040.それぞれの見ているもの
焚き火は有弥の指揮監督のもとで、主にみなみと陽紅が実働を担当して組み上げた。とは言っても最近のキャンプ場はどこも直火禁止のところが多く、そのため真人たちも専用のステンレス製の焚き火台を購入して持ってきている。テントに火の粉が飛ばないよう少し離れた位置でなるべく水平の地面を探して、組み立てて設置するだけなので女子にも簡単に組めるのだ。
焚き火台を組んだあと、やはり購入して準備しておいた薪を積み、その隙間に新聞紙を詰め込んで、ジェル状の着火剤をまとわせた新聞の束に長柄タイプの安全着火具で火をつけてから差し込めば、あっという間に中の新聞紙に燃え広がって、しばらく待てば薪も燃え始めた。
7月とはいえ標高の高い山間の、しかも渓流沿いなので空気もひんやりしていて、だから焚き火の炎があってもちっとも暑くない。
「ふー、やっと火がついた。もー、お姉ちゃん人使い荒すぎ!」
「何言ってんのよ、文化祭のキャンプファイヤーだって担当したんでしょうが生徒会長」
「あれは、ほら、下僕たちがさあ」
「うわみなみちゃん、それはドン引き」
もちろん言葉の綾というか、そういう言い回しをみなみが敢えて選んで言っているだけである。彼女は基本的に文武両道かつ品行方正、人当たりも良くて常に人の輪の中心にいたような女子なので、多少ひどい言い回しを使ったところで冗談で済まされてしまうことが多い。それにこの場に集まっているのはほぼ身内みたいな人たちなので、多少はジョークも許されるというもの。
ただ、真人は彼女の“身内”ではないわけで。
「……みなみちゃんて、高校ではどんな子だったんすか?」
「私が知るわけないじゃん。そもそも高校違うし」
有弥は福博市内の高校に通って福博市内の大学に進学したので、地元である沖之島市内の高校に通ったみなみとは、姉妹とはいえ高校に関しては接点がない。
「……先輩たちに聞く限りでは、きちんと猫を被ってたみたいですけど」
そしてみなみと同じ高校に通っているあかりのほうは、在籍が被らなかったために在校生としての彼女を直接見ていない。
「ちょ、あかりちゃん!?『猫被ってた』は酷くないかな!?」
「じゃあ『本性隠してた』の方がいい?」
「どっちも変わんないじゃん!」
一応、みなみの名誉のために言っておくが、彼女は立派に生徒会長を務め上げて大学への推薦も勝ち取った、教師陣からの覚えもめでたい生徒であった。ホントですよ?
「ホントですよ〜信じてくださいね〜真人センパーイ!」
「いやまだなんも言ってねえけど」
「ていうかなんでアンタが犀川くんを先輩呼びしてるのよ!?」
「えーだって私、バイトの後輩で大学でも後輩だもん!」
「クッ……!そういやそうだったわ……!」
そう、みなみの通う大学は、真人や有弥も通った福博市内の私立大学である。8歳差の姉とはもちろん5歳差の真人とも在籍が被っていないので、先輩後輩とか言われても微妙に実感は沸かないが。
「…………大学かぁ」
「どうしたの陽紅?」
炎の上がり始めた焚き火の前でわちゃわちゃやってる年上女子たちを見ながら陽紅がポツリと呟く。それを聞き取れたのは汗拭きのタオルを渡しに来た姉の蒼月だけだ。
「まだまだ全然先の話なんだけどさ」
「うん」
「なんか、いいなあって」
「分かる」
まだ中学二年生、14歳の双子はこの中でも当然最年少である。あかりは高校生、みなみが大学生で有弥はすでに社会人であり、彼女たちは全員、双子がまだ見たことのない未知の世界を歩んでいるのだ。
そこへの憧れが、先輩女子たちを見ているとムクムクと頭をもたげてくる。楽しそうだし、早く経験してみたいし、何よりそれは大人に近付くということ。それはすなわち、真人に追いつけるかも知れないことなのだ。
「わたしたちってさ、やっぱまだまだ子供なんだなあ、って」
「それは仕方ないよ。実際に子供なんだし」
早く大人になりたい。先輩のお姉さんたちの姿を見て、その目が見ているものを空想して、そう願わずにはいられない双子である。
さて、その双子が憧れている先輩女子たちはといえば。
みなみが小柄な従妹の首に腕を巻きつけていたりする。
(ちょっとあかりちゃんさあ!言葉選んでくれないと真人さんに悪く思われちゃうじゃん!)
