007.真人の家へ
真人は結局、この日は双子の自宅の客間に泊まった。盛大に泣いたふたりが⸺特に妹の陽紅が寂しがって、一緒に居て欲しいと駄々をこねたからだ。
まあ真人としても、母を亡くした少女たちの悲しみや寂しさはよく分かるし、そんな中でふたりっきりにされるのも辛いだろうと考えて応じることにしたわけだ。まだ余震も頻繁に揺れているし、真人が泊まってくれると知って姉の蒼月も心なしかホッとしている様子だったので、多分これで正解だったのだろう。
ちなみに着替えなどは当然持ってきていないので、近くのコンビニまで3人で行って下着と靴下だけ購入した。最近のコンビニは衣料品まで売っていて便利度が上がってるから助かる。
ついでに弁当も買って、夕食はそれを温めて3人で食べた。ふたりともコンビニ弁当は初めてだそうで、意外と美味しいねとふたりで笑い合っていた。元気が出たなら何よりだ。
翌朝、目を覚した真人は起きてきた双子と挨拶を交わして、朝ご飯をどうするのか聞いてみた。普段は母親が作ったものを食べているそうだが、最近はその母親が留守がちにしていたらしく、ふたりで冷蔵庫の中身を何とか工夫して食べていたらしい。
なるほど、ちょっと痩せてて元気がなさそうに見えたのは、ここ最近の食生活がまともじゃなかったからなのだろう。事実、冷蔵庫には食材がもうほぼ入っておらず、冷凍庫も冷食の使い残しがいくつか残っているだけだった。
パンも米もなかったので、再び3人でコンビニに行ってパンを買ってきた。ふたりともどうやら朝はパン派らしく、惣菜パンと菓子パンをいくつか選んできたので真人が支払ってやった。ついでに自分は弁当と、あと食パンと牛乳と、3人で飲めるように2リットルのペットボトルのジュースも買い込んだ。
「あの、ごめんなさい」
申し訳なさそうに蒼月が頭を下げる。真人に支払いをさせてしまったことを申し訳なく思っているのだろう。
「ん、いいよ気にすんな」
だが真人がそう言って頭を撫でると、彼女ははにかんだように微笑んだ。
「あーっ、お姉ちゃんだけずるい!はるかも!はるかも撫でて!」
「ず、ずるいって……」
「はいはい、ちゃんと撫でるから」
「えへへー、やったー!」
何とかふたりとも懐いてもらえたようで、ひと安心の真人である。
「そういや、お金はどうしてるの?」
「お母さんの通帳とカードを預かってて、必要なものはそれで買うようにって。でも無駄遣いはしちゃダメだって」
「ちょっと見せてもらっていい?」
「あ、はい」
コンビニからの帰り道、蒼月が大事そうに持ってきていたポシェットから取り出した通帳を受け取って、残高を確認してみる。6桁の貯金額が記入されていた。
なんだ結構持ってんじゃん、と思ったが、よくよく考えると10歳の双子を育てるお母さんの貯蓄額としてはかなり少ない方じゃないかと気付く。どんな仕事をしていたのかまでは分からないが、おそらくは毎日の生活もカツカツで、漣伯父の援助も得て何とか生活していた感じなのだろう。
部屋に戻り、3人で朝食を食べて一息つく。今日は日曜日だから双子も学校には行かないし、真人も当然そうだ。だがバイトの予定が入っていたので、真人は店長に電話して事情を説明し、しばらく休みを取らせてもらうことにした。
これから双子の身の回りを整理しなくてはならないから時間が必要になるし、しばらくは付きっきりで世話をする必要もある。当然、大学もしばらく休学するつもりだ。
だが今日は日曜日で、早急に手続きが必要な役所や警察、年金事務所などには行きたくても行けない。とはいえ時間は限られているし、一通り手続き関係を終わらせてしまうためには、しばらく真人が双子の家に泊まり込む必要性があるかも知れない。
となると、いったん帰って着替えや身の回り品など準備して持ってくる必要がありそうだ。
「……ねえ、君たち」
「なんですか?」
「なあに?」
「一度、俺ん家、来る?」
そう言った瞬間、蒼月も陽紅もビクリと震えた。あれ、やっぱ行きたくないんだろうか。そう真人が思った瞬間、蒼月が口を開いた。
「良いんですか?」
いや良いも何もそのうち越してきてもらうわけだし、昨夜の寂しがりようを考えればこの部屋にふたりを置いて自分だけ戻るのも嫌がるかも知れないな、と思って提案しただけなのだが。
「行きたい!」
なのに何故、蒼月だけでなく陽紅まで目を輝かせているのか。心なしかふたりとも鼻息まで荒くなって、フンス、と擬音でも聞こえてきそうだ。
「あっでも、まだなんにも片付けてないから⸺」
「うん、この家の片付けとか各種の手続きとかが終わるまで、俺がこっちに泊まり込んだ方がいいかなと思ってさ。だから一度帰って着替えとか生活用品を持って来ようかと思って、それで聞いてみたんだけど」
「だけど?」
「俺が帰ってる間、君たちだけここに残していくのもちょっと寂しがるかなあ、って思ってさ。それで一緒について来る?っていう提案だったんだけど」
「行く!」
「行きます!」
いや即答かよ。しかも食い気味か!
「でも、その前に」
そう言った蒼月の顔から表情がスンと抜けた。真顔になったらなったでやっぱり美少女で、小学生ながらドキッとさせられる。
自分には幼女趣味はなかったはずだが。でもそうか、TVで見る芸能人とかでも小中学生なのにちょっとドキッとするような可愛い子いるもんな。
「私の名前は蒼月で」
「わたしは陽紅なの!」
「「ちゃんと名前で呼んで!」」
「あっうん、ごめんなさい」
そっか。『君たち』なんて呼んだら確かにちょっと他人行儀だよな。これから家族になろうかっていうのに、そりゃちょっとダメだよなと反省させられる真人であった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
沖之島の双子の家から福博の真人の家まで、車で1時間から1時間半といったところだ。福博の中心部までは九州の大動脈である国道3号線での移動でほぼ事足りるから、移動もスムーズだ。
3号線は上下3車線の大きな通りで、交通量も昼夜問わず多い。その車たちの流れに乗って、双子を乗せた真人の車は軽快に進む。車窓から見える景色も、沖之島の付近では田畑越しに遠くの山々が見えていたが、福博市に近付くにつれ道沿いにはショッピングモールや団地、住宅街等が増えてきて、それらが入れ替わり現れては流れ去ってゆく。
その移り変わる街並みが珍しいのか、移動中、双子はずっと車窓から外を眺めてはあれは何?ここはどこ?と後部座席から質問攻めにして真人を苦笑させた。
真人のマンションは福博の中心部にほど近い、JR福博駅の裏手にあるマンションの六階だ。マンション脇のタワーパーキングに車を入れて、オートロックを解除してエントランスに入り、双子とエレベーターに乗る。彼女たちはエレベーターに乗るのもあまり経験したことがないようで、「わっ、なんか浮いた?」「分かんない、ちょっと気持ち悪い……」などと驚いていた。
「さ、着いたよ」
六階にいくつも並ぶドアのひとつにたどり着き、真人がポケットから鍵を取り出してドアを開けた。中は無人のようで薄暗く、だが靴を脱ぎながら真人が壁のスイッチを操作するとパッと廊下の明かりが灯る。
「どうぞ、入って」
「「お、お邪魔しまーす……」」
おそるおそる声掛けして、そうして双子は真人に続いて玄関の中に入った。