“無印版”発売より10周年を記念して、その前後で数々のメディアミックス展開が発表された。
なかでもアニメ化は一番の大成功で、既存の乙女ゲームユーザー以外の新規ユーザー数が一気に倍以上に跳ね上がった要因の一つとされている。
放映当時のクールで”覇権”アニメの一つにまで上がるほど良い出来だったアニメ化で最も話題を集めたのが、各ヒロインを始めたとした女の子キャラの可愛さであった。良質な美少女アニメにも匹敵する魅力的な女の子キャラ達の登場に、所詮乙女ゲームのアニメ化と最初は見向きもしなかった男性視聴者の間で回を追う毎に人気が集まり、アニメ終了後にはヒロイン3人をはじめとした主要女の子キャラの各種グッズ化まで発展した。
この場にいる4人もそれぞれ男性人気を獲得していたが、なんと言っても一番人気はアニメの主人公でもあるアイネである。
「アニメだけじゃ飽き足らず原作の乙女ゲーにまで手出すほどガチハマりしてたんだよ・・・最近じゃ滅多に見かけなくなった古き良き天然ドジっ子キャラ。しかもロリ顔な上に巨乳じゃなくてあえてのデカ尻・・・まさに俺の好みドンピシャだったのに」
「ロリ○ンな変態?」
「おしり星人とか、いやだわ」
「キモいですねぇ」
散々な言い様にしかし、アイネはフンと胸を張って言い返す。
「あ?当然“二次元”に関してはってヤツだろ。ていうか、俺に文句吐けるヤツは、二次元キャラに萌えたり燃えたりしたことないヤツだけにしとけ。おら、この中にいんのか?」
「「「・・・・・・」」」
途端に目を逸らして押し黙る3人に、さもありなんと頷いたアイネは、
「だからと言うか、普通に無理だろ。最推しだろうがなんだろうが“自分”なんだぞ?ここが“ヒロラブ”世界だってわかっちゃいるが、イケメンだろうが野郎とキャッキャうふふしようなんて死んでも思えねーし。つかよりイケメンのが憎たらしいし・・・だから、俺に出来ることといえば、まあ“アイネ”は作中屈指の高魔力保持者だし?将来優秀なエリート魔道士にでも出世して親孝行するのが今の目標っつーか」
「なんて現実的な・・・」
「本当に、ただの善良で勤勉な苦学生じゃないですか」
「苦学生言うな」
「そんな・・・・・・それじゃあ、私はこれから一体どうしたら」
呑気そうな3人とは異なり、絶望を背負ったようにその場に膝をついたレイラ。
先ほどから気になっていたアイネは、彼女に向き直った。
「“キャラ変”しまくってんのはアンタもだよなレイラ?なんで本来ヒロイン唯一の“常識人”ポジだった清楚系優等生なアンタが、あんな攻略キャラに媚び売りまくりのクソビッチになってんだ?」
「銀髪クールなS気スレンダー美少女・・・嫌いじゃなかったのに」いやに情感の篭った嘆きが続いたアイネにエリーンとソフィアは分かりやすくドン引きした。
「口が汚いです」
「なんだか言葉の端々からキモいおっさん臭が・・・」
「おっさん言うな・・・・・・え?25はおっさんじゃねーよな?社畜で確か25で過労死したんだけど?え??おっさんじゃねーよな25は」
「急にめっちゃ狼狽えてる(笑)どんだけ必死ですか」
「アラサーで社畜で過労死・・・前世でもとっても苦労してきたのね・・・」
「憐れみ込めて言われるとなんか刺さるからやめろ」
「・・・クソビッチにでも、なるしかないじゃない。進行してくれないんだから」
「は?」
「ゲームが・・・シナリオが!中身おっさんなアイネのせいで全っ然進んでくれないからっ!!!私がなんとかするしかないじゃない!『みんなでハッピーエンド』見るには・・・もうそれしか!!!」
「「「!!!」」」
3人はレイラの悲痛な叫びに鋭く息を呑んだ。
『みんなでハッピーエンド』・・・それは三作目“いつヒロ”で初めて追加された“トゥルーエンド”。
三作目の新ヒロイン・レイラにしか解放されない特定エンドであり、シリーズ三作総勢20人いる攻略キャラ全員の好感度を一定以上まで引き上げ、尚且つ他ヒロイン2人とも一定以上の友情ゲージを貯めなければ辿り着けない作中でも最難関エンドと言われる、あの“トゥルーエンド”。
