「わたしのにせものがでたことがある」
先日「母が新興宗教にやたら勧誘される」という内容のエッセイを投稿しました。
その後、母から
「あの後思い出したんやけど、勧誘されたことまだあったわ」
といわれました。
名称不明の団体で、知り合いの親子から集会的なものに誘われたけれど断ったそうです。
「聴いてしばらくは覚えてたんよ。なんかマイナーなところ。そのうちに忘れたわ。またいつか思い出すかも」
とのこと。それがしばらく前の話です。
昨日のことです。しばらく経っていたので訊いてみました。
「思い出した?」
「いやー、なんか、マイナーなんよな」
と、思い出してはいませんでした。
そこで、
「近頃話題のあの団体には誘われたことないよね?」
とふざけて訊きました。
そもそも今、あの団体が話題になっているので、「そういえばお母さんが新興宗教に勧誘された話、子どもの頃に聴いたことあるけどなんだったっけ? 団体名。手術失敗して死ぬぞって脅された話もあったな」からはじまった取材もどきが、以前のエッセイになったのです。
母も今あの団体が話題なことは知っていますから、もし勧誘されたことがあるなら話してくれた筈です。だからこの言葉は、完全に軽口というか、冗談でした。
しかし母、なにか考えるように「あー」と。
「え? あるん? ないやろ絶対」
「勧誘はないけど」
「勧誘は?」
「うーん。あんなあ、わたしのにせものが出たことがあるんよ」
にせもの? とこちらは一瞬頭がまっしろに。
「え、にせものってなんなん? なに? どういうこと?」
「二十代の頃なんやけど実家で聴いたんやけど、港のほうで(母は海辺の出身)、わたしT(母旧姓)の○女ですっていって……」
「はあ」
港ってあの港?
ひなびた港です。造船所とかおいしいうどん屋さんとかあります。フェリーが出たりはいったりする、汽笛が聴こえるのどかで素敵なところです。釣り人も居ます。
「それが○○っぽい。ものを売りよったらしくて」
「あー……」
よろずのものをもとの地位だかもとの状態だかに戻すみたいな名称の、くだんの団体の信者が行ってるあれか。
母を騙っている女性、というのを考えてみました。白っぽい服を着た女性が、あのひなびた港で、釣り人や漁師あいてに珍味を売りつけようとしている、というのが思いうかびました。どうして白い服を思いうかべたのかは自分でもわかりません。
その時のわたしの気持ちは「気色悪い」「意味がわからん」「なんじゃそら」「ばかなの?」「気持ち悪い」のミックスです。
母はもう過去のことだからなのか、平然とした様子。
「○○のひとがうちに来たことあって覚えてるんやけど。みすぼらしい、もういかにも生活が苦しいっていう感じの格好してて、千円でなにかを買ってくださいって云ってたんやけど、ああ○○やなってわかったから無視したんよ。そしたらお隣のお宅へ行ったらしくて、そこのおばあさんはもう本当に心が優しいひとやったんよな。それで、かわいそうやからなんか買ってあげたっていってたけど。なにかは忘れた」
「はあ」
「それと同じやから○○やと思う。ほかにそういうの聴いたことないし。もの売って歩くのって○○くらいやろ」
「ああ。まあな。時期的にもそうやろうな」
「うん。その時、両親とどうしてか集まってなにか食べてて」
「なんかってなによ」
「……あ、玄米食べてたわ」
玄米かい。……わたしも食べてたものが気になるんかい。
それはともかくとして、母の家庭では家族揃って食事を一緒にとることはめずらしかったそうです。後おそらくこのころ母はすでに実家を出てひとり暮らし中です。
しかし母、自分のにせものが出た話なのに無感動というか、さすが宗教勧誘の心を折ってきただけはある。淡々と続けます。
「その時にいわれたんやけど。お父さんから。こういうひとがおるらしいって。お父さん左におって、ちょっとこう、うかがうような感じで。幾ら家族といっても、なんでも把握してるわけやないし、もしかしてってことはあるし」
「ああまあな。それはな」
母に限って新興宗教、というか宗教自体に傾倒することはないと思います。自分もですが、そんなに真面目に戒律まもったりお祈りを毎日したりなんてできないのです。「あんなんよだきいよなー」「なーわたしむりやわー絶対」「なー」と気があいます。
あと母の場合、
「ほぼ見ず知らずのひとにお前はいままでああだったこうだった、このままだと不幸になるとか云われても『ハア?』って感じでこわくない。云うことあたってないし。家族とか友達に忠告されたらちゃんと聴くけど」
だそうです。でも洪水が起こる話はこわがってたんでしょ。ただしそこから「こわいからもう聴きたくない!」になる辺りがほんとに流石です。
話が逸れました。にせものが出たらしいという話を父(わたしの祖父)から報されたくだりです。
「でもこっちはそんなの知らんし、まったく身に覚えもないから、わたしやないでって答えた。知らんでって」
「ああ」
母、玄米くいながら全否定したそうです。身も蓋もないところが母らしい。なにそれ気色悪い! みたいなのは当時からなかったよう。自称「小心者」の母、この方面には全然小心じゃなく、ちょこっと分析します。
「多分、わたしの名前を知らんかったんやろうな。だからTの○女って。それってわたしのことやから」
「ああ。……でもそれってなにが目的なん? お母さんになりすまして」
「評判おとす為やないん?」
「いや、評判落としてどうするんよ? って話。すぐにばれるやろうし」
「ああ、それはそうか」
「なんやろうな」
「なー」
どうして母の名前も知らないだろうに母を騙ったのか?
そもそも何故母を騙ったのか?
なんの目的だったのか?
母の評判を落とすのが目的だったとして、田舎の漁村の小娘の評判が例の団体にどう関わるのか?
それとも母の家族や知り合いの評判を下げるつもりだったのか?
しかしあの団体の信者なら、その行為が評判を下げるものだとは認識していない筈である。だって「いいこと」なのだ。寧ろ自分の名前でやりたいだろう。それをどうして母のふりをしてやるのか?
既成事実をつくって母をひきこむつもりだったのか?
母の家族やその周辺に恨みでもあったのか?
考えてもわかりません。
とにかくひたすらに気持ち悪い話でした。
くわしいかたは情報提供いただけると助かります。