めんどくさいことになりました
突然だが、成り代わりというものを信じるだろうか?
いきなりなにファンタジーなことを言い出すのか。と思うかもしれないが、真面目に答えて欲しい。
ちなみに、俺の答えは「前は信じてなかった」になる。
いや「信じざるをえなくなった」の方が正確かもしれない。
大きくため息を吐きながら顔を上げると、目の前にある鏡に自分の顔が映る。
そこには、見慣れた顔はなく、誰がどう見ても美形に分類される見慣れない青年が苦笑いを浮かべていた。
信じられないが、これが今の俺の顔だ。
名前は「アルボル」というらしく、この国「ジニュエーブル」の第2王子らしい。
ジニュエーブルは中世ヨーロッパのような街並みが広がる国であり、この世界では三大王国の1つとも言われている。
都市が全部で3つあり、海や山、砂漠などそれぞれが特徴的な商いをしており、栄えている。
1番驚くのは、魔法と魔術という存在がある事だろう。
魔法と魔術の違いはきちんとある。
まず魔法は、精霊の加護を受け、自然の力を自在に使うことが出来るが、精霊に愛された者しか使うことが出来ず、使える人はほとんどいないらしい。
対して魔術は、異世界にあたる魔界から魔法陣や呪文を媒介に魔石、魔獣等を召喚し、契約を持って使うことが出来る力だ。これは、鍛錬を積めばそれなりに使うことが出来るが、高度になればなるほどセンスが問われる代物だという。
どちらかというと魔法は絵空事に近いらしく、ジニュエーブルでは畏怖と尊敬を向けられている。
ちなみに、アルボルにはそこまでの魔術のセンスはなく、魔石を使って水を少し動かせる程度だ。
まぁ、日本の一般家庭に住んでいた俺が第2王子になっていることを考えれば、飛躍した出世だ。全く嬉しくないが。
正直、なぜ自分がアルボルの体の中にいるのか分かってない。気付いたら彼に成り代わっていたのだ。
こっちでアルボルの話を聞いたところ、どうやら落馬をした際に頭を打って数日気を失っていたらしい。
何がどうしてこうなったのか。
訳も分からず頭の情報処理が追いつかなくなった俺は、そのまま数日知恵熱を出した。
しかも、驚きはそれだけじゃなかった。
王子と王女がアルボルも合わせて6人もいるだけでも目が回りそうなのに、全員母親が違うと言われて頭が痛くなった。しかも、王様は病気で政治ができない体であるのにも関わらず、王位継承をしていないせいで、派閥が5つに割れて政治も半分ほどしか機能していないとか。
誰が王様になるか。その討論は兄弟の絆にヒビを入れ、会うだけで険悪なムードになるほどだ。
俺は何故そこまでして王様になりたいのか、正直分からない。
自由にするお金が出来るから?
国を思うままに動かせるから?
国民に頭を垂れさせたいから?
人にとっては魅力的なのかもしれないが、俺にとっては正直どうでもいい。
そもそも俺は、人の上に立つよりサポートに回る方が得意だ。そんな奴が数百万の国民の命を背負って何十人という人の思惑と混沌が渦巻く中、自分の意見を通すのなんかストレスしか産んでくれない。
アルボルには悪いが、この体の意思決定が俺にあるなら、俺は王権争いからは早々に離脱させてもらう。
色々と思惑がありそうなので、離脱するだけでも大変そうだ。下手したら殺される。
そこはなんとか上手いことやらないといけないが、考えるのはもう少し国のことを知った後でも良いだろう。
これだけでもややこしいのに、アルボルは性格が悪かったのか、よく分からないが……どうやら婚約者と揃っていじめをしていた。相手は第3王女……5つ下の妹だ。
探りを入れたところ、第3王女は隣国との境にあった都市を統治していた領主の娘との子らしい。
それだけなら良いのだが、彼女の母親は魔法を悪用しようとした結果、滅亡した都市……通称呪われた都市の出身で、王族だけではなく国民からもいい顔をされていないらしい。しかも母親は、彼女を産む時に亡くなってしまったとのこと。
そのせいで、後ろ盾もない第3王女は、宮廷の隅っこにある日の当たらない部屋で軟禁状態に近い生活をしている。待遇も王女とは考えられない程酷く、下手したら一般国民の生活の方が良いのでは? と思ってしまうほどだった。
彼女自身も引っ込み思案な性格らしく、虐められても殴られても泣くばかりで文句1つ言わない。それに気を良くしたのか、はたまたいいストレス発散相手とでも思ったのか、アルボルだけではなく第2王女や第3王子までもが彼女をいじめていた。
そんな主達を見ているせいか、従者も第3王女には対応が悪く、頼みの綱でもある王や第1王子も我関せずといった状態だ。
