とある一日の裏側で
さわり、さわり。
緑の合間から漏れる光を浴びて、目を閉じる。
かすかな風を受けてささやく木々の葉音。
深呼吸をして目を開けばそこには――
「ほらー、ぼさっとするな」
ひしめき蠢く怨霊の群れ。
ああ、ぶち壊し。
同僚の言葉にしぶしぶと意識を戻す。
何が悲しゅうてこんな日に浄霊に駆り出されねばならぬのだろうか。
「こんな日だからこそでしょ」
「まだ何も言ってない」
「毎回同じ事言ってりゃ予想もつくっての」
慣れた手つきで外へ出ないようにと張られた結界によってくる怨霊どもを浄化していく同僚・芦崎。
彼女を見ていると、自分がここに居る必要は全くないように感じる。
「あんただけ休ませるなんてしてやるもんか。道連れよ、道連れ」
そう言い切られたのはいつのことだったか。
素敵な言い分に涙しそうになったとしても罪はないと信じている。
何もしないとまた言われるのは目に見えているので、適当に近寄ってきたものを浄化していく。
しばらくして、綺麗さっぱりなにも居なくなった。そのほとんどは、もちろん芦崎の活躍によるものである。
それからまた次の場所へ向かい、同じことの繰り返し。それが毎回の常であった。そして今回も。
が、そうそう何事もなくいく事など、ないのである。何事にも例外はあるように、通常とは違ういわばハプニングといったように称される出来事が起こるのはこの数十分後。
隠れ国家機関・霊害対策本部、通称陰陽部。またの名を霊能集団、隠れ(てるわけでもなかったりするのだが)通り名が変人軍団もしくはその寄せ集め。まことに失礼極まりない。確かに、人数の割合に対して変わり者が多すぎるが。
そんなふうに称されるのは、その名の通り霊に関する災害を請け負っているからであって、かつそれを担当できるのは当然そう言った類の能力を持っているからである。
そこの仕事のなかのひとつに、怨霊の浄化というものがある。
怨霊というのは怨み辛みをもって死んでいった者の霊で、とにかくしつこい。性質が悪いのも多い。
人に害悪を与えようとする性質上、毎年集まってくる日が何回かある。人がたくさん集まり楽しく過ごす事。
そう、お祭りなどが其れにあたる。
自分は世の中を怨みながら死んだのに他人が楽しんでいるのは許せない、といった理由でいろいろとやっかいを引き起こそうとするのを防ぎ、浄化するのだ。
必然、其れは人目につかぬところで行われるわけで、尚且つ人数の少ない陰陽部ではそれぞれが何箇所も廻らなくてはいけない。イコール。
なにをどうやっても、一般の皆様のように祭りなどのイベントを楽しむことはできなくなってしまうのである。そんな暇があったら次に行け、というわけだ。
「そっち! 行った」
「あー、はいはい」
そんなやる気のあるんだかないんだかよく分からない声を上げつつ仕事をこなす。
すでに時刻は夕方で、何時間も同じことの繰り返しをしていれば飽きるものである。慣れていたこともあって、気を抜きすぎたのか。
「……ちょっと!」
意識を逸らしたほんの刹那、まるで其れを待っていたかのように横を駆け抜けていく気配があった。
「今のは……」
「ねえ、今のって……何か違わない?」
浄化を終了した芦崎が眉を寄せながら近づいてきた。
「怨霊ってわけではなさそうだったけど……」
「やっぱり、そうよね」
稀に、怨霊以外のものが結界に引っかかっていることはある。今のも、そういったものだろう。
「って、人込みの方に行ったような気がするんだけど」
「あ」
怨霊に行かれる方が困るが、其れは普通の霊魂だろうと変わらない。寧ろ、人の悪意に当てられて悪霊化してしまう可能性だってある。
そのことに気付いた芦崎の言葉に顔を見合わせると、急いで後を追った。
誰そ彼の時刻が過ぎてあたりは暗く、橙色の提灯の明かりに包まれて一種の異界的空間ができる。
日常ではない空間と、お祭りという行事に浮き足立つ人々。
見慣れた道に、風景に、溶け込むように並ぶ出店。
いつもなら人気のない時間帯にごった返す人の群れ。
「いた?」
「いや」
そんな中から霊魂一つ、見つけ出すのは難しいものがある。
昔から、祭りには神が遊びに来るというが実際、人外のものが紛れ込んでいても探し出すのは難しい。
邪魔にならないように道の端に寄り、一息つく。
その横を、子供達が笑いながら走り抜けていった。
……今の気配はもしかして。
「さっきの子供! 追いかけるよ」
気付いたのだろう、返事をする前に駆け出していた。
……気の短い同僚である。
それにしても、あの魂は子供だったのか。
大方、彷徨っていたのを祭りの気配にでも引き寄せられたのだろう。
立ち止まっている芦崎を発見、近づく。
何処を見ているのかと目線を追えば、数人で出店を見てははしゃぎまわる子供達。
その中に、どうやって仲良くなったのだろうか其れは居た。
どうするのかと目線で問う。
「……騒ぎも起きてないみたいだし。悪霊化も心配いらなさそうだしいいんじゃない?」
肩をすくめて答えたその言葉に、ふっと笑いをこぼす。
……今日は祭り。
今日ぐらいは、騒ぎに紛れて誰も気付くことはないだろう。
遊びたい盛りだったに違いない子供に、今日ぐらいは。
きっと、あの子供は祭りが終わったあとには自分で居るべきところに帰るだろう。
どうやら大丈夫そうだと二人で判断すると、久しぶりの祭りを楽しむべく歩き出した。
成り行きだったとはいえ、それはつまり途中で仕事をほっぽり出したことになるわけで、次の日怒られたのはご愛嬌である。