030.プレゼント選び(昨日ぶり2度目)
昼食を終え、真人は蒼月とともに先ほどフロアマップで見た雑貨小物のショップが並んでいるエリアまでやって来た。
ちなみに蒼月は相変わらず真人の左腕に抱きついている。さすがに歩いているのでしなだれかかったりはしてないが。
真人は真人で、気恥ずかしいもののそこまで嫌なわけでもない。時々腕に触れる、彼女の控えめな胸の感触にはいちいちドキドキさせられるが。
真人は左腕に抱きつく蒼月の様子をそっと伺う。出会った頃の10歳の彼女はまだまだ小柄で、並んで立っても真人の脇の下に頭が来るほど小さかった。だが今、中学一年生に上がった彼女の頭は真人の肩のあたりにある。今度の誕生日で、彼女は13歳になる。
子供の成長って早いもんだなあ、と感嘆せざるを得ない。一緒に暮らし始めてもうすぐ丸3年になるが、蒼月も陽紅も最初の頃からは見違えるほど背が伸びて、見て分かるほどに女性的な身体つきになって、日に日に魅力を増してゆく。
そのうちに彼女たちにとって、自分が邪魔になるのは間違いないだろう。そうなった時にこの子たちがきちんと巣立てるよう、いつでも子離れできるように心構えだけはしておかないとな。
通路に沿って小さめのテナントがいくつも並んでいて、どの店でも中高生と思しき女の子たちが楽しそうに商品を選んでいる。そういう意味で蒼月のチョイスは正しいと言えそうだ。まあそんな店の中に真人が入れるかと言えば多分無理だが。でもきっと蒼月は一緒に入りたがるだろう。
歩きながらチラ見した限りでは見たこともないユニークな商品がたくさん並んでいて、最近の女子の好みはよく分からん。でもそういえば自分が小中学生の頃は“キモカワイイ”とか流行ってたなと思い返す。
「蒼月は何買ってってあげるつもりなんだ?」
「そうですね、“モンスターポーチ”とかいい感じですね」
「…………なんだそりゃ」
「あっ、あれですあれ」
そう言った蒼月に手を引かれて入ったテナントの店先には、色とりどりのやや小ぶりなポーチが。
あーなるほど、ファスナーを口と歯に見立てて目玉くっつけて、それで“モンスター”なわけだ。
ただモンスターと言う割にはどこかコミカルで愛嬌があって、女子ウケするのも分かる気がする。見た目より容量もありそうだし、何より色のバリエーションが豊富で友達と被らなそうなのも良さげである。
「……ん?これもしかして、ファスナーがぐるっと繋がってる?」
「そうなんです。全部開いたら一本の紐みたいになっちゃいます」
「……そうなんだ」
モンスターポーチのファスナーはただの開け口ではない。全体をぐるりとファスナーだけで覆われていて、その全てが開くのだ。
「ほら、こんなふうに」
蒼月が商品をひとつ手に取って、ファスナーを開いてゆく。そうするとどんどん開かれていって、最後には本当に両側にファスナーの歯のついた一本の細長い布になってしまった。
「マジか。すげえ」
これなら何も入れてない時は全部解いてバッグやポケットにも突っ込んでおけるし、結構な長さがあるから本当に紐代わりに使うこともできそうだ。なるほどこれは便利かも。
しかも真人自身も触ってみて分かったが、ファスナーのクオリティが良くて引っかかりが全くない。オシャレでユーモラスで機能性も高いとなれば、人気になるのも頷けた。
「ただ、ひとつ問題があってですね」
「えっ問題?」
「はい。陽紅が持ってないのがどれか分からないんです」
えっ陽紅、まさかこれコレクションしてんの?