母親の出身でここまで処遇が変わるとは……血を重んじる王家だからと言えばそこまでだが、正直意味が分からない。
だから俺は、それを知った時に第3王女に会いに行って……今までの非礼を詫びた。
いじめはアルボルがしたことで、俺自身がやった事では無い。が、俺を見た瞬間、怯えたように揺れる翡翠の目がどうもいたたまれなくて、気付いたら頭を下げていた。
彼女は今年で14歳だという。最低でも片手で数え切れない年数、様々な人から冷遇を受けてきたことになる。
きっと、許されることはないだろう。
けど、たとえ片親でも血の繋がっている妹だ。このまま見過ごすことは出来ない。
俺は時間が許す限り、第3王女の元へ足を運んだ。
幼いとはいえ、相手は女の子。最初はどんなことをすれば喜んでくれるか分からなかったが、頼れる従者のアドバイスを聞きつつ徐々に交流を深めていった。
最初は怯えていた第3王女……セルシアも俺がいじめたり殴らないと分かると、徐々に笑顔を見せるようになってくれた。
婚約者は最初、俺が記憶を失ったせいで変なことを始めたのだと思っていたみたいだが、俺が王位を継ぐ気がないのを話すと手のひらを返したように冷たくなってしまった。
それだけなら別に放っておいたのに「セルシアがアルボル様を誑かした」なんて世迷い言を言いふらし、彼女を暗殺する計画を立てている情報を掴んだので、現行犯で捕縛。そのまま正式に婚約破棄をしてもらった。
セルシアは「自分のせいで……」と罪悪感を覚えていたが、子供以上にワガママでヒステリックな性格だったため、うるさいのがいなくなって清々した部分もあるので結果オーライというやつだろう。
万が一、アルボルの意識が戻った時に悲鳴を上げそうだが、その辺は俺に意思決定を任せたお前が悪いということで。
そんなこともあったけど、俺の見えないところで姉弟たちによるいじめは続いた。
何とか出来ないかと考えたが、セルシアが「お兄様の立場を悪くしたくない」と訴えてきたため、それ以上のことはしなかった。
正直婚約破棄の件やセルシアの元へ通っていることは、他の兄弟や臣下からはいい顔をされていなかった。
他人の思惑はどうでも良かったが、彼女を王族という檻から解放し、人並みの幸せを得られるよう事を進めるには俺の立場が悪いのはあまり良くない。だから、今は辛抱してもらうしかない。
そう言い聞かせながらも、セルシアが傷付くのを見るのは辛く、可愛い妹を守れない自分が歯がゆかった。
あと少しで、セルシアを王族から解放できる。
そんな時、事件が起きた。
あれは、俺がアルボルに成り代わって、1年の月日が経った頃の話。
国で謎の疫病が流行り始めたのだ。疫病はあっという間に広がり、国民は次々と倒れていった。
元々、俺は医療関連の仕事をしていたから分かる。
これは、インフルエンザに近いものだと。
しかし、国にはワクチンなんてものは無いし、特効薬もない。しかもかなり感染力が強いもので、着々と人の命を奪っていく。
俺も持てる全ての知識を使ったが、焼け石に水と言った感じで効果はあまり見られなかった。
そんな中、とんでもない噂が広まった。
呪いが国を襲っている。
止めるなら、呪いの都市の姫を生贄に捧げるべきだと。
そんなことをして、インフルエンザが治まる筈がないと俺は王様に詰め寄ったが、彼は既に大臣たちによって傀儡状態になっていた為、一切を聞いてくれなかった。
後で知ったが、王様が王位継承をしなかったのも大臣たちの入れ知恵だったそうだ。概ね共倒れをさせて、自分のいいように王位を使いたかったのだろう。
この国の偉い奴は、腐った思考の奴しかいないのか。本当に面倒なことしかしてくれてない。
そのまま話は俺を置き去りにして、儀式の日程もすぐ決まってしまった。第1王子にも辞めさせるように頼み込んだ。が、あまりにも変わってしまった俺の性格を訝しんだのか、取り合ってくれなかった。
セルシアを連れて国外逃亡する手もあった。
しかし、彼女はそれを望まなかった。
少しでも民の役に立てるなら、王族として本望。そう言って笑ったのだ。
俺が知らない所で、たくさんの嫌がらせや怖い思いをしてきた筈だ。なのに、彼女は自らの運命を受け入れている。
何もしてやれない自分が、不甲斐なく、とても腹が立った。
妹1人守れず、なにが第2王子だ。
聞いて呆れる。思わず自嘲の笑みが零れた。
そして、儀式の日がやってきた。
儀式は、聖堂で行われることになっており民衆に公開で開催された。
そこで俺は、第1王子に言われたのだ。
「お前がセルシアを殺せ」と。
儀式の生贄には、絶望を与えなければならない。
