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探偵は御簾の中  作者: 汀こるもの
7/11

パリピ晴明

『探偵は御簾の中 白桃殿さまご乱心』発売直前記念SS第2弾。


 タイトル出オチ。

 深く考えたら負けだ!

 突然だが安倍泰躬は平安陰陽師のまま現代の渋谷に転生した!


「本当に突然ですね……発売前お祭りSSだから導入が雑でいいと思って……ハンドアウトに〝どうせ夢オチだから好きなようにやってくれ〟って書いてありますね。ハンドアウトのある明晰夢って。ではとりあえず令和渋谷観光しますか。これがかの有名な親の顔より見たスクランブル交差点」


 世界一の雑踏を眺めていると、泰躬の目にどこかで見たような身長百八十センチのちょっとイケてない全身ユニクロの大学生が飛び込んできた。


「どうしよう、わたしはどうしたら!」

「見るからに前世に因縁のある青年が。よっぽど尺がないんですね。まあ作者は関西在住なのに渋谷観光小説を書かせても仕方がないので話しかけましょう。好きなようにと言うもののできることは限られています。――もしもし、何かお困りですか」


 慌てていた大学生だが、本格派の平安狩衣姿を見ると足が止まった。


「……その格好は陰陽師の人?」

「話が早いです、陰陽師です。これも御仏のお導き、平安京で一番の天文博士があなたさまの悩みを何でも解決しましょう」

「安倍晴明!?」

「違いますけど説明が面倒なのでもうそれでいいです。あなたさまに前世の記憶がないのはわかりました」


 ――多分、日本各地で井戸を掘って〝弘法大師さま〟と呼ばれていた無数の名もなき僧侶もこんな気分だったのだろう。泰躬はこうして平安陰陽師伝説の集合体の一部になった。


「で、何をお悩みですか。恋バナでも大丈夫ですよ。どうせ人に吹聴するほどこの世界に知り合いはいません」

「わたしは平凡な大学生の藤原祐高。実は、二つ年上の幼馴染みの忍さまが今日、テニスサークルの朝宣とデートしてしまう! 映画を見るだけと言うがあんな平安貴族みたいな男とデートしたらもう終わりだ! ヤリ捨てされる! 忍さまがワンオペシングルマザーに! 人生の一大事、何とかしてくれ、陰陽師!」

「巻きが入っているのでしょうがこちらの方が大分自覚と危機感がありますね。素直なのはよいことですよ。自分のやりたいことがわからないままTRPGで酒場の仕事を受けたくないと意味なくゴネても誰も幸せになりません」

「兄上や純直に恋愛相談をするのは恥ずかしいが、渋谷で見かけた陰陽師の人なら! あ、SNSに投稿するのは匿名でもちょっと」

「なるほど、これが令和の距離感というものなのですね」


 京の都大路はもっと人通りがスカスカでオラついて治安が悪いので知り合いとしか話をしないものだが、車争いとか起きない現代の平和で密な渋谷では全然知らない人の方が気安かった――

 祐高の指さす先には、花柄のシャツを着たタレ目のチャラ男とアースカラーで自然体に落ち着いた風情にまとめた女子大生の二人組。距離を取って尾行しているというところだった。


「あれだ」

「あの二人のデートを阻止してあなたさまの告白を支援すればいいのですね」

「こ、告白まで行くかどうかはともかくとして」

「まあ向こうの様子を探ってきます。敵を知り、己を知れば百戦危うからず」


 ということで泰躬は祐高を見つからないところに隠して、自分はいきなりカップルに声をかけることにした。


「もし、そこの雅なお二方。今なら安倍晴明の末裔の平安陰陽師がタイムセール千円で二人まとめて運勢と恋愛運と前世と来世を占います! オプションで運気向上の護符を書いてマジカルステップも披露します。お急ぎでないなら今日という日の記念に!」


 女の方が足を止めた。


「わっすごい平安コスプレの人! 衣装が化繊じゃない! 写真撮っていいですか!」

「千円の料金に含まれます。一緒に写真を撮ってSNS投稿も可! 特技〝蛙殺し〟も披露したいところですが、渋谷に蛙いませんね」

「観光地のお城にいるナントカ武将隊みたいな?」

「実は安倍晴明ゆかりの地の村おこし企画の一環で、手当たり次第バズの糸口を模索して渋谷に来ました。こう見えて普段は役人をしていますが、占いとまじないは我が家に代々伝わるちゃんとしたものです」