(ほほう?ってことはみなみちゃんは真人さん狙いなんだ?)
(えっ?あ、ち、違うよ!?ほらバイト先で気まずくなるとアレだし!)
(そうだねえ、わざわざバイト辞めてまで変えたんだもんねえ)
(……な、何故知ってるし!?)
あかりの趣味、それは人間観察である。元より先天的な身体障碍者である彼女は人一倍他人から向けられるものに敏感で、誰が自分の味方で誰がそうでないか、見極めようと過ごしているうちに自然とそうなった。
彼女は左腕がない。そのせいで力作業はできないし、腕に力を込める必要のあること全般がそもそも出来ない。ペットボトルの蓋を開けるのも、スライドドアを開くのもひとりでは、というか片腕だけではできないのだ。そして日常的に起こり得るそうした要介助のシーンに行き当たるたび、彼女は誰が助けてくれて、誰が助けてくれないのかを見ているのだ。
それで行くと、車を降りる際にきちんとドアを開けてくれた真人は味方である。有弥もみなみも幼い頃からあかりの世話をしてくれているので味方だ。まあさっきみたいに時々忘れられるけれど。
(私が知らないとでも思った?甘いよみなみちゃん)
意外とうっかり屋のみなみも、そんな妹に意識を向けがちで自分のことを見ていないことがある有弥も、あかりにとっては観察対象である。そんな従姉妹たちが真人という存在を気にかけていることくらい、先刻お見通しである。っていうか普段からよく話題に出すじゃんふたりとも。
そしてそんなあかりは自分の推測に頼るばかりではなく、完璧を期すために複数の情報源を持っている。例えば二学年上の先輩、つまりみなみの1年後輩に当たるみなみの親友とも密かに繋がりを持っているし、有弥と真人に関して言えば、ふたりを直接知る人物とSNSを通じて繋がっていたりする。
(ふふふ……人間観察は我がライフワーク!そんな我に隠し事など無駄と知れぃ!)
(あかりちゃん……なんて怖ろしい子!)
(あの様子だと……いつもの自分たちの世界が展開されてるわね……)
そしてそんなふたりは、自分たちもまた歳上女子に観察されていることに気付かないもんである。そして真人にも。
だって有弥や真人にしてみれば、それはかつて自分が通ってきた道なのだ。だから大人な彼らにとっては、歳下の子たちが何を考えているのかなどだいたいお見通しである。
(ま、仲良さそうだし、いいんじゃないっすか?)
(……そうね。あのふたりは昔から仲良しなのよね)
有弥とみなみは8歳差、有弥とあかりに至っては11歳の年齢差がある。一方でみなみとあかりの歳の差は3歳でしかなく、そのため有弥は子供の頃から歳の離れたふたりの面倒を見てきた、見させられてきた、いわば保護者である。
そう、彼女は双子の面倒を見ている真人と同じなのだ。
「……お互い、苦労するっすね」
「今に始まった事じゃないけどね」
「あーっ!お姉ちゃんが真人センパイと仲良くしてるぅ!」
「えっ、兄さんと有弥お姉さんは仲良しですよ?」
「そうそう!わたしたちが10歳の頃からずっと一緒に面倒見てくれてるもん!」
「「ねー」」
「……いや、何でそこでショック受けた顔してるのさみなみちゃん?」
「……い、いや……あはは〜」
そういやふたりは大学の在学も1年被ってたし、そもそも自分が真人の存在を知ったのも姉経由だった。今さらそんな根本的事実を再確認してしまったみなみである。
(う〜ん、これはガチでハーレムっぽくなってきた。観察しがいがありますなあ)
そしてそんな彼と彼女たちを見て、仏頂面のその下で人知れずニマニマしているあかりであった。