慕われている俺が殺すことによって、儀式は完璧なものになると。
セルシアの意志を汲んで見守ろうと思ってた。
けど、これではただの見せしめだ。
最後まで彼女が報われない運命なんて……俺は受け入れきれない。
だからこそ、生贄を殺す祭壇で。
俺は自らに刃を刺すことによって、彼女の身代わりになろうとした。
元はアルボルの体だから、申し訳なさが多少なりあったがここでセルシアを殺す選択肢は出てこなかった。
目の前で悲鳴を上げるセルシアに手を伸ばしたかったが……その前に地面へ崩れ落ちた。
泣き叫ぶセルシアの声が聞こえる。泣くなと声をかけてあげたいが確実に死ぬために喉を切ってしまったせいか、声が出ない。
俺が死んだあと、セルシアが穏やかに暮らせるように手筈を整えることだけはできた。
あとは、俺の従者がどうにかしてくれるはず。
トラウマを植え付けてしまってすまない。
どうか幸せになってくれ。
そう願って、俺は目を閉じた。
その後、俺は何故か意識を覚醒させることが出来た。
最初に目に入ったのは、見慣れない天井。
そして、次に目に入ったのは、横たわっている俺の横で突っ伏して寝ているセルシアだった。その髪色は蜂蜜色から銀色に変化していた。
一瞬、状況が把握できなかった。
確実に致命傷になる場所を刺したはずなのに、なぜ俺は生きているのか。
ここはどこなのか。
どうして、セルシアの髪色が変わっているのか。
混乱していると、従者であるラズールが俺が起きたことに気付いたのか、慌てて駆け寄ってきてくれた。そのまま泣き崩れる彼に申し訳ないと思いつつ、俺が気を失った後の顛末を聞いてギョッとしてしまった。
どうやら、セルシアは俺が身代わりになろうとした事と、その後に浴びせられた罵詈雑言による過度なストレスと絶望で神子として覚醒をしたらしい。
神子とは、魔法を使える中でも最上位の者をさし、記述では人の形をした神とも言われている。 精霊たちから寵愛されており、神子を怒らせることは即ち自然を司っている精霊全てを敵に回すことになり、果ては国の滅亡にも繋がるとも言われている。
伝説の話かと思っていたが、ラズール曰く覚醒したセルシアは、風前の灯火だった俺の命を精霊の力を使って繋ぎ止めただけではなく、たった一言で祭壇を破壊したとのこと。
セルシアは、俺達には見えないものと会話をしている場面を何度か見たことあるし(それもいじめの要因になっていた)彼女の母親は、滅亡したとはいえ、魔法が発展した都市の出身だったのでもしやと思っていたが、予想が当たっていたとは。
そんな話をしている所で、セルシアが目を覚ました。
俺をみた瞳は翡翠色ではなく、いつか記述で読んだ神子の証である銀色をしていた。
俺が起きたことを確認したセルシアは、そのままボロボロと涙を零し大声で泣き出してしまった。怖い思いをさせてしまったことを謝りつつも、先を思うと頭が痛い。
神子は伝説上の人物だったとはいえ、王族以上の権限を持つ。神子の機嫌を損ねて精霊たちの加護が無くなれば、自然は枯れ落ち国が滅亡してしまうからだ。殺すなんて以ての外だ。
セルシアの安全が保証されたと言えば聞こえは良いが、確実に彼女を利用しようとする者も出てくる。
その辺の対策も、今後考えないといけない。
やることが多いなと思いつつ、セルシアの頭を撫でようと手を伸ばした時、違和感に気付く。
手の甲から腕にかけて、何か文様の様なものが刻まれていたのだ。
痛みはないが、どことなく不思議な力を感じるそれをまじまじと見つめていると、泣き止んだセルシアがニコリと微笑んだ。
それは、お兄様と私が番である証だと。
どういうことかと顔を上げた俺は、目を見張った。
セルシアを中心に、様々な光が瞬いていたのだ。しかもそれは、数個なんてものじゃない。数十、数百はいる。
思わず目をこすってみたが、消えることはなかった。
おそらく、これが精霊なのだろう。
しかし、何故俺に見えるようになったのか。
その答えは直ぐに分かった。
どうやらセルシアは、精霊に頼んで俺と自分の命を繋いでしまったらしい。
俺が死ねばセルシアも死ぬし、セルシアが死ねば俺も死ぬ……。つまり、運命共同体の状態になっているのだろう。
しかも、精霊の加護は俺にもついており、自分と同等の扱いをするよう彼らには言っているとか。
散々虐められていた第3王女が神子となり、人が変わったかのように王位継承権に興味を無くした第2王子が精霊の庇護を受けた。
ほぼ確定で王権情勢が変わりそうな出来事に軽く目眩を覚えながら、今は可愛い妹とまた話せたことを喜ぼうと優しく彼女の頭を撫でるのだった。