第八話「魔法使いレレパス、恐喝」
食事を終えると、フィンとクレイは、サンティとともに食堂を出た。
ひんやりした長い廊下を歩き、門を抜ければもう外だ。
なんだかさっきまでまで、別の世界にいたような気がする。
フィンはサンティにまた頭を下げた。
「本当にありがとう、助かったよ」
「なにごとも神様の思し召しです」
「その上で、なんだが……」
フィンは言いづらそうに尋ねた。
「今日は、何かクエストを受けたりはしないのか?」
「すみません。今日は神の定めた安息日ですので……」
「そうだよな、そうだった。すまなかった……じゃあ、また今度」
フィンのぎこちない笑みに、サンティは目を細めた。
「ええ、またお会いしましょう」
そんなふうに挨拶を交わして、フィンとクレイは教会を出た。
「今日こそ何かクエストをこなさないとマズいぞ……」
もはや銀貨が尽きかけている。
だがフィンひとりでは、ギルドに行ってもクエストが受けられない。
ロンゴは昨日、憲兵隊に連れて行かれたから、探すとすればベイブかレレパスだ。
正直なことを言えば、目も合わせたくない連中だった。
しかし、日銭を得るためには彼らに頼らざるをえない。
ベイブか、レレパスか、それとも両方か。
どちらにせよ、こき使われるのに変わりはない。
「いるとすれば、“恋人の宿”の近辺だろう……行くか」
フィンはため息をついて、歩き始めた。
教会と“恋人の宿”は、まるで正反対の施設だ。
しかし裏路地を通ればすぐに辿り着ける。
その辺りを探せば――。
「フィンじゃん、なにやってんのさ」
裏路地を出たところで、現れたのは魔法使いのレレパスだった。
今日はベイブと一緒ではないらしい。
「………………」
探していた相手ではあったが、やはり良い気分にはなれない。
「ていうか女連れ? めっちゃウケるんだけど。まだ女買う金残ってたんだ」
ニヤニヤ笑いながら、レレパスはクレイを見た。
クレイは不思議そうな顔をして視線を返す。
レレパスは鼻で笑いながら、フィンを指さして言った。
「アンタさ。こんな情けない奴と一緒にいて恥ずかしくないの?」
「どうして恥ずかしいんですか? わたくしは旦那さまを誇りに思っています」
レレパスは、あからさまにムッとした表情を見せた。
フィンは密かにため息をつく。
こういうやりとりは、できるだけ早く終わらせて本題に入りたい。
「へえ、“盗っ人のフィン”の噂、まだ知らない奴がいたんだ」
レレパスはそう言って、口の端をつり上げる。
すると――ニコニコしていたクレイが、すっと真顔になった。
「あなたは、わたくしの旦那さまを“盗っ人”と仰るのですか?」
一歩、前に進み出た。
「あなたも“摂理”わかってない人ですか?」
クレイのルビー色の瞳は、真っ直ぐにレレパスを射貫いていた。
非常にマズい。
レレパスがロンゴのような目に遭うとなると、状況がさらに悪化する。
「すまない、こいつは街に来たばかりで、よくわかってないんだ」
フィンはそう言って、クレイの頭をがしがしと撫でた。
クレイは不思議そうな顔をして、素直に撫でられている。
これ以上、話をややこしくしたくない。
「へえー、やっぱりそうか、だからお前の噂知らないわけだ。でさー」
レレパスは卑しい笑みを浮かべた。
この笑みが、いつもの“攻撃”の合図だった。
「実はさ、ちょっと小遣い欲しいところなんだよね。昨日飲み過ぎちゃってさー」
フィンがほとんど金を持っていないことを、レレパスは知っているはずだ。
なのにそんなことを言ってくるのは、クレイの前でフィンに恥をかかせるためだろう。
「すまない、今日は見逃してもらえないか……」
「見逃すってなにがぁ? 小遣い欲しいって言ってるだけじゃん」
そう言ってレレパスはケラケラと笑った。
「でも、ここで“誠意”見せてくれないと、もっとエグい噂流れるかもよー?」
「悪いけど、手持ちが……」
今日の夕飯代すら、危ういところだ。
「あー、そうなんだ。“仲間”が困ってるのに、手助けもしないんだ」
レレパスはフィンをせせら笑った。
「こういう男なんだよ、フィンって奴は。一緒にいる価値ないって、マジで」
そう言って、杖でフィンの膝を小突く。
「ねえフィン。自分でもそう思うよねえ?」
「……そうかもしれないな」
下手に言い返すと、なにをされるかわからない。
今までよりももっと酷い噂を流されるかもしれないし、ベイブに報告されても厄介だ。
「ほら、自分でもこう言ってる男だよ。一緒にいたら不幸になるだけだって」
「え? わたくし、いま現在進行形で幸せですよ?」
クレイがそう答えると、レレパスは眉間にシワを寄せた。
「いやさ、ここで銀貨の1枚も出せないような男、マジで価値あると思ってんの?」
「お金と旦那さまと、なにか関係があるのですか?」
「言い返さなくていい。すまないレレパス、本当に金がないんだ」
フィンは頭を下げた。
「だっさ! マジでだせえ!」
レレパスは腹を抱えて笑う。
地面を見つめたまま、フィンは微動だにしなかった。
悔しくないわけがない。
しかし――いまは屈辱に耐えるしかない。
生きていくためには、仕方のないことで――。
「なるほどっ!」
そのときクレイがぽんと手を叩いた。
「このうるさい雌はお金が大好きなんですね!」
そう言って、レレパスに向けて両手を広げる。
「お金を儲けるには、他人と協力する必要があると旦那さまは仰いました! わたくしは旦那さまの仰ったことをちゃんと覚えています! えらい!」
「は? えらい? なにこの子、イっちゃってんの? てかなにその手……」
フィンが止める暇もなく、クレイは満面の笑みを浮かべ、元気いっぱいに言い放つ。
「では、おひとりで協力しあってください!」
クレイの両手が、紫色に輝いた。




