011.分からないことは分かる人に聞け
突然ですが新キャラ登場です。
翌日の月曜日、真人は双子と簡単に朝食を摂り、ふたりを連れて少し早めに小学校へ向かった。事務室を通して担任や学年主任を呼び出してもらい挨拶を交わして、事情を説明して転校することになる、と告げた。
担任は年配の女性の先生で、とても優秀な子たちだから残念だと惜しんでくれたが、それ以上に親を亡くした双子がこの先も平穏に過ごせそうなことを喜んでくれた。
「それじゃあ先生、正式に転校が決まるまでですけど、ふたりのことよろしくお願いします」
「ええ、大丈夫ですよ。詳細が決まればまたお報せ下さいね。⸺では教室に行きましょうか、蒼月さん、陽紅さん」
「「はい」」
「ではお兄さん、行ってきます」
「行ってきまーす」
「うん、行ってらっしゃい」
小学校を出たその足で、真人は今度は沖之島市の市役所に向かった。市役所は本土ではなく、橋を越えた沖之大島という島にある。かつてはこの島だけが“沖之島”と呼ばれていて、本土の方は寂れた漁村と農村とがあるだけだったそうだが、明治以降に本土に鉄道が通ってからは本土のほうが市の中心部になっている。
市役所も移転計画があるらしいが、今のところはまだ島の中にあるのだ。
真人は市役所の窓口でも事情を説明し、必要な手続きを確認する。戸籍の変更や転出の届け出の手順などを教えてもらい、未成年者である双子には養親もしくは未成年後見人が必要ということも説明された。
双子の戸籍を取得できれば良かったが、それには委任状が必要とのことだったので、委任状の用紙だけもらって一旦引き上げることにした。
両親のいなくなった双子には、それに代わる親権者もしくはそれに準ずる後見人が必要だ。つまり養親か、未成年後見人がいなくてはならない。
手続きが簡単なのは養子縁組、つまり真人が双子の養親になることだったが、親権者の死亡後の養子縁組には養子本人のほかに特別代理人の同意が必要だと言われた。特別代理人として認められるのはこの場合、未成年後見人である。
ならば未成年後見人になっておくべきだろう。
そう思って今度は家庭裁判所に出向く。未成年後見人制度について説明を受け、後見人に選ばれるためには家裁の任命が必要なこと、後見人の立候補者や被後見人⸺この場合は双子のことだ⸺の望みどおりに後見人が選ばれるわけではないという説明を受けた。
さてどうするか。慣れない手続きや法律用語で疲れた頭を悩ませながら真人は考える。
普通に考えれば未成年後見人と養親は別々の人間が担当するのが望ましい。未成年後見人は特に、家裁の任命によって決められること、被後見人となる未成年者が成人、結婚もしくは養子縁組すれば退任せねばならないこと、また選定されれば就任から1ヶ月以内に未成年被後見人の資産状況を調べて目録を作成し、家裁に報告せねばならならないこと。さらに定期的に後見事務に関する報告書を家裁に上げなければならず、被後見人の財産を不当に減じるようなことがあれば解任されてしまうだけでなく、業務上横領の罪に問われかねないとも言われた。
一言でいえば、まだ20歳の大学生で社会人ですらない真人には、難しくてよく分からん話ばかりである。そもそもつい数日前まで、他人の人生に責任を持つなんて状況は想像すらしていなかったのだ。
自分が社会人になって社会的責任を果たしつつ、結婚して子供を得て少しずつ親としての自覚を持っていった上でのことなら、まだ何とかなったかも知れない。だがさすがに、今回のこれは状況が急変に過ぎた。
うん、こうなればプロに頼るか。
真人はスマホを取り出して電話をかけた。
しばらくのコールのあと受話音が聞こえて、電話の向こうから若い女の声で応答があった。
『お電話ありがとうございます。福間法律事務所、事務員の福間 有弥がお受け致します』
目的の人物が電話を取ったことに安堵しつつ、真人は応答した。
「あ、福間先輩。俺です、犀川 真人です」
『⸺犀川くん?あらやだ久しぶり。っていうかこれうちの事務所の電話なんだけど?』
「分かってますよ。ちょっとご相談したいことがあって」
『え、なに、仕事の話?』
「ですね。弁護士の伝手って福間先輩しかいないんで」
『えーどうしたと?なんかトラブルでもあった?』
「トラブル……ではないですけど、ちょっと面倒なことになってて」
『ふーん。依頼ってことなら話聞きましょうか』
そうして真人は手短に経緯を説明した。
『⸺なるほどね。分かった、それなら時間取って会いましょうか』
「助かります」
『えーと、なら3時くらいに駅前の喫茶店で待ち合わせってことで』
「はい、それでいいですよ」
『分かった。じゃあまた後でね』
「ありがとうございます。失礼します」
『はい。本日はお電話ありがとうございました。それではこれで失礼致します』
最後は再び業務用の挨拶に戻って、有弥は電話を切った。
福間有弥は大学の三年先輩で、今年23歳になる。去年大学を卒業し、今は親の弁護士事務所に就職して司法資格取得を目指して頑張っているところのはずだ。
つまり彼女は正確にはまだ弁護士ではないので、法律関係の相談をするにはやや不適当ではある。それでも真人よりは詳しいはずだし、必要かつ適切なアドバイスももらえるだろう。
時間を確認したらもう昼過ぎだった。道理で腹が減るはずだと思いつつ、真人は家裁を後にして手近なファミレスに寄り、そこで昼食を摂った。
その後は待ち合わせまでの暇つぶしを兼ねて書店に立ち寄り、養子縁組関係や後見人制度に関する専門書を探して、2、3冊ほど購入した。分からないなら分からないなりに自分で調べねば気が済まないのは真人の悪い癖である。
時間まで買った本を読みつつ待とうと考えて、どうせだから待ち合わせの喫茶店に行ってしまえ、と思い立ち、そして真人は沖之島の駅前まで車を走らせた。




