第九話「魔法使いレレパス、逮捕」
「はあ? ひとりで協力? こいつなに言って……」
フィンが「あっ」と言ったときにはもう遅かった。
クレイの両手から放たれた紫の光が、レレパスを包み込む。
「【ドーッペルーーーゲンガーーーーー】ッッッ!!!!」
その瞬間、レレパスの姿がブレたかと思うと――
「オカネ!」
「オカネェッ!」
「カネカネカネカネ!!」
――何人ものレレパスが姿を現した。
およそ20人ほどのレレパスが、またたく間に道を埋め尽くす。
街行く人々がどよめいた。
なにせ同じ顔の、同じ赤いローブの女が、同じ杖を持ってずらりと並んでいるのだ。
しかしいちばん驚いているのは、当のレレパスだった。
「え? なに? どういうこと? なんなのこれ!?」
「「「カネカーネ!!」」」
レレパスの分身は互いに目を合わせ、ビシッと隊列を組む。
先頭にいるレレパスがピーッと笛を吹くと、レレパス軍団はザッザッザッと歩き始めた。
「「「カネ、カネ、カネ、カネ……」」」
そのまま、通りの向こうへと消えていく。
フィンとレレパスは、ぽかんとしたままそれを見送る。
「フィン、お前、この子になにやらせたの……?」
「すまんレレパス、俺にもわからん」
いや、フィンにはなんとなく予想がついていた。
しばらくすると、通りの先から爆発音と叫び声が聞こえてきた。
「銀行強盗だァーーッ!!」
「領主様のお屋敷がァーーーッ!!」
「待て! それは憲兵隊の大事なグワァーーーーッッ!!!」
「「「カネ、カネ、カネ、カネ……」」」
レレパスの集団が、金塊やら金庫やらを抱えて戻ってくる。
「え、ちょ、なに、これ……???」
レレパスの前に、どんどん“戦利品”が積み上げられていく。
「やっぱり協力してお金を稼ぐと早いですね」
「知らないんだけど! 知らないんだけど!」
「「「カネ、カネ、カネ、カ……」」」
レレパスの前に財産を残し、分身は煙のようにかき消えた。
後に残っているのは、本物のレレパスただひとり。
「犯人は女だ!」
「赤いローブを着ていた!」
「下品な色の口紅!」
「憲兵さん、こっちに逃げました!」
顔を真っ赤にした憲兵隊がわらわらと集まってくる。
そして一斉にレレパスを指さした。
「「「あいつだーッッ!!!」」」
「いや、知らない! マジで知らない!」
レレパスはぶんぶんと首を振る。
「そこに積み上がっているものが何よりの証拠だ!」
「おのれ白昼堂々やってくれたな!」
「つちおいしい」
「言い逃れはできないぞ! いますぐ杖を捨てろ!」
冷や汗を流すレレパスは、憲兵に囲まれてなお、必死に自分の杖にしがみついている。
「知らない! 知らない知らない知らない!」
「ええい杖を捨てないとなれば、撃て!【サンダー】!」
「あばばばばばばばばばば!!」
無数の雷撃を受けて、倒れたレレパスはビクンビクンと痙攣した。
「確保ー!!」
レレパスは憲兵隊に担ぎ上げられて、詰め所へと運ばれていった。
道行く人々の声が聞こえる。
「あれ、レレパスじゃない?」
「強盗とかマジ?」
「魔法使って泥棒とか軽蔑するわー」
噂好きの噂は、広まるのが早いものだ。
「あれ? あの人、お金を稼いだだけなのに、連れて行かれましたよ」
フィンは頭を抱えた。
「他人のお金には、手をつけちゃいけないんだよ……」
「なるほど! 勉強になりました!」
「………………」
ロンゴに続いてレレパスまで。
残ったパーティーメンバーはサンティとベイブだけだ。
「これがクレイの仕業だとバレたら……」
パーティーを解雇されるだけでは済まないだろう。
命は取られないまでも、リーンベイルの街にいられなくなる羽目に陥るかもしれない。
「困ったぞ……」
「お困りでしたら、ぜひわたくしめに! 旦那さま♪」
クレイはフィンの腕に、きゅっとしがみついた。
フィンは今日も、ため息をつく。
「いいか、魔王の力は、もう使うんじゃない」
「どうしてですか?」
「これ以上、パーティーメンバーとの関係を悪化させたくないんだ……」
「かしこまりましたー!」
のんきな返事をするクレイの隣で、フィンはベイブに対する言い訳を必死で考えていた。
――その頃。
「どういう、ことですか?」
教会の地下室。
薄暗く湿った部屋で、氷のような声を発したのはサンティだ。
「どういうって、その、どういう?」
マヌケ面で床に膝をついているのは、魔法剣士のベイブである。
パーティーのリーダーであるベイブは、サンティに呼び出されたのだった。
サンティの顔に、いつもの微笑みはない。
氷のように冷たい表情で、ベイブを見下ろしていた。
「フィンさんが、若い女を連れていました」
「そんなバカな……悪い噂はちゃんと流させてますよ。それに金だってサンティさんに言われた通り……。フィンに女がいるなんて、そんなバカなこと……」
そのとき、サンティの眉がぴくりと吊り上がった。
「私の言うことが、バカなこと、だと仰いましたか?」
ベイブの顔が青ざめる。
「滅相もありません! 失礼いたしました!」
ベイブは深く深く頭を床に擦りつけた。
「あなたが、ちゃんとフィンさんを痛めつけないから、こういうことになるんです」
「わっ、わかりました……その、今度殴っておきますので!」
「殺しますよ」
ビクッとベイブは肩を震わせる。
「痛めつけるのはあくまでフィンさんの“心”です。体に傷をつけることは許しません」
そう言ってサンティは天井を見上げ、ぽっと頬を赤らめた。
「傷ついて、傷ついて、心の血の一滴まで絞り切ったその体を……」
サンティの口の端から、よだれが流れた。
「“熟した”フィンさんの体を切り刻むのは、私ひとりでいいんです。わかりますか?」
「は……はい!」
「それには、あの小娘が邪魔です」
カン! と杖が石床を叩いた。
「なにも、殺す必要はありません」
袖でよだれを拭って、サンティは言った。
「ただ、二度と男に尻尾を振れない体にしてやってください。暴漢を雇っても構いません。そうですね……“ドブイタチ”にでもやらせましょう」
「かしこまりました! おおせのままに!」
「早くお行きなさい」
「失礼いたしますっ!」
ベイブは冷や汗を流しながら、地下室から出て行った。
「フィンさん……早くあなたを……」
サンティは地下室でひとり、懐から小さなナイフを取り出して、ぺろりと舐めた。
「刻みたいです……」
何人もの男の肉を削いできた“冒険者殺し”のナイフが、フィンを狙っていた。
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