「市役所で働きながら伝統芸能の担い手やってるんですね。道理でオーラがある。千円って安くない? 時間あるし占ってもらおうよトモちん」


 ――令和では完全無料の不審者より、安く金を取るコスプレ占い師の方が信用された。デート中の大学生は気が大きくなっていて隙が大きかった。

 これで二十分くらい、道端でカップルと話し込んでから泰躬は祐高のもとに帰ってきた。


「祐高さま、スマホをお持ちですか」

「あ、ああ」

「SNSで〝渋谷 陰陽師〟で検索、今撮った写真を探し、朝宣さまのアカウントを特定するのです。身体を張ってわたし自身がクワガタになりました」


 祐高のスマホだったが、ロックを外すと泰躬が素早く操作した。


「――やはり。直近のログに映画は『ドライブ・マイ・カー』が見たいと書いてあります。この辺で映画館といえばあそこで今日の上映スケジュールがこれで、恐らく十分後の上映回」

「そなた、登場する小説が違うくないか? 陰陽師に期待したものと違う。喼喼如律令とかしないのか?」

「あれはこるもの用語では〝塵は塵に還れ、妖怪は妖怪らしくしろ〟程度の意味です。時間と空間を把握し掌握してこその陰陽師です。彼らの予定がわかったのでもう後を尾けなくていいです」

「な、なるほど。それで?」

「映画の間に祐高さまはその辺のサウナに入ってととのい、メンズエステで自信をつけましょう。要するにあなたさまに足りないのは精神的余裕と覚悟です」

「そんなことする暇があるのか!?」

「『ドライブ・マイ・カー』、百七十九分もあるから大丈夫ですよ! 予告編も入れたらプラス十五分? 彼らは三時間半近く映画館に拘束されます!」


 映画が始まるまでにプラス十分――何とサウナでととのうのに二時間かけ、メンズエステに一時間かけてもまだお釣りが来る。


「わたしの予想では途中で寝て冒頭の濡れ場の感想ばかりになると思います。流行っていますがあまりデート向きではないですね」

「ぬ、濡れ場など見て忍さまがその気になってしまったらどうするのか!」

「むしろドン引きでしょうが、たとえ映画館でその気になっても令和ではいきなりその場でガバッとはいかないでしょう。ソーシャルディスタンスでカップルでも席が離れていますし、他のお客への迷惑行為でつまみ出されるかも。平安なら男と女がその気になったら即試合終了ですが令和にはタイムラグがあります。熱愛するにはもっとプライバシーの守られる場所に移動しなければなりません。移動時に隙が生じます」

「令和でよかった!」

「映画が終わるのがもう暗くなる頃でこの辺は食べ物屋がぱっとしないので改めてどこぞでディナーでも、となるでしょう」

「……で、そなたはどの辺がパリピなのだ?」

「映画館を出てきたところに式神を放って――こちらで雇ったフラッシュモブで取り囲んで雰囲気を変えてしまうのです。人海戦術です」

「フラッシュモブは確かにパリピの行いだが、苦手な人も多いのではないか」

「だからあちらの仕組んだことという設定でいきます。わざとスベるのです。――衛門督朝宣は策を弄しすぎて策に溺れた! 女心を動かすのは別当祐高卿のてらいのない素朴な告白! 素朴に告白するためにこれから三時間で身も心もイケメンになる努力をしましょう! 祐高さまがサウナに入ってメンズエステしている間に、わたしはその百八十センチの身長を生かす現代風の(かさね)のコーディネートを見繕っておきます!」

「……そなたの考える〝理想のわたし〟が重くて怖い」


 ――こうしていろいろあって、泰躬の献策で祐高は忍に告白した。


「わあ、祐高さまから告白してくれるなんて……嬉しいけどそんなに深刻にならなくても、トモちんには映画誘われただけでマジなつき合いとかじゃ全然なかったよ? 心配しすぎ」

「そう思っているのはこの世にあなただけだ! 何だその馴れ馴れしいあだ名は!」

「平安貴女の枷が外れると忍さまは誰だかわからなくなりますね」

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