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008.抜き打ちの家宅捜索

 玄関を入ると、まず目につくのは真っ直ぐに伸びた廊下。天井は高く、ナチュラルウッド材の壁面は温かみがあって、広く開放的で落ち着く。廊下の左側に磨りガラスの嵌った小窓のついた扉がふたつ、右側には窓のない扉がふたつあり、突き当りの奥には大きな磨りガラスの嵌められた扉がついている。


「あっ、人呼ぶの久々だからスリッパないや⸺まあ、とりあえず上がって」


 真人(まこと)がそう言いながらさっさと先に靴を脱いで上がる。慌てて双子もそれに倣った。

 真人は廊下を進んで、突き当りの扉を開けた。「さ、どうぞ」と言われるままに双子が続くと、そこは広々としたリビングだった。真人が照明をつけると白い壁と天井、それに壁一面のTV台と一体化した黒い書棚が目に飛び込んできて、そのTVの前にリビングテーブルとソファが並んでいる。明るく開放的で、カーテンに遮られてはいるが窓も大きく採光性も良さそうだ。


「ねえ、お兄さん」

「ん?どうした蒼月?」


「ひとり暮らしって言ってましたよね」


 見上げてくる蒼月(さつき)のその表情で、もう何が言いたいかだいたい分かってしまった。


「あー、ワンルームだと思ってたのか。ここはうちの一家で住んでた家だよ」


 つまるところこの家は、真人と、父の(ひろし)と母の真理(まり)の家族で住んでいた家で、名義上は父のものである。もっとも父自身はふらふらと遊び歩くせいであまり帰ってきたことはなく、事実上は母とのふたり暮らしだったのだが。

 去年に母が亡くなってからは真人がそのままひとりで住んでいるが、ファミリータイプの分譲マンションで間取りは3LDKになる。ちなみに父はアメリカに渡ったあとイギリスからフランスへ移り、今はフランスで部屋を借りて生活している。


「部屋は3つあるから、片付ければふたりともひと部屋ずつ使えるよ」

「えっ、でもそれ⸺」

「父さんは部屋没収だな。ていうか父さんの部屋とか元々ないしな」


 夫婦の主寝室は母の部屋(・・・・)である。もう持ち主のいなくなった部屋はまだそのままだが、そろそろいい加減遺品整理をして区切りをつけなければならないと真人も思っていたので、双子が引っ越してくるのはちょうどいい区切りになるだろう。


「でも、とりあえず最初はふたりでひと部屋な。片方は俺の部屋でもう片方は物置になってるから、両方いっぺんには片付けられなくてさ」

「お姉ちゃんと一緒のお部屋?」

「とりあえずはね。蒼月と陽紅が中学に上がるまでには片付けるよ」

「やった!」


 陽紅(はるか)が喜んでいるのは姉と同部屋になることか、それとも個室を約束をされたからか、ちょっと分からない。



 とりあえず座って、と言われて双子がリビングのソファに腰を下ろすと、真人がキッチンからグラスをふたつとペットボトルのジュースを持ってきた。ペットボトルは帰る途中でコンビニに寄って、ふたりが飲みたいと言ったものを買ってきたものだ。


「じゃあ、ちょっと荷物まとめてくるからゆっくりしてて。TV見ててもいいから」


 TVのリモコンはこれ、エアコンのリモコンはこっち、と言いながら真人が必要なものを並べてゆく。


「あ、トイレは廊下の、小窓のある玄関側の扉ね。その向かいがふたりの部屋になる予定だから」

「見てもいい?」

「え、いいけど、今見てもイメージ湧かんと思うよ?」

「えー、見たい!」

「私も見たいです」


 見たいと言われれば仕方ない。物がごちゃごちゃ詰まってるから見てもあんまり楽しくないよ?と言いつつも、真人は案内してやった。

 扉を開けると、本当にただの物置だ。使わない箪笥や何やら物が詰まったダンボールの箱がいくつも置いてあり、カーテンは締め切られているし、床は見えているもののカーペットもソファも置いてなかった。

 ただ、奥の方の壁にクローゼットの扉が見えているので、元々は居室用の部屋なのだと分かる。


「あの、こっちじゃなくて」

「そう!違うよぉ!」


 えっ違うの?と双子を見たら、ふたりとも目が輝いている。

 いやいや待て待て。俺の部屋に何を期待してんだお前ら。


「えー、もしかして俺の部屋?」

「「そう!」」

「見てもなんも面白いもんないぞ?」


 それでなくとも成人の独身男性のひとり部屋だから、男臭いものしかないに決まっている。まさかこの子たちがそういうものに興味を示すとも思えないが……


「いや待て、ちょっと待ってろ、確認してくる」


 特に気にしてなかったけど、なんかヤバい(・・・)モノ(・・)とか出しっぱじゃないよな!?


「あっダメです!」

「それじゃ意味ないよ!」


 いや何の意味だよ!?


 真人はふたりを残してひとりで部屋へ入ろうとし、それを蒼月が腕を引いて、陽紅が腰に抱きついて阻止しようとする。子供とはいえ女の子の身体を押しのけるわけにもいかず、3人は押し合いしながらとなりの真人の部屋の前まで来てしまった。


「お姉ちゃん、そのまま引っ張ってて!」

「うん!」

「あっこら、陽紅!」


 一瞬の隙を突き、陽紅がドアノブに手をかけた。内側からしか鍵のかけられない居室用の扉は、子供の力でも簡単に開く。

 開けると同時に陽紅が部屋に飛び込み、ほぼ同じタイミングで蒼月も真人の手を放して駆け込んだ。あまりに息が合いすぎていて、真人だけが独り置いてけぼりを食らった。


「わあ……!」

「お兄ちゃんのお部屋……!」


 一瞬遅れて飛び込んだ真人の目に、部屋の中を見渡す双子の背が飛び込んできた。いやもう表情とか見なくても分かる。絶対目をキラキラさせてあちこち脳裏に焼き付けようとしてるだろお前ら。

 その背中に思わず釘付けになりそうになり、だが当初の目的を思い出して真人は慌てて室内を確認する。ベッドの上、布団がぐちゃぐちゃだけどヨシ。ベッドの周りヨシ。ベッドの下……は良くないけど見えてないからヨシ。サイドテーブル、ヨシ。書き物机に本棚もヨシ。クローゼット……あ、やべ、ちょっと開いてる。


 陽紅がそのクローゼットに近付こうとしたので、真人は大股にそれを追い越してその扉を閉めた。


「……何を隠してるの?」

「いや、何も?」

「いーや!お兄ちゃん隠したでしょう!」

「隠してないってば!そもそも何を探そうとしてんの!?」


「ベッドの下が気になりますね……」

「気にしないで蒼月!?」


 本当に何を暴こうとしてるんだ!?


「ほらほらもういいだろ見たんだから。あとはリビングでゆっくりしてなさい」

「「えー」」


 口を尖らせて渋る双子の肩を掴んで向きを変えさせ、そのまま背中を押して真人はふたりを部屋から追い出した。


「私たちも準備手伝い」

「いいから!」


 そうしてふたりを廊下に出して、真人は内鍵を閉めた。


「お兄ちゃんのケチー!いじわる!」

「ケチじゃない!人聞きの悪いこと言うな!」


 小学生女子には教育上よくない物も、この部屋にはあるの!







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