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この宇宙(そら)シリーズ

この宇宙で君と出会う番外編 ~若葉のころ~

作者: 有月 悠

 フィリス帝国の軍人となる道は3つある。

 一つは徴兵されて軍務につく道。

 一つは各惑星に設けられた帝国営の軍学校に入学し、相応の技術を身につけてから各部署へ配属される道。

 最後の一つは帝国士官学校に入学すること。

 軍学校と士官学校の違いは、軍学校は多数あることに対して士官学校は帝国でもたった一つ、帝星にしかないこと。

 そして士官学校入学には多額の金がかかる。軍学校は帝国営なので授業料は軍人になれば返還の義務はないが士官学校はそうはいかない。なので士官学校は専ら貴族子弟専用の軍学校と言えた。

 それに軍学校は初等・中等教育を終えた15歳の者が入るが、士官学校は幼年学校を設けて12歳から受け入れている。

 そして卒業して任官ともなれば危険の少ない近衛隊配属が主。昇任も平民の軍学校出のものから見れば異常ともいえるスピードで上がっていき、簡単に高級将校の地位へと登っていく。

 なので入れる者は限られていたが、もちろん例外もある。

 それは金を積むこと。富裕層の子供たちが親の期待を背にここに入ってくる。

 そして平民で各惑星の成績のよい者が難関の試験を通りぬけて入学が許される。この場合入学金・授業料が免除される。そしてこの編入が認められるのは士官学校からだ。幼年学校へはほぼ入れない。

 それで士官学校に入学するのは貴族や金持ちのボンボン、そして成績が優秀な平民ということになる。

 ということはどういうことかというと。

「うぐっ・・・」

 一人の赤い髪の少年が学内の人目の付かない裏庭で腹を蹴られてうずくまっていた。

 その周りには揃いの制服の5人の少年たちがにやにやした笑みを浮かべて笑っていた。

「は。ただの平民が」

 間違った選民意識をもった頭の悪い貴族や金持ちのボンボンが、自分達の領域に突然入ってきた成績はいい平民を蔑むということが起こる。

 ヒーズの他にも平民の入学者はいたが、彼の目立つ赤い髪と空を映したような明るい水色の瞳、整った顔立ちで年の割に華奢な体つきの女のような彼は、ガラの悪いこのような連中に目をつけられてしまった。

 実際筋肉のつきにくい身体は喧嘩事には弱かった。

 しかも相手は多勢。どうみても勝ち目はない。

 それでも負けん気だけはあるヒーズは痛む腹を押さえてにらみ返した。

「なんだその目は、やるっていうのかよ。はん、やっちまおうぜ」

 リーダー格の少年が後ろの少年達に顎で合図する。

「それっ!」

 一人が飛びかかってきた。

 ヒーズは片手をバネのようにして地面から起き上がり、なんとかかわす。

「ちっ、ちょこまか動くんじゃねぇっ!」

 次は3人でこられた。

 一人に胸倉を掴まれたが、後ろに飛んで制服のボタンと引き換えに逃げる。が、もう一人に袖を掴まれ、これもかわそうとして腕を抜いたらビリッと言う派手な音とともに肩の縫い目が裂けた。そして最後の一人に後ろから羽交い絞めにされた。

「くそっ、離せっ!」

「はん。おとなしく殴られていればいいものを。せっかくの制服が台無しじゃないか。代わりのものを買うお金はあるかい?」

 そう言って全員が笑った。

 ヒーズは歯ぎしりをした。実際貧乏な彼の家にそんな余裕はないだろう。

 しかし制服うんぬんよりもいじめに遭った事実を伝えるほうが何倍も堪える。

 皆の期待を背負い、晴れがましく故郷の惑星を発ったというのに入ったとたんこんな目に遭うなんて・・・。

「謝るなら今のうちだぜ」

 リーダー格の少年が見下した目をして嘲った笑いとともに言う。

 謝る?

