037.それぞれの絶妙な勘違い
更新止まって申し訳ありませんでした。
頑張って少しずつ再開します。
とりあえず、中学生編は早めに終わらせる予定です。
「「ただいまー」」
「………………ああ、おかえり」
夜7時過ぎ、部活を終えて帰宅した双子を真人が玄関まで出迎えた。
「…………兄さん?」
「ん、どうした蒼月?」
「なんだか、すっごく疲れてませんか?」
「…………ああ、うん、いや大丈夫」
「大丈夫な顔色じゃないよ!?」
「大丈夫だって陽紅」
そう言ってへらりと笑う真人の顔は見るからにげんなりしていて、むしろゲッソリと表現した方が正しいかも知れないほどのやつれようである。
「ていうか今日はお仕事の日ですよね?」
「あー、うん。それはちょっと休んだっていうか」
むしろ仕事なんてできる精神状態ではなかった。上の空で包丁なんて恐ろしくて使えるもんじゃないと、かろうじて働いた頭で真人はバイト先の居酒屋に連絡を入れたものだ。
店長からは今度こそ救急車呼ぼうと大騒ぎされたが、一晩寝れば大丈夫だからと無理やり押し切った。ていうかなんか前にもあったなこんなやり取り、などと思いながら。
ちなみに宙はあのあと、逃げるようにそそくさと出て行った。「どうせ帰ってきたんなら一泊ぐらいしてけよ」と一応言ったが、「いやいや僕ホテル取ってるからさ。急に帰ってきて君たちの邪魔になってもいけないし」などと四の五の言いながら風のように立ち去った。
あれは絶対に双子と会いたくなかったからだと、真人はそう確信している。ということは、やはり。
「じゃあやっぱ大丈夫じゃないじゃん!」
陽紅が驚愕を顔に張り付けて靴を脱ぐ。そのまま真人に駆け寄ってその腕を取り、「立ってたらダメだよ!リビング行って座ろ?ね?」と言うが早いか、返事も聞かずに真人をリビングに引っ張って行く。蒼月も靴を脱ぎ、自分の分と脱ぎ散らかした陽紅の靴まで揃えて並べてからその後に続いた。
「……で?何があったのお兄ちゃん」
「何もないってば」
「そんなはずありません。兄さんが何か苦しんでたり困ってたりするんなら、私たちだって心配するんですから、ちゃんと話して下さい」
そんなことを言われても、ふたりと自分とが『本当は父親が同じの実の兄妹』かも知れないなんて、今さら言えるわけがない。
…………ん?
いや待てよ?
それって別に、何も問題ないのでは?
そうと気付いてからは、真人の頭は今までの悩みが嘘のように回り始める。
今までだって事実上の兄妹として暮らしてきたのだし、この子たちを妹のように思ってたのは本当なわけで、それに実態が伴ったところで何の問題があるというのだろうか。
そう、そうだよな!従兄妹だったのが兄妹になったからといって、別に今までと何も変わらないじゃないか!
