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005.おばたちと従兄弟たち

「おばさん、さっきはありがとう」


 話し合いが一区切りついて、女性陣が遅い昼食の準備をしている合間を縫って、真人(まこと)は巴に頭を下げた。彼女の言葉が嶺伯父を黙らせたのだから、きちんと礼を言わななげればならないと考えたのだ。


「あら。いいのよ」


 ニコリともせずに巴は言った。


「わたくしはただ、あの人が偉そうに言うから腹が立っただけだもの」


 素っ気なくそう言う巴は、40代の半ばに差し掛かっているとも思えないほどの美人だ。

 背筋をスッと伸ばした、ふたりの子を産んだとも思えない細身の身体は、いまだに街を歩けばナンパされるんじゃないかと思えるほどに女性らしい魅力を備えている。化粧の賜物か、顔にもシワひとつ見当たらず、軽く香水でも振っているのか近寄るといい匂いがする。


「それよりも、この先どんな苦労が待っているか、具体的に考えて対策を練っておきなさいな」

「うん、それは⸺」

「分かっている、はナシよ。そんな一言で片付けないで、できるだけ具体的に詳しく思い浮かべるようにしなさい。でないと、トラブルが起きるたびに無策で右往左往することになるわよ」


「うっ。……はい」


 要するに、嶺の言ったことと同じことを巴も言っているのだ。それが分かるだけに、真人には反論のしようもない。


 その時、不意にカタカタカタと小刻みな振動を感じた。キッチンテーブルの上の皿や食器、食器棚のガラス扉なども小さく音を鳴らす。


「うわ、また地震?」

「多いわね」

「ホント、早く終わらないかなあ。これじゃ気の休まる暇もないよ」


 真人の独り言のような呟きに巴が同意を示し、それにやはりキッチンにいた従姉の花純(かすみ)も愚痴をこぼす。

 幸い、揺れはかすかなものだけですぐに収まり、被害なども見当たらなかった。


「だけどビックリしたわよ。まこちゃんが嶺伯父さんに逆らうだなんて。初めてじゃない?」


 花純はキッチンテーブルに皿を並べていた手を再び動かし始めつつ、そのまま真人たちの会話に加わってきた。久連子(くれこ)家に嫁に行った雅の娘でひとつ歳上の、今年21歳になる大学生だ。真人とは違う大学だから普段は会うことはないが、たまにこうして親族の集まりで会えばお姉さん風を吹かせてくるのが少し面映い。


「いやあ、つい勢いで……」

「まこちゃん、昔からちょっと考えなしのとこがあるもんね」

「う、うるさいな」

「でも、それで結果的にはうちで引き取らなくて良くなったのだから、わたくしはむしろ感謝していますけどね」


 なるほど、巴の本音もそこにあったのか。そう思った真人だが、さすがにそれを口に出すほど粗忽ではない。


「まあねえ。私も施設の入所費用を出せって言われた時にはどうしようかと思ったわあ。それがなくなってひと安心っていうか」


 そこへフライパンを振っていた雅まで参加してきた。見ると出来上がった野菜炒めごとフライパンを持ってきている。花純が並べた皿によそうために近付いてきて、それで会話が聞こえたといったところだろう。

 こちらは巴よりも少し若いが体型もややぽっちゃりしていて、いかにも“おばさん”の雰囲気になってきている。とはいえ性格が柔和なので、その人柄が表情にも体型にも仕草にも声音にも現れていて、嫌悪感は全くないが。


「だいたい嶺伯父さんはひとりで何でも決めて、私たちには上からああしろこうしろって命令してくるだけだもんね。それが反抗されて顔真っ赤にしちゃってさ。ちょっとスッキリしたわ〜」

「そうねえ。兄さんのあんな顔、なかなか見ることないものねえ」

「うぐ、なんか報復が怖くなってきた……」


 他人事みたいに、いや実際に他人事なのだが、単純に家長がやり込められたことを見て楽しんでいたらしい久連子家の親子に、今さらながらあの伯父(・・・・)に逆らったのだと思い返して青くなる真人である。


「あら。もう怖気づいたの?」


 そしてそれを目敏く巴に気付かれる。


「でも心配ないわよ。あのふたりをしっかり育て上げて結果を出せば、それであの人は何も言えなくなるのだから」


 いやそれが一番大変なのだが。具体的にイメージしろと言う割に、巴も具体的なことは何も言ってくれないのは、もしかしてわざと試されているのではなかろうか。


「はあ……。頑張ります」


 とはいえ、そうとしか返せない真人であった。



  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 その後、親族会議は亡くなった漣の遺産分与と不要財産の処分、今後の権利関係などを大まかに決めて夕方には解散となった。と言っても、真人は疎遠になってからの漣のことをほとんど知らなかったから、ただその場に同席していただけだったが。

