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006.ずっと我慢していた

「さて。じゃあそろそろお暇して帰ろうかと思ってるんだけど、どうかな?」


 リビングに自分と双子たちだけになったタイミングで、真人は彼女たちに向き直って話しかけた。


「帰るって、お兄さんの家にですか?」


 姉の蒼月(さつき)がそれに答えた。


「そう。俺、福博(ふくはく)市に住んでるんだよね。それとも、今日のところは自分の家に帰る?」


 最初は真っ直ぐ自分の家に帰るつもりだったが、そういえばこのふたりは荷物らしきものを持っていないと気付いた。となると最低限の着替えや身の回り品を準備するためにも、一度彼女たちの住んでいた家に戻った方がいいかも知れない。


「ていうか、君たちどこに住んでるの?」

「えっと、沖之島(おきのしま)市です」


 沖之島なら、真人の住んでいる福博市と九州の最北に位置する九北(きゅうほく)市のちょうど中間あたりに位置する海沿いの都市だ。福博都市圏と九北都市圏のどちらにも通勤に便利なベッドタウンとして、近年注目されつつある。

 それに犀川の本籍で県の東南部の内陸にある(みやこ)市からだと、福博よりも沖之島のほうがやや近い。


「あー、じゃあいったん君たちの住んでる家に帰ろうか。別にすぐに同居しないといけないわけでもないし、君たちもいきなり違う家に連れて行かれても困っちゃうだろうし」

「それは……そうですけど……」

「俺もさ、今日この話し合いに来てその場で君たちを引き取ることに決めちゃったから、正直何も準備できてないんだよね。近いうちに引っ越すにしても業者を頼んだりとか色々あるし、正式に引っ越す日時は改めて決めよう」


「あの」

「……どうかした?」

「引っ越しは、しないとダメですか」


 蒼月がおそるおそるといった感じで聞いてきた。母と住んでいた家を引き払って知らない家に引っ越さなければいけないと言われたことに、やはり抵抗があるのだろう。

 引っ越しとなれば当然、転校もしなくてはならない。住み慣れた場所も見知った土地も、学校の友達もみんな失ってしまうことに不安があるのだ。その気持ちは真人にもよく分かる。


「……そうだね。多分君たちの家はお母さんが借りてるか持ってるかだと思うんだけど、持ち家ならともかく賃貸だと未成年じゃ契約できないんだよね」

「…………」

「それにさ、俺もまだ大学生だから、俺が沖之島に引っ越すわけにもいかなくてさ。未成年の君たちだけで住まわせることも多分できないんだよね」


 正確には、親権者の同意があれば未成年だけで部屋を借りることは可能ではある。だが一般的には高校を出て大学生になってからひとり暮らしをするパターンがほとんどで、だからそういうケースがあるとしても高校生までだ。小学生だけで暮らすというのはおそらく認められないだろう。

 蒼月もそれは分かっているのだろう。俯いて黙ってしまった。


陽紅(はるか)は、お兄ちゃんのおうちに引っ越すの、大丈夫だよ」


 黙ってしまった蒼月に代わって、妹の陽紅が声を上げた。


「陽紅、引っ越してもいいの?」

「うん。知らない土地に行くのはちょっと嫌だし、学校の友達とお別れするのも嫌だけど、お姉ちゃんと……それにお兄ちゃんがいたら多分大丈夫、かな」


 そう言った陽紅に真っ直ぐに見つめられて、思わず内心でうっと仰け反る真人である。

 小学生だし、子供だし、ちょっと痩せててあまりいい生活をしてなかったようにも見えて、それまで真人はあまりまじまじと見つめることをしていなかったが、こうして間近で目を合わせて改めて見てしまうと、この双子は小学生とはいえかなりの美少女たちだと気付かされる。日本人離れした(あお)(あか)の瞳もそうだが、白っぽい髪はルームランプの光を反射して銀色にも見える。いわゆるシルバーブロンドってやつかと思い至って、そうして改めて見てみると数年後にはとんでもない美少女に化けていそうだ。

 あーこれは後々ストーカーとかに悩まされそうだな、と思わず苦笑してしまったのも無理からぬことだろう。


「なあに?わたし、何か変なこと言った?」


 そして微妙な笑みを浮かべた真人の表情の変化を目敏く見抜いて、陽紅がこてんと小首を傾げた。その仕草がまた可愛らしい。

 うわあこの歳でもう小悪魔の片鱗が。これは気を付けててやらないと、誘拐でもされたら目も当てられないや。



  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 結局この日真人は、双子を車に乗せて沖之島市の彼女たちの自宅へ送り届けた。住所は姉の蒼月が覚えていたから、スマホの地図アプリである程度目星をつけて、あとは彼女たちの案内に任せた。

