035.呼んでないのに来るんじゃない!
「じゃあ行ってきます、兄さん」
「行ってきまーす!」
「はい、行ってらっしゃい。蒼月も陽紅も、気をつけてな」
「「はーい!」」
梅雨明けに近付いた7月初旬のある日。今日も元気に家を出る制服姿の双子を、真人は送り出す。日付が変わって仕事から帰ってきて、風呂と飯を済ませて眠りにつくのは毎晩深夜3時頃だが、朝こうして双子を送り出すために7時前には必ず起きてくる。
別に義務感からではない。双子の可愛い制服姿を朝から眺めて至福に浸りたいだけである。
気持ち悪い?仕方ないじゃないか。だって可愛いんだもん。
双子が登校してしまえば、やることはもう何もない。だから大抵はもう一度寝直すか、自分の洗濯を済ませてしまうか、TVを見ながら新聞を広げて寛いだあとに食材や日用品の補充に買い出しに出るか、まあそんなとこだ。
もちろん時には授業参観やPTAの集まりなど学校行事に参加する事もあるだろうが、とりあえず今の所はそんな用事もほとんどない。住んでいるマンションの自治会の寄り合いなんかもなくはないが、それは真人の母真理が亡くなってから1、2回あったかどうかなので、基本的には計算に入っていない。
この日の真人は双子を送り出したあと、寛ぎモードだった。キッチンでコーヒーを淹れてリビングのソファに腰を下ろし、TVをつける。まだ8時前なので朝の情報番組くらいしかやっていないが、女性キャスター主体の人気番組がまだやってる時間帯だ。
TVをつけっぱなしにしてコーヒーを飲みつつ新聞を読んで、折り込みチラシを確認してご近所のスーパーの安売り情報を拾う。特売の品をチェックして、何曜日に何を買うかメモしていく。
主婦みたいだが実際に主夫だ。だって可愛い双子を育てなければならないのだから。もう見た目にはほぼ大人と変わらないとはいえ、あの子たちはまだ13歳の少女たちなのだから、衣食住は真人が保証してやらなければならない。
不意に、玄関の方で物音がして真人は顔を上げた。耳を澄ませば、どうも玄関の鍵を開けている音のようだ。時計に目をやると朝の9時を回ったところだから、双子が忘れ物を取りに帰ってきたにしては遅い。
俺とあの子たち以外にウチの鍵持ってる奴とかいないよな?有弥先輩には鍵渡してないし。となると、誰だ?
そっとリビングから廊下への扉を開けて玄関の様子を窺う。ガチャガチャやっているが開かないところを見ると、違う鍵を挿し込んで開けようとしているらしい。もしかしてお隣さんが家間違えた?いやでもそんな事今までだって一度もなかったぞ?じゃあ上階か下階の住人がフロア間違えた?
とりあえず、諦める様子がないので仕方なく応対することにした。玄関まで行こうとしたところで、ピンポーンとインターホンの音が鳴る。モニターを覗き込んでみて、真人は驚きに絶句した。映り込んでいた男の顔に見覚えがあったからだ。
「…………何やってんだよ、父さん」
『マコくん、いつ鍵変えたの?父さんを締め出すなんて、酷いことするなあ!』
受話器越しに聞こえてきた、のんびりした声も間違えようがない。そこに映っていたのは、フランスから帰ってこないはずの父、宙だった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「………………で?今頃何しに帰ってきたの?」
リビングのソファに深く腰を下ろして、真人は向かいに座る父親にそう言った。半目で非難がましい目つきになるのは勘弁して欲しい。何しろ宙が帰ってきたのは実に5年ぶりなのだ。
真人の高校の卒業式にも、大学の入学式にも、母の入院と死去と葬儀にも帰ってこなかった父である。本当に今さら何しに戻ってきたのか。
久しぶりに見た父は、以前にはなかったはずの白髪がちらほらと見えている。顔のシワも増えていて、年齢と歳月を実感させた。
だがその割に性格や言動は昔のままで、それがまたイラッとする。昔っからこの人は、悩みも苦労も何も知らずに生きてきたみたいにのほほんとしているのだ。
「そこは、生き別れの父親との感動の再会を喜ぶとこなんじゃないのかなあ?」
いや生き別れてねえし。ていうかそっちが勝手に出てって帰ってこなかっただけじゃん!
