026.プレゼント選び
真人と陽紅はその後も店先を見て回り、真人が陽紅のリクエストを聞いては案内してやった。可愛いものを見ては陽紅がはしゃぎ、珍しいものを見ては陽紅が驚き、それを真人が微笑ましく見守る。その様子は誰が見ても歳の離れた微笑ましいカップルそのものだったが、ふたりはともに気付いていなさそうである。
道行く人皆に(わ、すごい熱々のラブラブカップルがおる)(あの女の子、外人さんよね?すごい可愛い)とか思われつつも自分たちだけの世界に入り込んでいるふたりは、とあるシューズチェーンの店内に入った。陽紅が「見て見て!可愛い靴がたくさんある!」と目をキラキラさせたので、真人が「入ってみるか?」と促したわけだ。
「ねえお兄ちゃん、これお姉ちゃんに似合うと思わない?」
しばらく店内を見て回り、そう言って陽紅が指差したのは一足のミュール。若草色のソールの上の足の甲を覆う部分が透明のビニール状になっていて、他にはかかと部分の支えしかなく、紐で足首に固定するタイプだ。透明の甲の部分にワンポイントで青い薔薇の飾りが付いていて、中学1年生が履くにはずいぶんと大人びたデザインだが、この夏に履けば涼しげで良さそうだ。
ヒールも高さこそさほどないがしっかり3、4センチほど上がっており、女性は遅かれ早かれこうしたヒールのある靴に慣れるべきだよな、と真人も考えた。
「いいんじゃないか?」
と言いつつ値段を確認すると1万2千円と書いてある。うっ結構高いなと思ったら陽紅に袖を引っ張られた。
「お兄ちゃん……2千円貸して?」
「えっそんだけでいいのか?」
「うん。お正月にもらったお年玉、全部残ってるから」
お前あれ残してたのかよ。奮発してひとり1万円も渡したのに。ていうかそれを自分のためじゃなくて姉のために使おうとか……くっ、なんて姉思いのいい子なんだ陽紅ぁ!
「分かった、じゃあ2千円な」
本当は全部出してやりたいが、これは陽紅からの蒼月への誕生日プレゼントだ。陽紅自身が支払わなくては意味がない。
「足りない分は来月のお小遣いから引いとくからな」
「ええーっ!?…………ま、まあ、いいけど……」
借りたものは必ず返すこと。普段からそう教えているし、陽紅も確実に返すにはそれしかないと分かっているので渋々頷くしかない。
店員を呼んでサイズを出してもらい、誕生日プレゼントだからと軽くラッピングしてもらって、紙袋に入れてもらって受け取り、店を出た。
「ていうか蒼月の足のサイズよく知ってたな」
「だってサイズ一緒だもん」
「あ、そっか」
そういや双子だもんな。
「身長も体重もおんなじだよ!」
「マジか」
さすがは双子。
まあ、胸のサイズは違って来ちゃってるけどな。ていうか胸が違うならヒップも……
「お兄ちゃん?何考えてるのかな〜?」
「いや、な、何でもないよ!?」
「隠すの下手くそか!」
言いながら笑顔になっているところを見ると、陽紅も本気で怒っているわけではないだろう。真人だって謝りつつも笑っているわけだし。そしてそうやってじゃれ合うふたりを周りの客たちが見て、(うわめっちゃ仲良さそう)(女の子は超可愛いけど、カレシはなんかフツー)とか思われているが、例によってふたりは全く気付いていない。
みんな信じられるかい?こいつらこれで付き合ってないんだぜ?