 そもそも彼は父である(ひろし)の代理に過ぎない。そういう意味では、この場で決まったことを父親に伝える伝令の役しかすることがなかった。


 結局、真人は双子を引き取っただけで親族たちからはなんの援助も得られなかった。嶺はもちろんだが、浩介も手出しするつもりはなさそうだ。夫がそうだから雅も何も言い出さず、従兄弟たちも表向きは興味も示さなかった。

 ただ花純からは、双子の年代の女の子たちが何を考えていそうかのアドバイスを、自分の体験を踏まえて教えてもらえた程度だ。


 その代わりと言ってはなんだが、漣の遺産は法定分は双子にきちんと回ってきそうである。さすがに嶺も、法に反してまで嫌がらせをするつもりはなさそうだ。

 ただ、漣の認知があるかどうかは確認すると言われた。もしも認知がなければ、婚外子になる双子には相続権が発生しなくなるからそれは当然のことだった。



「しっかし、お前も物好きだよなあ」


 話し合いが終わり、大人たちがそれぞれ自分たちに宛てがわれた部屋に引っ込んだあと。リビングのソファで寛ぎながら、従兄の惣一がニヤニヤと笑いながら真人に向かってそう言った。


「俺ならそんな面倒事を自分から背負い込もうなんて思いもしねえけどな」

「だってしょうがないじゃん。可哀想だろ」

「それが余計だっつうんだよ。うちみたいに余裕があるんならまだしも、お前は自分のことだって満足にできてねえだろ」


 惣一は嶺が成功してから生まれた子であり、彼自身は小さな頃から何ひとつ不自由なく育ってきている。そのせいか、事実上片親だけで育ってきてその母親さえも失った真人に対して、イヤミとも憐憫ともつかない態度を取ることが多い。

 要するに実家の財力を鼻にかけてマウントを取って来ているだけなので、真人はなるべく気にしないよう、相手をしないことにしている。だが面倒事とか余計だとかまで言われたからには一言反論しなければならない。だってこの場にはその双子もいるのだから。

 そして案の定、惣一の言葉を受けて双子が不安そうにこちらを見ている。


 というか、惣一は双子もこの場にいることを分かっていながら敢えて発言しているのだ。そういう嫌らしさが真人は昔から好きになれない。


「それはそれ、これはこれだろ」


 真人としては、双子がせめて成人するまで何とかなればそれでいい、としか思っていない。つまりあと10年、彼女たちが20歳になるまで保護者の代わりができればそれでいい。だが親権者ではないので、法的に保護者として振る舞うために必要な手続きを調べなくてはならない。確か未成年を成年が後見する制度とかあったはずだ。


「ていうか、子供を育てることを“面倒”だとか言うなよな。今からそんなんじゃ、惣ちゃん結婚して自分の子ができても面倒になるんじゃねえの?」

「自分の子ならまた話が変わるだろ。そうじゃなくて俺は、わざわざ他人の子を育てる気が知れないと言ってるんだ。だいたいお前だってまだ学生で、本来なら親に世話される側なんだからな。⸺ま、別にお前が大学辞めて働くことになって困窮したって俺は困らねえけどよ」


 惣一はそう言ってニヤリと笑った。

 要するに彼は、双子を育てるつもりなら今すぐ大学を辞めて働くべきだと言っているのだ。確かに経済体力を考えればそうなのだろうが、そうすると高卒資格で働くことになって、将来的な収入は確実に目減りする。真人にだってその程度は分かっているから、そんな口車に安易に乗せられることはない。


「大学はちゃんと出るさ。それまで凌ぐ蓄えくらいならあるから心配いらないよ」


 真人がさほど動じた風もないことに惣一は眉を上げ、「ふん。せいぜい頑張るんだな」と言い捨ててリビングを出て行った。多分トイレにでも行って気持ちを落ち着かせるつもりなのだろう。


「まあ兄さんの言い方はアレだけどさ。やっぱり僕もマコ兄ちゃんはちょっとお人好しだと思うな」


 その後ろ姿を見送りながら、今度は従弟の礼二が口を開く。まだ高校二年生の礼二はこの中では双子に一番歳が近いが、彼自身が子供なので、あまり歳の変わらない真人が急に大人の(・・・)真似事(・・・)を始めたのを訝しく感じているのだろう。


「俺は漣伯父さんとは仲が良かったからさ。だから伯父さんの子供が施設に入れられるのは、やっぱりちょっと寂しいなって思ったんだ」

「ふうん。まあ僕は漣叔父さんはほとんど覚えてないから、そのあたりはよく分かんないや」


 それだけ言って、礼二も立ち上がってキッチンの方へ行ってしまった。おそらく飲み物でも取りに行ったのだろう。それで真人や双子の分まで持ってきてくれるなら可愛げがあるが、多分どうせきっと自分の分しか持ってこない。礼二はそういうやつだ。







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