 何を謝るというのだ。自分は何もしていないではないか。なのに、何故・・・。

 こんな理不尽なことがあるものか。謝ることなど何もない。

 ヒーズが黙ったまま睨みつけていると、

「そうか・・・。仕方ないな・・・」

「うぐっ」

 再び腹に拳が飛んできた。

「俺にもやらせろ、おらよっ」

 一人が片足を上げるとそれをぐるりと回してヒーズの脇腹を打つ。

「がっ・・・」

 痛さにめまいを覚える。

 そうして代わる代わる暴行された。

 ・・・謝って、謝ってしまえば楽になるのだろうか。

 何を・・・?

 かすむ視界の中で考えた。


「何をしている、やめないかっ」

 突然鋭い声がした。

 ヒーズは顔を上げた。そこにはブルーブラックの髪に深い藍色の目をした少年が立っていた。

 知っている。士官学校でも有名人だ。親はオーベルド将軍。伯爵位を持った帝国の信厚き勇猛なる将で過去の戦いでも何度も勝利を飾っている。

 その息子である彼は天才と名高く軍人にするのはもったいないと言われている逸材で、しかも容姿端麗・品行方正という非の打ちどころのない人間ということで有名だった。

 名前をレクセルといったか。

「アーセナル、リグイド、マルケン、ヒドリーク、カルセ」

 レクセルは突然呪文のような単語をつぶやいた。

 その言葉に少年たちが驚愕していた。

「な、何で俺たちの名前を・・・」

「天才って噂だけど、ひょっとして学年全体の顔知ってるんじゃないか?」

「そんな、まさか・・・」

「嘘だろ」

「違うな」

 レクセルが不敵な笑いを浮かべて言う。

「全学年だ」

「ひいっ」

「うわぁっ」

 少年たちはヒーズを放り出すと蜘蛛の子を散らすように全速力で逃げて行った。


 風が吹いてざわざわと木の葉が揺れた。芽吹いたばかりの若葉の木漏れ日は、きらきらと輝いて残された少年達に優しい影を落とす。

「あ、ありがとう・・・」

 ヒーズは身を起しておずおずと礼を言った。

「大丈夫か?保健室へ行こう」

 レクセルは手を差し出すが、ヒーズは激しくかぶりを振った。

「い・・・きたくない!」

 いじめに遭ったとバレるのが嫌だった。

 よくしたもので目立つ所に外傷はない。黙っていれば何とかなりそうだった。

 だがこの制服だけは・・・。

 破れてしまった袖を押さえて怒りをこらえる。

「ちっきしょう・・・」

 何で何でこんな目に遭うんだ、俺が何をしたって言うんだ・・・。

 悔しさで目に涙が浮かぶ。

 その様子を見ていたレクセルが自分の制服を脱ぎだした。

「上着を交換しよう」

「え?」

 ヒーズは事態をよく飲み込めずぽかんとする。

「いじめがあったことを知られたくないのだろう?」

「う、うん・・・」

「なら死ぬまで黙ってこんなことなかったと思い続けろ。男なら一度抱いた思いを貫き通せ。その手助けをしてやる。いいか、暴行などなかった、いじめなどなかった、そしてこれから先も」

 言いながらレクセルはヒーズの上着を脱がせにかかる。

 ヒーズは雷に打たれたように動けなかった。

「いいか、男ならどんな苦難も耐え忍べ。全て腹に飲み込んで平然としていろ」

 ヒーズは力強くうなずいた。

 そうだ、そう考えればいい。男なら耐え忍ぼう。こんなところで挫けているわけにはいかないんだ。

「いい目をしている」

 レクセルはヒーズの上着を脱がせてしまうと自分の着ていたものを彼の肩にかけた。

「い、いいのか・・・?」

 レクセルは無言のままうなずく。

 触っただけで分かる、自分のものより相当仕立てがよく作ってあるものだ。

「でもこんないいもの・・・もらえないよ・・・」

 ヒーズが情けない声をだすと、

「元来」

 レクセルが厳かな調子で話しだした。

「貴族というものは民達を守るために、その上に立つことによって秩序と安寧をもたらすための存在だ」

 レクセルはかがんでヒーズの頬に触れ、涙の跡を指でなぞる。

 思わぬ接触と端正な顔立ちを目の前にして、レクセルのその厳粛な様子に何故か鼓動が早くなる。

「なのに、それを強いものが偉いという単純な権力構造に置き換え、そのような考えを持った今のような貴族の馬鹿息子どもが、その力で誤った使い方をする。これは憂うべき問題だ」