 京市の犀川の本邸を辞去することは、巴と雅にだけ告げてきた。本来なら家長である嶺に一言挨拶しなければならなかったが、あれだけ派手に口論した後だけに気まずくて顔を合わせられなかった。相対する勇気が出なかった、ともいう。


「泊っていけばいいのに」

「そうよ。みんな泊まってくのに」

「そりゃ久連子家(叔母さんち)隈本(くまもと)だから日帰りは難しいし最初から泊まるつもりだったんだろうけど、俺は日帰りできるからね」


 雅と花純が名残惜しそうにしていたが、この家はそもそも嶺が相続した嶺の持ち物だ。口論した相手の家で一泊お世話になるのも真人としては気が引ける。それに、双子のこともある。

 さすがに無いとは思いたいが、いつまでも長居すると嶺や従兄弟たちが双子に辛く当たったりする可能性が無いでもない。

 ちなみに嶺の一家は九北市に家を買っていて、普段はそちらで暮らしている。本邸は普段は無人で、専属の管理人が夫婦で雇われていて本邸の離れに住んでいる。


 辞去を告げられた巴は、「そう」とだけ言って引き留めなかった。双子の扱いに関する話は終わったから、双子も真人ももはや居なくていい、とでも思っているのだろう。

 


 真人の愛車は年式落ちの軽自動車で、多少古くてハイブリッドでもない普通のガソリン車だが、スポーティなタイプでさほど無茶な使い方もしてないから元気によく走る。双子には後部座席に乗ってもらったが、ふたりとも初めて乗る車に興味津々の様子で落ち着かず、車に慣れたと思ったら見知らぬ景色に夢中になって騒がしかった。

 ともあれ、特に車酔いなどもしなかったからひと安心だ。


 1時間と少し走って車は沖之島市へ入り、やがて双子の家までたどり着いた。彼女たちの家は二階建ての賃貸アパートの二階だった。アパートとは言っても一棟あたりがファミリー向けに四世帯分しかなく、階段を挟んで左右対称の間取りが並んでいる、その左側だ。

 なお同じ造りの棟が敷地内にはいくつも並んでいて、一番館、二番館といったふうに番号が付いている。彼女たちが住んでいるのは三番館の201、間取りは3LDKだそうだ。それで家賃がどのくらいになるのか、真人には分からない。


「ここが私たちの家です。どうぞ」


 駐車場は部屋に一台分付いているというので、3201と番号の打たれたスペースに車を停めて、双子と階段を登る。ほぼ初対面に等しい間柄だったが、蒼月は部屋に上げてくれるようだ。これから引き取って一緒に暮らすことになるのだから遠慮するのもどうかと思って、真人も素直にお邪魔する。

 当たり前だが、中は特筆すべきこともない、母娘の暮らす普通の住宅だった。やや家具類が少なく見えるが、きれいに整頓されていて暮らしぶりは悪くなさそうだ。

 リビングのソファに勧められるままに座ると、蒼月がコーヒーを淹れてきた。受け取ると、蒼月が持ってきたトレーから自分の分の紅茶のカップを手に真人の右側に座る。陽紅のほうは蒼月からトレーごと紅茶のカップを受け取って真人の左側に座った。


 いやいやなんで両サイドに座るのかな君たちは。そう思ったがひとまずツッコまずにおいた。とりあえず忌避されてはなさそうなのでそれでいい。


 そのまま3人で、これからのことを話し合った。引っ越し業者への依頼やマンションの契約関係、それに転校の手続きなどは当然真人がやるが、双子には自分たちの荷物の整理と母親の遺品の仕分けをしてもらわなくてはならない。

 そう話したらふたりとも黙って俯いてしまった。


 そういえば、この子たち全然泣いてないよな。

 今さらながら、真人は双子がここまで涙を見せていないことに気付いた。おそらく今までは知らない大人たちに囲まれて気を張っていたのだろう。

 だがそれも住み慣れた安心できる我が家へ帰ってきて、それなのに母親がいないという事実を改めて突き付けられて、おそらくもう限界を迎えているようだ。そう理解して、真人は努めて優しく言葉をかけた。


「大変だったね」

「……うん」

「辛かったね」

「……うん」

「ふたりとも、よく頑張ったね」

「「…………。」」


 いたたまれなくなって、思わずふたりの頭を撫でた。蒼月はくしゃっと顔を歪めて、そのまま抱きついてきた。


「もう、我慢しなくていいよ」


 その一言が呼び水になったか、蒼月の蒼い瞳にみるみる涙が溜まり、そして溢れた。


「う……うう……うああ……!」

「ママぁ……!」


 反対側から陽紅も涙声で縋りついてきて、真人はふたりを抱きしめた。そうして頭を撫で、背中を優しく叩いてやって、声を上げて泣きじゃくるふたりが落ち着くまで、ずっと抱きしめていた。







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