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014.『親子』にはなりません

 双子は真人(まこと)と連絡先を交換したあと、一旦荷物を置きに部屋に行ってすぐに戻ってきた。


「あれ、着替えて来なかったのか」


 その双子を見て、真人が怪訝そうに言う。


「いつもなら楽な部屋着に着替えてくるのに」


「お兄ちゃん、あのね」


 そんな真人に冷めきった目を向ける陽紅(はるか)


「デリカシーがない人って嫌われるからね」

「えっ」


「お客さんが来てるのに、部屋着で出てくるわけありません」


 やはり冷めた声でそう言う蒼月(さつき)の手には、お茶を注いだ湯呑みを乗せたトレーがある。陽紅との会話の間にキッチンで淹れてきたのだ。


「ごめんなさいお姉さん、うちの兄がお茶のひとつも出さないで」

「えっ?……っあ、いえいえ大丈夫ですよ!っていうかよく気がつく子だね蒼月さんは」


 有弥(ゆみ)が慌てて首をふり、感心したように蒼月を褒めた。

 自分で部屋に招き入れておきながら今まで先輩に飲み物のひとつも出してなかった真人は、恥ずかしくなって顔を手で覆ってしまう始末だ。


「マジすんません先輩……」

「まあ犀川(さいがわ)くんがそーゆーことに気を回さないうっかりさんだって知ってるからね。いいよ」

「お姉さんって、お兄さんとはお付き合い長いんですか?」

「んー、そんなに長いってほどでもないかな。仲良くしてたのって私が大学四年生の時の1年間だけだし、卒業してから会ったのは今回が初めて……うん初めてかな。卒業してからは在校生のみんなとはあまり時間も合わなくなったし」


 忘新年会はゼミの仲間内が中心で、卒業生も仲の良かった人なら呼ばれることもあるが、去年は有弥は呼ばれなかった。なので真人が有弥と会うのも、というか連絡を取り合ったのも彼女の卒業以来初めてである。

 だがそれを抜きにしても、有弥が卒業したのは去年の話なので、在学中の思い出は彼女にも真人にもまだ鮮明に残っている。


「そうですか……」

「ふーん」


 それを思い出したのか目線を交わらせる真人と有弥に、双子が胡乱げな目を向ける。


「で?お姉ちゃんってお兄ちゃんのカノジョ?」


 一拍おいて、陽紅がいきなり爆弾を放り投げてきた。


「……は?⸺いやだから違うって言って」

「わたしお兄ちゃんには聞いてないよ」


 勝手に(・・・)女の人と(・・・・)会って(・・・)勝手に(・・・)部屋に(・・・)連れ込んで(・・・・・)いた(・・)男の言い分など、陽紅は聞く気もない。


 そして鼻白む真人の隣で、有弥がははーん、と物知り顔をした。


「じゃーん。これなーんだ?」


 有弥は持ってきている自分のバッグを開けると、ゴソゴソと奥の方から何やら小箱を取り出した。紺色のベルベット地の、手に収まるサイズで貝のようにパカリと開く仕様の小箱だ。


「「え、それって……」」

「そう!婚約指輪!」


「「「えええええ!?」」」


 真人と蒼月と陽紅の驚く声が寸分違わずピタリとハモった。


「えっなんでお兄ちゃんがビックリしてんの!?」

「お兄さんが贈ったんじゃないんですか!?」

「いやちげーし!ていうか先輩結婚するんすか!?」


 三者三様に驚く彼らをさておいて、有弥は小箱を開けて指輪を取り出した。


「まだ婚約だけなんだけどさ、これ着けてると既婚者に間違われるのよね。だから仕事中は外してるのよ。⸺ほら、ここ見て」


 有弥はそう言って指輪の裏側を指し示した。双子が顔を寄せて見ると文字が彫ってある。『RYOHEI&YUMI』と読めた。


「「リョーヘイ……?」」

「えっ涼平先輩と!?」

「そうなの!」


 満面の笑みで頷く有弥はとても幸せそうだ。


「というわけでね、犀川くんは私とは何でもないのよ。だから気にしないでいいわ」


 そしてその笑みのまま、彼女は双子にも優しい眼差しを向ける。


「あなたたちのお兄ちゃん(・・・・・)を取ったりしないから大丈夫よ。ていうか涼ちゃんに比べたら歳下だし全然まだまだだし、そうそう聞いて?こないだ涼ちゃんがね」

「あ、知らない人に興味ないんで」

「さっさと本題に入りましょう。もう夕方なんで」


 ウッキウキで語り出そうとした有弥だったが、双子にそれぞれバッサリカットされてしまった。南無。



  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



「…………お話はだいたい分かりました」


 ラブラブの婚約者の自慢語りを潰されてしょげる有弥を真人がなだめすかし、ふたりは何とか双子にも分かるように一通りの説明を終えた。と言っても半分以上は先ほど済んでいるのだが。