3人が信じられないのも無理はなかった。この“ヒロラブ”においての“トゥルーエンド”は、その難易度の高さに反比例して、エンドの報酬が非常に“お粗末”なのだ。
例えば他の乙女ゲーム作品における“トゥルーエンド”とは、所謂“逆ハーレムエンド”であることが多い。
攻略キャラがみんなでヒロインを取り合うだとか、みんなで仲良く暮らしましただとか。時にはライバルキャラであるはずのその他の女性キャラまでヒロインが好きで云々などというとんでも展開まで。
“トゥルーエンド”と言いつつ、それはゲームをここまで攻略してきたユーザーへの労いのご褒美エンディングであることが多く、若干ぶっ飛んだご都合展開のおふざけ的要素満載な作品もいくつもある。
しかし“ヒロラブ”においては、そういった要素は見られない。
みんなと均等に、程々に仲良くなり、特別誰かに想われることも想うこともなく、学園最後の卒業式後、攻略キャラ20人と他ヒロイン2人も交えてティーパーティーを開くというものだ。
しかもスチルは全員を写した1枚のみ。3ヒロイン含め攻略キャラ全員が描かれているが、総勢23人もいるのだからみんなどこか見切れたショットだし、なんならレイラとの距離もそれぞれ遠い。
頑張って“トゥルーエンド”まで行き着いた猛者たちは打ちひしがれた。“あまりにもショボい”と。
あれだけ注いだ労力が、神経すり減らして微調整を繰り返した各キャラたちの好感度上げが、楽しくもない他ヒロインとの友情イベ消化が、こんな薄っぺらいエピソードとスチル絵一枚如きで報われてたまるか、と。
その点に関してだけは賛否両論・・・圧倒的“否”に埋め尽くされた“あの”因縁の“トゥルーエンド”『みんなでハッピーエンド』を望む人間がまさかいたとは。
恐るおそるエリーンは尋ねた。
「あの、レイラ?まさか知らないわけじゃないわよね?あの悪名高い“トゥルーエンド”よ?正直ヒロインとしての旨味なんてひとつもないんじゃないかしら?」
「そ、そうですよねぇ。“ヒロラブ”はシリーズ通して良作で高レビュー付いてますけど、あの“トゥルエン”に関してはめっちゃ荒れてましたし。なんならあれで三作目低評価つけるユーザーもいたはず」
「あー、あれな?そういや俺やってねーわ。SNSでもほぼネタ化するくらい叩かれてたし、ネタバレサイト見てやんなくてよかったって思ったもんなー・・・なんだ?アレでもレイラ的には“逆ハーレム”なのか?」
“逆ハーレム”要素好きな乙女ゲームユーザーは一定数いるだろう。確かにそういうことか、と3人が納得しかけたその時、
「“逆ハー”ていうか、全部攻略しないと気が済まないの、私」
ぽつり、とレイラは気の抜けたような声音で呟いた。
「あ?」
「全部攻略・・・」
「つまり?」
「スチルもムービーも人物紹介もアイテムも用語集もなんならBGMも・・・作品の全部開けないと気がおかしくなるのよ。乙女ゲームで一番嫌いなものは“???”とかワード隠されてるヤツ」
「あ〜〜〜」
「いますねぇそういう類の人」
「それはまた難儀な・・・」
一変して同情的な3人の視線を集めながら、レイラはポツポツと語り始めた。
「発売当初は興味なかったのよ”ヒロラブ”。”無印”も”ドキヒロ”もトゥルーエンドないっていうのは聞いていたし。でも”いつヒロ”で初めて追加されるって聞いて途端に興味が出て全シリーズやり込んだわよ・・・“トゥルーエンド”っていわばそのゲーム作品全クリおめでとうみたいなご褒美的要素あるじゃない?“逆ハー”だろうが“大団円”だろうが私が乙女ゲームをやる意味・・・それはゲーム会社から贈られた全クリおめでとうギフトを開封するための通過儀礼のようなものなの。確かに、推しになるキャラいるわよ?普通の恋愛イベントもキュンキュンしてるし・・・でもそれはあくまでコースのデザートまで行き着く手段。メインディッシュより達成感のあるデザート、なんなら食後のコーヒーにこそ至上概念は生まれるのよ!!!」