……と、いかにもな物知りおじさんが出てきそうなシチュエーションだが、残念ながらそんな都合のいいキャラはこの場にはいない。その役ができるのって有弥だけだし。
そうしてじゃれ合いつつフロアをうろつく中、ふと真人が足を止めた。
「お兄ちゃん?どうしたの?」
それに気付いた陽紅が寄ってくる。
「うん、ちょっとな……」
と言いながらもうわの空の様子で、真人が入っていったのはメガネショップである。
いらっしゃいませー、という店員の声に迎えられつつ、真人は吸い寄せられるようにディスプレイテーブルに並んだフレームに歩み寄り、ひとつのフレームを手に取った。
それは蒼月の瞳を思い起こさせる蒼い色のフレーム。蒼月の瞳よりやや色味が深く、遠目には黒っぽくも見えてさほど目立つものではない。弦の部分は色味が薄くシースルーになっていて、実際かけると髪に紛れて本当に目立たなくなりそうだ。
弦もレンズの枠も細身で主張は控えめだ。ただ弦の根本、枠とを繋ぐヒンジの部分に金の小鳥をあしらった装飾があり、全体的にとてもオシャレで上品なデザインである。
「陽紅、これ蒼月に似合うと思わないか?」
「わ、可愛い。でもお姉ちゃん、目は悪くないよ」
「そんなことは分かってる。まあいいからコレをかけた蒼月を想像してみろ」
そう言われて陽紅はほっぺに細い人差し指を当てて、ちょっと上の方に視線を彷徨わせつつ考えて、そしてプルプルと震え出した。
「合う……すごい、めっちゃ合う!」
「だろ?似合うよな!?」
「うん!超似合う!」
蒼月も陽紅も、引き取った当初は襟にも届かないほどのベリーショートでボーイッシュな感じだったが、今の蒼月は髪もすっかり伸びて背中の中ほどまで届くロングヘアだ。引き取ってしばらく経った頃に、髪切りに行きたいと蒼月に言われた真人が「伸ばしたりしないのか?似合うと思うけどな」と聞いたのをきっかけに、彼女はずっと伸ばしているのだ。
その髪は今ではすっかり銀色の光沢のある見事なシルバーブロンドになっていて、その美しい髪にこの蒼いフレームが見事に映えることだろう。しかも蒼月は比較的大人しくて物静かで、おまけに紙の本を愛読していて、家でも学校でも暇つぶし用に常にお気に入りの文庫本を携帯しているのだ。
そんな蒼月が、教室の窓際の席で柔らかな陽光に包まれながら、手にした文庫本のページに目を落とす。この眼鏡越しに。
そんな似合いすぎるシチュエーションを真人は想像してしまったのだ。そして、それは陽紅も同じだったらしい。
ちなみに陽紅も同じように伸ばしていたが、女子バスケ部に入ったことで切ってしまい肩口で揃えている。ちょっと残念。
「すごい!お兄ちゃん天才!」
「だろ!?」
「お姉ちゃんの美少女度が超上がる!」
「だよな!?そう思うよな!?」
「買おう!これ絶対買おう!」
「まかせろ!」
そして真人はフレームに取り付けられている値札を確認した。
「そんな……まさか……このクオリティで8千8百円……だと……!?」
何万もするものだと思っていたのに、まさかの四ケタ。そのフレームを置いてあったテーブルには、『一式8800円均一』というボードが置いてあった。
「しかもレンズ込みでこの値段……だと!?」
「はい、そちらセット価格になっておりまして。特注レンズ以外でしたらどのフレームもこのお値段になっております」
「買います!」
まさに衝動買い。だが真人には一切の躊躇もなかった。
「あ、けど、これ度抜きってできますか?」
「…………はい?」
店員のお姉さんに怪訝な顔をされた真人は、今想像したものの説明に四苦八苦するハメになった。まあ隣に同じ顔をした陽紅がいたおかげで何とか理解してはもらえたが、もしひとりで買いに来ていたらもっと大変なことになっていただろう。
ちなみに誕生日プレゼントなんて想定はメガネショップには存在しないので、ラッピングもなく普通にフレームを購入しただけだ。度を入れない伊達メガネなのでその場で作ってもらえて、サービスにメガネケースまで付けてもらって、大満足でふたりは店を後にした。




