028.今度は蒼月と
「こんな遅くまで、ふたりしてどこに行ってたんですか?」
「「う……いやその、」」
「私ひとりだけ除け者にして、ふたりだけでさぞかし楽しかったでしょうねえ?」
「「ご、ごめんなさい……」」
時刻は夜9時過ぎ。真人と陽紅は自宅のリビングで、揃って蒼月に絶賛怒られ中である。
というのも、福博タワーのカフェで小腹を満たしたあと、陽紅にねだられるままにその先にあるシーサイド海浜公園まで行ってしまい、日が完全に暮れてしまうまでふたりとも海辺で戯れてしまったのだ。
当然、服や靴は砂だらけになったし、それを払ったり手足を洗ったりしているうちに気がつけばもう夜8時を過ぎていて、慌てて帰るハメになったのだ。
そして慌てていたものだからふたりでコッソリ出かけていたことを忘れていて、ふたり連れ立って帰ってきてしまったのだ。そうなると察しのいい蒼月に気取られないわけがない。
「遊びに行くなら行くで、私も誘って欲しかったのに……」
蒼月が顔を歪める。その顔がなんとも寂しそうで、それがまたふたりの罪悪感を掻き立てる。
「いや違うんだって蒼月!聞いて!」
「言い訳なんて聞きたくありません!」
「違うのお姉ちゃん!」
「何が違うもんですか!」
「誕生日プレゼント!」
「…………は?」
「その、蒼月の誕生日プレゼントを何がいいかって陽紅に相談されてさ。それで一緒に買いに行ったんだ」
「え、だってそんなの、毎年陽紅と⸺」
そこまで自分で言ってしまってから、蒼月は何かを察した表情になる。
「まさか、今年は私に内緒で……?」
「……うん。ほら、毎年お姉ちゃんと一緒に買ってたじゃん。それはそれでお姉ちゃんが喜ぶものを選べてたからいいんだけど、今年はお誕生日まで内緒にしててサプライズにしようと思ってさ……」
説明しながらも、陽紅はちょっと照れ臭そうに頬をかく。それを見て、蒼月の顔もフッと柔らかな笑みになる。
「そういう、ことだったの……」
「うん。黙ってたのは悪かったけど、たまにはお誕生日にお姉ちゃんの驚く顔が見たいなあ、って」
本当は誕生日プレゼントを準備していたことさえ黙っておきたかったのだが、こうやってバレてしまっては仕方ない。
「⸺じゃあ、兄さんも?」
「おう。俺もちゃんと買ってきたよ。今年の誕生日は楽しみにしててくれ」
真人はチラッと脇に置いてある、ふたつの紙袋を見る。片方は陽紅の選んだミュール、もう片方は真人の選んだプレゼントである。
ちなみに伊達眼鏡だけではさすがに申し訳なくて、真人は福博駅ビルに入っているデパートでペンセットも買ってきた。レジで誕生日プレゼントだということを話し、併せて買った眼鏡も取り出して、一緒の箱に包んでラッピングしてもらった。
「そっか。それなら、確かに私を連れて行けないよね」
「ゴメンな蒼月。陽紅とふたりで出かけたら寂しがるだろうと思って内緒にしてたんだけど、こうなるんだったら最初からきちんと話しとけば良かったよ」
「ううん、いいんです。ふたりのその気持ちだけで私は嬉しいです」
そう言って蒼月が微笑んでくれたので、真人も陽紅も心の底から安堵したものである。
「あ、ところで陽紅、明日は私が朝からお出かけするからお留守番お願いね」
「えっ?……うん、それはいいけど」
「あー、ゴメン陽紅。明日は俺も出かけなきゃならなくてさ」
「えっ、じゃあお兄ちゃんとお姉ちゃんで出かけるってこと?」
「違います」
「ええと、そう、そうなんだ。俺はちょっと遠出だから車で出かけるんだよね」
「そうなんだ。分かった、じゃあ明日は私がお留守番ね!」
ほんの一瞬だけ蒼月が視線を刺してきて、それで慌てて口裏を合わせる真人であった。そして陽紅はそれには気付かなかったようである。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「おっ、いたいた。蒼月ー!」
「あっ、兄さん」
そして翌日、予定通り車で出かけた真人は沖之島の駅まで真っ直ぐに向かい、すでに到着していた蒼月と合流した。
蒼月は嬉しそうに駆け寄ってきて、助手席のドアを開けて素早く乗り込んできた。のはいいのだが。
「…………兄さん?」
駆け寄ってくる蒼月の姿が思った以上に女性らしくて、予定外のダメージを受けてしまった真人である。
だって今日の蒼月はジーンズ姿だから、腰のクビレもヒップの丸みも脚の長さも全部ダイレクトに見えちゃうのだ。しかもすっかり春めいてきてTシャツに薄手のジャケット姿で、控えめながらも胸の膨らみはハッキリ分かるし、頭はキャップを被っているもののシルバーブロンドの長髪が収まりきっておらず、走り寄って来るから風に靡いてキラキラ輝いているのだ。
ああもう何なの!美少女ってなんで何着ててもこんなに綺麗なんだよチクショウめ!普段の服のチョイスと違うからそこもまた魅力的だし、多分ちょっと変装してるつもりなんだろうけど全然変装出来てないしそれを分かってないこの顔!キョトンとするなよ可愛いなおい!
「……兄さんってば。大丈夫?」
「ああうん、悪い、何でもない」
23歳のいい大人のくせに中一の女の子に見惚れて悶絶してたなんて、口が裂けても言えませんわあはははは。
「それで、どこ行く?」
「はい。この辺りだとワオンモールが一番お店が多いので、そこに行きたいです」
ワオンモールなら来る途中にでっかいのがあったな。
「はい、そこです」
「よし、じゃあ行くか」
とは言うものの、そのワオンモールは沖之島でも南寄り、つまり福博市に近い位置になる。沖之島駅から車で行くとなると15分から20分くらいは走ることになる。
「でも、あそこに行くんだったら沖之島駅じゃなくて福丸駅で待ち合わせたほうが近くなかったか?」
「え、ええと……それは……」
ん?なんで急にしどろもどろになってんだ?
「そう!うっかりいつもの駅名を出しちゃって!」
「だったら電車内からでも“GREEN”でメッセしてくれたら良かったのに」
「わ、忘れてたんですよ!」
なんか今日の蒼月はちょっとおかしいな?
(さすがに言えない……兄さんの運転する隣に少しでも長く乗っていたくて遠い駅を指定したなんて、絶対言えないわ……)
「……どうした?」
「えっあ、ううん、何でもない!早く行きましょう兄さん!」
「お、おう……」
そうして訝しみつつも、真人はゆっくりと車をスタートさせる。
(ふふ……兄さんと1日デート……)
「なんか言ったか?」
「えっ?な、何も言ってませんよ!?」
「……ホントかぁ〜?」
「ホントですっ!そ、それより道とか分かりますか?」
「ああ、それは任せとけ。県内だったらだいたいどこでもナビ無しで行けるから」
「えっ凄い、道覚えてるんですか!?」
「車運転するのって結構好きでさ。休みのやることのない日とか、ひとりでもドライブ行っちゃうんだよね」
「そう言えば、兄さんの車ってミッションなんですね」
「これがいいんだよ。この操作してる感が、“車を運転してる”って感じになるだろ?」
会話を弾ませるふたりを乗せて車は進む。傍目にはどう見てもラブラブカップルのドライブデートである。