レイラの熱量に他の3人は引き気味だった。
「ずっと何言ってるかわからないんですけど」
「奇遇ね私もよ」
「完璧主義・・・っていえば聞こえはいいが」
「だから別に構わないの『みんなでハッピーエンド』がしょぼかろうが報酬が激貧だろうが・・・私“レイラ”に生まれ変わったのよ?“無印”でも“ドキヒロ”のヒロインでもない、唯一“トゥルーエンド”が解放できるヒロインのレイラに!これはもはや運命!否!宿命!!私が頑張って全クリ目指さなくて誰が全クリ目指すというの!!!」
「目が完全にイッテんじゃねーか」
「もはや宗教染みてきましたねぇ、なんかカルトチックな」
「それで頑張って度を越した八方美人にまでなって攻略キャラ20人の好感度と私たちの友情ゲージ貯めようとしてただなんて狂気の沙汰が過ぎるわ・・・今回こうして私たちを呼んだのもそこら辺の一環だったってわけね」
「傍迷惑な」一気に疲労感を感じてエリーンは長いため息を吐いた。それを見過ごさずにレイラは問いかける。
「それをいうならエリーン様?あなたは何故“あなた“らしくなくなったの?“大好き”なはずの愛しいリヒト王弟殿下が、誰といようと嫉妬も嫌がらせもしないなんて」
「っ、それは・・・」
国で一番の大富豪といわれ経済界はもちろん政界にも広く深く影響を与えるヨウク財閥の宗家のお嬢様エリーン。
彼女はひと回り年の離れた王族であるリヒト王弟殿下の政略的に取り決められた幼い頃からの許嫁である。
リヒトはヒロインと各攻略キャラが協力して解明する“王都迷宮編”で謎の冒険者として初登場し、その後も要所要所で登場しては意味深な立ち振る舞いと重要な事柄を告げるキーパーソン的な役割で“無印”時代から知られる魅力的なキャラクターだった。
何を置いても語るべきはリヒトのビジュアルの良さだろう。攻略キャラに勝るとも劣らぬ圧倒的な美貌と蠱惑的に漂うフェロモン。各ヒロインとの接触でも、常に気障ったらしい言動が板についていて“これでなんで攻略できないんだ!!”と怒りだか嘆きだかで眠れぬ夜を過ごしたユーザーも数多いただろう。
そんなリヒトの歳の離れた婚約者であるエリーンは、嫉妬深く苛烈で容赦のないキャラクターであった。
攻略対象でもないのにリヒトと接触したヒロインをいじめること多数、いつもリヒトの後を追いかけまわし、リヒトの関心を得るためならば殺人未遂まで起こすほどのまさに“悪役令嬢”。彼女はそんな所業が明るみとなり、後半で僻地の修道院へ送られるはずなのだが。
「ま、そーだよな・・・修道院とか送られたくねーよな」
「そうですねぇ、修道院ていうかあそこほぼ刑務所みたいなとこでしたし」
「まあそうよね、身の破滅を望むほどにはリヒト王弟殿下は推しでなかったと」
うんうん勝手に納得している3人に、エリーンは静かに否定する。
「・・・最推し通り越して神推しだったわよ、リヒト様は。本来のエリーンと同じくらい」
悲しげにも聞こえるエリーンの声音に3人は気安く尋ねるのが躊躇われた。しかし、我関せずと吹っ切れたようにエリーンは続ける。
「そこのアイネじゃないけど“ドンピシャ”なのよね、リヒト様・・・その顔面もルックスも声もキャラも、私の中で二次元だけじゃない、リアルも含めて一番好きな人」
「あー・・・俺的“アイネ”な」
「めっちゃいいじゃないですか」
「リアルも含めて、だものね?」
「そう・・・“いつヒロ”から入った私は、リヒト様に一目惚れして、もっともっとリヒト様を知りたくてすぐに“無印”“ドキヒロ”も制覇したわ。それだけじゃ飽き足らず10周年記念に出た各メディアミックス作品、ノベライズの“外伝”や“前日譚”だって読破したの」
「あ!!!」
「わ!びっくりした・・・」
「突然なんだよソフィア!」
何かを察知して青ざめたソフィアに、エリーンは神妙な表情でゆっくり頷いてみせる。
「“ヒロラブ”の“前日譚”・・・つまりヒロインや攻略キャラたちの親世代の話も出てくる例のアレを?」
