【番外編】除霊日和
神などという殺しても死なないような超存在が平然と歩きまわっているこの世界。
では、幽霊といった類の存在が居るのかといわれれば。居ると答えられる。
といっても、本人そのものではなく魂の残りカスと記憶やら妄念やらが結び付き幽霊という存在になるのだ。
そもそも魂とは生き物を動かす為のエネルギーであり、魂だけで生物は存在が出来ない。魂と精神、そして肉体が合わさり生物となるのだ。
何故こんな書き出しをしたかというと――
「よくこんな所見つけて来たな。彷徨える霊魂だらけじゃねぇか」
「……確かに、なんか嫌な気配がするかも」
「安さにはそれなりの理由があるというわけだな」
アカシア一行。
クリアヒルズ滞在初日。激安宿屋への感想である。
じめじめとした部屋は向かいの建物の影となっており、昼間だというのに薄暗い。
しかも宿屋から出ていく人間は一様に真っ青な顔をしていた。
「とりあえずこいつら消すか」
「何が見えてるの?」
「首を絞めようと手を伸ばしまくってる奴だな。おいコラ触んな」
虚空をアカシアがデコピンするとパンッという音が鳴り響いた。“ナニカ”が消えたらしい。
首を絞めようとする“ナニカ”がいる空間。気持ち悪くなったシズリはアカシアへぴったりとくっつく。
「俺の周りにもいるのか?」
「お前は生命力が異様に強すぎて近づけてねぇな。奴ら、強すぎる生命力が相手だと逆に消えんだよ」
「兄さんって生命力も凄いんだ……」
だからこそ、怪奇現象などで精神攻撃をしかけ生命力が弱まる瞬間を待っているのである。
霊は確固たる意志を持っていない。ただこうしたら相手は弱るということを知っているからやっているだけなのだ。弱った相手を取り込むのだって習性だとしか言いようがない。
霊魂自体が基本的には弱いものなので、神たるアカシアに触れた瞬間には消滅するのだ。
「この部屋に死霊使いでもいたんじゃね? 霊魂が新たな霊魂を増やす仕組みになってんな、この宿屋」
「最悪すぎる」
安さに惹かれた宿泊客のうち、幾人かが犠牲となり。さらに新たな犠牲者が――という最悪な場所のようだ。
様々な偶然が重なり、ルーセントすら認知していないという曰く付き。安さと怖いものみたさなど、霊が居るのも承知で宿泊している猛者も居るぐらいだ。
「とりあえずお前らが歩きそうなとこは祓っとくか。まずはこの部屋だな」
手の甲を重ねる裏拍手を一回。
ふわりと澄んだ風が吹いた。アカシアの魔力だ。
短い音と同時に厭な気配が消えた。
「ま、こんなもんだ」
「神様ってほんとに神様だったんだ」
「オマエの神らしい姿が見られてよかった」
「これは褒められてんのか?」
褒めてる褒めてると兄妹は頷く。
真面目な顔をして、ふわりとたなびく銀糸の髪が美しかった。口を開けば気安さが前面に出てしまうだけで、文句なしに黙っていれば神秘的な美形なのである。
美醜に疎いクオンでさえも鑑賞したいと思うほどなのだ。
この兄妹はどうせ美醜を感じる情緒なんて皆無だろうな。とアカシアに思われているのでこの想いは悲しいかな伝わらない。
一応補足をすると、アカシアは自身が美しいものだと自覚がある。
なんせ古来よりずっと人間たちから『お星さまきれい』なんて言われてきたので。
きれいなお星さまがヒトの形をとれば、美しくなるのは当然なのだ。そう信じられているのだから。




