021.仲直りして一件落着?
真人が目を覚ました時、家の中に人の気配は感じられなかった。
双子はまだ帰っていないのだろうか。だが時計を確認するとすでに夕方の6時半を回っていて、いつもならとっくに帰っている時間帯だ。
いや、きっと部屋に閉じこもっているのだろう。そう考えて玄関へ行ってみると、やはりふたりの靴が並んでいる。ちゃんと無事に帰ってきているという安堵と、これからふたりと話し合い……というか謝罪をしなければならない気の重さで真人はため息をつく。
謝りたくないわけでは決してない。ただひたすら気まずいだけだ。
この件がきっかけでふたりとの仲がギクシャクするような事態だけは避けなければならない。だって彼女たちはまだ11歳の小学生なのだ。保護者代わりの真人との同居が必須な以上、なんとしても仲直りせねばならない。
だが、どうやって。
どうすればいいのか分からないまま、真人は玄関を離れ、とりあえずリビングに向かった。
リビングにもキッチンにも人の気配はなく、明かりは消えたままで、食事の用意もできていない。やはりふたりは部屋に閉じこもっているのだろう。
まあそりゃそうだよな。気まずいのは自分だけじゃなくて、彼女たちだって同じはずなのだから。
意を決して、ふたりの部屋の前まで行く。何度か逡巡したものの、ためらいがちに二度ノックした。
「ふたりとも、いるんでしょ?」
返事はない。
「昨夜のこと、謝りたいんだ。顔を見せてくれないか?」
やはり返事はなかった。
これはきっと相当怒っているのだろう。もしかしたら顔も見たくないということか。
「ねえ、お願いだから顔を見せてよ。それとも、もう顔も見せたくない?」
言ってて悲しくなるが、きっとふたりのほうがもっとずっと悲しんでいるはずなので、顔を見せてくれる気になるまでひたすら詫びるしかない。
真人は一歩下がって、廊下に膝をついた。顔も見せてもらえない以上どうしていいか分からないが、せめて誠意だけは尽くそうと決めた。
正座して、双子の部屋のドアに向かって床に手をつき頭を下げる。
「昨夜のことは、大っ変申し訳ありませんでしたっ!」
そう。土下座だ。
開かないままのドアに向かって、それでも真人はそうするしかできなかった。
と、その時。
玄関のチャイムが鳴った。
ほぼ同時に「あ、開いてる」と声がして玄関ドアが開かれた。
「………………なにやってんの?」
そこに立っていたのは有弥だった。
双子の部屋の扉に向かって土下座したまま顔だけ玄関のほうに向けている真人の姿に、彼女は首を傾げる。
「いや……あの子たち、さっきから全然返事もしてくれなくて……」
「…………あー。GREENのメッセに既読も付かないし、多分寝てるんじゃない?昨日はほら、あの子たちあんま眠れなかっただろうし」
「…………へ?」
真人は改めて双子の部屋の扉に目を向けた。扉の向こうからは、相変わらずなんの音も聞こえなかった。
結局、本当にただ眠っていただけだった蒼月と陽紅は有弥のコールで問題なく起きて、部屋を出てきた。ちなみに何故有弥がコールしたかと言えば、家についたことを分かりやすく示すためと、真人のスマホからの着信では緊張させてしまうからである。
「……で?ちゃんと教えたとおりにコンビニで買ったのよね?」
「はい。これです」
「うん、それでいいよ。付け方も分かったね?」
「はい。あと先生にも話して体育の授業は見学させてもらうことになってます」
「おっ、そこまでは言わなかったのによく気付いたね。えらいえらい」
「だってお姉ちゃんお腹痛いんだから、体育は無理じゃない?ってわたしが言ったんだよ!」
「そうなんだ。陽紅ちゃんも多分近いうちになると思うから、今のうちにお勉強しとこうね」
今双子と有弥がいるのは双子の部屋で、真人はリビングで待たせている。先に私が話するからと言って、有弥が追い払ったのだ。そのおかげで、双子も安心して全部話すことができていた。
「⸺じゃあ、まだ犀川くんは何も聞かされてないんだ?」
「はい。……その、恥ずかしくて」
「一応、女の子のそういうことは彼も知識としては知ってるはずだから、それとなくの説明だけで察してくれるとは思うけど。まあそれは私から説明しようかな」
「……お願いしていいですか」
「そのために来たんだしね」
「あっそうだ、お姉ちゃん有給は?」
「取れた取れた。だから今日は泊まるわよ」