「ええ・・・アレよ。恋多きプレイボーイだった若かりし頃のリヒト様の数々の華やかなエピソード・・・その中でも」
「ええ?私、流石に“前日譚”までは読んでないけど」
「俺も。てかなんだよ、何があったっつーんだよ」
「“前日譚”で・・・私の母とリヒト様の意味深な関係を匂わせられてたの」
「「え?」」
既に知っていたソフィアとは違い、何も知らなかったアイネとレイラは絶句した。
恋多き希代の色男、フェロモン過多王弟とも度々揶揄されるリヒトが若かりし頃、エリーンの母親と浅からぬ仲だったかもしれない、とは。
「いっそヒロインに生まれ変われていたら、と何度思い返したとしても私はエリーン。そんな私では・・・母をいったかもしれない方を変わらずお慕いなんてさすがにできないわ」
苦悩を滲ませそう告げたエリーンに、とりあえずアイネは言った。
「“母をいったかも”はやめろ」
「可愛い女の子が」苦虫を噛み潰したようなアイネに、若干白んだ顔のソフィア。
「いつまで女の子に幻想抱いてるんですか」
「幻想とかじゃねーだろ。普通に言ってほしくねーだろそういうの」
「確かに前世において、私はリヒト様が大好きでした・・・けれど、お母様をいかれたかもしれない方を、変わらず好きでい続けられるわけがないでしょう?」
「違うだろ、そこら丁寧に言い換えろってんじゃねーんだよ!“イった”とか“イカれた”とかいうなっつーんだよ可愛い美少女が!!」
「マジきもいですよ中身おっさん」
「おっさんて言うな!」
「それはでも・・・そうよね。流石に自分の母親と直裁的な表現はないとはいえ、関係があったかもしれない殿方なんて」
「何丼だという話よね」
「やめろっつってんだろ!」
「だから幻想抱きすぎですって中身おっさん」
「だからおっさんいうんじゃねー!!・・・てか、お前はどうなんだよ?ソフィア・・・ある意味お前が一番不可解じゃねーか?」
声を荒げながらも、なんとか気を落ち着かせてアイネはいつまでも飄々としたままのソフィアを睨んだ。
二作目“ドキヒロ”ヒロイン・クレアのクラスメートであり親友、そしてゲームの進行や攻略上困った時ヒントを与えたり、各攻略キャラの好きなものや場所を教えてくれるお助け役なメガネっ子モブな女生徒。
暗めの栗毛なおさげ髪にグルグルメガネ。メガネを取ると実は美少女・・・なんて設定も特にはない、高位の生徒達には普通にビビる一般的な地味モブキャラであるはずのソフィアだが、目の前の彼女はどこか底知れない余裕を感じさせる。
「私ですか?」
「確かに・・・あなたはあくまで“ドキヒロ”においてのお助けポジションであり、クレアを誰か特定の攻略キャラとくっつけさせようだなんてする子じゃなかった」
「確か、隣国の第二王子で留学生のクロウだったかしら?あなた本人がそのキャラが好きで近づこうとするならわからなくもないけれど、何故、執拗にクレアとクロウの仲を取り持とうとしているの?」
警戒心強く問い詰めるエリーンとレイラに、ソフィアは諦めたように告げた。
「私・・・推しCPがいるんです、それは“アカクロ“」
「あか?くろ??」
「ああー・・・」
「そう、そうなのねあなた・・・“腐って”いるのね」
「ええ、それはもう骨の髄まで」
ひとりはてなマークを頭に浮かべるアイネを放置して、3人は話を続けた。
ソフィアのいう“アカクロ”とは、“無印版”メイン攻略キャラのアカシ王子と、“ドキヒロ”メイン攻略キャラの隣国からの留学生クロウ王子とのカップリングを意味する。当然ながら原作にそんな事実は一切なく、一部界隈の人間のみが非公式で楽しんでいる妄想のたぐいである。
ソフィアはレイラとエリーンが察した通りの“腐女子”であった。2人のソフィアを見る眼差しが途端に厳しくなる。因縁の強敵に相対したような面構えだ。。
「乙女ゲームにまで湧くなんて・・・恥を知りなさい」
「ヒロインと恋愛するために生まれた攻略キャラたちをくっつけるなんて、本当にどういうつもり?」
