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027.海が見える場所

「さて、そろそろ帰るか」


 買った眼鏡の入ったケースと販売証明書を納めた紙袋を手にメガネショップを出てから、真人(まこと)は隣の陽紅(はるか)にそう言った。まだ夕方の4時前だが、ふたりとも目的のものは手に入れたのであとは帰るだけだ。


「うん……」


 だが陽紅は何やら煮え切らない。


「まだ時間も早いし、もうちょっとどこかで遊んで帰りたいなあ……」


 とか言いつつも、彼女はチラチラと真人を見てくる。

 ははあ。これはまだどこか行きたいところでもありそうだ。


「なんだよ、次はどこに行きたいんだ?」


 特にお願いはされずとも、可愛い陽紅の言うことなら基本的に何でも聞いてあげたい真人である。親バカというか兄バカというか、困ったものだが本人は全くそういう自覚はなかったりする。


「えっとね、わたし、海見に行きたいなあ」


 そして陽紅も遠慮などしない。甘えれば基本的に何でも叶えてくれる、兄の甘さを彼女はよく分かっている。


「海ねえ……よし、じゃあ地下鉄乗るか」

「うん!」


 そうと決まればふたりのフットワークは軽い。デパートの地階から地下街の通路に出て、少し歩いて地下鉄水神駅までたどり着く。

 そしてそこから帰る方向、つまり福博駅方面ではなく逆方向の電車に乗り込んだ。


「どの駅で降りるの?」

「富士崎駅。ちょっと歩くけどいいよな」

「いいよ!」



 暗闇の中を走る地下鉄に少し揺られていれば、すぐに5つ先の富士崎駅へと電車は着いた。地下鉄を降り、改札を出て階段から地上に上がると、そこは福博市の曲渕(まがりぶち)区役所の建物の前だ。その隣にはバスセンターや市民会館の入る大きな建物もある。


「ほら、こっち」

「あっ、うん」


 初めて来た場所でキョロキョロと辺りを見回す陽紅に、真人が声をかけて住宅街の方向へ歩き出した。


「……なんか住宅街?」

「うん。その向こうに海がある」

「マジ!?いいなあ!」


 こんな海の近くに住んでみたーい、とか言ってる陽紅を連れて真人は歩く。海沿いは海沿いで塩の被害とか色々あるんだけど、そういうのは別にこの子には教えなくてもいいかな。


「あ、小学校がある」

桃道(ももみち)小学校だね」

「あ、鳥」

「ウミネコだかカモメだか、まあそんな感じ」

「えー知らないのぉ?」


 目に止まる全ての物に興味を示す陽紅にいちいち答えてやりながら歩いていると、やがて道が大きく右手にカーブする地点までやってきた。


「んー、なんか海の音がする!⸺ってあれ何!?」


 すぐそこまで近付いた海の気配を早くも堪能していた陽紅が、道を曲がったところで驚いて声を上げた。

 いやいや、さっきから屋根の上に見えてただろ。


 そこにそびえていたのは全面ガラス張りの真っ直ぐ伸びるタワー。その名も福博タワーである。沈み始めた夕陽を受けてキラキラ輝いて……ってそんなレベルではなくむしろ眩しい。


「あんま直視したら目やられるぞ」

「ていうか眩しくて見てられないよ」


 とか何とか言い合いながらも、目線を落としたふたりはタワーのもとまですぐにたどり着く。


「せっかくだし、登ろうぜ」

「うん!」


 と言っても中は計3フロアある展望台にエレベーターで上るだけだ。地上116メートルの展望1階、地上120メートルの展望2階、そして地上123メートルにある展望3階の三層構造になっていて、タワー自体の高さは234メートルを誇る。日本一の海浜タワー、という触れ込みだ。

 ふたりは入口で入場料を支払い、地上階へと入った。大人は800円、陽紅はまだ中学生なので500円だが、真人が出してやった。そういうところも兄バカである。


 エレベーターの順番待ちに並んで、ふたりは早速展望1階へと上がった。


「わあ!すごい、高ーい!」


 初めての高さに陽紅も大興奮だ。


「わっ!あれなに?」

「あー、スカイガチャだな。1回500円」

「やりたい!」


 天井まである巨大ないわゆる“ガチャガチャ”で、出てくるカプセルの中にはご当地フィギュアが入っている。全7種類あるそうだ。


「こっちのは?」

「おみくじピンボール。1回100円」

「やりたい!」


 出てくるおみくじには方言で色々書いてある。読んでニマニマしている陽紅は、真人には見せてくれなかった。


「わ、なんかハートがあるよ!」

「あー、あれは……」


 それはいわゆる“恋人の聖地”として有名なフォトスポットだ。ハートの中でカップルで並んで写真に写り、ひとつ1000円の“愛鍵”を買い、“誓いのフェンス”にその愛鍵をロックすれば永遠に結ばれる、として恋人たちに大人気である。