そう言って、有弥は傍らに置いたバッグを持ち上げて微笑った。その中に着替えなどを詰めているのだろう。
今夜一緒にいてくれると分かって、蒼月も陽紅もホッとした表情になる。
「というわけで。そろそろいい加減焦れてると思うからさ、彼のとこへ行こうか」
「「…………はい」」
ということで双子は、有弥に連れられてようやく真人と話すことになったのである。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「え……っと、じゃあもしかして……………そういうこと?」
「そういうこと」
有弥からかいつまんで説明を受けた真人は一瞬ポカンとしたあと、分かりやすく真っ赤になる。双子が女の子で、女の子は成長すればこうなるということを改めて気付かされたことが丸分かりである。
「じゃあ……その、俺に見られて怒ってるとかじゃなくて……」
「怒ってるっていうか、恥ずかしくて……」
「怒ってるのは怒ってるけど、それは次から気をつけてくれればいいし、それよりもなんて説明していいか分かんなかったんだもん」
「そっか……その、なんかゴメン」
「まあこればっかりは、この子たちも君には相談できなかったでしょうしね。その意味で君たちが私にヘルプしてきたのは正解かな」
「えっ、お兄さんも?」
「うん。10時過ぎだったかなー。死にそうな声で電話かけてきたんだよね」
まあその時はまだ、彼はそういうことだとは分かってなかったけど、と有弥に言われて真人がますます縮こまる。
「というわけでさ。私今日泊まるからね」
「……えっ」
「それで明日、この子たち連れて買い物行くから」
「……はあ」
「君とは一緒に買えないものを色々買ってくるからさ、お財布出して」
「……は?」
「『は?』じゃなくて。それなりに予算が必要なんだから、出しなさいよ」
「あの、お姉さん……私お小遣い持ってますけど」
「それは蒼月ちゃんの私用に使う分でしょ。明日のお買い物はあなたたちの生活に必要な予算なんだから、後見人の管理する資産状況報告書に記載するレベルの支出よ。⸺だから出して」
「え、あ、うん。分かりました……」
ということで真人は、コンビニまで走らされて双子の資産口座から現金を引き出す羽目になった。この場合、必要なのは蒼月のほうだが陽紅の分も買うと言われたので、両方の口座から均等に引き出すことになった。
戻ってきたら蒼月が有弥とキッチンに立っていて、陽紅はリビングでTVを見つつ笑い転げていた。いつもと何も変わらない、穏やかで暖かな空気感で、真人は心の底から安堵したものである。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
有弥は双子の部屋に布団を持ち込んでそこに泊まった。真人の部屋だった部屋が空いていてベッドもそのまま残っているが、真人も有弥も何故かその部屋を使うとは言わなかった。
翌朝、やはり蒼月と有弥が手早く朝食を仕上げ、それを食べたあと準備して、有弥と双子は出かけて行った。学校は欠席である。
真人は小学校に欠席の連絡を入れさせられた上で彼女たちが出かけるのを見送って、そして独り取り残された。
「…………なーんだかなあ」
なんとなく除け者にされた感が拭えず、ひとり釈然としない真人である。
でもまあ、それは仕方ないことだ。だって彼だけが男の子なのだから。
夕方になって戻ってきた有弥と双子は、いくつもの大きめの袋を抱えていた。おそらく下着と新しい服と、今後必要になる女性用品などを色々と買ってきたのだろう。
というか双子の服装が出かけた時と違っていて、おそらく店先で気に入ったものを購入して、そのまま着替えてきたのだろうと察せられた。蒼月も陽紅も頬を赤らめて嬉しそうな笑顔で、ふたりがそれまでの子供ではなくなったようにも見えて、なぜだか真人は嬉しいやら寂しいやら、よく分からん気持ちになった。
ここまでで【7年前】の章は完結です。
次話からは双子が中学生になってからの話になります。
いつもお読みいただきありがとうございます。
もしもお気に召しましたら、継続して読みたいと思われましたら、作者のモチベーション維持のためにもぜひ評価・ブックマーク・いいねをお願い致します。頂けましたら作者が泣いて喜びますので、よろしくお願い申し上げます!