「ええ、ええ。わかってますよ・・・乙女ゲームに群がる腐女子、さぞ清らかな心で純粋にイケメン達との恋愛を楽しんでいるユーザー方には毛嫌いされていることでしょう・・・でも、果たして“公式”はどうでしょうか?」
「「!!」」
「・・・さっきからなんの話してんだお前ら」
いつまでも話に追いつけないアイネを放置して、ソフィアはその分厚いグルグルメガネの奥で鋭く目を光らせた。
「私もアイネと同じく、アニメから入った新参者ですが、腐女子とはいえ何を見るにも四六時中”腐ィルター”通して見ているわけじゃありません。最初は話題のアニメどんなだろうって何の含みもなく見てましたよ・・・でも、先に仕掛けたのはアニメのほうじゃないですか・・・アカシ王子とクロウ王子の絡み、アレ絶対わざとですよね?絶対“公式”が腐女子人気欲しさにやってましたよね??」
「そ、それは・・・」
「で、でも!ゲームでもアレくらいは」
「いいえ!“無印”のアカシ王子と“ドキヒロ”のクロウ王子、それぞれの作中では表立って絡みはなく、三作目の“いつヒロ”で多少の接触はありましたけど、あんないかにもなライバルキャラには描かれていなかった・・・そしてあの伝説の“湖での人工呼吸”事件!!!」
「・・・あー、なんかあったな。アレか。“ドキヒロ”ヒロイン回で、テスト終わりにみんなで湖ピクニック行くやつ、口喧嘩がヒートアップしてクロウが湖落ちて、アカシが引き上げて人工呼吸するアレな?確かにゲームじゃないエピソードだったよな」
「「・・・・・・」」
アイネのいやに説明口調なセリフに、エリーンとレイラは悔しそうに押し黙るしかなかった。
『ヒロイックラブアカデミア』のアニメ化は確かに売り上げ的にも話題的にも大成功を収めた。しかし一部エピソードでは物議を呼んだのも偽らざる事実である。
原作にはないエピソードの追加やキャラ同士の過剰にも映るスキンシップの数々。女の子キャラ同士のものもあるにはあるが、その大半が魅力的な攻略キャラのイケメン同士がキラキラと”濃厚接触”。
件の”湖での人工呼吸”回が放送された当時のSNS上には”腐女子ホイホイ””公式が病気””腐女子に媚びすぎ””次回作BLゲームでも出すつもりか”など否定的な書き込みが相次いだ。
しかしそれ以上に”ありがとう公式””間違いなく神回””ラ〇ュタは本当にあったんだ”などなど感動に打ち震える一部の層の賞賛の声も多数上がったのだ。かくいうソフィアもそうした”公式”のやり口にまんまとホイホイされた悲しき腐女子である。
「私だって・・・まさか守備範囲外だった乙女ゲームに手をだすまで沼るなんて思ってもみませんでしたよ。でもどう考えてもアレは・・・”アカクロ”はもう公認ですよね?」
「違うわよ」
「レーティングAのど健全原作なくせに公衆の面前でモザイクもかかってない接吻シーンですよ!?」
「”人工呼吸”だから」
「言い訳は止めていい加減認めてください!じゃあアレはなんだっていうんですか!?グッズの”抱き枕”!!横向きの姿勢で誰かの服でも握ってそうなアンニュイな表情浮かべるクロウ王子のと、同じく横向きで腕枕するように手を伸ばしたアカシ王子!二人の抱き枕を並べたらどうなるか知ってますか?お互いの方を向き合ってまるで抱き締め合うようにピッタリシンデレラフィットするんですよ!?”公式”は明らかに確信犯だった・・・買いましたけど。おかげで当時の私は”彼ら”にベッドを譲らざるを得ず床で寝てましたよ!」
「バカなのか?腐女子ってバカなのか?」
「人によるんじゃない?」
「・・・皮肉なことに腐女子達のおかげでグッズ売上絶好調だったりしたものね」
「完璧にカモにされてんじゃねーか」
「いいんですよカモだろうが金づるだろうが!!全財産ぶち込みたいくらい”アカクロ”に入れ込んでたんですこっちは!」
「さっきまでの底知れない冷静なソフィアはどこに行ったの?っていうくらいあなた性格変わったわね」
「というか・・・ではなぜ?なんでそのクロウ王子とクレアの仲を進展させようとしてたの?」
エリーンが尋ねると、ソフィアは切なげに笑った。