「うーん、被っちゃうとちょっと嬉しさ半減だよなあ」
「そうなんです。でもまさか事前に確認するわけにもいかなくて」
「ていうか、陽紅そんなにたくさん持ってるの?」
「私が見たことあるだけでも5種類くらいはありましたね。私も3つ持ってますし。⸺あ、これ新作だ」
そう言って蒼月が手に取ったのは、半透明のクリアーなタイプだった。
「あの子へのプレゼント、これにしよう」
蒼月の声がやや弾んでいるのは、これを見た陽紅が喜ぶ様子が目に浮かんだからだろう。
「蒼月はこの中で、どれを持ってるの?」
そんな彼女を微笑ましく見ていた真人は、つい気になって聞いてみた。
「私の持ってるのは……ないですね」
「え、そうなの?」
「はい。何十種類もあるから、基本的に被らないです。それにどんどん新しいのが出ますから」
「なるほどねえ」
そう言って思案顔になった真人を、蒼月が見上げる。
「じゃあさ、蒼月がこの中からひとつ選ぶならどれにする?」
「そうですね……」
そう言われた蒼月はしばらく棚に並んだポーチを眺めていたが、やがてひとつを手に取った。
「私はこれが好きかな」
それは虹色のポーチだった。カラフルでよく目立つが、普段はややシックな色合いを好む蒼月にしてはちょっと派手かも知れない。
「あんまり蒼月が選ばなそうなやつだな」
「だからです。ちょっとイメチェンというか」
なるほど、普段の趣味とは異なるものを敢えて選ぶというのも、意外性や遊び心という意味でアリなのだろう。
「なるほどね」
真人は笑って、蒼月の手からそれを取り上げた。
「じゃあ、これは俺が蒼月に買ってあげるよ」
「えっ、いいんですか!?」
突然の申し出に蒼月が目を瞠る。次いで頬がみるみる染まり、花開くような満面の笑みになった。それだけでなく胸の前で手を組み合わせて、伸び上がるように真人の顔を見上げてくる。なんならちょっと飛び跳ねたかも知れない。
その様子があまりに可憐で魅力的で、思わず真人は目を逸らしてしまう。しまった安易に買ってあげるとか言うんじゃなかった!
「嬉しいです!ありがとう兄さん!」
だがもうこんなに全身で喜ばれてしまったら買わないわけにはいかない。もしも蒼月の選んだポーチが陽紅の気に入るものでなかったら代わりにこっちをあげたらいい、とか言うつもりだったのに、そんなことももはや言い出せる雰囲気ではなくなってしまった。
結局真人は、少し離れた場所にやってきてふたりの様子を微笑ましく眺めていた店員さんに「これ下さい」と告げて、蒼月と一緒にそれぞれポーチを購入した。もちろん蒼月が購入した分は誕生日プレゼントなのでラッピングもしてもらう。
その際、「いいですね、こちらも彼女さんへのプレゼントですか?」「いえ従妹です」「あらそうなんですか。でもすっごく仲が良さそうですね!」「ええまあ……」「はい!とっても仲良しです!」なんていう会話があったりしたのだが、まあそこはそれ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
その後もふたりは店先を色々物色して回った。
「兄さんは、どんなものをプレゼントしてあげるんですか?」
「うーん、そうだな……」
黙考することしばし。やがて真人は閃いたように口を開いた。
「陽紅ってさ、バスケ部にしたんだったよな?」
「はい。あの子元々活動的ですし、身体を動かしたいと言ってましたから」
「だったらさ、部活で使う用のスポーツタオルとかいいんじゃないかなと思ってさ」
「あっ、いいですね!陽紅喜びそう!」
「よし、じゃあ……」
そう言って目線を上げた真人が見たのはスポーツ用品店。
「あそこ行ってみよう」
「はい!」
そうして真人は大きめのスポーツタオルの3枚セットのものを2セット購入した。スポーツ用品店だけあって意外と値が張ったが、モノは良さそうだし長く使えることだろう。それにこれだけ枚数があれば、洗い替えとしても足りるはずだ。
ただ、誕生日プレゼントとしてはちょっと違和感を持たれそうな気もしたので、店員には従妹の入部祝いということにしてラッピングしてもらった。