 真人はひとりでも、恋人とも来たことがないのでそんなものがあるとすっかり忘れていた。


「しゃ、写真……撮りたいな」

「何言ってんだ。俺達は“カップル”じゃないだろ」


 さすがに気恥ずかしくて真人が断ると、陽紅はショックを受けたように黙り込み、それを見ていた周りのカップルたちも(うわ、拒否するとか彼女可哀想)(え、お前らここ来た意味あんの?)とか容赦ない視線を浴びせてくる。


「ほ、ほら、俺と陽紅は“兄妹”だからな!だからそういうのは、彼氏ができた時に取っておけって!」

「うん……」


(兄妹とかだって撮ってもいいだろ)

(妹が撮りたがってんだから写ってやれよな)


「あっ、エレベーター来たから乗ろう陽紅!」


 いたたまれなくなり陽紅の手を引いて、真人は展望2階に逃げた。

 2階は360度を見渡せる天空のレストランだ。昼間はカフェ、夜はバースタイルのレストランになる。この時間帯はまだカフェとして営業している。


「わあ……!」


 そして陽紅もしょげていたのを忘れたように目を輝かせている。


「すごい、海……!」


 彼女の眼前には一面に広がる碧い海、そして水平線。その大パノラマに圧倒されたように彼女は立ち尽くす。


「あっ、観覧車もある!」

「こっちには福博駅が見えるぞ」

「えっ、どこどこ?」

「ほら、あそこ」

「ホントだ!ねえ、(うち)も見える!?」

「多分あれじゃないか?」

「ホントだー!!じゃあじゃあ、沖之島は!?」

「それは多分あっちのほう」

「んー、よく分かんない」


 沖之島はさすがに遠すぎて、どこがどこだか分からなかった。平地続きで遮る山もないから、おそらく見えているはずだが。


「もうひとつ上まで行けば見えるかもな」

「行こ!」


 だが残念ながら約3メートルしか高さが変わらないので、展望3階から見える景色も大して変わらなかった。

 だがその代わり。


「ねえ、あの双眼鏡みたいなのは何?」

「あれはスカイビューとか言ったかな。覗いたらこの街の上空を空中散歩(・・・・)できるんだって」

「なにそれ見たい!」


 ということで順番待ちに並んで、それぞれ300円支払ってふたりとも“双眼鏡”を覗き込んだ。


「うう……ちょっと気持ち悪い……」

「リアル過ぎてちょっと怖かったなー……」


 それもそのはず、市内各地で実際にドローンを高度123メートルまで飛ばして撮影した景色をコンピュータ処理して繋げて見せるのがこの“スカイビュー”である。周りの壁も何もなく直に(・・)見える(・・・)高度123メートルの景色は思いのほか怖かったし、各地点を一瞬で飛ぶその通常あり得ない視界は、酔う(・・)には充分な破壊力だった。


「さて。じゃあそろそろ帰るか」

「えっとね、わたしちょっとお腹空いた」


 ということで2階に降りて、ふたりはカフェで軽食を取ることにした。


「わたし、今日連れてきてもらって良かった」


 チョコのパンケーキを頬張りながら、陽紅が言った。その笑顔は沈み始めた夕陽に照らされて、思わずドキッとするほど綺麗だ。


「お兄ちゃんと一緒に来れて、良かった」

「そっか」


 陽紅が喜んでくれれば、真人も嬉しい。今日は色々と出費があったから正直ちょっと痛いけど、この可愛らしい笑顔の前ではそんなことは些細なことだ。


「また来ようね、お兄ちゃん」

「そうだな。またそのうちな」


(次は、恋人として(・・・・・)来たいなあ)


「……ん?なんか言ったか?」

「何でもないよっ!」


 何でもないと言いつつも頬を赤らめて目を逸らす陽紅の顔を、真人は不思議そうに眺めていた。







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