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004.論争の決着

 その時、真人の身体にかすかな振動が伝わってきた。振動はすぐに大きくなり、立っているのにバランスが取りづらいほど大きな揺れになる。リビングテーブルの上に置いてあるいくつものコップがカタカタと音を立て、吊り下げ式の古風(レトロ)な照明が揺れる。


「うわ、また(・・)地震か!?」

「キャア!」

「しゃがめ!姿勢を低くしろ!」


 大きくなるかと思えた地震は、程なくして収まっていった。体感にして、10秒から15秒ほどだっただろうか。 


 つい先月、4月の中旬に、九州中部の隈本県(・・・)で立て続けに2度の震度7を観測した大きな地震があったばかりだ。地震は各地で甚大な被害をもたらし、隈本のシンボルとも言える江戸時代初期のお城の瓦が全て落ちたり、有名な神社の楼門が倒壊するなどした。そのショッキングな映像は報道に乗って全国に、そして全世界に発信された。

 前震は21時半、そして本震は翌々日の深夜1時半頃と、どちらも深夜帯の地震だったが、奇跡的に犠牲者は二桁に収まった。だがその後も毎日のように震度5強を含む大型の余震が頻発し、九州全域を不安と恐怖に陥れている。今起こったのもその余震のひとつだろう。


「……収まった、かな?」

「い、嫌だわ。ウチは大丈夫かしら?」

「分からん、帰ったら確かめんとな。場合によっては片付けが必要かも知れん」


 久連子(くれこ)の家は隈本にある。本当なら地震の後片付けなどで忙しいはずだし、そもそも高速も一般道も各地で寸断されているのだから、雅叔母さんも浩介さんも県境を越えて犀川の本邸までやってくるのは大変だったはずだ。それにも関わらず雅叔母さんの強い要望で、浩介さんは苦労して車を運転してあちこち遠回りしながら来たのだと言っていた。


「全く。忌々しい地震だ」


 吐き捨てるように嶺伯父が言った。


「あの地震だって、魔術師の(・・・・)仕業(・・)だと言われているそうじゃないか」


 世に何か事件があれば、必ずと言っていいほど「魔術師の仕業」だとする噂がネットを中心に囁かれる。現代のそれは信憑性のない、怪しいまとめサイトや陰謀論者の評論などで目にするだけだが、そんなものでも信じ込む人は一定数いるものだ。

 特に隈本の地震や、数年前に起こった東北の大震災ではそうした根拠なき言説が多く現れた。アメリカの核実験だとか、地震発生装置があるとか。伯父もそうしたものを信じる迷信深い性質(たち)だったのかも知れない。

 この伯父は幽霊なんて信じない、自分の見たものしか信じないようなリアリストだと思っていた真人だが、案外違っていたのかも。


「いや無いでしょ」

「あんたそんなの信じてるのか」

「東北の震災の時だって否定されてたじゃないの兄さん」


 だが真人をはじめ、この場には魔術師の陰謀など信じていない人が多数のようだ。どうやら自分に味方がいないようだと気がついて、嶺が居心地悪そうに身じろぎした。


「と、とにかくだ」


 気を取り直して嶺が、襟元を整え姿勢を正しながら言った。


「俺はこれでも、惣一と礼二(ふたりの子)を育て上げたからな。子育てどころか結婚さえまだの半人前のお前に侮られる筋合いなどない。そして半人前のお前は、大人(・・)()言うことを(・・・・・)黙って(・・・)聞いていればいい(・・・・・・・・)んだ」


「じゃあ伯父さんが育てろよ」


「……なに?」

「子育ての経験があるからってマウント取ってくるんならさ、経験あるやつが子育てすべきだろ?子育ての経験があって養えるだけの経済力だってあるのに、やりたくないって、この子たち引き取るの嫌だって駄々こねてるのは伯父さんの方じゃないか!」


 魔術師かどうかなんて関係ない。仮に魔術師であったとしても双子はまだ子供でしかなく、保護者の庇護を受け養われなければ生きていけないのだ。そして養う力がある、養った経験をことさらに誇るくせにその伯父は引き取り養うつもりがないという。