「でも未成年後見人が必要なら、それは真人お兄さんでお願いします」


 蒼月はそう、キッパリと言った。

 その瞳に迷いや揺らぎは一切ない。

 そしてその横で、陽紅も大きく頷いた。こちらも迷いはなさそうだ。


「どうしてその決断に至ったのか、聞いてもいいかな?」


 内心で若干傷つきながらも、それをおくびにも出さずに有弥が尋ねる。やっぱ初対面で許可もなく上がり込んだのがダメだったかぁ〜とか色々後悔が渦巻いているが、とりあえず後悔するのは後回しだ。


「だって、お兄さんと『親子』になるんですよね」

「うん、まあそうだね」

「従兄妹じゃあなくなるんですよね?」

「んー、血縁上は従兄妹のままだけどね。養子縁組ってのは『法律上、実の親子と同等の関係になる』ってだけの話だから、犀川くんと養子縁組したってあなたたちがシルヴィさんの娘でなくなるわけじゃないよ」

「でも、『親子』ですよね」


 蒼月はやけに親子(・・)に拘る。

 陽紅も頷いているところを見ると、彼女も気にかかっているのはその部分のようだ。


「その『親子』ってさ、法律上の……ってやつだよね?」


 今度は陽紅が聞いてくる。


「だったら当然、『親子』で結婚はできないわけでしょ?」


「…………は?」


 突拍子もないセリフが陽紅の口から出て、真人が唖然とするその横で、有弥はピーンときた。


「あー、そういうことか。

⸺うん、親子だから結婚は(・・・)できない(・・・・)わね。あと法律上の親子関係が確定するから、仮に養子縁組を解消しても親子だった(・・・・・)事実は(・・・)消えない(・・・・)よ」


「じゃあ、やっぱりダメです」

「うん、わたしも嫌だな」


「え、なんで」

「分かった。じゃあ犀川くんをあなたたちの未成年後見人にする線で話を進めるわね」

「え、なんで?」

「その場合、私たちはなにをすればいいですか」

「基本的には未成年後見人制度を利用したいって家裁に申し立てをすることと、犀川くん(この人)を未成年後見人とすることへの同意。それだけでいいよ。ていうかそこが一番大事かな?未成年後見人制度って未成年者の権利をどれだけ適切に守れるかが主な目的だから、基本的には被後見人の意見が尊重されるもの」

「え、いやだからなん」

「「「犀川くん(お兄さん)はちょっと黙ってて」」」

       (お兄ちゃん)

「え…………はい……」


 有弥と蒼月と陽紅に一斉にハモられて、訳も分からないまま真人は黙り込むしかなかった。


「でもあらかじめ言っておくけど、未成年後見人を指名するのは家庭裁判所で、被後見人が望む人が必ず選ばれるとは限らないの。それだけは覚えておいて。だから一応、私も立候補するけどいい?」

「あ、はい。最悪それでもいいです」


(最悪、かあ。まあこの子たちにとっては私は初対面の赤の他人だしなあ。それに初っ端からやらかしたし、信用されなくても仕方ないかあ……とほほ)


「でもお姉さん、有弥さんのことは信用できると思います。私たちのために、きちんと色々考えて教えてくれるので」

「さ、蒼月ちゃん……!」

(まあお兄さんのカノジョとかそういうことにはならない、って分かったのが一番大きかったんだけど)

(悪い人じゃなさそうだし、結婚予定だし、知り合った人はなるべくたくさん味方につけておくべきだもんね)


「そういうわけなんで、裁判所の手続きとかそういうの、色々教えてください」

「うん、分かった!じゃあ取りあえず、書いてほしい書類と集めてほしい書類が⸺」


 呆然としたままの真人の前で、真顔の蒼月と仏頂面の陽紅と、なんだか突然嬉々としだした有弥が話を進めていく。有弥はショルダーバッグから書類を色々と取り出してひとつひとつ説明していく。


「ちょっと犀川くん、聞いてる?」

「えっ?⸺あ、ハイ」

「しっかりしてよね。君が書類まとめて家裁に提出するんだからね?」

「やっぱり、申し立ての段階から後見人と被後見人が連携してるって見せた方がいいんですか」

「蒼月さん理解が早いねえ。そう、家裁の心証を良くしておくのは大事かな」

「それなら大丈夫だよ。もうわたしたちとお兄ちゃんは仲良しだもん!」

「そっか。なら安心かな」


 いやどう見たって今この場でひとり自分だけが仲間はずれなんだけどなあ、と思いながら、女子3人を眺めるしかない真人であった。



 そしてひと通り説明を終えて、必要な書類をひと揃い残して、有弥は笑顔で帰って行った。なぜか双子に「じゃ、頑張ってね!」と言い残して。







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