突然何かに気付いた顔をして、それから急に考え込み、そして何やら憑き物が落ちたようにスッキリとした真人の顔を見て、双子ともに怪訝な表情を浮かべた。陽紅などちょっと眉を寄せて「お兄ちゃんがなんかヘンなこと考えてる気がする」とか言い出してるが、真人は気付かない。
「いや、うん、そうだよな。大丈夫、問題は解決した」
「ですから、ひとりで勝手に解決した気になられても困ります。私たち置いてけぼりじゃないですか」
「大丈夫だって蒼月。今までと何も変わらないんだから」
「で?結局何にそんな悩んでたの?教えてくれたっていいじゃない!」
そう陽紅に言われてちょっと真人は考え込んだ。
このふたりは自分たちの父親を漣伯父だと思っている。それが宙だったとしたらどう思うだろうか。ふたりは元から自分のことを兄と慕って懐いてくれているから、関係性に変わりはないだろう。だが従兄妹の距離感と、異母兄妹の距離感とではまた微妙に異なるはずだ。
⸺うん、そうだな。正直に話してしまっては今までの距離感が壊れるかも知れないし、下手に波風立てることもないだろう。今までの関係性は自分にも心地よかったし、ふたりからも気まずさや居心地の悪さなどは感じたことはない。強いて言えば裸を見ちゃったあの前後くらいか。
ていうかよく考えてみたら、宙ははっきり肯定したわけではない。宙とふたりの母シルヴィが漣伯父よりも先に知り合っていて、今の自分と双子みたいな生活を一時期してたからって、何も肉体関係になっていたと断定するにはまだ早いじゃないか。ていうか自分の親が、10歳も歳下の女の子に手を出すような奴だなんて思いたくない。
そう。疑わしいなだけで、まだ確定したわけじゃない。だったら確かなことが言えるようになるまで棚上げするのが最上だろう。
「いや実はさあ」
こういう時、微妙に事実を織り交ぜると嘘は格段に信憑性を増す。
「今日の午前中、いきなりウチの父さんが帰ってきちゃってさ」
「えっ?……父さんって、もしかして宙……叔父さん?」
蒼月が言い淀んだのは、宙を叔父さんと呼び慣れていないせいだろう。というか今までだって彼女たちが宙の名を口にしたことはほぼ無かったし、真人も敢えて話題にしたりしなかったから、呼び慣れないのも当然だろう。
「うん。帰るって連絡も無かったし急に来られても困っちゃってさ。我が親ながら何考えてるかサッパリ分かんなくて」
「…………あー、それで色々悩んでたわけ?」
「そう、そうなんだよ。泊まるのかと思ったらホテル取ってるとか言ってさっさと帰っちゃうし」
「そういうことだったんですか……」
「もー、どんな大問題が起こったのかと思っちゃったじゃん。なんか心配して損したぁ」
真人の思惑通り、双子は信じたようだ。騙すような形になってちょっと申し訳ないなと思いつつも、ひとまずは無事に切り抜けられたようで内心安堵した真人である。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「…………宙、さんがうちに来たって」
「…………今頃、何しに来たのかなあの人」
「分かんないけど、多分……」
「…………本家の、意向とか?」
「多分、私たちの正体がバレてないか、確かめに来たんじゃないかしら……」
「あー、あり得るかも」
そこまで小声で話して、蒼月と陽紅は顔を見合わせた。
今ふたりが居るのは彼女たちの自室。真人はあれからやたらスッキリした顔でずっと上機嫌で、さっきまで風呂から呑気な鼻歌が廊下まで聞こえていた。
まあ今は双子が部屋に閉じこもったので聞こえていないが。
「ていうかさ、そもそも正体バレさせたくないんならふたりっきりにさせちゃダメって話よね?」
「まあそうよね。いくら急なことだったとは言っても、ふたり揃ってフランスに行くことないのにね」
「挙げ句にそのまま墜落して……」
「ねえ陽紅」
「なあに、お姉ちゃん」
「お母さんたち、死んだと思う?」
「…………え、今さらそれ聞く?」
「…………まあ、そうよね」
シルヴィは娘の自分たちから見ても腕の良い魔術師だった。その彼女がそんなに簡単に死ぬとは思えない。
だが、時には魔術師であることを隠すために、敢えてなんの力も使わずにそのまま普通の人として死ぬこともある。
だから、現段階では何とも言えない。宙と直接会えていれば、何かしらのメッセージくらいもらえたかも知れないが、会わずに逃げたということは真人に察知されそうになったのかも知れない。
「まあ兄さんの態度からはバレてなさそうなんだけど……」
「でもなんか、あれはあれで別の勘違いしてそうな気がする〜」
「…………」
「…………」
「「……まあ、しばらくはまだ様子見かなあ」」
双子は再び顔を見合わせて、どちらからともなくため息をついた。
いつか真人に本当の事を言える日が来るのか。来て欲しい、そして受け入れて欲しいが、自分たちだけでは勝手な判断ができない。
「とりあえず、[遮界]解除しとこ」
「そうね。この話はひとまず終わりにしましょう」
そうして双子は、現状維持のまま今までの生活を続ける決断をしたのだった。
魔術師の設定はあまり反映させないとか言っといて、ガッツリ入り込んで来てる気がする……(爆)。