「いいから、まずは母さんに手を合わせてごめんなさいしとけよ」
「あー、真理ちゃんね。⸺おお、立派な仏壇用意してもらってるじゃん。良かったねえ真理ちゃん」
いや他人事か!
宙はリビングの一角、食器棚の脇に据えてある黒塗りの仏壇の前まで行って、きちんと正座して仏壇に、その中の母の位牌に向かって手を合わせて。
拝むかと思いきや朗らかな声で「ただいま!」とか宣うあたり、本当にこの父は何も変わってない。
仏壇は火事防止のために普段はロウソクを立てておらず、真人は父のためにわざわざロウソクを点けてやらなかったので、宙も線香を上げなかった。お鈴のほうはチーンチーンと2回鳴らしていたが。
「俺は『ごめんなさいしろ』って言ったよね?」
にこやかにソファの元の席に戻ってきた父に向ける真人の目が、ますます非難の色を濃くする。父親でなければ、もう今にも叩き出しそうな剣呑な雰囲気も帯びつつある。
「マコくんが怒るのも分からなくはないけどさあ。僕が家を出てったのは真理ちゃんも了承してのことだから、別に真理ちゃんに謝る必要ないんだよね」
「そうだったとしても、末期の水も取ってやらないなんて薄情に過ぎるだろ!1日あれば帰ってこれるのに、なんで戻って来なかったんだよ!」
「だって僕向こうで仕事あったし。それに真理ちゃんが帰ってくんなって言ったんだよ?」
「…………は?」
父が家を出てからも母と連絡を取っていたなんて、今さら初めて知った真人である。いやまあ真人自身も父の連絡先やアドレスくらい知っているし、母だってそれは当然押さえていただろうけど。
母は生前、出て行った父にすっかり愛想も興味も失くしたようで、話題にすることもほとんどなかったのに。でもそう言えば、この父がアメリカからイギリスに渡ったのも、さらにフランスに移ったのも母から聞いたのだったと真人は思い出した。ていうか父は家に金を入れてたわけだし、権利関係や世帯主が絡む法律関係などは父しか触れなかったはずで、そういう意味では連絡をマメに取り合っていなければむしろおかしいのだと、今さらながらに気付いた。
「で、どうなの?君引き取ったんでしょ?」
「…………え?」
そしてその動揺が収まらないうちに、父はさらなる爆弾を放り投げてきた。
「え?じゃなくてね。マコくんが引き取ったんでしょ?シルヴィの子供たち」
「え、なんで……知って……」
「そりゃあ知ってるよ〜!シルヴィとはあの子が学生時代からの長い付き合いだしね!」
「はあ!?」
「僕と漣兄さんとシルヴィの3人で暮らしてたこともあったんだよ?そこに真理ちゃんも加わって、しばらく4人で生活してたっけ。懐かしいなあ」
「はあああああああああああ!?!?」
父が双子の母のシルヴィと知り合いだったなんて初めて知った。それどころか母まで知っていたなんて。
「…………え、それ、いつの話!?」
「んー、君が生まれるちょっと前くらい?」
それは確かに真人に分かるわけがない。というか前世紀末じゃん!
今年23歳の真人が生まれる前、つまり2019年から約25年ほど前と計算すれば1994年当時の宙は23歳、シルヴィは13歳である。そして漣が25歳、母の真理が22歳だった計算になる。
「ていうかそれ……!」
そう。宙とシルヴィがちょうど今の真人と双子と同じ関係性になるのだ。
「いやあ、奇遇だよねえ。どっちも同じ10歳差だなんてねえ」
「いや笑うとこじゃねえからな!?」
急展開を迎えたところでアレですが、ストック尽きたので今後は不定期更新になりますごめんなさいm(_ _)m
頑張って書きますが、更新がなかったらそういうことだと察して頂ければありがたいなと。
(作者失格の問題発言)
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(浅ましいクレクレ発言)




