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012.おねえさんがあらわれた!

「あっ、いたいた。犀川(さいがわ)くんお待たせ」


 喫茶店でコーヒーを飲みつつ買った本を読んでいると、ふと呼ぶ声がして顔を上げる。そこにはパンツスーツ姿でショルダーバッグを小脇に抱えた、ボブカットの黒髪の若い女性が立っている。

 時間を確認すると3時を少し過ぎたところだ。


「あ、先輩。チッス」

「久しぶりだけど変わんないねえ犀川くん」


 有弥(ゆみ)はそう言って微笑いながら真人(まこと)の向かいに座って、やって来た店員にカフェラテを注文した。


「んで?10歳の双子の女の子の養親(ようしん)か未成年後見人になりたい、って話だったよね?」

「そッスね」

「⸺で?わざわざそんな本まで買い込んで勉強してるんだ?へぇーなかなかやる気じゃん」


 真人の手元を覗き込んで有弥がニヤニヤする。お互い在学中だった当時のあれやこれやを思い出しているのだろう、「あの犀川くんがねえ……」とか何とか言って頷いている。


「いやもう俺も20歳(ハタチ)になったんで、あの頃よりはちょっとは落ち着いてますよ。それにその子たちは知り合ったばかりだけど、従妹なんで。身寄りがなくなったってのに見捨てるのもなんか忍びないっていうか」

「いやー人に迷惑かけてばっかだったあの犀川くんが、人のお世話をするなんてねえ。うんうん、成長してくれてお姉さんは嬉しいなあ」

「だから昔の話はもういいっしょ」


 このまま有弥のペースで喋っていると、際限なく若気の至りエピソードを語られてしまいそうだ。なので真人は早速本題を切り出す。


「養子縁組するためには、未成年の養子だと特別後見人が必要だって家裁で言われたんすよね。それで未成年後見人になろうかと」

「それなんだけどね、養子縁組したいんなら未成年後見人は別の人がいいと思うなあ」

「んー、やっぱそうっすよね」

「どうせ養子縁組が成立するまでのことだしね。それに親族が未成年後見人になるのは別に悪くないんだけど、財産の個別管理とかで色々煩雑になるのよね」


 それでなくても犀川くん個人の将来のこともあるしね、と有弥に言われて、改めて気付かされる。

 そう。真人もまだ大学二年生なので、この先卒業や就職を見据えなければならないのだ。


 未成年後見人の主たる業務は、被後見人となる未成年者の財産管理と身上監護(しんじょうかんご)である。つまり被後見人の所有財産を管理して目減りさせないよう守りつつ、その身体の安全と衣食住を確保して、被後見人が健全に成長して成人を迎えるまで養育しなければならないのだ。

 養親になっても被後見人⸺その場合は養子となる⸺の生活の面倒を見て成人するまで養育するのは変わらないが、生計を(いつ)にするため財産管理はそこまで厳密には必要なくなる。実の親子と法律上は同等になるので、真人の財産を双子に相続させることも可能になるのだ。


「ざっと聞いただけだけど、その子たちのお母さんが亡くなってるのなら遺産相続とか生保の支払いとか発生してるよね?」

「してますね。母方のほうは母親しかいないみたいですけど」

「親族なし?」

「母親はひとりっ子だったそうで、祖父母はどうもフランスにしかいないらしいです」

「お父さんのほうは?」

「それはうちの伯父なんすけど、母親と一緒に事故で死んじゃって。しかも籍入れてなかったらしいんですよね」

「あれま。それじゃあ認知の問題もあるけど、とりあえずお父さんの遺産相続は無し(・・)と見なすかぁ」

「多分ですけど伯父さん、うちの親族に双子の母親の財産を渡したくなかったんじゃないかなあ」


「……なーんか、犀川家(そっち)のほうもドロドロしてそうだねえ?」

「否定はしないです。双子の父親、犀川(れん)っていうんですけど、親類とは長いこと絶縁状態で。飛行機事故の犠牲者リストに名前があって初めて消息が知れたんですよね」

「……あー、こないだのあの事故かぁ」

「です。それで警察が遺族を調べて双子にたどり着いたそうで」

「母親の親族は国内になし、だから父親と思われる男性の親族に引き取りを求めて⸺」

「そういう事です。うちの一番上の伯父が引き取りを拒否して施設に入れるとか言いやがったんで、頭に来て思わず……」


「うわー目に浮かぶわー。短気なのは相変わらずかぁ」


 ぷふっ、と有弥が吹き出した。


「だってしょうがないじゃないっすか。まだ10歳の子供が身寄りを亡くして不安で仕方ないはずなのに、誰も優しくしてやらないなんて可哀想(かわいそ)過ぎるっしょ」

「……優しいところも、相変わらずねえ」


 やや不貞腐れたような物言いになる真人に、有弥は優しげな目を向けてきた。それだけで真人はなんとなくバツが悪くなってしまう。

 どうも、この先輩と一緒にいると調子が狂う。ただでさえ彼女の在学中は散々お世話になってて頭上がらないってのに、もう。

 ……まあ、そういう先輩だと分かった上で連絡を取ったのは真人のほうなので、誰に文句の言いようもないのだが。


「……まあとにかく、うちは俺も実質ひとり暮らしだし、母さんの遺産と保険金もまだあるし、幸か不幸か俺も20歳越してるんで、それなら何とかなるかな、と」

「そうだね。養子縁組するには養親が成人してることが条件だものね」


 そう同意して、有弥は店員の持ってきていたカフェラテをこくりと飲み干した。


「じゃ、とりあえずその双子に会わせてくれる?」


 彼女はそう言って立ち上がる。


「……え?」

「だから、私が未成年後見人になって、君と養子縁組できるまで面倒見てあげようって言ってんの。だから会わせて?」

「えっ……もしかして今からっすか!?」

「小学生だったらぼちぼち学校から帰ってくる時間でしょ?ちょうど良くない?」


 そう言われて壁の時計を見上げると、そろそろ3時半になろうかというところ。確かに小学生が下校する時間に差し掛かっている。

 あっそうか、あの子たちを迎えに行ってやらないと。


「ふふ、『迎えに行かないと』って顔してるねえ。心配しなくたって小学四年生なら道も通い慣れてるだろうし、ひとりで帰ってこれるんじゃない?⸺あ、ふたりか」

「いやまあ、それはそうなんですけど。ってかマジで今からっすか?先輩仕事はいいんすか?」

「もうこの件は所長(パパ)にも話し通してるもん。未成年後見人くらいなら資格無くてもやれるし、キャリアにも繋がるから、先方の意向次第だが受けてもいいぞ、って言われたもーん」

「マジかー…」

「というわけで、レッツラゴー!」

「いや今時誰も言いませんよレッツラゴーなんて……」


 弱々しくツッコみながらも、もうこうなったら先輩(この人)を止められないだろうな、と理解してしまっている真人である。

 はぁ……。帰ってきたら知らないお姉さんと俺が一緒にいる……なんて、なんかめちゃくちゃ白い目で見られそうな気しかしないんですけどね?







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