 その矛盾点を指摘されて嶺の顔がわずかに歪む。次いで、痛いところを突かれたとでも言うように、その目に怒りが浮かんだ。


「お前、黙って聞いていれば⸺!」


 嶺が肩を怒らせて真人に詰め寄る。その圧を跳ね返すように、真人も心を叱咤して言い返した。


「だから!子供を見捨てるような薄情者は黙ってろって言ってんだ!」

「なっ⸺!?」


「そうだな、真人くんの言うとおりだ」


 嶺の背後から、意外なことに浩介が援護射撃を始めた。


「部外者が、黙っていろ」

「当事者のくせに自分から部外者になったあんたに言われたくないな」

「なんだと、貴様⸺!」


「真人さんの言うとおりですわね」


 そして、さらに真人への援護射撃が加わった。

 誰かと思えば、それまで黙っていた巴である。


「巴、お前は黙っていなさい」

「あら、わたくしが喋ると何か不都合がありまして?」

「これは犀川(さいがわ)の⸺」

「あらあら。まさか当主(ご自身)の妻を犀川ではない(・・・・・・)とでも仰りたいのかしら?」


 うふふ、と笑みを浮かべながら巴が立ち上がる。その割に目が一切笑っていないことに気付いて、真人の背筋が凍った。


「それに貴方、ふたりの子を育て上げたと仰いましたわよね。でも不思議ねえ?わたくし、貴方が子育てしているところを見た憶えがない(・・・・・・・)のですけれどね?」


 いつだって仕事ばかりにかまけて、子育てはおろか家事のひとつもろくに手伝ったことありませんのに、どの口が仰ったのかしらねえ?と笑っていない笑顔で畳み掛けられて、嶺が言葉に詰まる。

 戦後の混乱期に資産の大半を失った犀川家は、嶺たちの子供の頃にかなり生活に困窮していた時期がある。それがトラウマレベルで心に刷り込まれている嶺は、何とか大学まで卒業したのち、苦心して事業を起こし、それを軌道に乗せ会社として組織し、それを大きく育てるために今日までがむしゃらに働いてきた。そんな日々の中、ついつい子育てや家のことは妻の巴に任せきりになっていたのは事実であったから、他ならぬその巴に言われてしまっては嶺としても言い返せなかった。


「…………じゃ、決まりってことで。

⸺と言いたいけど」


 黙ってしまった嶺を見て、どうやら論戦に勝てたらしいと判断した真人は、そう言ってソファに目を向けた。

 そこには、不安そうに大人たちの言い争いを見ていた双子の姿がある。


 真人はふたりに歩み寄り、その前に膝をついて目線を合わせた。


「ってことで、君たちさえ良かったら、ウチに来ないか?」


 そうして、彼女たちにそう問いかけた。


 ふたりのうち青い瞳のほう、先ほど「両親が結婚していなかった」と発言した姉の方が、かすかに目を見開いた。


「私たちが、決めていいんですか?」


 彼女はおそるおそるといったふうに、掠れた声で聞き返して来る。


「もちろん。君たちが嫌だって言うなら無理にとは言わないよ」


 引き取ると宣言して、伯父とあれだけ言い合ったものの、真人は彼女たちに無理強いをするつもりは毛頭なかった。自分の意志で何も決められない乳幼児ならともかく、この子たちは10歳くらいの小学生で、つまりはある程度自我が育っている。好き嫌いも希望もちゃんと持っていて、それを意思表示できる年齢なのだ。

 それなのに伯父たちは、子供だからと決定権を取り上げて、話も聞かずに自分たちの都合だけでモノみたいに扱おうとしたのだ。それが我慢ならなくて反抗したのに、自分まで彼女たちの意思を確認しないまま決めてしまう訳にはいかなかった。


「……お兄ちゃんは、わたしたちのこと、嫌じゃないの?」


 おそるおそるそう聞いてきたのは、赤い瞳の妹だった。


「うーん。嫌になるかどうか、今判断できるほど君たちのこと知らないんだよね。君たちだってそうじゃないか?」


「うん……知らない……」

「だけど、お兄さんは優しい人だと思います」


 素直に答える妹と、これもまた素直に、今見たままを答える姉。


「だから、私はお兄さんのところに行きたいです。陽紅(はるか)も、それでいいよね?」

「うん。お姉ちゃんが行くなら、はるかも行く」


 頷いて、自分を真っ直ぐ見つめてくるふたりに、真人は笑顔で答えた。それにさらに反対してくる者は、もう誰もいなかった。


「よし。じゃあ決まりだな。俺は真人、犀川(さいがわ) 真人(まこと)っていうんだ。よろしくな」

「私は、(あや) 蒼月(さつき)です。こっちは双子の妹の陽紅(はるか)です」

「よろしくね、お兄ちゃん」


「…………フン。勝手にしろ」


 不機嫌そうな嶺の言葉が決め手になった。

 こうして姉妹、蒼月と陽紅の双子は真人と同居することになったのだった。







7年前、つまり2016年ですが、熊本地震の頃は本当に大変でした。有感の余震だけでも発生後2年間で4000回以上に及び、震度4以上だけでも145回を数えました。被災地では眠れぬ不安な夜を過ごされた方も多くいらっしゃったことと思います。

現在では益城町の犠牲者に含まれていますが、作者の地元からも最初の前震で熊本入りされて(おそらく親族の救援に行かれたのでしょう)、本震で亡くなられた方がお一人いらっしゃいます。当時の報道では在住地も併せて報道されたので憶えています。

改めて、犠牲になられた方のご冥福をお祈り申し上げます。



作中の描写はその直後、2016年の5月上旬を念頭に書いています。まだ余震が頻繁に起こっていた時期でした。

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