「だって仕方ないじゃないですか・・・そうしないと、アニメ通りには進まない」
「アニメ通り?」
「乙女ゲームが原作とはいえ、アニメのシナリオ的に全攻略キャラと仲を深められるわけじゃない。アニメではあくまで、それぞれのヒロインとイイ感じになる相手は絞られていた・・・クレアの場合はクロウ王子でした」
「それは、確かに」
『ヒロイックラブアカデミア』のアニメ版では、”無印版”ヒロイン・アイネが一年生の転校生としてやって来たところから始まり、メインストーリーはアイネを中心に描かれていくが、二年生の”ドキヒロ”クレアや三年生の”いつヒロ”レイラが中心に描かれるエピソードも複数回差し込まれている。
ソフィアの言う通り、アニメ版でクレアと恋仲が進展する相手はクロウ王子であった。
「こっちだってね、わかってるんですよ・・・アカクロの関係なんて所詮”妄想”だって。こうしてあの夢にまで見た”ヒロラブ”の世界に転生したところで、いや、だからこそより一層実感してますよ、二人が結ばれないことくらい・・・」
「ソフィア・・・」
「・・・でも、アレは”史実”でしょう?」
「アレ?」
どこか切実な眼差しでソフィアは言い募る。
「”人工呼吸”ですよ!あの伝説の!!クレアがアニメ通りクロウ王子とイイ感じになっていけば、私はもしかしたら・・・あの”史実”の瞬間に立ち会えるかもしれない。あの”史実”をこの目に焼き付けることが出来るかもしれないんです!!!そりゃあなにを犠牲にしてでもクレアとクロウ王子を応援しますよ!!」
「開き直るんじゃないわよ」
「見事に友情犠牲にしてじゃねーか」
「まずあなたはクレアさんとクロウ王子に謝りなさい」
3人は凍てついた眼差しで暴露したソフィアを見つめた。
「まったく・・・誰一人、幸せにはなれないのかしら」
ぽつり、悲し気に呟いたレイラに、アイネ、エリーン、ソフィアも俯いた。
大好きな『ヒロイックラブアカデミア』の世界にせっかく生まれ変わったというのに、なぜ誰もがみな苦悩をかかえているのか。
「・・・だから、”現実生きろ”ってことだろ」
「”前世”はひとまず忘れてな」腕を組んでアイネは続けた。
前世の男である記憶は未だ根強くあるようだが、それでもこの4人の中できっと一番”今世”を堅実に生きている。言葉に重みがあった。
ーその後。
”トゥルーエンド”をひとまず諦めたレイラは、それまで無理して八方美人キャラを演じていた反動なのか、他人を一切寄せ付けない孤高のぼっちとなったが、それがギャップ現象を巻き起こしたのか、”いつヒロ”メイン攻略キャラであるエリーンの兄でヨウク財閥御曹司に追い回されるようになったり。
婚約者と母の過去を怪しんでいたエリーンは両親にリヒト王弟殿下との婚約解消を願い出たが、母親とリヒトの過去は潔白であることが判明、婚約解消もリヒト側が拒否し逆に執着されることになったり。
”史実”見たさに親友の仲を発展させようとしていたソフィアは、クレアに今までの振る舞いを謝罪して止めようと思い直したが、既にクレアとクロウ王子は恋仲になっており、なぜかそんな二人が今度はアカシ王子とソフィアの仲を取り持とうとしてきたりしたようだが、それはまた別の話である。
そして、エリート魔導士目指して真面目に勉学を頑張っていたはずのアイネはというと、
「ライモンと恋仲って聞いたんだけど、どういうこと!?」
「”いつヒロ”の攻略キャラでしたよね?最近野暮ったい眼鏡も取り払って絶世のイケメンっぷりバレてめっちゃ騒がれてましたけど!」
「そういえば親同士知り合いで幼馴染設定あったわね・・・もしかして本当なの!?」
今学園中で一番話題となっている噂の真相を知るため問い詰めた3人に、アイネは頭を抱えて叫んだ。
「男なんざ信用ならねぇオオカミだ!!」
「「「「誰が言ってるのよ/ですか」」」
それもまた別のお話。
元々はそれぞれ単独で思いついてたヒロインでしたが、出オチ過ぎたので一緒にしたらとんだごった煮闇鍋になってしもうた・・・。
お粗末様でした。