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第五話「魔王ちゃん式、平和的解決方法」

 とりあえず宿を探さねばならない。


 クレイを連れて泊まれる宿となると――。


「………………」


 まず思いつくのは、“恋人の宿”だ。

 今の時間帯からなら、早朝までけっこう安く泊まれたりする。


「いや、ダメだな……」


 ああいう場所に出入りしているのは、ベイブとレレパスみたいな連中だ。

 鉢合わせるのは避けたい。


「なにがダメなんですか?」

「この状況がだよ」

「わたくしはどんな状況下でも、旦那さまといられればそれで幸せです!」


 腕に回されているクレイの腕に、きゅっと力が入る。

 今日、ため息をつくのは何回目だろう。


「どうしたもんか……」

「おい、そこのふたり! こんなところでなにをしている!」


 フィンたちを呼び止めたのは、巡回中の憲兵だった。


「いや、その、なんというか……」


 店主がマッチョになったので宿から逃げてきた、などと言えるわけがない。


「愛と将来を語り合ってました!」

「すみません、ただの散歩です」


 憲兵は、フィンをいぶかしそうに見つめた。


「こんな時間に、住宅街でか」


(ついてないな……)


 もう少し場所を考えて歩くべきだった。

 フィンとしては、ロンゴが裸で暴れていた繁華街から、少しでも遠ざかりたかっただけである。

 しかしそれが、かえって憲兵に不信感を与えてしまった。


「“冒険者殺し”でも、同じようなことを言うだろうな」


 憲兵はフィンを睨みつける。


 リーンベイルの憲兵隊は、街を騒がせている“冒険者殺し”を追っていた。

 街に魔物が現れることがめったにない以上、犯人は人間で決まりだ。


 被害者の遺体は、必ず教会の前に捨てられている。

 そして、小さなナイフで切り刻んだような傷が、全身に及んでいる。


 これは明らかに、同じ人間の所業だということを示していた。


「被害者は、ちょうどお前みたいな若い男ばかりだ。だからといって、犯人じゃない理由にはならんがな。こんな時間に女連れでよ」


 憲兵はそんなことを言って、ネチネチと絡んでくる。

 女連れで、というところがたぶん本音だろう。


「あの」


 クレイが、フィンの腕をくいくいと引いた。


「こいつ、どう見ても旦那さまより戦闘力低いですよ? どうして弓を使わないんです?」


 憲兵の目が鋭くなる。

 やはりクレイには、常識というものが欠如しているらしい。


「人間に弓を引くなんて、滅多にやっていいことじゃない。それに彼は憲兵さんで……」

「なるほど、暴力だけで物事を解決してはいけないということですね! わかりました!」


 クレイは手のひらを憲兵に向けた。


「なにをするつもりだ、貴様!」

「【ヒーーープノシーーーーーース】ッッ!!!!」


 紫のもやのようなものが、憲兵の目に吸い込まれる。

 目を紫色に光らせて、憲兵はプルプルと震え始めた。


「なっ、あっ、あっ、あっ、あっ」

「なにをしたんだお前!?」


 フィンが問いただすと、クレイはふふんと自慢げに答えた。


「催眠魔法です! きわめて非暴力的で平和的でラブ&ピースな解決方法でしょう?」


 クレイはそう軽く言ってのけるが、催眠魔法は失われた最上位魔法の一種だ。

 リーンベイルはおろか、王都ウルカンヘイムですら扱える者は皆無だろう。


 それをまともに食らった憲兵は、口のはしからよだれを流しながら、空に向かって吠えた。



「ポッピーーーーーーーーーーーーーッッッ!!!!」



 叫んだ直後、糸を切られた人形のように、憲兵の両腕がだらりと下がる。


「……おほしさま、きれい。おさとう、たべたい」


 そう小さく呟いた憲兵は、その場で腰を下ろして、今度は地面をひっかき始めた。


「つち、たべたい。つち、おいしい、うふふふふふふ」


 ジャリジャリと掘り返した土を食べながら、笑っている。


「アレ、治るの?」

「はい! 元に戻った例を数件見たことがあります!」

「そこは確証が欲しかったよ」


 幸せそうに土を食べている憲兵を背に、フィンは急いでその場を離れた。


「なんか逃げてばっかりだな今日は……ともかく宿だ」

「外じゃダメですか?」

「ここは森じゃないんだよ」


 かといって、普通の宿を2部屋借りるほどの銀貨は持ち合わせていない。


「となると……」


 フィンの頭に浮かんだのは、回復術師サンティの笑顔だった。


「あそこしか、ないか」

「巣の心当たりが?」


 クレイの肩をがっしり掴んで、フィンは言った。


「いいか、君は俺の親戚だ」

「そうだったんですか? 驚きの新情報です!」

「違う。親戚という“てい”で振る舞ってくれってことだ。これから知り合いのところに泊めてもらう」


 このリーンベイルでフィンに対し、比較的好意をもって接してくれているのはサンティだけだ。

 もとより頼れる相手は、彼女しかいない。


 そしてなにより、フィンが宿探しに手間取れば、そのぶんクレイの被害者(・・・)が増える。

 リーンベイルのいち冒険者であるフィンにとって、これは死活問題だ。


「わかりました! 万事このわたくしにお任せください!」


 そういってぺろりと舌を出し、サムズアップを決めるクレイに、フィンはまた一抹の不安を抱くのであった。





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