 レクセルは次にヒーズの髪に触れ、

「すまなかったな。貴族が皆ああだとは思わないでくれ。あいつらの名前は分かった。然るべく報復をしてやろう」

「そ、そんな、そこまで・・・!」

「いや。こういうことは放っておくと冗長する。貴族とはなんたるかをお前に教えてやろう。貴族なんてものは、この世で最も強かった者の末裔。強さを誇るが貴族の務め。力なき者を貴族とは言わない。そしてその矛先は民ではなく同じ貴族に向けられるもの。それを知らしめなければいけない」

 淡々と言葉を紡ぐレクセルの様子にヒーズは、恐ろしくも美しいと思った。

 畏怖すべき者・・・。

 そしてレクセルはヒーズにしっかりと上着をかけなおしてやると、

「元々貴族の持ち物なんてものは民達から徴収したもの。それを君が手にすることを気後れすることはない」

 と言って笑い、立ち上がるとヒーズに背を向けて歩きだした。

 ヒーズの胸は高鳴っていた。

「お、俺ヒーズっていうんだ、ヒーズ・イナラクベル」

 ヒーズはレクセルの背に追いすがり、声をかける。

「そうか。俺はレクセル」

「知ってる、有名人だから」

「そうか」

 レクセルは苦笑いした。

「俺、今日のこと絶対に忘れない、本当に本当にありがとう!」

 ヒーズは心から礼を言った。


 それからというもの。

「レクセル、一緒に昼ごはん食べようぜ」

「課目何取るんだ?それ?じゃ俺も」

「レクセル暇ー?街行こーぜ」

 と、ヒーズはレクセルに四六時中ついて回るようになった。

 レクセルは最初困惑しながらも、天才という噂と寡黙な質であまり友達の多くない彼は、この陽気な赤毛の少年を歓迎していた。

 もしもあの時レクセルが偶然通りかからなかったら、ヒーズの学校生活はかなり変わっていただろう。いや、生活どころか人生まで。もしも彼に出会わなければこの世を恨み、暗澹たる人生を送っていたかもしれない。

 だから今ではあのいじめた奴らに感謝さえしてる。暴行されなければ、レクセルという生涯の友に出会えなかったかもしれないのだから。

 それにその後いじめはなくなったし、他の者もいじめに遭ったということも聞かない。

 ヒーズはレクセルからもらった制服を汚すまいと体を鍛え、華奢な体も成長期とともに変わり、喧嘩で負けるようなことはなくなった。

 やがて卒業を迎え、ヒーズは希望していた宙艇部隊に、レクセルはその優秀さを買われて研究機関へと配属され、それぞれ別の道を歩き出した。


 そして・・・。

 

「やっほ~レクセル、何年ぶり~?」

 ウィケシ宙域レイクゼシ艦隊ワーゼル艦。

 ここに艦長補佐という名目でやってきたレクセルをヒーズは手放しで出迎えた。

「も~、わざわざ~、こんな辺境宙域に~、やってきたのは~、どんな理由かな~」

 語尾に変な抑揚をつけてレクセルにまとわりつくヒーズ。

「べ、別に理由なんかない。・・・たまたまだ」

 レクセルは憮然とした表情で答える。

「そんなこと言って~、俺に会いたかったんだろー?」

 ヒーズはレクセルの頬を手を伸ばしてつっついた。士官学校入学時にはほとんど同じ背だったのに、今ではレクセルの方がこぶし二つ分ほど大きい。

「そんなことはない」

 目をふいっと逸らしてあさっての方向を向く。

「またまた~、素直になりなよ~」

「うるさい」

 そうは言いつつも顔だけは嬉しそうなレクセルだった。 



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